第1話 過去からの訪問者
第一章:過去からの訪問者
(導入/記憶を失った幸次の現代での目覚め)
① 教会での目覚め
東京の片隅にある小さな教会。
ある寒い冬の日、聖石隼人は、教会の前で倒れている男を見つけた。
その男は痩せていたが、端正な顔立ちをしており、どこか洗練された雰囲気を持っていた。
しかし、着ているものは明らかに時代遅れで、まるで別の時代から来たかのようだった。
隼人が近づき、肩を軽く揺さぶると、男はゆっくりと目を開ける。
「……ここは……?」
「教会です。大丈夫ですか?」
男は混乱した様子で周囲を見回し、困惑した表情を浮かべる。
「……東京、だよな?」
「ええ、そうです。あなた、お名前は?」
「……北村幸次……」
幸次は、自分の名前や過去の記憶はしっかりと持っていた。
ただ一つ、理解できないことがあった。
「なぜ、ここにいるのか?」
記憶の中の東京は、自分が生きてきた東京とはまるで違っていた。
町並みも、人々の話し方も、服装も、すべてが異なっている。
——まるで、別の時代に来たみたいだ。
隼人は、彼の話を聞いて戸惑いながらも、しばらく教会で休ませることにした。
② 幸次の違和感
幸次は、教会で療養しながら少しずつ外の世界を知るうちに、さらに困惑していった。
——すべてが、自分の記憶と違う。
街並みも、車も、人々の話し方も、価値観すらも。
「なあ、今って何年なんだ?」
「2024年ですが……」
その瞬間、幸次は全身の血が凍るような感覚に襲われた。
——2024年?
俺は、確かに1960年代を生きていたはずなのに——?
信じられない思いで、自分の手を見る。
しわ一つない。鏡を覗いても、変わらず20代後半のまま。
「……俺は、一体……?」
自分は、タイムスリップしてしまったのか?
いや、それとも——
「俺は……死ななかった?」
その疑念が頭をよぎった時、何かが引っかかった。
しかし、それが何なのかはわからなかった。
③ 教会の人々との出会い
教会での静養中、幸次は望月美紅と陽川結花と出会う。
美紅は、どこか感情を抑えたような少女だった。彼女は記憶喪失ではない幸次を見て、興味深そうに問いかけた。
「北村さんは、ご自身のことを覚えていらっしゃるのに、どうしてここにいるのかわからないんですね?」
「ああ……。俺の記憶が正しければ、1960年代を生きてたはずなんだ。それが、気づいたら2024年になってた」
「……本当ですか?」
美紅は表情を変えずにそう言ったが、その声には微かな疑念があった。
「信じられないよな」
「いいえ。嘘をついているようには見えません。ただ、現実的に考えると不思議ですね」
幸次は、彼女の冷静な物言いに驚きながらも、どこか話しやすさを感じていた。
一方で、結花は陽気に接してきた。
「じゃあ、これからどうするんですか?」
「……それが、わからねぇ」
「記憶があるのに?」
「俺の記憶は1960年代で止まってる。でも、今は2024年。俺は20代のまま何も変わってねぇ。でも、本当にそんなことがあり得るのか……」
「うーん……めちゃくちゃな話ですけど、面白いですね!」
「……面白い、か?」
「だって、普通じゃないですし!」
結花の無邪気な反応に、幸次は思わず苦笑した。
しかし、美紅は彼の名前にどこか引っかかりを覚えていた。
——北村幸次。
どこかで聞いたことがあるような。
しかし、それが何なのかは、まだ思い出せなかった。
④ 「不死栄」の影
そんな中、教会の周辺で不審な動きが始まる。
新興宗教「不死栄」の信者たちが、何かを探していた。
「この町に、“彼”がいるはずだ」
「“不死の証”を、探し出せ」
信者たちは、「ある男」を探し続けていた。
そして、その特徴は——
「高身長で、端正な顔立ち。黒髪で、20代後半くらいに見える男だ」
まるで、幸次のことを知っているかのように。
しかし、幸次自身は「不死栄」についての記憶はなかった。
彼らが自分を探している理由もわからない。
「……なあ、俺って……何者なんだ?」
自分の記憶のどこかに、抜け落ちた“答え”がある気がする。
しかし、それが何なのかは、まだわからなかった。
幸次は、教会の外に出て「不死栄」について探ろうとするが、それを隼人が引き止める。
「今はまだ、無理に動かないほうがいい。あなた自身のことがわからないうちは」
「でも——」
「あなたが“何者なのか”は、あなた自身だけの問題じゃないかもしれませんよ」
隼人の言葉に、幸次は思わず息をのむ。
そして、美紅はまだ知らなかった。
目の前の男が、自分の祖母・美恵子が生涯愛した男であることを——。
(第一章 完)