うさぎはちょっとだけにがてです
「はぁ~」
今日シーラは、羊の会に集まる年頃の女の子たちのお茶会に向かっていた。
本来ならば母セレナと向かう所だが、今現在母セレナは妊娠中。
とてもじゃないがお茶会など参加できるはずもなく、シーラは一人でお茶会の会場であるラトン伯爵家へと向かっている。
父アティカスが一緒にと手を挙げてくれたが、勿論断った。「女のたたかいにだんせーが口を出してはいけません!」との新女傑歴伝からの引用だ。
父は眉毛をへにょりと下げていたが、シーラはぐっと眉毛を上げた。
負けてはいけない戦いが始まりますわ!
新女傑歴伝を読むうちに、シーラのライバルになる人物はお猿なサイラスや、ひよこなジェームスではなく、同じ年頃の女の子達だと学んだシーラ。
愛する人を手に入れる為には戦うしか無い!
シーラは二度目の恋の成就に向け、動きだしたのである。
実はシーラはこの女の子たちのお茶会が苦手である。
羊の会よりはマシだが、それでも同じ年頃の少女達というのが何よりも苦手だった。
何故かというと、女の子たちの会話がシーラとはまったく合わないのだ。
母親と作ったドレスの話や、素敵なショップや宝石の話。
そして何よりも一番嫌なのが同じ年頃の男の子達の話だった。
どこそこの誰々がかっこいいとか素敵だとか言われてもシーラにはピンとこない。
先日ハンカチを拾ってくださったのよっと聞いてもそれがどうした、その後斬りかかられたのか?と聞きたいぐらいだ。
勿論シーラだって彼女たちと話を合わせようと努力した。
ドレスの話が出れば、生地がどこで作られたかを話題に出し、その領地の特産品や昔から伝わる英雄伝などを話して聞かせる。
そしてショップや宝石の話が出れば、女傑歴伝にのっていた宝石についての逸話を出して話した。
一人の悪女は美しい宝石の為に年頃の少女達を集め、生血を取出しその血の中に宝石を入れ赤く染めたという話。
そして青き宝石と呼ばれた女傑は、多くの宝石を集めるため次々に男の間を渡り歩き、最期には皇帝の妻に納まったという逸話。
どれも昔話と言われるものだが、歴史好きには常識的な話でもある。話をするシーラも当然ある程度は皆知っていると思っていた。
そして恋バナ最大のテーマ。自分が好きな人の話。
シーラが大好きな男の子である熊将軍、ヘクトール・グリズリー享年81歳の話をすれば、最期は皆何故か涙目になってしまい、プルプルと震え怯えるうさぎのようだった。
この国で有名な話である熊将軍の逸話。敵将の首を意図も容易く落したことや、自分の傷を塞ぐため自ら傷口を焼いた話。
そして敵陣に一矢を飛ばし、陣地を焼き払った話など、この国の国民の一般常識を話しただけなのだが、真っ青な顔になり震える少女達を前にシーラには意味が分からなかった。
「ふぅ〜、今日こそはウサギさん達をいじめないように気をつけなければですわ……」
そんな気は全くないのだが、フルフルと震え目に涙をためる少女達を見ると、シーラは意地悪している気分になる為、女の子達のお茶会が苦手なのだ。
女傑になる為には女の子たちとの会話を上達させなければ! そんな目標を胸に、シーラは苦手なお茶会へと向かったのだった。
お茶会会場であるラトン伯爵家に着くと、シーラの目に一人の女性が入ってきた。
ベール付きのトール帽を被り、顔がハッキリと分からないようにしているが、口元やその鼻立ちから美しい貴婦人であることは分かる。
ゴールドに近い落ち着いた色合いの黄色のドレスも一級品で、大国と呼ばれるビリジアン王国で作られた生地だと分かった。
それに佇まいも美しい。
背筋がシュッと伸びていて、ただ座っているだけなのに気品がある。まるで孤高のメスライオンのようだ。
それはシーラが目指す女性像その物。そしてそれを体現しているような女性が目の前にいる。
憂鬱だったお茶会が一気に楽しみになったシーラだった。
「ラトン伯爵夫人、本日はお茶会にお招きいただきありがとうございます。ランツ家が長女シーラでございます。よろしくお願いいたします」
「まあ、シーラさん、お一人で良くいらしてくださいましたね。どうぞ楽しんで行って下さいね」
「はい、ありがとうございます」
シーラがお招きの挨拶の為ラトン伯爵夫人の下へ向かうと、ベールの女性がすすすっとラトン伯爵夫人の後ろへとやってきた。
小さなシーラからはラトン伯爵夫人もベールの女性も見上げる形となる為、チラリとベールの女性の顔が見えてしまった。
その美しい顔には見覚えがあり、この国で一番の有名女性であり、先日の国葬でとうもろこしの隣にいた女性だと分かった。
けれどベールを着けているということはお忍びであろうとシーラは気が付いた。
