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第5話 続「疲れちゃったから、体液を吸いたいな」

「じゃあ、アニキはゆっくり休んでなー。食べ物とってくるから」


 明るく元気にそんな言葉だけを言い残して、美咲はまた元気に洞窟の外へと文字通り飛び出していった。


 また、一人洞窟の中に取り残されてしまう。当然、周囲には誰もいない。波の音と風に揺れる草木の音がわずかに聞こえてくるだけの空間だった。ちょっと元気になっただけに、何もすることがないぼーっとした時間は、貴重な時間だと思うのと同時に無駄に過ごして悪いことをしているような気もしてしまった。


 少し元気にはなってきているだけに、それほど眠り続けられるものでもない。きしむベッドの上で天井の岩を眺めながら、何度も寝返りを打っていると、自分の指が目に入った。


 白いシーツの上に、血を流すために最近も何度かカッターで傷つけた跡が残っていた。リスカのあとのような傷跡が残ってしまった人差し指はちょっと気持ち悪いと自分の指なのに目を背けた。


(最近、緊急事態が多かったから仕方がない……)


 それでも、ちょっと自分を傷つけ過ぎたと反省していた。もっと外でも冷静に針とかで上手く血を流せればよかったのかもしれないなどと、一人でブツブツつぶやいていた。


(それにしても、最近、怪物が強くなった気がする……)


 最近、たびたび緊急事態になるのは、他の街のヴァンピレスたちでは倒せない怪物が増えてきたからだった。僕が担当していた五人の女の子はそれぞれが一騎当千の強者で、さらにそれを真帆さんがケンカはしつつもうまくまとめていた。


 だから、最近の怪物にもうまく対処できていた。


(何が違う? よくわからないけど、何かが違う)


 最近の怪物は、最初の怪物とは違う。『別の怪物』だ。実際に、戦っている僕らはそのことを感じていた。


「アニキ、ただいまー」


 そんなことを考えながらゴロゴロと何度も寝返りを打つのもすっかり飽きていた。きしむベッドの上で、天井の岩の形をじっと眺めていたら、元気な妹の声が洞窟に響いた。


「おかえりー」


 やはり、孤独は不安で怖いものだったらしい。妹が無事に帰ってきてくれると、自分でも驚くくらいにベッドから跳ね起きて、元気に歩いて妹を迎えていた。


「おっ、元気そうじゃん。よかった。見て見てー」


 妹の方も小麦色に焼けた肌から、白い歯を見せてにっこりと笑って僕を出迎えた。


「大物でしょ! 獲ってきた!」


 妹が手を伸ばしてきた。尾びれを『能力』で固定されて、ぴちぴちと空中でまだ元気に動いているのは大きなマグロだった。




「こんな大きいんだなあ」


 マグロを解体しながら、僕たちはこどものような感想を口にしていた。妹が盛大に手刀で切ったマグロを、僕がなんとなく食べることができそうだなという部分を包丁で雑に切り取っているだけだったのだけれど、それでもかなりの分量になってしまった。


「食べ切れなさそう」


 食欲が出てきただけに、もったいないなという気持ちでまだ包丁を入れさえしていない部位たちを見ながらつぶやいた。




「大丈夫、冷蔵庫を作ったから!」


 妹は、キラキラした笑顔でそう言った。僕はこの笑顔を子どもの頃から知っている。これは内心ではとてもとても褒めて欲しい時の顔だった。


「え? どこに? まさか発電機とか持ってきたの?」


「違う。違う」


 妹は、大げさに手と首を振った。


「隣の洞窟に氷をたくさん詰め込んでおいたから、食料はそこで保存しておこうかと思って」


 そんな洞窟なんてあっただろうかと思いながら覗きに行くと、直ぐ側に草に隠された小さな入り口があった。身をかがめないと入れない大きさだったけれど、中に入ると学校の教室くらいのスペースがあった。


「さ、さむーい」


 スペースの半分くらいに、氷が敷き詰めてあった。ひんやりとした空気どころではなく、かなり冷凍庫の中に近いような寒さだった。


「まあ、確かにこれならしばらく保存できるかもね」


「そうでしょ。そうでしょ」


 自慢げに妹は頷いていた。


「ちなみにこの氷はどうしたの?」


「私が作ったに決まっているでしょ」


「必殺技で?」


「うんうん」


 相変わらず人類を守る力を何に使っているんだと、ため息をつきたかった。そうは言っても無力な僕にはとても助かるので機嫌を損ねないためにも、大げさに喜んで感心してあげた。


「あー。色々やって、疲れちゃったなー」


 洞窟に戻ってきた妹はベッドに腰掛けると、大きな声で独り言を言いながら、同じくベッドの隣に腰掛けた僕の方をちらちらと伺っていた。


「疲れちゃったな。『マナ』を使いすぎちゃったかも」


 妹は僕の座っている側に手をついて体重をかけながら、同じ言葉を繰り返した。ベッドが僕と妹の間で沈んで、僕の頭も傾いた。


「あー、うん。必殺技とか使ったからね……。血……飲む?」


 ちょっと怯えながら聞いてみた。沈んだベッドのせいで傾いた僕の頭は、妹に捕まって逃げられないような気がした。蟻地獄に落ちていく蟻の気持ちはこんな感じなのかもしれないと思った。


