賽の河原と優しい赤鬼
賽の河原。幼くして命を落とした子どもたちが、終わりなき石積みを繰り返している。積み上がりかけたかと思えば、傍で監視している鬼が容赦なくそれを壊した。
様々な悲しい運命を辿り、子どもたちはここにやって来た。生前、幸と名付けられたこの男の子も例外ではない。来る日も来る日も石積みを繰り返し、鬼に壊される。その繰り返しである。しかし、幸は他の子たちと違う点が一つあった。何があろうと泣き叫ばないのだ。
「おう! 新入り! 今日はお前が当番か」
「はい。不慣れですが、よろしくおねがいします」
物悲しく無限に続く河原も、日によって当番の鬼が替わる。鬼にしては礼儀正しい彼が、今日、幸を担当するようだ。
(この子たちは何も悪くないのに可哀想なもんだ)
礼儀があるだけでなく、そういった憐憫も持ち合わせている、鬼らしくない赤鬼が彼であった。この赤鬼は、積み上がりかけた幸の石積みを、その日、一度壊した。だが、それ以降は壊せなかった。なぜだろうか? 泣かない幸とのこんなやりとりがある。
「お前、泣かないのか?」
「泣いたって、父ちゃん母ちゃんのところに戻れないだろ?」
「父ちゃんと母ちゃんのところには戻りたいのか?」
「……いや、あんまり」
「どういうことなんだ?」
しばらく押し黙り、幸は赤鬼の目を見て答えた。
「俺、母ちゃんに高い所から落とされて死んだんだ。ここに来る途中で見たんだよ。母ちゃんは後で泣いてた……」
「そうか……」
赤鬼の顔は恐ろしいのだが、幸はそれを恐ろしいと思わない。
「赤鬼のおっちゃん優しいんだな。他の鬼はこんなこと聞いてくれないよ。ありがとう」
「あ……。いや……そうか」
ここは賽の河原だ。それなのに幸はにっこりと赤鬼に笑ってみせる。その日、赤鬼はそれ以上、幸の石積みを壊せず、先輩の鬼にこっぴどく怒られた。
次の日、赤鬼は気が進まないまま、また幸の監視を行いに来た。そして仏の慈光に包まれ、頭を撫でられている、悲しく幼い彼の、目線の先にある尊顔を見て、赤鬼は畏怖し、冷たい河原に平伏せざるを得ない。
「地蔵菩薩様ぁ~!!」
「よいのですよ。まず立って下さい。昨日のことは見ていました」
見ていましたと言われても、赤鬼には、何から何まで見透かされているような気がして、立ち上がっても正気を保つのが難しかった。そんな彼に、地蔵菩薩は、
「赤鬼さん。あなたは人間になってくれる気はありませんか?」
「? ど、どういうことでしょう!?」
「あなたの心なら、この子を幸福にできると思うのです。この子の親として、人間になる天命を受けてくれませんか?」
と、赤鬼にとっても非常にありがたい救いの手を延べてくれる。煉獄の人間界での生活は、賽の河原で赤鬼として番をするより、比較にならないくらい快適だ。だがそんなことよりこの優しい赤鬼は、幸の心が気になっている。
「おっちゃんが父ちゃんになってくれるのなら嬉しいなあ!」
昨日見せたように、無垢で無邪気な笑顔を、幸は赤鬼に向けた。心が決まった。
地蔵菩薩の力により、人間に生まれ変わった赤鬼と、幸の天命は結び付けられ、赤鬼だった彼は可愛らしい女性と結婚し、子宝を授かった。幸と名付けた。
今、広い河原で遊んでいる幸を、優しく見守っている両親がいる。
「見て見て! きれいでしょ!」
無意識に幸が見つけ、持ってきたのは、地蔵菩薩が身につけていた如意宝珠であった。