らいおんはかっこいいとおもいます
「貴女がシーラ・ランツ嬢ね。初めまして、私はガブリエラ・ライオネス。この国で王妃をやっているわ。宜しくね」
今シーラの目の前に、あのベールの女性がベールを取った状態で微笑んでいる。
孤高のメスライオン。
美しくきらめく美貌の持ち主に、女傑好きなシーラはうっとりとしてしまう。
「王妃へーかにお目もじ叶いましたこと、わたくしシーラ・ランツ、光栄のきわみにございます」
シーラはガブリエラ王妃に頭を下げ、しっかりと挨拶をする。
女傑になるための基本、どんな時でも平常心。
それをシーラは体現しているのだが、内心は憧れの熊将軍ヘクトール・グリズリーを遠くから見た時以上に興奮していた。
(ふぉおお! 本物の女傑が目の前にいますわぁー!)
八歳ながら落ち着きのあるシーラを目にし、ガブリエラ王妃は優しく微笑んだ。
「お茶会の後に呼び出してしまってごめんなさいね。疲れているでしょう? 実は私一度あなたと話がしてみたかったのよ。辛辣令嬢と呼ばれる貴女とね」
「はい、王妃へーか、わたくしもお話ししたいと思っておりましたのでうれしいです」
まさかまさか、シーラの二つ名まで王妃が把握しているとは、シーラは感動でビリビリと震えそうな体にグッと力を入れどうにか持ちこたえる。
大人になったらこんな女性になりたい。
そんな目標が今目の前にいるのだ、興奮しないはずがない。
ガブリエラ王妃陛下はいわばシーラのミューズ。
本人と顔を合わせ尚更そう確信したシーラだった。
「ねえ、シーラ嬢、貴女お茶会会場に来て直ぐに私の存在に気が付いたでしょう? 私の変装は完璧だったと思うのだけど、それはどうしてかしら?」
ベールの女性に扮していたのはやはり変装だったのだ。
シーラもいずれはその特技を身につけようと思いながら、王妃の質問に答えた。
「はい、わたくしが王妃へーかにーー」
「ガブリエラで良いわ」
「はい、ありがとうございます。わたくしがガブリエラさまに気が付いた理由は、王者のふうかくです」
「……王者の風格……?」
「はい」
シーラはガブリエラ王妃に何故その存在に気が付いたのかを説明する。
ガブリエラ王妃には隠し切れない気品があり、また隠し切れない威厳が出ているのだと伝えた。
「ガブリエラさまはまさに孤高のメスライオンのようでした」
「メス……ライオン……」
「はい、何者をもよせ付けない圧がガブリエラさまにはあるように感じました」
「圧……」
「はい、わたくしもいつかガブリエラさまのような圧が出せる女性になるのがもくひょーです!」
「まあ!」
ガブリエラ王妃は扇子を広げオホホホと笑い出す。
女傑には扇子も必要なのかと、シーラは父に購入を頼むことを決め、雰囲気あるガブリエラ王妃の姿を見ながら満足していた。
「はぁー、あはは、シーラ、貴女噂以上に面白い子ね」
「うわさ?」
「ええ、噂よ」
自分に噂があることは父から聞いていたが、そこまで広がっていたのかと嬉しくなる。
辛辣令嬢という二つ名と共に国中に広がるシーラの噂。
もう女傑の仲間入りをしているのではないか? シーラはちょっとだけ鼻が高くなった。
「ねぇ、シーラ、貴女、私の息子と結婚しない?」
「けっこん? ですか?」
「ええ、結婚よ」
息子と結婚と言われてもシーラには何も響かない。
ガブリエラ王妃の奴隷になれ。そう言われた方がときめくだろう。
一応この国の王子との結婚を打診されているのだが、シーラには何の思いもない。52歳年上の子熊将軍との結婚を打診される方がときめくのだ。
一瞬ですんとした表情になったシーラを見て、ガブリエラ王妃がまた「オホホホホ」と楽し気に笑った。
そんな姿がまた素敵だと、シーラの頬も緩んでしまう。
「シーラ嬢は他の子達と違って面白いわ。貴女と話しているとやっと意中の相手に出会った時のようなときめきが湧いてくるわね。これは本当の気持ちよ」
「ふぉおお、光栄です」
「ウフフ……」
ガブリエラ王妃がシーラへ結婚の打診をした息子は第二王子。
王妃に似て美しい顔を持っているので令嬢達から人気は高い。
だがシーラはガブリエラ王妃にときめくと言われた事の方が嬉しくってしょうがない。
第二王子との結婚話など、そのおまけのようなものだった。
「ねぇ、シーラ嬢、取り敢えず息子と顔を合わせてみない? あの子にお城の中を案内させるわよ」
「行きます!!」
お城を案内して貰えると聞いた瞬間飛びついてきたシーラにガブリエラ王妃はまた笑う。
「楽しみにしているわね」
そんなガブリエラ王妃の言葉に笑顔で頷くシーラだった。
動揺する父を屋敷に残し、意気揚々と城へとやって来たシーラ。
初めての王城内に「おぉぅ」と令嬢らしからぬ声が漏れる。
廊下に飾らせている甲冑や、騎士が描かれた絵画に心惹かれ足を止めたくなるが、残念ながら第二王子との顔合わせという名のお見合いが待っているため、そうもいかない。
静々と出来るだけ時間を稼ぎながら歩き、やっとこさお見合い会場に着く。
案内してくれたメイドは疲れたのか、ひっそりとため息をついていた。
「やあ、シーラ嬢、待っていたよ。私が第二王子のウィリアム・ライオネスだ。今日は宜しくね」
「はい、よろしくお願いいたします。シーラ・ランツです」
