第20話 揺れる気持ち
(夕陽を眺める時間/美紅の気づきと、「幸次さん」と呼ぶようになる瞬間)
① 夕暮れの浜辺
バーベキューを終えた後、5人はそれぞれ浜辺に座り、波の音を聞きながら夕陽を眺めていた。
昼間の賑やかさとは違い、海は穏やかで静かだった。
オレンジ色に染まった波が、ゆっくりと打ち寄せる。
「綺麗……」
美紅が、思わず小さく呟く。
「……だな」
朔が短く応えた。
風が心地よく吹き抜ける。
誰もが言葉を失い、ただこの美しい光景を目に焼き付けていた。
② ふとした変化、名前の呼び方
「そういえばさ」
ふいに結花が口を開いた。
「私たち、ずっと“北村さん”って呼んでるけど……なんかちょっと距離あるよね?」
「……そうか?」
朔が首をかしげる。
「だって、みんな普通に名前で呼び合ってるのに、北村さんだけ“北村さん”って感じじゃん?」
「まあ……確かに」
美紅も少し考えるように言う。
「でも、“北村さん”以外って……?」
「じゃあ、“幸次さん”でいいんじゃない?」
結花が自然に言った。
「“幸次さん”か……」
美紅は口に出してみて、なんとなくしっくりくる感じがした。
「なんか、いいかも」
「俺はどっちでもいいよ」
隼人も静かに言う。
「じゃあ、今日から“幸次さん”ね!」
結花が笑うと、美紅も「……うん、“幸次さん”」と、ゆっくりと呟いた。
「……お前らがそう言うなら、まあいいけどよ」
朔は少しだけ気恥ずかしそうにしながら、軽く肩をすくめた。
「……好きにしろ」
幸次はそう言ったが、ほんの少しだけ表情が緩んだように見えた。
③ 美紅の気づき
しばらくの沈黙の後、美紅はふと、幸次の横顔を見た。
夕陽に照らされたその顔は、どこか寂しげにも見える。
(……私、気づいてなかったのかな)
なぜかわからないけれど、幸次さんと一緒にいると、安心する。
それがただの信頼なのか、それとももっと別の感情なのか——
美紅は、胸の奥が少しだけ苦しくなるのを感じた。
(これって……)
ゆっくりと視線を落とし、手を握る。
「……美紅?」
朔の声で我に返った。
「え? あ、ううん、なんでもない」
「……?」
朔は少しだけ眉をひそめたが、それ以上は何も言わなかった。
波の音だけが静かに響く。
美紅は、幸次の横顔をもう一度見つめた。
——この気持ちが何なのか、もう少しだけ考えてみよう。