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ひつじはきらいではありません

 新女傑歴伝を手に入れたシーラは、早速本を読むため木陰に用意されたベンチへと向かって行った。


 シーラの周りでは羊の会の子供たちが群れている。


 羊は嫌いではないシーラだが、出来れば強い熊かライオン辺りに囲まれて過ごしたいと、そんな危険な思考へと陥る。


 やっと新本を読めると、ベンチに座りホクホク顔で辺りを見渡して見れば、今日出席している少女達はピンクや黄色のドレスを着ており、とても華やかであまり強そうには見えない。


 どんなに可愛いドレスを見てもシーラの琴線に触れることは無く、残念ながら着たいとも思わない。


 強いて言うならば緑か茶色のドレスであれば、本を読むのに自分の邪魔にはならないのにと思うぐらいだ。




「あ、あの……こんにちは、君も本が好きなの?」


 新女傑歴伝の中、一人のヒロインが悪役男性のある物を蹴り上げる重要なシーンに夢中になっていると、一人の男の子がシーラに話しかけて来た。


 年齢はシーラと同じぐらいだろうか。

 黄色いふわふわの髪に黒い瞳、生まれたばかりのひよこの様だとシーラは思った。


 そんなひよこは手に植物図鑑を持っており、シーラと同じように本が好きだと分かる。


「こんにちは。ええ、そうですわ、わたくしも本が大好きですわ」


 実際シーラは本が好きというよりは、英雄や女傑、ダークヒーローや悪女などが好きなのだが、そこは話が広がると面倒な為、本が好きだとシーラは簡単にまとめた。


 新女傑歴伝の先を読むことを邪魔されたくはない。

 それがシーラの本音だった。


「あの、ぼ、僕も君のとなりで本を読んでもいいかな?」


 ひよこにまた話しかけられ、シーラはイラつきを隠しながら頷いて了承する。

 とにかく何でもいいから本の続きを読ませてくれ。

 そんな気持ちで一杯だった。




 二人ベンチに並び本を読む。


 側から見れば仲良くしているように見える二人だが、勿論出会ったばかりの二人に会話などある訳がない。


 シーラは真新しい本に夢中で隣に座るひよこに気を使う余裕などないし。

 ひよこがシーラにどうやって話しかけようかとソワソワしている事など、気付きようもないのだった。


「なーんだー、弱虫ー、こんなところで女と本なんかよんでるのかよー」


 女傑の一人が敵将を寝室で欺きその首を掻き切ったそんな重要な場面で、シーラとひよこに話しかけて来た命知らずな少年がいた。


 年齢はシーラより二つ、三つ上だろうか、貴族にしては珍しい暗い茶色の髪に、琥珀色の瞳。そして体の線は細く手足が長いためちょっとだけお猿のようだと思ってしまう。


「おい!聞いてんのか?! お前に話しかけてんだよっ!」


 お猿はひよこを指差しそう叫ぶ。

 自身の後ろには取り巻きなのか性格の悪そう(シーラ視点)な少年が二人いて、ニヤニヤと笑っていて、まさに悪党そのものだ。


 仕方なくシーラの隣に座るひよこへと視線を送ってみれば、フルフルと震え目には涙が溜まっており今にも泣きそうな様子に見えた。


(これはイジメですわね! ついにわたくしの出番ですわ! 今日この日がシーラ・ランツの女傑な歴史のはじまりではないでしょうか!)


 敵を目の前にしたシーラの心に炎が宿る。

 大好きな熊将軍ヘクトール・グリズリーならばイジメを見逃すはずがない。


 シーラは大切な本をベンチに置き汚れないようにきちんとハンカチを掛ける。お猿やひよこはどうなろうともこの本だけは守らなければならないからだ。


 立ち上がったシーラは自分より年上なお猿たちを睨みつけ、ずいっと前に身を乗り出す。

 英雄ヘクトール・グリズリーを心の底から尊敬するシーラに、怖いものなど何もないのだった。


「ごきげんよー、お猿さんたち。あなたたちが話しかけているのはこのわたくしでよろしくって?」


 立ち上がり逃げ出すのかと思った少女が、急に自分達に話しかけてきて驚くお猿な少年たち。

 その上 ”猿” 呼ばわりされた事に遅らせばながら気が付いた。


「お、おまえ、生意気だぞ! この俺の事を猿だって言うのかっ?!」


 ドンとお猿に肩を押されシーラはよろめく。

 年齢が二つ三つ違ううえに相手は乱暴な男の子、シーラのようなか弱い女の子が押されれば倒れそうになるのは当然だった。


 だがシーラは攻撃を受けた事に何故か喜ぶ。


(わたくしいま、本ものの英雄のようではなくって?!)


