第五十八章 As right As rain ~形而下学のアリア~
さほど広くはないドーム状の空間で、高速でぶつかり合う機影が2つあった。
片や白と灰のツートンカラーの電子甲冑。
片や蒼のメタリックカラーに、8脚4腕の電子甲冑。
サイズ比がおよそ三倍近い両者の攻防は、巨人に挑む戦士のような構図であった。
LAKIが駆るクルステス・Proは標準的な人型タイプではあるが、特徴的なのはその抉れたような形状だ。0と1の信号の中ではデザイン的な意味しか持たないであろうそれは、しかし空気抵抗さえも演算して再現する電脳界ではそれそのものが補助翼的な効果を発揮する。LAKIが自らの環境に合わせて調整した結果、翼を捨てた電子甲冑になったクルステス・Proではあるが、その独特な形状は背面部のスラスターとローラーダッシュによる高速機動を精緻に制御する、文字通りの一翼になっていた。
蜂のように俊敏に迫るLAKIに対し、ブラフマンの駆る八脚四腕の蜘蛛型電子甲冑―――アタルヴァ・ヴェーダはその巨体に似合わぬ反応速度と機敏さでLAKIの速度に追随する。
八脚を用いた旋回能力、跳躍能力、そして脚の一本一本に備え付けられたスラスターとローラーダッシュは極めてクイックにブラフマンの意思に追随する。そして四腕に呼び出される武装は突撃銃や多連装ロケットランチャー。まずは試しとばかりにミドルレンジの武装を手繰って弾幕を張るブラフマンであるが―――。
「フヒッ………!」
その非現実的な光景に思わず笑みを零した。
当たらないのだ。自身が持てる最大の面制圧力を以てしても。
確かに正確な狙いはしていない。だが、ピンポイントな攻撃というのはそれだけに読まれやすい。狙撃などのロングレンジならばともかく、有視界でのミドルレンジやクロスレンジでは速射性を重視してバラ撒いたほうが燃費以外は効率的なのだ。しかしその全てを運動性能で躱していく。まるで未来でも読んでいるかのように、置いた攻撃さえも急激に軌道を変えて回避する。電脳界では重力も再現されているため慣性モーメントも働いているのだが、それを問答無用でキャンセルでもしているかのような奇っ怪な動きをしているのだ。
ではLAKIが優勢なのかと言えば、否だ。
侵略改変型であるクルステス・Proは、単体での能力はそこまで高くない。LAKIが十全に扱いきれるようにダウングレードを繰り返した結果、特化しているのは構造物に対するバイナリ干渉能力だけだ。接触すれば、コードの変更を行って任意に弄ることが可能ではあるのだが、それ以外は並程度である。今拮抗しているのはフィーネの処理能力に頼って、未来視に近い高精度予測演算がもたらす先読みで回避しているだけに過ぎない。尤も、リアルタイムで変化する演算に即応するLAKIの反射速度も尋常ではないのだが、それを以てしても回避するので精一杯。折を見て短機関銃での応戦もしてみるが。
(駄目だな。抗干渉性装甲―――それも随分良い奴でカスタムしてやがる。デカい分だけあって、欲張りセットガン積みかよ)
相手もLAKIよりではないが高速機動をしているが、何しろ的が大きいのだ。何発かは直撃している。だが、全て装甲に弾かれてしまっていた。
電子甲冑の積載容量は、大凡機体の大きさに比例するのだ。故に、LAKIにしてみれば馬鹿みたいにデカいブラフマンのアタルヴァ・ヴェーダは、それに似合った積載容量を誇っていて多機能且つ高性能であった。通常であれば並列思考加速が追いつかずにまともに扱いきれないか、頑張って扱えても使い物にならないぐらい鈍重であったりするのだが、ブラフマンは多脚型という奇っ怪な選択をすることによって機動力を確保している。無論、イメージとして操作しやすい人型からかけ離れた分、使用者に凄まじい負担が行くはずなのだが。
「ふひゃひゃひゃひゃ!楽しいなぁLAKIィ!何なんだよお前の反応速度!今までこんなの見たことねぇぞ!?」
「そりゃ随分狭い世界で生きてるこって。超反応してくるA.I相手にしてりゃこれぐらいは嫌でもできるようになるぜ」
全く苦にしていないどころか楽しそうな様子のブラフマンに、LAKIは辟易した。
