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第6話 「なんでこんなところに」

「アニキ。何してるの?」


 翌朝、川辺にいた僕は、背後からの迫る気配に全く気がつかずにびくりと驚いて魚の様に飛び跳ねてしまった。


「み、水を蒸留しておこうかと思って」


 振り向いた目の前に妹の顔はなかった。僕の視線を少し上げると妹の足が目に入ってきた。


「ふーん。川の水をそのまま飲んでもいいんじゃないの?」


 焚き火で熱している鍋の横に、空中からふわりと降り立った妹は少し不機嫌そうな態度だった。


「まあ、生水は危険かもしれないしね。って、こんなことで『能力』使うんじゃない!」


「今朝も起きたら、いないから……心配して、探したのに」


「大丈夫でしょ。熊とか狼とかいるわけがないだろうし」


「『怪物』が現れるかもしれないじゃない」


「『怪物』が……? こんなところにでてきたりはしないだろう」


「えー。分からないでしょ」


「何をしにくるの……さ」


 そう言った瞬間に、海から大きな音がした。何かが爆発したような音だった。


 僕らが振り返ったその視線の先には、水が湧き上がるように飛び散っていた。大きな風でぶつかった波しぶきだけではないのはすぐに分かった。何かが海中から飛び出てきたようにしか思えなかった。


(まさか……そんな)


 さっき、妹に言いかけたようにこんな島にでてくる理由が分からない。あるはずがない。


 そう思いながら、水が落ちていくのをじっと見ていた。水がなくなった浜辺に立っていたのは『怪物』だった。2メートルくらいの大きな真っ黒な人型。影が歩いているようにしか見えないその姿は、僕らが最近見慣れた敵――『怪物』――だった。


「アニキは隠れてて。任せて!」


 『怪物』は砂浜に上陸すると、木をなぎ倒しながら森の中へと入ってきていた。


(なんでこんなところに? そして僕らに向かってきている?)


 なぎ倒された木の跡の道を見ても、『怪物』は一直線に僕らの方に向かってきていた。ただ、そのまま真っすぐ進んだ先には崖がある。僕は見下ろしながら、『怪物』がどちらに向かうかを見極めようとした。


「え?」


 しかし、僕のそんな甘い考えを見透かしたかのように『怪物』は真っ直ぐに崖を這い上がろうとしてきた。慌ただしい動きではなかったけれど、巨大な体ということもあって一歩一歩登るたびにかなりの距離を詰めてきた。


「うわっ、うわ」


 僕は姿勢を下げて振り返って距離を取ろうとした。他の人から見れば、みっともなく四つん這いになったりしながらその場から逃げ出したように見えただろう。


「アニキには触れさせない」


 妹は崖の上から『怪物』に向かって飛び降りた。見事に片足を伸ばした姿勢で『怪物』に飛び蹴りを突き刺したその姿はあまりにも美しい姿で体操選手かなにかのようだった。


 必殺のキックで、『怪物』は仰け反って崖から離されると森へと落ちていった。


 スローモーションで、巨大な黒い人間の姿をした『怪物』は妹と一緒に落ちていくように見えた。悲鳴を上げたような気がしたけれど、声を上げつづけることもできずに体には亀裂が入っていた。


 儚げに徐々に消えていく『怪物』を見ていたけれど、妹はもう一度『怪物』にキックを喰らわせて今度は天高く飛び上がった。情緒も何もなく粉々に砕け散った『怪物』を少し哀れに思いながら、空中で物理法則に逆らって飛び上がった妹は、はるか上空から僕の隣に華麗に降りてきた。


「どう? すごい? 感謝してもいいよ?」


 どや顔で自慢してくる妹は、煩わしかった。でも、助かったのは事実なので、子供の頃のようにすごいすごいと言いながら頭をなでてあげたら不機嫌そうな顔で手を払いのけられてしまった。


「しかし、何でこんなところに怪物が?」


 崖の上から、真下の森や離れた海辺を恐る恐る見回した。周囲には何もない。他の『怪物』もいない。でてくるような兆候もない。さっきの『怪物』も消えたので、多少なぎ倒された木々以外はほんの数分前と何も変わらない景色に見えた。


