辛辣令嬢の婚約者
「面白いご令嬢を見つけたの、ウィリアム、貴方会ってみない?」
王妃である母ガブリエラからの何度目かのお見合いの打診。
ウィリアムは内心辟易しながらも笑顔で「喜んで」と答えて見せた。
第二王子であるウィリアム・ライオネスは、将来的に大公となり兄を支えることが決まっている。
兄のことは尊敬しているし、仕事も嫌では無い。
ただ何となく王子な生活とは違うこともしてみたい、そんな気持ちが燻っているのは確かだった。
今の状況を変えてみようと、熊将軍に剣を習いたいと我儘を言った事も自分なりに殻を破りたかったからかもしれない。
ウィリアムには元々婚約者がいた。
羊の会に参加していた年頃に出会った同い年の少女で伯爵家の娘だった。
ウィリアムの話を楽しそうに聞いてくれて、いつも笑顔な彼女が可愛くてウィリアムは出会ってすぐに恋に落ちた。
初恋相手を妃にと望んだ時、父も母もとても心配した。
何故なら彼女は大人しい良い子だったからだ。
「ウィリアム、王族の結婚は難しい。ただ好きだと言う気持ちだけでは上手くは行かないのだぞ、大丈夫か?」
「貴方が彼女をしっかりと守り、お互いに支え合わなければなりませんよ。片方に比重がよれば関係は悪い方へ流れます。それを貴方は理解していますか」
「勿論です」
彼女となら大丈夫。
その時の自分にはそんな確信があった。
婚約者に決まったことを話せば彼女も喜んでくれて「ウィリアム様を一生お支え致します」と嬉しい事を言ってくれた。
自分達の未来は明るく輝いている。
その事になんの疑問も感じなかった。
けれど自分達の関係は少しずつ変わり始めた。
まずは彼女に王子妃教育が始まった事。
彼女は刺繍や物語を読むことは好きだったけれど、勉強は苦手だった。
授業の為に王城へ通うようになると、あれだけ好きだった彼女の笑顔が消えて行き、段々と顔色が悪くなった。
婚約者として社交を兼ねて彼女の好きな観劇にも出掛けた。
だが、王子の婚約者として注目される彼女は他人の視線ばかりが気になり、心から劇など楽しめないようになっていた。
そして初めて二人で参加した夜会で、彼女は泣いてしまった。未来の王子妃なのに大勢の者がいる場で。
別段何があった訳ではない、ただ陰で王子に相応しくないとそう言われただけだ。ウィリアムだってそれぐらいの陰口はいつも囁かれる。だから彼女が泣く理由が本気で解らなかった。
だけど今なら分かる、弱っていた彼女の心はそんな言葉を受け流す事が出来なかったのだ。
「婚約を解消させてください」
涙を流し俯く彼女に不可と言う勇気は自分には無かった。
それから二年たち、彼女は隣国へ嫁入りしたと聞いた。
なんだか虚しくて、何をしても力がはいらない。
頑張っても無駄、そんな気までおきていた。
ウィリアムは18歳、だが王子妃になるには教育が必要な為、新しい婚約者は10歳以下の少女から選ばなければならない。
母が推薦する少女達と会ってはみたが、皆ウィリアムの話に合わせ無難な答えを返すだけ。
誰でも良い。
そんな気持ちも湧いたが、両親や兄、そして国の事を考えればそうは行かない。
婚約者相手に何の決めてもなく、淡々と過ごす日々の中、母が 「今までで一番の令嬢よ」 と太鼓判を押す少女とのお見合いの日がやってきた。
「失礼いたします」
なんだか疲れ切ったメイドに連れられてやって来た少女は、ランツ伯爵家の娘シーラ・ランツ。
フワフワとした赤茶色の髪に薄緑の瞳に少し釣り上がった目は猫のようだと感じた。
そんなシーラはウィリアムの顔や体を見て明らかにガッカリと肩を落とした。
期待していた人物と違う。
そう言われた気がして美男子だと自覚があるウィリアムは驚いた。
王妃である母によく似たウィリアムはとても美しく、これまで色んな令嬢から羨望の目を向けられていたからだ。
だが目の前にいるシーラは、まるで食べたくも無いとうもろこしが目の前に置かれているかのような、そんな様子。チヤホヤと持て囃されてきたウィリアムには初めての感覚だった。
「……今日は良い天気だね」
動揺からどうでもいい声かけをしてしまう。何とダサい声掛けだろう。自分自身に呆れてしまう。
シーラはニッコリと笑い「そうですね」と答え、話は終わった。
笑顔は作っているが、目が笑っていないシーラ。
なんだか勝負に負けた気がしてウィリアムは無性に腹が立つ。
10歳も年下の少女だ、話が合わないのは仕方ない。
だが今の状況はそれ以前の問題。ウィリアムはそう感じていた。
「シーラ嬢はどんな花が好きかな? 王城の庭園は今チューリップが見頃なんだけど」
「わたくしはアコニツムが好きです」
「ア、アコニツム?」
「はい、強いので」
知らない花の名に動揺すると共に、好きな理由が強いからと言われ困惑するウィリアム。
「あー……普段友達とはどんな事をして遊ぶのかな? 女の子だし人形遊びとか、それとも最近流行りのお菓子作りなんかしたりするのかな?」
「わたくしに友人はおりません」
「えっ?」
「怖がられていますので、仕方がないのです」
「そ、そうなんだ」
馬鹿な質問をしてしまったと思ったが、目の前のシーラは全く気にした様子はない。
友達がいないのに。
「でも弟子は二人います」
「で、弟子?」
