第4話 「疲れちゃったから、体液を吸いたいな」
気がついた時には、僕はまた洞窟のベッドの上だった。どうやら、眠っている間に妹が運んでくれたらしい。
「アーニーキー」
嬉しそうな笑顔で妹は僕の顔を覗き込んでいた。朝より近すぎて一瞬ピントが合わなかった。もし誰かが見ていたら完全に、僕をベッドに押し倒してキスしているようにしか見えなかっただろう。
「ふふん。見て見て」
近すぎて恥ずかしいとか何か怖いとか思うの感情が頭に浮かぶよりも前に、妹はバックジャンプでベッドから飛び去ると手を広げて洞窟の三分の一を埋め尽くすくらいの量のダンボールを見せびらかせていた。
「何? この服とか? フライパンとか? どうしたの?」
手前の数箱のダンボールに詰められた日用品を広げながら、妹の方を見た。
「ちょっと空飛んできた」
「街とか行ったら、組織に見つかるって言ったのは美咲ちゃんだよね?」
もう慣れたけれど、『ちょっと空を飛ぶ』とかすごい会話だと改めて思いながら注意する。そもそも方向音痴な妹がよく戻ってこられたものだと思う。
「近くに大きな島が見えたから、降りてお店からもらってきた」
「もらってきたって、お店に人はいなかったの?」
「その島には誰もいなかったなあ。みんな逃げた後なんじゃないかな?」
「え? そうなんだ」
その島がどこなのか、はっきりとはわかっていないけれど、ついこの間まで人が住んでいた町があるような大きな島も安全ではなくなっていることは、かなりの驚きだった。
(実は……もう日本も都市部以外の地域は危険なのだろうか)
そう思いながらも、現代っ子な僕としてはちゃんとした服や食器があることに感謝した。葉っぱで作った服とかお皿とかにはとても順応できそうもないと考えていたところだった。
「じゃあ、アニキはこれね」
着替えを手渡された。広げてみれば、あまり普段の部屋着と変わらないシャツとジーパンと下着だった。
「私も外で、着替えてくるから」
どきりとする発言だったけれど、無人島だから外にでても誰にも見られないからいいのかと納得した。でも、年頃の娘なんだからもっと警戒してもいいんじゃないかと僕はブツブツ言っていた。そうは言っても、弱っている僕は外に出るのも一苦労だっただけにありがたくベッドに座りながら着替えさせてもらうことにした。
ズボンのサイズがぴったりなのに感心して履き終わり、次はシャツを着替えようとしたときに、胸ポケットに紙が入っていることに気がついた。
(手紙?)
綺麗に四つ折りにされた紙を開いていくと、数行に渡って文字で埋まっていた。少し丸みがあって、可愛らしいけれどしっかりした綺麗な文字で、一番上に『真帆より』と書いてあった。
『親愛なる直人君へ』
『ちょっと煽っておいたので、
この手紙を読んでいるときには、美咲ちゃんが連れ出して逃げているのだと思います』
「えっ? どういうこと? 真帆さん。何をしたの?」
そこまで読んだだけで、思わず声を出してしまう。
いたずら好きな真帆さんの行動にはいつも驚かされながらもちょっと楽しんでいた。でも、洞窟に響く声で、冷静になってその続きを無言で読んでいった。
『そのまま、逃げ続けてくださいね。
責任を感じて、戻ってこようとしたりしちゃだめですよ。
直人君なら気がついていると思うけれど、【戦うヒロイン組織】は、直人君が死んでもいいと思っています。
私たちのことは心配しないで、禁断の愛の逃避行を続けてください』
(僕の考えていることなんて、全部お見通しか……)
いつも、明るくしっかりしている真帆さんの顔が浮かんだ。どんな時でも能天気と言っても良いくらい前向きな真帆さんだったけれど、真っすぐにこちらを見る瞳はどこか僕の考えている奥底まで見透かされている気がしていた。
「アニキー。着替え終わった?」
「お、おうっ、ちょ、ちょっと待って」
何故なのか自分でもよく分からないけれど、慌てて真帆さんからの手紙を枕の下に隠した。
「うわっ、全然、まだじゃん」
「『待って』って言ったよね」
妹は、声はかけたけれど返事なんて気にせずに洞窟の中に入り込んできた。まだ、僕は新しいシャツを着ようとしているところだった。声をあげたいのはこっちだと怒りながら、これもいつもの兄妹の光景だと諦めていた。
「アニキー」
ちょっと照れたように目を合わせずに、ベッドの端っこに座ってきてクッションが沈んだ。最近、妹がこんな態度の時は何をしたいのかはよくわかっていた。
「ちょっと空飛んだり、あんな荷物を運んだりして、疲れちゃったんだけどさあ……」
「ああ、いいよ。血を飲む?」
いつものことだけに気楽に答えて、僕はキーホルダーに家の鍵と一緒につけている小さなカッターを取り出した。刃を出すと、左手の人差し指に押し当てた。
「ちょ、ちょっと待ってアニキ」
いつもと同じことをしているのに、妙に美咲は慌てて、カッターを持っている僕の右手首を力強く握って押しとどめていた。まるで僕が自殺でも図ったかのような絵面だった。
「どうしたの? 『マナ』を補充したいんでしょ?」
「そ、そうだけど。ちょっと、な、何て言うか、弱っているんだし、そんな傷つけたら良くないって」
嘘を言っているようには見えないけれど、今まで、こんなに心配してくれたこともなかったのでどこか気持ちがざわついてしまう。
(そんなに、弱っているようにみえるのかな……)
実際倒れたのだからあまり強がりを言っても説得力がないなと、諦めて大人しくカッターをしまった。