「アニキの匂いを追ってきたとか?」


「なんで、僕なんかを?」


「ほら、『マナ』をいっぱい蓄えているのが、『怪物』にも分かるとか」


「なるほど……」


 納得しかけたけれど、そんな理由で動いているのだったら、もっと前から僕らの基地に真正面に向かってきてもおかしくない。何か不自然な気がして思考が停止してしまう。


「最近の『怪物』は何か変だと、美咲も思う?」


「ん? なんの話?」


「昔の『怪物』と変わっている気がして、実際戦っていて何か感じることはないのかなって」


「うーん。そうだね。ちょっと人間っぽい感じ?」


「人間っぽい?」


 ちょっと意外な答えだったので、少し声が大きくなって聞き返した。


「最初の『怪物』はなんていうか、動物っぽい感じ?」


「その例えが全然分からない」


 いつだって美咲の言葉は感覚的だ。ずっと一緒に暮らしていた僕でも理解するのに時間がかかってしまう。


「えー。ほら、最初の『怪物』はお腹がすいた獣みたいに人間を食べようとしていたじゃん」


「食べてはいなかったと思うけど……。確かに人を襲っていた。生命力をもらいたいみたいに……」


 そんな現場を何度も見てきた。


「最近の『怪物』は、どう違うの?」


 形が違う。なんとなく動きが違うのは分かっていた。ただ、最近の『怪物』は大きすぎて危険すぎて僕はあまり近くで戦うことはなかったので、実際に戦っている妹の意見を聞いてみたかった。


「んー。何ていうのかな。こっちのこと意識している感じ?」


「さっぱり分からない。美咲たちのことを見ているってこと? 例えば、嫌らしい目とかで」


「何それー。そんなんじゃないよ。アニキの変態」


 冷たい目で睨んでいるようだけど、微妙に自分の体をくねらせて僕の視線を意識している姿はどこかうざかった。


「じゃあ、何なの?」


「うーん。私たちの期待通りの悪役っぷりっていう感じかな」


「……」


 何を言っているんだと、その瞬間は思ったけれど、最近の怪物の行動を思い出すとなんとなく言いたいことが分かるような気がして、頭を捻って思い出そうとしていた。


「氷の必殺技を研究してたら、凍らせないといけない『怪物』が現れたりとか?」


「あー、うん。いたね。そんなのも! そうそう、スピード勝負したい時にしてくれるみたいな。あとは、組織のむかつく偉そうな人たちの建物を壊してくれたりとか」


「最後のは聞かないことにしておこう……」


 そう言われると、最近の『怪物』は、わざわざこちらに合わせた敵らしい怪物な気がしてきた。


(わざわざ……?)


 普通に考えるなら……。


(次に現れる『怪物』を知っていたから、『戦うヒロイン組織』が僕らを誘導した……?)


 初期の『怪物』は、組織かどうかは分からないけれど人工的に作ってしまった存在なのだろう。そこははっきり言われたことはないけれど、僕らも確信していた。でも、最近の怪物はどこか違う。怪物から生まれた新たな『怪物』なのだと思っていた。


(それに、そうだとしたらさっきの『怪物』は何をしにきたのだろう……)


 何かが違う気がする。結論から逆に無理やり考えた感じは拭いきれない。


 最近の怪物は、『戦うヒロイン組織』が作ってしまったものなのかもしれない。


(まさか、僕たちを消しにきたとか……)


 さすがにそこまではやらないだろうとは思っている。居場所を掴んでいるのなら、まずは説得をしにくるはずだ。それほど、戦力に余裕はない。僕らの部隊がいなくなるのなら、それはなおさらだ。


「どうしたの?」


 覗き込んできた美咲の髪の先が、僕の頬に触れていた。


「僕は、組織の秘密を知りすぎてしまったのかもしれないなあって」


 芝居がかった言葉に妹は、真剣に目を見開いて反応していた。


「そうか、あいつら、そんなことを! 大丈夫、アニキは私が守るからな」


「ああ、違う違う。冗談だよ。冗談」


 そのまま空を飛んで殴り込みにでもいきそうな妹を、慌てて押さえ込んでいた。


「え」


「組織は、僕らのことを殺しにきたりはしないよ。いなくなって一番困るのは彼らだからね」


「えー。そう? あいつら絶対怪しいって」


「怪しいとは思うけどね」


 最初の頃の『怪物』のことは間違いなく知っていただろう。それに加えてまだ、何かを隠している。


 だから、あんなに慌てて、美咲たちを出撃させていたのだ。


 多分、それは組織にも想定外だったのだろう。


 考え込みながら、僕たちは住み処の洞窟が見える場所まで戻ってきた。

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