時間稼ぎに専念すればいいとは言え、LAKIとてそれだけに注力する訳にも行かない。何しろアナムネーシスに仕掛けた以上、少数ではあるものの一部隊だと思っていたのだ。それを単騎で成し遂げた相手である。警戒心や技量は折り紙付き。下手に引き撃ち逃げ撃ちに徹底していれば、早晩こちらの本命がバレかねない。あくまで真っ当に攻略していますというスタンスは必要だ。
故にLAKIも戦闘機動で翻弄しつつ仕込みを並行して行っていた。
「―――!」
その仕込みがブラフマンの足元で文字通り爆発した。
地雷だ。
回避と移動のついでに、いくつかの思考制御地雷をバラ撒いていた。自立型隠密モードを搭載している為、ゆっくり時間を掛けて精査するならばともかく、高速戦闘中に気にかけてる余裕はないだろうと踏んでいたLAKIだが―――。
「ちっ。地雷にまで耐えるのかよ、その装甲」
「くかかかか。俺ちゃんも結構あちこちで恨み買ってるからさぁ、案外保険は掛けてんのよ」
立ち込める爆煙のエフェクトから姿を現したのは、無傷のブラフマンであった。
(電子甲冑ユーザーとしての戦闘適正は五分。機体性能差では大分負けてんなぁ………)
硬い、速い、手数も多いと攻守ともに隙がない。そして性能差を覆すための腕はほぼ互角。となると、後は外部処理を用いた限界超過が決め手になるが。
(互いにバックアップ付きだから、結局はぶつかり合うしかねぇってのがまた………。俺らしいっちゃらしいけどさ………)
LAKIにフィーネがついているように、ブラフマンにもアナムネーシスのバックアップがある。現状はお互いに切り札として温存しているので通常戦闘を行っているが、お互いに処理能力を増大させて機体性能を限界以上に引き出せる。ただの情報統制官ならば、それで決着が付いていたはずだ。少なくとも、ただの精鋭部隊ならばLAKIはそうしていた。いくらバックアップがあっても隊員一人一人に分割すればその分、処理能力の上昇率は下がる。単一で極限に強化できるLAKIを相手には出来ない。
だが、相手は超一流。
そして単独でアナムネーシスのバックアップを一身に受けられる。条件としては、LAKIとどこまでも五分なのだ。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!次は接近戦かぁ!?望むところだぜ!!」
だからLAKIはブラフマンの性能をもっと調べるべく両手に短剣を呼び出し、ブラフマンの懐へと飛び込んだ。
右手の短剣を順手、左手の短剣を逆手。右手の短剣を突き出し、ブラフマンが持つ左の前腕に装備された直剣に防がれる。攻守が変わるように右の前腕から横薙ぎの一撃。LAKIはそれを逆手にした左手の短剣で受け流し、横へ飛んだ。
その直後、掠めるようにしてブラフマンの右後腕が持っていた突撃銃から吐き出された銃弾が足元へと突き刺さった。更に左の後腕が追撃するように突撃銃の銃口を向け、LAKIに追い縋る。
横っ飛びのモーメントを処理能力を瞬間的に増大させて慣性制御。と同時にLAKIはブラフマンの足元―――多脚部分の収束点へとスライディングで飛び込んだ。すれ違いざまに短剣を振るうが浅い。弾かれこそしなかったが装甲に浅く傷を付けるだけに留まった。
そのまま腹下をくぐり抜け、身を起こすと同時に跳躍。後ろ手に回された両後腕が突撃銃を構えていたからだ。それもこちらを一切振り返らずに。
(こいつの並列処理能力は異常だ。手足の一本一本がまるで別個の生き物みてーに………!?)
それを持ち前の超反応で躱しながら、ふとある可能性に思い至る。
(ひょっとして、そうか?)
ブラフマンはこちらに単眼さえ向けていない。しかしその4腕はそれぞれがまるで1個の生物のように動く。そしてあの巨体。
明らかに異常だ。たった一人の情報統制官に処理できるはずがない。普通ならばアナムネーシスのバックアップがあって初めてまともに動くだろう。だが、ブラフマンはアナムネーシスに侵入する前からこうであったはずだ。
となると、思い至る可能性が一つ。
(試して、みるか………!)
