第13話 波の音に消える想い
(夜の旅館/朔が美紅と幸次の関係性を感じ取る)
① 旅館の夜、ふとした違和感
夕食を終え、5人はそれぞれ自由に過ごしていた。
「お腹いっぱいー!」
結花が満足げに伸びをする。
「ちょっと歩こうかな」
美紅がふとそう言うと、隼人が「少し外に出てみる?」と声をかけた。
「夜の海、綺麗そうですね」
「じゃあ、俺も行くわ」
朔もついていくことにする。
幸次は一瞬迷ったようだったが、美紅が「北村さんもどうですか?」と声をかけると、「……じゃあ」と立ち上がった。
旅館の外へ出ると、潮の香りがふわりと漂う。
海は暗く静かで、月明かりが波の表面を優しく照らしていた。
「うわぁ……すごい、綺麗」
美紅が感嘆の声を上げる。
結花は「夜の海ってなんかロマンチックだよね〜!」とはしゃいでいる。
(……こういう時でも、こいつは変わらねぇな)
朔は少し笑いながら、隣に立つ幸次へと視線を移す。
幸次は静かに海を見ていた。
何を考えているのかわからない。
(……この人は、何を思ってここにいるんだ?)
ぼんやりとそう考えていた。
② 朔が感じた“特別な距離”
「ちょっと散歩してくる」
ふと、美紅がそう言った。
「え、何それ? 私も行く!」
結花が言おうとしたが、隼人が「少し2人にしてあげたら?」と静かに言った。
「え、なんで?」
「……なんとなく」
「?」
結花は首をかしげるが、特に深くは考えないようだった。
朔もまた、「……なんとなく」と言われると、それ以上聞くことはしなかった。
ただ、少しだけ視線を上げて、美紅と幸次の後ろ姿を見送る。
(……なんだ? 俺、今何を考えてる?)
③ 2人を見つめる朔
離れた場所で、美紅と幸次が並んで歩いていた。
距離は近いわけではない。
でも——
(……妙に、自然だ)
美紅は普段、誰にでも気さくに接する。
それは朔もよく知っている。
だけど、幸次に対する態度は、どこか違う気がした。
(なんつーか……気を許してる、っていうか)
普段、幸次は誰とでも一定の距離を保っている。
なのに、美紅にはそれがないように見えた。
(……なんでだろうな)
理由がわからないまま、朔は静かに2人の姿を目で追った。
遠くで、美紅の笑う声が聞こえた。
それに、幸次が小さく頷いている。
——たったそれだけのやり取りなのに、なぜか胸の奥に、小さな引っかかりが生まれた。
(……俺は、何を気にしてるんだ?)
冷静に考えようとする。
でも、答えは出ない。
ただ、美紅と幸次の距離が、思っていたよりも近いものに見えた。
それだけだった。
④ 夜の海と、朔の心の揺れ
1人、波打ち際に立つ。
静かな海。
潮風が肌を撫でる。
(……なんか、変だ)
美紅のことを、特別に思っているのは自覚している。
でも、それを表に出すつもりはなかったし、今もそのつもりはない。
(けど……俺は、今なんでこんなに気にしてる?)
自問する。
——答えは、わかっている。
ただ、それを認めるのが少し面倒だった。
(美紅は、幸次に気を許してる)
(幸次も、美紅に対しては他の奴とは違う)
(……俺は、それが気に入らねぇのか?)
深く息を吐く。
気づかないふりをしていた感情が、じわじわと広がってくる。
「……ダメだな」
自分の感情を抑えるように、夜の海を見つめた。
遠くで、結花の笑い声が聞こえる。
——何事もなかったように、明日を迎えよう。
そう心の中で言い聞かせながら、朔は海を背にした。