第9話 光のような人
(桜山教会と聖石光一/5人との関わり)
① 桜山教会の朝
桜山教会の朝は、静かで穏やかだった。
「おはよーございまーす!」
結花の元気な声が響く。
「おはよう、結花ちゃん」
出迎えたのは、聖石光一だった。
明るい笑顔と快活な声。
まるで太陽みたいな存在。
「今日も手伝ってくれるのかい? ありがたいねぇ!」
「もちろん! もうここは私の第二の家ですから!」
「そりゃあ嬉しいねぇ! じゃあ、今日は雑巾がけ頼んじゃおうかな?」
「任せてください!」
「じゃあ俺は、庭の手入れでもしとくか」
朔が手を上げると、光一は「おお、いいね!」と頷く。
「朔くんは昔から頼りになるねぇ。うちの隼人と一緒に悪さしてた頃が懐かしいよ」
「悪さはしてねぇっすよ」
「いやいや、しょっちゅう“探検”とか言って山に入ってたじゃないか」
「あれは“冒険”っす」
「同じじゃないか」
「全然違います」
そんな軽妙なやり取りに、結花と美紅がクスクスと笑う。
光一は、5人にとって親しみやすい”親戚のおじさん”のような存在だった。
② 幸次と光一
その頃、北村幸次は教会の庭で黙々と掃き掃除をしていた。
「よっ、幸次くん!」
光一が軽い調子で声をかける。
「……おはようございます」
「いいねぇ、朝から掃除とは感心感心!」
「まあ……働かずに世話になるのは気が引けるので」
「ははは! 真面目だなぁ!」
幸次は、こういうタイプの人間に慣れていなかった。
光一のように、人との距離を自然と縮める人間は、60年代にもいた。
でも、自分とは住む世界が違うと思っていた。
「そんなに構えなくてもいいんだよ? うちは堅苦しいとこじゃないんだから」
「いや……そんなつもりは」
「隼人から聞いたよ。色々あったんだって?」
「……まあ」
「大変だったねぇ。でも、ここは気楽にいていいからさ」
光一の言葉は、妙に温かかった。
だからこそ、幸次は少し戸惑った。
(……俺は、ここにいていいのか?)
それでも、「そう言ってもらえるのはありがたいです」とだけ返した。
「よし、じゃあちょっとコーヒーでも飲むか!」
「え?」
「俺の淹れるコーヒーはね、昔喫茶店をやってた頃のお客さんから“絶品”って言われてたんだよ!」
「……はあ」
「まあまあ、だまされたと思って付き合いなさい!」
幸次は断る理由もなく、光一と一緒に教会の食堂へ向かった。
③ 光一のコーヒーと、隼人の支え
「はい、特製コーヒー!」
光一がカップを置くと、幸次は「いただきます」と静かに口をつける。
(……うまい)
苦味とコクがほどよく、口の中にじんわりと広がる。
「どう?」
「……美味しいです」
「だろ?」
光一は満足そうに笑う。
「昔はね、喫茶店をやってたんだよ。でも、親父が亡くなって、教会を継ぐことになってね」
「……そうだったんですか」
「隼人も、よく店を手伝ってくれてたなぁ。コーヒーの淹れ方も、しっかり仕込んだんだよ」
「隼人さん、コーヒー淹れられるんですか?」
「もちろん! うちの父直伝だからね」
いつの間にか、隼人も席についていた。
「俺が子どもの頃は、店の片付けとかよく手伝わされてたなぁ」
「“手伝わされてた”は余計だよ」
「はは、冗談ですよ」
隼人は静かに微笑んだ。
幸次は、そんな2人のやりとりを聞きながら、どこか羨ましく思った。
(親子って、こういうものなのか)
60年前、自分にはなかった”普通の親子の会話”。
それが、ここにはあった。
「俺は、牧師になるなんて考えてもいなかったけど……父が教会を継いで、それを支えるうちに、自然とこの道を選んでいた気がします」
「うんうん。俺は強制した覚えはないよ?」
「そうですね。でも……父さんが頑張ってる姿を見てると、やっぱり支えたくなりますから」
その言葉に、光一は少しだけ目を細めた。
「……ありがとうな、隼人」
隼人は、「いえ」と静かに微笑む。
そんなやりとりを見て、幸次は小さく息を吐いた。
(……俺には、こんな場所があっただろうか)
心のどこかが、少しだけチクリと痛んだ。
④ 変わらない温かさ
午後になり、教会の掃除や手伝いが一通り終わると、5人と光一は庭でのんびりしていた。
「こうしてみんなで過ごすのって、なんかいいですね!」
結花がそう言うと、光一は大きく頷いた。
「本当にねぇ! こうしてると、また喫茶店やりたくなっちゃうなぁ!」
「いいじゃないですか!」
「いやいや、俺ももう歳だからねぇ」
「いやいや、まだまだ元気じゃないっすか」
朔が笑いながら言うと、光一も「まあね!」と笑う。
「光一さんのコーヒー、本当に美味しかったです」
美紅が静かに言うと、光一は嬉しそうに笑った。
「お、嬉しいねぇ! じゃあ今度、もっとちゃんとしたの淹れてあげるよ!」
「やった!」
結花と美紅が小さくハイタッチする。
「幸次くんも、うちにいる間は遠慮しないでね」
「……ありがとうございます」
「せっかくだからさ、今度みんなで飯でも食べに行くか!」
「いいですね!」
「わぁ、楽しみ!」
そんな何気ない会話が、幸次には少し不思議に思えた。
(……こういうのが、“今”なのかもしれないな)
60年前にはなかった、変わらない温かさ。
それを、少しずつ受け入れていこうと思った。