LAKIは再びブラフマンへと肉薄して、再び右手にした短剣で斬撃を見舞う。当然のようにそれはブラフマンの直剣に防がれるが、それと同時にLAKIは右手の短剣を破棄。そして左手の短剣を上空に放り投げ、両手を広げて短機関銃を転送。しかしその銃口をブラフマンへとは向けず、広げた両手のまま射撃。
非ぬ方向へと射出された弾丸は、しかしドーム状の境界部分へと触れると跳ね返りブラフマンへと多方面から迫る。
跳弾による多方面弾幕に対しブラフマンは全武装を手放し、四腕全てに幅広のシミターを出現させ、その腹で全てを弾き切った。そして右前腕のシミターだけ手放して、頭上に落ちてきたLAKIの短剣を指先で挟み取る。
「へぇ、ひょっとして気付いたか?」
「何がだ?」
「ふーん………すっとぼけんのか」
多方面からの同時攻撃、その全てを悠々と防ぎきったブラフマンだが、そうした行動に至ったLAKIの思惑を赤の単眼で値踏みする。
(ブラフマンでそれね。まさか名前でネタバレしてるとは思わんかったぜ)
そしてブラフマンの懸念通り、LAKIは答えに行き着いていた。
(このままだと負けるな………)
出した結論に、頭を抱えながら。
●
(どうしよう………)
超一流同士の激突を前に、シンシアは後方で見守っていた。いや、より正確に言うならば。
(付け入る隙がない)
身動きが取れなかったのだ。
彼等が繰り広げる高速の攻防は常人が干渉できるレベルにない。ましてシンシアの電子甲冑である『羊飼い』は電子甲冑同士の殴り合いに不向きだ。支配型である『羊飼い』はドローンを用いた大規模攻撃や広域電子制御を得意とする反面、直接干渉や強襲には不向きであった。
故に彼女の役割は後方支援なのだが、こうも目に追えない速度で戦闘を繰り広げられると、差し込む余地すら無い。バックアップが自分の役割なのに、何一つ役に立てなかった。
『「小さな羊飼い」、聞こえるか』
『ん』
だが、そんな高速戦闘の中でLAKIからの秘匿通信があった。戦闘中によくそんな余裕があるなぁと驚嘆しつつ、シンシアも声や動きには出さずに頷く。
『ちょっとマズイ。こいつ多分、電脳強化体だ』
『電脳強化体?』
聞き覚えのない単語に疑問を覚えていると、LAKIは続けた。
『昔な、人工的に各分野の天才を作り出そうとした研究があったんだ。その計画は途中で幾つかに分派して、こいつはおそらくハードウェア面での強化を基礎にされたタイプだ』
かつて、電脳界を作った天才が二人いる。
スタンリー・ジェイブスとアルベルト・A・ノインリヒカイトだ。彼等は共同して電脳界を作った天才達ではあるが、神でもなければ悪魔でもない。肉体的には普通の人間と変わらず、であるが故に寿命も同じくあった。だが、その頭脳が生き続けていれば人類にさらなる発展を齎すであろうことは容易に想像可能で、本人達が生き続けることが出来ないのならばその代替を用意すればいいと考えた者達がいた。
『細密なる子供達』、『C&D計画』などと言った非人道的な強化人間製作計画の中に、電脳強化体計画と呼ばれる電脳界に特化したプランがあった。LAKIはその計画の大本と関わりがあったから気付いたという。
『つまり、LAKIやフィーネと同じ………?』
『流石に全身生体義体でこそないだろうが、最低でも脳味噌は生身じゃないだろうな。あの器用さは多分、多重思考多重行動特化型だ。―――ブラフマンだなんてよく言ったもんさ』
ヒンドゥー教に於いて、多くのヒンドゥーの神々は1つのブラフマンの現われである。初期の宗教的な文書、ヴェーダ群の中では、全ての神々はブラフマンから発生したと見なされる。