 また一歩熊将軍に近付けて大満足なシーラ。


 怖がらせるために脅したはずなのに、ニヤリと笑い喜んでいるように見える奇怪な少女。


 お猿な少年たちはちょっとだけシーラに不気味さを感じ始めていた。


「な、なんなんだよお前! 気持ち悪いなー! あっち行けよ!」


 お猿少年はまたシーラの肩を押す。だが怯える敵役を前にして英雄シーラが下がる訳がない。

 笑顔のまま少年たちにまた一歩近づくと、シーラは子供たちに「シッ」と黙るようにと指を出す。


「ねぇ、あなたたちごぞんじかしら? この羊の会がなんのためにあるか? わたくしたちはかこわれた羊なのですよ、その意味があなたたちにわかっていて?」


 黙れと合図された為素直に口を塞いだお猿たち、シーラの言葉の意味が分からず首を傾げる。


 シーラはそんな敵に対し満足そうに頷くと、その辺りにいる使用人を適当に指差した。


「あの使用人はこの国のちょーほーいん、わたくしたちの行動をみはっていますわ」

「「「えっ?」」」


 思わぬ言葉にお猿たちは驚きを隠せない。

 大振りで振り返り使用人へと視線を送る。


「それからあそこにいるメイドもちょーほーいん、さっきから女の子たちの会話をくわしくメモしていますわ。だれが何を言ったかきっとじょーしに報告するのでしょう。ここでうかつな事は話せないですわねー、ウフフフ……」

「「「へっ?」」」


 振り向けばメイドは確かにメモをとっている。


 ただそれは少女達からの飲み物の注文を受けた時のカンペに近いメモ帳なのだが、お猿な少年たちにそんな事が分かるはずもない。


 シーラは怯えだしたお猿な少年たちに今度は不敵な笑みを向けた。


「いいですか、お猿さんがた。ここは子供のしゃこーのばですの。わたくしたちは未来のきぞく、この国をすべる王族につかえるみ、おろか者はいらないのですよ」


 シーラにそう言われてみたが、それでもお猿達はよく分からない。


 見張られている。


 ただその言葉が悪いことをしているという意識のある少年たちを益々怯えさせた。


「いじわるをする子をしよーにんのじょーしが見のがすはずがありません。あなたたちはいつも羊の会の後はおウチで注意されているのではなくって?」


 身に覚えがあるのか、お猿な少年たちはシーラの的確な指摘にグッと喉を鳴らす。


 いつも元気に走り回っている彼らは羊の会の後両親に注意を受けるのだが、その事が 「虐めを見られている」 とそんな疑心暗鬼に拍車をかけた。


「一人に三人がかりでいじわるをするのはきぞくとしてはずかしいこうい、あなたたちに輝かしい未来はありません。かくごしなさい!」


 お猿な少年たちは英雄シーラにビシッと指さされ、今にも泣きそうに目をウルウルとさせている。


 どうしよう、怒られる。


 彼らの頭の中はそんな恐怖でいっぱいだった。



「それからあなた、ひよこなあなたのことよ」

「ひっ!」


 シーラはベンチに座るひよこな少年に振り向くと指を指す。

 英雄シーラを目の前に、被害者な少年は真っ青だ。

 半分以上泣いているに等しい。


「あなたはもっとしっかりしないといけないわ。人見知りはしょーがないけれど、さいていげんの挨拶をしなければきぞく社会ではなめられるのよ」


 お猿な少年たちみたいな輩に目をつけられるのも自業自得だと、英雄シーラはひよこ少年にも厳しかった。


「とにかく、あなたたち、しょーらいのことを考えて行動しなさい。はじをかくのはあなたたちだけでなくってご両親もなのよ!」


 叱責するシーラの目の前、最初に涙を流した人物はすでに我慢の限界だったひよこ少年だった。


「うわぁ〜ん、ごめんなさーい」


 特に悪い事はしてないがシーラの勢いに謝らなくてはと涙する。


「ひっく、ひっく、うわー、俺達が悪かったよー!」

「「ごめんなさいー!」」


 ひよこ少年が泣き出した事でお猿な少年たちには罪悪感が生まれたようで、彼らも堰を切ったように泣き出した。


「うふふ、あなたたち分かればよろしくってよ。このことをきょーくんに心を入れ替えなさい。さて、これにて一件落着ですわね」


 泣きじゃくる少年たちに囲まれ、ふんすと鼻息荒い一人の少女。

 その上服装はこの場に似合わない喪服姿。

  

 傍から見れば堕天使シーラが彼らを迎えに来たかのようで異様だった。


 羊の会での地獄絵面。


 騒ぎを聞きつけ駆けつけた父アティカスは、この日のことをそう呼ぶようになったのだった。


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