「うーん。傷つけるのはダメだって!」


 またカッターを取り出そうとした僕の手を押さえながら、妹は真正面に向かい合った。もう遠慮するつもりもなさそうに、僕の頬に唇を押し当てると寄りかかってきた。ベッドがきしんで、完全に押し倒された。


「ちょ、ちょ。うっ」


 床ドンして、僕の顔を眺める。そんな時間さえ惜しむかのようにあっという間に僕の上にのしかかると唇を重ねてきた。今日はもう、唇の端から少しずつなんてことはせずに、完全に真正面から接近して舌を入れてきた。歯の裏を舐めて、舌を絡ませようとする。


 抵抗して、妹の顔を押しのけようとした僕の手首は捕まれて枕の上に押し付けられた。


 腰の上に乗っかった上に、倒れかかり胸が妹の胸で圧迫されてちょっと頭までぼーっとしてきていた。完全に押し倒されている女の子みたいだった。


 妹の力の前に、何も体が動かせずにされるがままだった。ちょっと待て、なんでこんなに力が強いんだ。


「美咲! こんなことに『能力』使うな! 意味ないだろ!」


 やっと唇から離れてくれたので、僕はかなり本気で怒った。と言っても妹はまだ上半身が少し離れただけで腰の上に乗っている。そして、僕の両手は謎の力でベッドに押さえつけられたまま、見下されていた。


「ふふ。アニキも気持ちよかったくせに」


 かなり色っぽい目つきで見下されて、舌なめずりされていた。


「そ、そんなわけあるか」


「えー? それじゃあ、今、私のお尻の下で固くなっているのは何なのかな?」


 艶めかしい唇が動くのを黙って見上げていた。この表情を見たら、『能力』を使ったあとの彼女たちが吸血鬼とか呼ばれているのも納得してしまう。


「美咲。お、落ち着いて。もう、今日使ったくらいの『マナ』は補充したよね」


「む」


 真面目な調子で拒否されて、不機嫌そうに美咲は、口を歪めた。でも、その言葉で少しは冷静になってくれたようだった。酔いが覚めたかのように落ち着いた表情になって、僕の腰の上からは降りてくれた。でも、まだベッドの上で膝立ちだった。まるで、まだ僕に襲いかかろうか、引き下がろうか悩んでいるようだった。


「き、今日は怪物と戦ったわけじゃないしね。うん、でも色々運んできてくれてありがとう」


 両手も自由になった僕は、ベッドの上に正座をして妹と向かい合っていた。


「まあ、そうね。怪物とかと戦ったわけじゃないし……」


 ちょっと興奮していたのが恥ずかしかったかのように、妹は視線を下に向けてベッドからも降りてくれた。


「でも……じゃあ、そうだね。怪物と戦ったら容赦なく飲ませてもらうから」


 少し考えていたのか、しばらく間があってからそんな宣言をしてきた。


「ああ、うん。いいよ」


 ちょっと気圧されながら、僕はうなずいた。


(まあ、本土に帰るまでは怪物とは出会わないだろうし……)


 怖い約束をしてしまったという気持ちはありつつも、妹が落ち着いてくれたようでほっと胸を撫で下ろしていた。


「え? ちょっと待って。何をしてるの?」


 妹は、背を向けてはいるものの、僕のすぐ目の前でコスチュームを脱ぎ始めていた。ピタリと体に密着するコスチュームは一枚脱げばそれはもう下着くらいしか中では身につけていなかった。


 昨日と違うのは、洞窟の中にも灯りを設置していることだった。家の中のように部屋中が照らされて明るいわけではないけれど、床においた灯りは妹の裸体のボディラインを見せるのには十分すぎるほどだった。


 しかも、下着は下半身だけで上半身は何もつけていなかった。


「もう、アニキはエッチだなあ」


 胸だけは手で隠しながら、妹はこっちを向くとそんなことを言った。ちょっと怒ったような言い方だったけれど、顔は嬉しそうだったのは僕の気のせいではないだろう。


 ……そして、そのままベッドに潜り込んできた。


「ちょ、ちょっと。本当に何するんだ」


「何って、お腹いっぱいになったから、寝るに決まっているでしょ」


 毛布からうつ伏せの体勢のまま頭を出して、にこりと笑った。上半身に何も身につけていないことをつい確認してしまい慌てて視線を逸した。


「ふ、服も運んできたんだから、いくらなんでも何か着てきなさい」


 目をつぶったまま、僕は衣服が入ったダンボールの方を指差した。


「そんな照れなくてもいいのに」


 笑いながらだったけれど、大人しくベッドから降りて着替えてくれたことにほっとしていた。


「どお? かわいい?」


 華やかなピンクのパジャマに身を包んだ妹は、くるりと回って両手を広げて僕にアピールしていた。


 普段の妹なら絶対に選ばない色だったし、パジャマ姿を僕に見せたりはしない。だったはずなのだけれど、二人だけの無人島で見せる笑顔は可愛らしくもあるけれど、どこか無邪気な子どもの怖さもあるように見えて仕方がなかった。


「かわいい。かわいい。でも、どうせなら、ベッドとか布団とかもらってくればよかったのに」


「え? あ、ああ。そうね。それは気がつかなかったね」


 目線を漂わせながら、棒読みで妹はそう答えた。わざと忘れたのは明白だった。


(ちょっと不安定で、子供のころに戻っているような気もする……)


 そんな疑問はありつつも僕は諦めて妹と仲良く枕を並べて眠ることにした。

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