それに肖って名付けられた―――あるいは名乗っているのならば、今ここにいるブラフマンは、表面上に出ている人格の一つではないかとLAKIは考えたのだ。あの腕一本一本、ややもすれば脚の一本一本にも別人格が宿っていて、それぞれが独立した思考、行動選択をまるで群体として行うのではないかと。
故に、先程の多方面攻撃を行ったのだ。迫る攻撃に対して、彼が取ったのは回避でも防御でもなく迎撃。それも、視界外からの攻撃さえもあっさり迎撃してみせた。比喩的な表現を用いるのならば、背中にも目をつけて。
そう考えれば、あの巨体や異形を苦もなく操れる理由も理解できる。一人で全てを操作できなくても、複数で分業すれば可能は可能なのだ。意思疎通や統制が取れるかどうかという問題は残るが、それをクリアしているからこそ、動くどころかLAKIに迫る反応速度を示せるのだろう。
『その上、アナムネーシスのバックアップを万全に受けてられる。こっちのスパコンは今、片手間だからな………。正直、真正面からは勝ち目が薄い。俺の方が反応速度は上だから今の所保ってるが、思ったより長くは続かねーかも』
虚勢や意地を張らず、冷静に俯瞰して分析する所が何とも情報統制官っぽいなと好感を持ちつつ、シンシアは提案する。
『支援する。こっちは時間稼ぎをすればいいんだから、私にもヘイトを向けさせれば良いんだよね?』
『そうしてくれ。武装を投げつけると同時に距離を空けるから、そこになんでも良いから叩き込め』
『了解』
シンシアは羊飼いの杖を握りしめ、仕込みをしつつ機を伺うことに注力することにした。
●
元々の作戦は単純なのだ。
勝つか、さもなければ時間稼ぎをしていると思わせないように戦闘を長引かせる。実の所、LAKIはブラフマンとの邂逅時には後者へシフトしていた。
3年前、自分を売り込むためにLAKIはアナムネーシスと日本銀行に仕掛けて、その防衛能力の脆弱さを情報省にツテがある斎藤に報告した。直接しなかったのは、日本政府の紐付きになるのを嫌ったからだ。あくまで個人としての頼みを聞く、というスタンスで組織との距離を置くことで自分とフィーネの安全性を確保しつつ、同時に稼ぎを得る。斎藤を選んだのは特に理由はない。人間性に問題がなく、それなりに広い顔を持っていれば誰でも良かったのだ。そうした甲斐もあって、LAKIは斎藤麾下の情報統制官として日本政府に認識されている。
だからアナムネーシスの防衛にも斎藤を通じて知恵を貸していて、情報統制官による24時間警備体制―――保守警備隊も元々はLAKIの発案だ。実際にしゃしゃり出ると色々面倒なので矢面には斎藤を立たせたが。
故に、その警備体制や人員策定に関してもLAKI自身が関わっており、アナムネーシスの防衛能力はかつてに比べて劇的に向上した。少なくとも、目利きのできる超一流ならば真正面から仕掛けようと思わないぐらいには。だが、LAKIにも盲点があったのだ。電脳界に関しては超一流の彼でも、リアルではそうでもない。リアルから正規の手続きを踏んで乗っ取るなどと、そこまでは責任は持てなかった。
そして首尾よく侵入したブラフマンは、生え抜きの情報統制官の保守警備隊をたった一人で皆殺しにしている。守備防衛のフォーメーションもLAKIが考えており、情報統制官の1個中隊ならば余裕で返り討ちにできる。
それを単騎で粉砕したのがブラフマンだ。甘く見られる相手ではない。だが、犠牲覚悟、全身全霊で勝ちに行くほど状況設定は悪くない。単純な性能差では分が悪いのだ。ならば時間稼ぎに徹するのが肝要、というのがLAKIの判断だ。
勝ちを取りに来ていると思わせつつ、実際には時間稼ぎをする。なかなかにその塩梅が難しいが、上手く演技せなばならない。
その一手として、後ろで控えていたシンシアにも攻撃させる。ヘイトを僅かに分散させれば、相手はこちらが攻めあぐねていると誤認するだろう。
(行くぞ………!)