まるで諜報員か工作員のようで歴史もの好きのシーラはワクワクした。
ふとベールの女性と目が合い、シーラは頷く。
(お忍びのことはわかっています。わたくしはあなたのみかたですわ)
そんな思いも込めてウインクしてみる。
きっとこのお茶会会場にベールな女性が見張りたい敵がいるのだろう。
挨拶を終えラトン伯爵夫人から離れたシーラは、自身もスパイか探偵になったようで口元には悪い笑みが浮かんでいた。
「シーラ様、こちらへどうぞ」
ラトン伯爵家の娘ブレンダがホストとなりシーラを席へと案内してくれる。
ブレンダはこのお茶会では年長組、間もなく学園へ通う十二歳となる為、シーラよりずっと大人っぽい。
「今日のお菓子はビリジアン王国から取り寄せました干し葡萄を使っていますのよ」
ベールな女性が気になるシーラは「ありがとうございます」と心ここにあらずのまま挨拶をし、お菓子など気にしないまま席に着いた。
そして女の子たちの会話を笑顔で聞きながらも、ベールな女性をチラリチラリと見てしまう。
「……あの子……あとで……わ」
「かしこまりました……しましょう」
ラトン伯爵夫人とベールな女性の会話は頑張ってみたがハッキリとは聞こえない。
でもそれがまたシーラの琴線に触れる。
他の少女達はみな話に夢中で、ベールな女性の正体には気付いていない様で、それがまたシーラの興奮度を上げてくれる。
(あんなに有名な方がいるのに……みなさまドレスの話の方がだいじなのですわね。いいえ、ちがいますわ。あの方のへんそうが完璧なだけ! それだけなのですわ)
憧れの女性を見つけたシーラは変装という特技に興味をもった。
父アティカスが知ったら気を失いそうな趣味だろう。
「シーラ様には、婚約者様はいらっしゃいますか?」
「……えっ?」
ホストなブレンダは順番に少女達に話を振っていたようで、気が付けばシーラの番となり、話を振られ驚いてしまう。
「こんやくしゃ? ですか?」
「ええ、まだいませんの?」
学園前に婚約者が決まるのが基本なこの国で、シーラの年齢であれば婚約者がいても可笑しくはない。
なのでブレンダは当たり障りのない話を振ったようだが、シーラ的には微妙な話だった。
ジェームズもサイラスも一応はシーラの婚約者候補。
けれど今ではすっかりシーラの友人兼弟子であり婚約者とは呼べない。
今後万が一があったとしても、シーラに二人への恋心が芽生える気はしなかった。
「わたくしには婚約者はいませんが……好きな相手はおりますの」
ホストであるブレンダの折角の好意を無駄にしないため、シーラは二番目の恋の話題を少女達に振る。
女の子といえばやっぱり恋バナ。シーラの発言を聞きウサギな乙女たちから「キャ~」と歓声が上がる。
盛り上がりそうな話にホストなブレンダも好感触。
「どんな方ですの?」と早速飛びついて来た。
掴みはバッチリなようだ。
「わたくしの好きな方は……とても逞しい方です」
「まあ、もしかして騎士の方ですの?」
「きゃあ、素敵ですわ」
キャッキャッキャッキャッと盛り上がる乙女たち。
いつもは失敗する会話が成立してシーラの気分も上昇だ。
「あの方は少し年上で、わたくしの存在になどきづいていないのです」
「まあ、なんてこと……」
「学園の方かしら……」
「気づいて欲しいですわ」
少女達は悲し気な表情を浮かべる。
この年代の女の子達にとって少し年上というのは大きな壁。シーラの悲しい気持ちがよく分かる。
二度目の恋の相手熊将軍の息子ジクトール・グリズリーは、シーラからしたら少し年上の恋する相手なので噓は言っていない。実際は52歳差で親子以上だが、シーラにしてみれば些細な問題だった。
「それにあの方には想う方がすでにいるようですの、父にもはんたいされてしまって……」
「そんな!」
「酷いわ」
「認めてあげて」
想う相手というよりジクトール・グリズリーには妻がいるのだが、シーラ的にはそこは気にならない。父の反対さえなければ第二夫人でも良いからだ。
「でも……いつかこの想いがとどけば、わたくしはそれだけで幸せなのです」
「まあ、シーラ様、なんて健気なのですか」
「私応援いたしますわ」
「頑張ってくださいませ」
いつもと同じくウサギな少女達はシーラの話を聞き涙目になったが、皆青い顔ではなく、今日は頬がバラ色に染まり、シーラのことも異物を見るような目ではなく、物語の主人公を見ているように羨望の瞳を向けていて、心地よい。
そのうえ女傑と呼べる理想の相手にも出会え、顔も見られた。初めて満足なお茶会になったと嬉しい気持ちになったシーラだった。
電波の悪いところで修正していたら、修正場所は保存されずに投稿されてました。お見苦しくて申し訳ありませんでした。夢子