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1.バージンロード

澄んだ空、あおい山々、煌めく日。そよ風が吹く窓から美しい景色が見えている。

下を覗けば、大事な武器を輝かせて訓練している兵士たちがいる。私に気づいた何人かが笑顔で手を振ってくれる。ここからじゃ誰なのかまではわからないから、こっちだけわからないままなのは少し心かゆい。

だけど私がこうやって顔を曇らせても変わらず手を振ってくるから、おあいこだ。そう思えばこっちも笑って手を振れる。

「お嬢様。入ってよろしいですか」

扉をノックと、その後に渋い声が響いてきた。

なぜかこの何かをすり潰したような声は私を冷めさせる。

「どうぞ」

「では、入りますぞ」

丸い眼鏡と背中、少し濁った白髪が特徴的な執事。ローデン。

相変わらず表情は硬いものだ。

「お嬢様。今日は何の日かわかっておられますか」

「わかってる」

「なら、なぜそのような格好を?」

馬鹿にするわけでもなく、執事は真っすぐ私を見て述べた。

鏡には寝間着のままの私が映っている。

「もう一度聞きますぞ、今日は何の日かわかっておられますか」

「……わかってるって、結婚式ね。忘れるはずないでしょ」

少し頬を膨らませながら答える。

見ての通り不満げだと伝えているのに執事は動じない。

「そうですか。では、着替えが終わったら、食堂へ。主人も待っておられますので」

「わ、わかった」

少しは悪いと思ったほうがいいという感じもなく、執事はきっぱりと部屋を出ていった。

もはや呆れられているのかもしれない。

そのことにちょっと焦りつつ、私はドレスを着た。

なお、最近は技術の進歩で一人でもドレスが着れるようになった。便利になったものだ。


あまりにも長すぎる廊下を執事と召使いとともにゆっくり歩いていく。

恐らく父は食堂で遅いと怒って待っているだろう。それなのにこんなにノロノロと歩くのは、執事が先頭だからだ。

歩くのが遅すぎて召使いは焦り、汗を流している。

一方の私は諦めた。どうせ怒られるのだから急ぐことはない。

縦に長い、壁を遮る長方形の窓から入ってくる中庭の緑を眺めながら歩く。

生い茂った芝の中で日光浴している花々と小さい石の墓。中庭が左右対称にならないのはあの墓のせいであるが、小さいから気にならない。それでも私は美しいと思っている。

「遅いぞ!」

「はいはい」

何かが絡まった荒げた声が飛んできたほうを見ると、父が顔を赤くしている。

それを適当に返事すると、そのツルツルの頭に血管が浮き出ていく。

「まったく、何度言えばわかるんだ!」

「姫、食堂につきましたぞ」

「ローデンさん、それどころじゃないですよ」

あれだけ響き渡った王の怒鳴りが聞こえないほど耳が悪いだなんて驚いたわ。

「おい、聞いているのか!」

「わかったから」

ちょっと寝坊しただけでここまで起こることないでしょ。

毎朝、そう思いながら私は席に座る。

「まったく……おい、早く料理をもってこんか!」

「は、はいぃ!」

父の名はノーウイル。十二代目ラインブル王。

一言で言えば、頑固ハゲおやじ。

「はぁ、朝起きるくらいできないもんか」

「……」

食事中はお静かに。

礼儀正しい私は臭い戯言を無視してスプーンを口に持っていく。


柄のないティーカップの中に写る自分の顔。少しニヤついている。

常温のティーなのに飲めばお腹が温まる気がするのは何故だろう。

大事に握って私は机に置いた。

「ふん」

父から見れば机の端にあるように見えているだろう。

その様子に父は口をへの字にしてそっぽを向いた。

「主人。アレン様が到着しました」

「入れろ」

頬杖しながら執事に答える父。

みっともないのは父の方でしょうが。

「お入りください」

「どうも、お邪魔します」

彼の真っすぐな声は耳に届く前に胸に刺さってきている。

大きな扉が開かれ、硬い床に音を鳴らして彼が入ってきた。

その瞬間に私は彼の目が現れる場所をじっと見る。すると彼は現れたと同時に私と目が合う。

すぐに彼は父のほうへ挨拶するから目は合わなくなるけど、私はその間もずっと見ている。スーツ姿の彼もかっこいい。

「お父様、おはようござ―」

「挨拶はいい。アレン君、座りたまえ」

彼は父の言葉に少し硬直した後、堂々と私のすぐ右へ座った。

震えた握り拳を膝の上に置いている。父の前だからって緊張しすぎ。

「最初に言っておく。この前は娘を君にやろうと言ったが、あれは嘘だ。やっぱり娘を嫁に出せるかぁあああああああ! うわあああああああああああああああああ!」

「お父様、どこへ行くんですか!」

父が泣き叫びながら部屋を飛び出していった。

みっともない。恥ずかしい。

「バレンシア。お父様を追ってくるから待ってて」

「え?」

「必ず、認めさせるから」

私の手を握った後、彼も走って出ていった。彼の音がだんだん遠退いていく。

もう最悪。なんでこうなるの。

一人きりの空間、やけに広く見える食堂。

吊られている豪華な装飾をされたシャンデリア。子供のころからあるけど成長した今でも背伸びしたって手が届かない。あたりまえか。

柄のないティーカップ。冷たい。

「あ、言い忘れてた」

その声で扉のほうを見ると彼が私のほうを覗いていた。

私が見つめてから彼は口を開く。

「ウエディングドレス着て待っててよ」

真っすぐ彼は私にそう言った。まったく目は逸らさない。

いつもより素敵に感じる。これはスーツ姿のせいじゃないんだ。

「うん。わかった」