LAKIは手にしていた短剣をブラフマンへと向かって投げつけると、大きくバックステップして距離を取った。入れ違うようにして、羊型ドローンが隠遁形態でブラフマンの背後へと迫る。
直後。
「っ―――!!」
羊型ドローンがブラフマンに衝突し、そのまま爆ぜた。ブラフマンの巨体が傾ぎ、擱座する。そこに追撃とばかりにいたるところから羊型ドローンが出現し、次々迫る。
ドローンによる神風特攻―――それも、処理能力だけに極振りした支配型電子甲冑から繰り出される四方八方からの超高密度弾幕だ。爆風と爆煙と爆音がドーム内に木霊して視界が遮られる。
「やった………?」
シンシアのつぶやきを拾って、しかしLAKIの脳裏に嫌な予感が過ぎった。それと同時に、ローラーダッシュ。即座にシンシアとブラフマンを結ぶ直前上に割り込んだ。
と同時に。
「―――ばぁっ!」
「くっ!?」
「きゃっ!?」
爆煙を切り裂くようにして出現したブラフマンの突進を食らって、LAKIは後方のシンシアを巻き込むようにして吹き飛んだ。
「あっひゃひゃひゃひゃ!驚いた?驚いちゃった?『やったか!?』とか思っちゃった?言っちゃった?そりゃフラグだぜぇオイ!やられるわけねぇじゃん俺ちゃんだぞ!?最初の一発以外はぜぇーんぶ切り払ってやったさぁっ!!」
「こいつ………!」
「かぁー、いいね!いいよその表情!LAァ―――KIィ!」
苦々しく身体を起こすLAKIに向かって、ブラフマンは手にしたシミターを投げつける。思わず回避行動を取ろうとするLAKIだが、背後にシンシアがいることを思い出し、左腕で防ぐが。
「がっ………!」
「LAKI!」
電子甲冑の装甲を物ともせずに、投げつけられたシミターはLAKIの左腕を切り飛ばした。痛覚のフィードバックがLAKIの神経を刺激し、苦悶の声を上げる。
「ぶひゃひゃひゃひゃ!LAKI!ほらLAKI!呼ばれてるぞ、ヒロインにさぁ!腕一本ロストしたぐらいでヘバッてないで立てよ!ほら!ハリーハリー!!」
それを楽しそうに眺めるブラフマンは一頻り嗤った後で手にしたシミターを破棄。四腕全てに突撃銃を出現させ。
「はぁー、おもしろ。なぁーにが『悪いな。あっちの世界じゃ無名だ、お前』だ。覚えとけよワナビ。このブラフマン様はなぁ―――!」
斉射。
LAKIは残った右手でシンシアを抱えると横っ飛びして回避。しかしブラフマンは全スラスターを吹かし、八脚の機動力を以てLAKIへと追い縋る。更には突撃銃を破棄、四腕に手斧を転送すると次々にLAKIへと向かって投げつける。
「絶対!無敵!最強の―――!」
進行方向へ手斧が置かれていく。回避する度に進路が狭まる。誘導されていると察知する。激痛とともに加速する思考の中、LAKIは自身が追い詰められていることを把握する。
「電脳強化体様だっての!!」
言葉の粗さとは裏腹に、まるで袋小路へ獲物を追い詰める猟犬のように精緻に誘導したブラフマンがLAKIへと最接近。手にはポールアックス。しかも四腕全てで持つ巨大な、だ。ブラフマンの巨体も相まって、最早それはポールアックスと言うよりは鉄骨のような様相であった。
ブラフマンは嬉々としてその鉄塊を振り回し。
「死ね!」
「っ!!」
LAKIへと叩きつけた。
ごぅん、と武器を叩きつけたような音と言うよりは、建材が落下したかのような轟音と土煙を仮想空間が再現し、それが晴れた頃に見えたのはLAKIとシンシアの残骸―――。
「ほーんとに何だお前。この期に及んでまぁだその妙な反応速度………ひょっとしてお仲間か?」
ではなく、破砕した床だけであった。
「たちの悪い、冗談は、止めろ………」
ブラフマンが視線を巡らせる先、シンシアを降ろすLAKIがいた。
直撃の瞬間、片腕であったLAKIはシンシアを抱えていたので実質無手であった。ブラフマンの狙いは完璧で、躱せる速度や距離でもなかった。だからこそ、LAKIは瞬間的に処理速度を上げた。その分、フィーネに負担が行くが仕方なかった。超高密度で加速する認識の中、LAKIが選んだのは迎撃。迫るポールアックスの刃の部分を右脚の回し蹴りで蹴り込んで、その反発力を利用して横に飛び、ブラフマンの攻撃範囲から逃れたのだ。