「でも、じゃあ、どうするの?」
「汗とかでも、補充できるらしいって聞いた」
なぜか嬉しそうな瞳をこちらに向けていた。でも、困惑した感じの僕と目があった瞬間に『ナンデモナイヨ』という感じでそっぽを向いてしまった。
「あせ? ……舐めるの?」
「そ、そう。キモいけど、嫌だけど、それくらいは我慢してやろうかなって」
「まあ、それで補充できるならいいけど……」
「じゃ、じゃあいくよ」
僕がやや肯定的な返事をすると、かぶせ気味で僕の両肩を掴むと顔が急接近してきた。キスされるかもとか、押し倒されるかもとか色気のあることを思うより前に、食われてしまうかもと思ったのが正直なところだった。
美咲は僕の肩に口を押し当てた。その瞬間は、映画やテレビで見た吸血鬼に噛みつかれたシーンを思い出して、他人事のように面白がっていた。
「く、くすぐったいよ。美咲」
「うるさいな。アニキは、大人しくして」
そのまま僕はベッドに押し倒されて、首筋を舐められていた。髪からはシャンプーのいい匂いにわずかに潮の香りが混じって、僕の鼻をくすぐっていた。
どうしようもなく笑わずにいられない感触の中で、僕の下半身をまたいで膝を立てて押し倒していた美咲の体が徐々に近づいて密着してきた。首筋を舐められながら、僕の胸に美咲の胸が時々当たっていた。布越しに突起の形まで分かってしまい。何ともいえない恥ずかしい気分で身動きができなくなっていた。
(美咲。ブラくらいしなさい)
そう注意したかったけれど、声に出しても変態扱いされるのが分かっているので軽く両手で美咲の体を押し戻した。
「うーん。ちょっと汗じゃ足りないかな」
上体を起こして、完全にマウントポジションをとって僕を見下ろす妹は、舌なめずりしているように見えて少しだけ怖かった。
「涙ならマナはもっと濃いかな?」
妹のそんな言葉は、『痛いことをして泣かせてみようかな』としか聞こえなくて本気で怯えた。
「せ、成分としては、汗と同じらしいけどね」
「でもー。何か涙だったら、一気にパワーアップできそうって感じしない? しない? ちょっとアニキ泣いてみてよ。ポチが死んだ時とか思い出して」
「僕ら、犬なんて飼っていたことないだろ」
真顔で答えた数秒後、僕らたちはにらめっこをしていたかのように吹き出して笑いあった。
「ちょ、ちょっと美咲、唾が飛んできた!」
「あはは、ごめん。ごめん」
至近距離すぎて、妹の笑っている振動まで伝わってくる。
「ああ、そうか。きっと、唾液でもいいよね」
少し芝居がかった声な気がしたけれど、表情を確かめる間もなく美咲の顔はまた僕の首筋あたりに埋もれていた。
「え? 何?」
今度は、完全に僕の上に覆いかぶさっていた。僕の胸の上で美咲の柔らかい双丘が押しつぶされていく、柔らかいけれど重さも感じて少し苦しいほどだった。
その隙にというわけではないだろうけれど、美咲の舌は首筋を上がってきて、頬から僕の唇の端まで移動してきていた。
「アニキ。ちょっとよだれを出して見てよ」
さすがに気持ち悪いと思って、抗議しようと体を押しのけようとした。でも、僕の手は美咲の手によって抑え込まれてしまった。完全に押し倒されて、貞操の危機にしか見えない状態だった。
「ちょ、ちょっと」
完全にのしかかられて、息が苦しかった。僕の胸の上で、美咲の胸が押しつぶされた感触が伝わる。柔らかくていい感触なのだけれど、同時に恐怖にも似た感情もどこかにある。
一向に、唾液をださない僕に待ちきれなくなったのか、美咲の舌が僕の唇の端へと伸びてきていた。
「え、な、何!?」
抵抗もできずに、唇の端から美咲の舌先が侵入して、僕の歯の表面を舐めはじめた。
気持ち悪くてくすぐったい中にも、少しだけ心地よい気分もする。そんな僕の気持ちを見透かしたかのように、美咲の舌先は徐々に僕の奥歯から、前歯の方へと移動しはじめた。そして、もう舌先とかではなくて、僕の歯の奥へと侵入しようと深く舌全体を入れてきていた。
「も、もう。美咲!」
僕はベッドの上で、仰け反ってから反動をつけて美咲の体を押し返した。
「だ、だめでしょ」
きつく叱るつもりだった。でも、傷ついてしまうだろうかと少し配慮したその結果、なんだかよくわからない気弱なお姉さんのような叱り方になってしまった。
「アニキ。かわいい」
はねのけられて、目を丸くしながら少し不快そうに口元を歪めた美咲だったけれど、僕の声を聞いてにっこりと笑っていた。怒り方に失敗したと思ったけれど、険悪な雰囲気になったりはせずに、結果的に成功だったのかもしれないと自分を納得させていた。
「冗談だよ。じょーだん。『マナ』は十分もらえたみたいだし、おっけー」
カラカラと笑い飛ばしていた。何が冗談なのだろうと僕はちょっと怪訝に思ったけれど、表情には出さずに穏やかな笑顔だけを作っていた。
それからはいつもの妹だった。明るくて、兄を兄とも思わない無礼ないつもの妹の態度だった。無人島で二人っきりなだけに気まずくなることや、関係が悪くならなかったことを感謝していた。ちょっと、心にひっかかるものはあったけれど。
(まあ、『能力』を使ったあとだし、興奮状態なんだろう……)
感触を思い出しながら、さっきの『舌が入ってきた』ことを一人納得しようとしていた。
ブックマークや評価、感想を頂けると嬉しくて新作や続編の励みになります。
よろしくお願いします。