私がはっきりと返事をした。すると彼はニヤけながら走っていった。

なんか熱くなってきた。

私は柄のないティーカップを触った。でも熱はまったく冷めない。

「お嬢様。主人とアレン様が走っていったのですが、なにかあったのですか。」

「きゃ!?」

執事、いつの間に真横に。

何にもわかっていない顔してまじまじと私を見ている執事。本当に鈍感だ。

「着替えるから召使い呼んで」

「着替える……寝間着にですか?」

「ウエディングドレスに決まってるでしょ!」

ボケたローデンの頭を殴るように私の声は城内に響き渡り、優美で重厚なシャンデリアをも揺らした。


緊張してきた。

暗く茶色い大きな扉。十字架や人の像などのデザインが彫られている。

会場の前、私は召使い二人と彼を待っていた。

あの後しばらく待っていても彼は戻ってくることなく、時間もないからこうなったのだ。

それにしても遅い。もう入場の時間なのに。

「ごめん!」

汗を拭いながら彼が走ってくる。

いまから結婚式が始まるのに息を切らしている。

「遅すぎ」

「父さんは?」

「さっき私の前を通って中に入ってった」

「そうか。よかった」

少し乱れた服装を整え、彼は扉を見つめている。

そんな彼を睨んで、私はメッセージを送る。

「どうかした?」

「別に」

顔を赤らめして瞬きを多くして、私よりも緊張しているみたいだ。

確かに会場にいるほとんどは貴族だからね。

「肩の力抜きなよ」

「う、うん」

彼と出会って二年。父や周りの貴族を説得するのは大変だった。

彼は平民で、私は一国の姫だったから。

でももう関係なくなる。ようやく私は彼と一緒になることができる。

「い、いこう」

声を裏返らせながら彼はそう言った。

「はい」

そんな彼に微笑みながら私は答えた。

強固な扉は開かれ、その隙間から差し込む光が二人を照らす。

二人は目を逸らすことなく、歩き出した。


拍手に包まれながら真っ赤なカーペットを歩き、段差を上がって講壇の前。

白い髪に丸い眼鏡をかけた神父。さっきよりも白髪が綺麗に見えるのはここを照らす眩しい光のおかげだろう。

ローデンが神父役だと知って彼は目を丸くしている。

「アレン殿、落ち着いてください」

「え、はい」

彼のあまりの表情にクスクスと笑っている声が後ろから聞こえる。

一番堪えているのは私です。


ローデンの片言交じりの長い祈祷が私たちの上を右往左往している。

たまに嚙んだりしておぼつかない。

しかし周りの親族も理解があるからむしろ和む。

彼も力抜けてるし。よかった。

「新郎アレン」

「はい」

「あなたはバレンシアを妻とし……」

なんか胸の奥がくすぐったくなってきた。

私は本当に彼の妻になるんだ。夢みたい。

「……その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」

「誓います」

決意じみた彼の横顔。やっぱり誰よりも格好良い。

「新婦バレンシア」

「はい」

「あなたはアレンを夫とし……」

目を閉じて今までのことを思い出す。

身分の違いなんて関係ないと私の手を引っ張った彼。悲しみに打ちひしがれた夜も彼は一緒にいてくれた。

ありのままの私を受け止めてくれた。

「……その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」

「誓います」

今まで支えてくれた彼を私も支えていきたい。少し頼りない彼だけど私はその隣にずっといたい。

ローデンは彼と私を見た後大きく口を開けた。

「では、指輪の交換を」

私は彼のほうを向く。

彼は指輪を取り出し、私をじっと見つめている。

どうかしたのかと首を傾げると彼はハッとして一度向こうに目をやった。

一体どうしたんだろう。

「アレン?」

「な、なんでもない」

ニヤついている顔を堪えている。

そんなにうれしいのかな。

「私もうれし―!?」

クラッカーのような音二つ。耳に突き刺さる。あっちのほうからだ。

私は入り口のほうを振り向いた。

「きゃあああああああああああああ!」

「伏せろ! 伏せろ!」

「襲撃だ!」

心を裂くような悲鳴と眩暈を起こさせる荒げた呼吸、足を竦ませる銃声が入り混じる。

だんだん焦げた鼻にこびりつく香りがしてきた。

「あれ?」

私は転げた。壇上から落ち、体を弾んでまたぶつかる。

意識が遠退いていく。バージンロードが暗く染まっていく。

「逃―ろ―げろ!」

「逃が―な! 全―殺―!」

どうなっているの。なんで。耳も音が薄く遠く。

「きゃああ―あああ―あ―あ―ああああ―あああ―――!」

「くそ! 囲ま―て―!」

なにがどうなって。指先も動かない。

「アーン、怪我―ないみ―いだな」

「あ、ああ」

アレン。生きているみたい。

よかった。

「アレン、計画通り―。武器――て」

計画通り? 

どういうこと。アレン?

「お前のおかげで襲撃は成功だ、アレン」

アレンのおかげ? え、なにそれ。

嘘でしょ。

「こっち―制―しま―た!」

「行―ぞ、貴族のや―らを駆―するぞ!」

「……」

なんで。どうして。

アレン、なんで離れて行くの。

嫌…だ。

消えない……で。

暗く……ならない……で………………。


女のフリをして書くのはかなり疲れる。

そもそも女のことを理解できている気がしない。


それでも読んでくれるのなら嬉しい。

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