「はい、今はひよことお猿ですが、いずれオオワシかゴリラ辺りに進化する予定です。これはししょーであるわたくしの腕の見せどころだと思います」
「そ、そうなんだ」
「はい、そうなんです」
ニコッと笑うシーラ。
だが瞳は正直で、ウィリアムはまだ茹でたとうもろこし程度の存在だ。
どうにかコーンスープぐらいにはなりたい。
目の前の恋略不落な少女を見ているとそう思ってしまう。
流石に今のシーラを恋愛相手とは見られないけれど、話しかけると返事が面白くって、久しぶりに楽しいとそう感じた。
もっと話してみたいかも、シーラに興味を持ったウィリアムはワクワクしていた。
攻略のきっかけをつかむため、シーラの釣書という名の調査書の内容を思い出し、読書が趣味だった事に気が付いたウィリアムはまずそこから攻める事に決めた。
愛読書の話になるとシーラの瞳に輝きが戻ってくる。
そしてグリズリー親子の話になると本当の笑顔を引き出せた。
「宝物庫に行こうか」
「はい!」
シーラの小さな手を取り廊下を歩く。
妹がいたらきっとこんな感じなのだろう。シーラの事を普通に可愛いと思った。
シーラは宝物庫に行く間も、歴史的価値のある肖像画や装飾品が飾られている事に気が付くと、歩みがゆっくりに変わり「おぉう」と変な声が漏れる。それが面白い。
(自分の周りにはこんなにも面白い令嬢はいなかったな……)
母の思惑にハマったようで多少不本意だったが、それでもたった数時間の会話でウィリアムはすっかりシーラに興味をひかれ、彼女ならとそう思えるようにはなっていた。
「ほら、これが熊将軍の甲冑だよ。重さが五十キロもあるんだ。シーラが着たら潰れてしまうね」
「ぬほぉ、かっちゅうですか、かっこいいです」
目を見開き甲冑に見入るシーラ。
まるで猫が獲物を見つけ、その上極上のご飯も目の前に置かれているようで、口元が緩んでしまう。
「兜の部分、傷があるだろう、あそこで敵の剣を受けたんだ。ヘクトール殿は本当にすごいよね」
「はい!すばらしいです!」
シーラと話しているととても楽しい。
趣味が合うことはこんなにも大切だったのか。
ウィリアムは一考した後、シーラに一つの質問をした。
「……シーラ……妃教育についてどう思う?」
まだ幼いシーラにウィリアムはそう問いかけた。
自分の中で答えが出た今、シーラの気持ちを確認したかった。そんな思いからだ。
「妃教育ですか?それは女傑になる第一歩のようにおもいます。とてもみりょくてきな教育ですね」
「魅力的?」
「はい、王妃様はとてもすてきな女性です。わたくしもあんなにすてきな女性になれるのならば、拷問でもなんでも受けたいとそう思いますから」
「フフッ、拷問受けるんだ?怖くないの?」
「はい、ひつようであればわたくしはどんなことでも受けてみせます!それが女傑となる第一歩なのです!」
妃教育と拷問を同じラインに並べることはどうかと思うが、それでもシーラにははっきりとした決意があった。それだけは分かった。
シーラは幼くても強い。
そして自分の未来像をしっかり持っている。
年齢は関係ないのだ。
元婚約者との婚約を両親が何故反対したのか、ウィリアムは分かった気がした。
「ねえ、シーラ、私と婚約しないかい?」
「こんやくですか?」
「ああ、私と婚約するとシーラにとっていいことばかりだと思うよ」
ウィリアムはシーラにぱちんとウインクして見せる。
残念ながら美男子なウィリアムのウインクにシーラは顔を赤らめることはない。まだ目の前の甲冑には負けるようだ。
ウィリアムは指を一つだし「妃教育が受けられる」と誘惑の言葉をかける。
そして次の指を出し「熊将軍の最後の弟子の婚約者になれる」とまた誘惑する。
シーラの表情はみるみる変わり、今は花が咲いたように輝ている。
いつか自分のウィンクにもこれほどの反応を見せてくれたらば、ウィリアムにはそんな気持ちが湧いていた。
「そして最後に、私と婚約し、そのまま結婚することになれば……」
「なれば?」
「私の母上がシーラの母上にもなる。どうだい?すごく魅力的じゃないかい?」
ウィリアムは大勢の援護を借り、シーラに婚約の打診をした。
彼女の興味を自分に引いてみたい。
恋とは違うかもしれないが、運命の相手に出会った気がしたウィリアムだった。
その後シーラ・ランツが第二王子の正式な婚約者に決まったことが発表された。
心配する父アティカスをしり目に、シーラは嬉々として王城に通い。十年近くかかる妃教育をたった五年で終わらせたことに周りを驚かせた。
そしてシーラとウィリアムは、年齢差を感じさせない様子が王城内で度々目撃され、二人の逢瀬ではいつも楽しそうな笑い声が聞こえてくると、その仲の良さが周囲に広まっていった。
「わたしもいつか孤高のメスライオンになるのです!」
猫の様な瞳をキラキラとさせそう言い切ったシーラを、婚約者となったウィリアムは優しい瞳で見つめていたのだった。
これでこのお話は終了です。短い小説でしたが、作者としては楽しく書けて大満足でした。特に父アティカスがお気に入りだったので、彼にはもっと活躍する場面を作って上げたかったです。
ここまで読んで下さってありがとうございました。次回作でまたお会いできることを楽しみにしています。夢子