ウィリアム王子はガブリエラ王妃によく似た見た目で、童話に出てくる様な王子様そのものだった。
年齢は18歳、結婚適齢期、良いお年頃だろう。
金色の髪は艶やかで緑色の瞳は宝石のようだ。
その甘いマスクでニコリと笑うと白い歯が光る。演劇界でもプリンス役が似合いそうだと思える。
シーラ以外の令嬢ならば一瞬でウィリアム王子の虜になりそうなところだが、シーラのウィリアム王子に対する第一印象は 「弱そう」 という残念なものだった。
これは熊将軍ヘクトール・グリズリーとウィリアム王子を比べた感想だ。仕方がない結果だろう。
「シーラ嬢の趣味は何かな?」
お茶を飲み始めると、ウィリアム王子が当たり障りのない質問を始める。
一応はお見合いなのでそれも当然だ。大人な対応だろう。
だがシーラはすんとした表情のまま「読書です」と簡単に答えた。
ここでシーラからもウィリアム王子に質問を掛けるべきなのだが、ウィリアム王子にまったく興味がないシーラは、一人美味しいお茶を楽しむ。
(うちでは飲めないおいしさですわ)と王子よりお茶が大事だ。当然だろう。
「私も本は好きなんだが、シーラ嬢はどんな本を読むのかな?」
お見合いを成立させる気のないシーラを見かねたウィリアム王子が、困ったようにシーラに話しかける。
全くお見合いにヤル気がない相手、それも八歳の幼い女の子。
ウィリアム王子も持て余しているのかもしれない。
「わたくしの一番好きな本は英雄伝です。最近のお気に入りは女傑歴伝です」
ハッキリ言い切ったシーラに、ウィリアム王子は「ああ、あの本か」と笑顔になる。
その笑顔にシーラの英雄センサーが反応した。
「王子殿下もーー」
「ああ、ウィリアムで良いよ」
「はい、ありがとうございます。ウィリアムさまも英雄伝をたしなむのですか?」
ここに来て初めてキラキラした表情を浮かべたシーラにウィリアム王子もホッとする。
共通の話題が出来て一安心。母(ガブリエラ王妃)に怒られなくて済みそうだ。
「うん、私はジクトール・グリズリー殿に剣を習っていてね」
「ジ、ジクトール・グリズリーさまですか?!」
驚くシーラを見てウィリアム王子も驚いた表情を浮かべる。
「おっ、シーラ嬢はジクトール殿をご存じなのか?」
「はい、もちろんです! 子熊将軍はわたくしの憧れのかたですから!」
「アハハ、そうなのか、それは私と一緒だねー。仲間がいて嬉しいよ」
「わたくしもうれしいです!」
ウィリアム王子がジクトール・グリズリーから剣を習っていると聞き、シーラの中で王子の株が一気に上がる。
つまりウィリアム王子はジクトール・グリズリーの弟子。
将来的にジクトール・グリズリーのように逞しくなる可能性は十分に高い。
婚約者として 「無し」 だったウィリアム王子がちょとだけ 「有り」 に変わった瞬間だった。
「私は幼いころからヘクトール・グリズリー殿、熊将軍に憧れていてね」
「おおぅ、ヘクトール・グリズリーさまですか?!」
「うん、だからヘクトール殿から剣を習いたいと我儘を言ったんだ、そしたらジクトール殿がヘクトール殿と一緒に来てくださった。憧れの方と会えたんだ凄く嬉しかったよ」
「それは嬉し過ぎますね!」
「うん、その上私の弟弟子にならないかってジクトール殿が言って下さったんだ。つまり私はヘクトール・グリズリー殿の弟子、熊将軍の最後の弟子になるんだ」
「さ、最後の弟子?!!」
「うん、凄いだろう?」
こくこくと連打で頷くシーラを見てウィリアム王子も満更ではない気持ちになる。
これまでこれ以上に熊将軍親子の話をすれば聞いているようで全く聞いていないそんな状態な令嬢ばかりだったので、シーラのこの感激ぶりには胸を打たれた。
「ああ、そうだシーラ嬢、ヘクトール・グリズリー殿の鎧を見たくはないかい? 勿論あの戦争の時のものだよ」
「見たいです!」
シーラは力一杯答えた。
父の死に目でも同じ返事を返す。それは絶対だった。
「じゃあ行こうか。宝物庫にあるんだけど、私がいれば入れるからね」
「はい、行きます!」
手を取り合い二人は宝物庫に向かう。
今はまだ恋人にも婚約者にも見えない二人だが、意気投合したため話は弾む。
兄と妹のような様子のウィリアム王子とシーラは、その後見合いの予定時間が過ぎてもまだ会話が続いた。
そして数日後、シーラの下に王城から使いがやって来る。
第二王子との婚約の正式な打診。それだった。
娘は断るかもしれないと恐怖に駆られていた父アティカスは 「受けます!」 と笑顔で返事をしたシーラに驚くとともに、ウィリアム王子のシーラを操る手管に感心をした。
噂の辛辣令嬢が第二王子と婚約をした。
その話は瞬く間に国中を走った。
辛辣令嬢だと揶揄した貴族達は顔を青くし、未来の王子妃に怯えることになったが、シーラがそんな輩を気にする事など一度も無かった。
二人はまだ恋とは呼べない間柄だが、その仲は良好。少女達の憧れカップルの一組だ。
シーラの初恋や二度目の恋は実らなかったけれど、自分にピッタリな婚約者相手を見つける事が出来た。
それに父を始め家族皆がこの婚約を喜んでくれた。
「ウィリアムさまをこのわたくしが英雄にしてみせますわ!」
英雄好きなシーラが大満足する婚約となったのだった。
遅くなりました。明日が最終話です。m(__)m