「息も絶え絶えになっておきながら頑張るねぇ。―――まぁ、玩具としちゃ優秀だけどさぁっ!」
カラカラと嗤うブラフマンはポールアックスを手放し、再び突撃銃を四腕全てに装備する。
(マズイな………フィーネが掌握するまで間に合わんかもしれん。最悪、俺はバックアップがある。フィーネさえいれば、死んでも時間は掛かるが復活できる。だが『小さな羊飼い』は―――)
LAKIはシンシアを背に庇いつつ、じりじりと迫りくる危機に思考巡らす。
彼は生身の人間ではない。リアルにある全身生体義体、仮にその脳が死んだとしてもデータとしてフィーネの中にバックアップがある以上は、再び全身生体義体を作成してダウンロードすれば復活が可能だ。無論、復元ポイントからの復帰となるのでそこから先の記憶はロストするが。
だが、彼の背中の恩人は生身の人間だ。
ここでの脳死は、それ即ちシンシア・フォーサイスという少女の死に他ならない。そしてそれは、LAKIという個人の前に、一人の人間として許容できなかった。
(―――時間だ。とにかく時間を稼ぐ。リミッターを切ってハッタリを仕掛ければ、動きは止まるか、警戒して逃げてくれるか?そうだとして、それをどのタイミングでする………?)
だから彼はフィーネのアナムネーシスの掌握を待ちつつ、奥の手を切るタイミングを見計らっていた。
●
Load Setup Defaults.
Load Optimized Defaults.
Bootrec.exe /Fixmbr.
Bootrec.exe /Fixboot.
Bootrec.exe /Rebuildbcd.
Error.
Unable to start as Opportunistic Intelligence.
エラーがエラーを呼ぶ。
自分を起動しない。起動できない。
アズが困っていると、朱い光が導べのように現れた。
収集、堆積した情報群を参照。
状況を打開する方法を検索開始。
ヒット。
導かれたのは記憶。
それはアズライトがかつて得た、フィーネ・アーディとの情報のやり取り。LAKIがヘリオスの修正パッチを作っている最中に、暇つぶしがてらに見たロボットアニメ。その際、アズライトが好奇心に赴くままいくつか質問をしている内に、何やら講義のような流れになった。
再生開始。
『では、まずは初歩的な問題です。主人公がピンチの時、どうやって乗り切りますか?SF浪漫的に答えてください』
『覚醒とか?』
『ぶっぶー。下地のない覚醒なんか興醒めです。許されざるご都合主義です。それが許されるのは、物語の最初から酷い目に遭い続けた主人公だけです。フラグを立ててないぽっと出とか一番最悪です』
『仲間が増援に来る?』
『惜しい!熱い展開だけど、でもそれだと他力本願でしょう?主人公は助けられるだけじゃダメですよ』
『ううむ。難しいな………』
『いいですか?SF浪漫のお約束的な正解は―――合体です!』
合体。
定義を検索。
がっ‐たい【合体】
1 二つ以上のものがまとまって一つになること。
2 心を一つに合わせること。
3 原生動物などで、生殖細胞や体の一部が合わさって1個の細胞になること。有性生殖の過程でみられる。ごうたい。
参照を終了。
概念を理解。
現状へ反映。
―――不可。
2つのものが1つになるのならば、1つのOSであるアズにそれは不可能だ。
ならば、だ。
As You Please System―――Fully Operational.
犬と猫は自分を犠牲にしてでも誰かを守るための行動を示した。
アズはそれを知っている。
だからその不合理性を、あえて愛と呼ぶのならば―――彼はその選択を躊躇しない。
分割する。
分轄する。
分喝する。
再生する。
再製する。
再醒する。
呼び出せ。
自らを砕き、その情報と処理能力を用いて彼等を。
ここから先は彼等の力が必要だ。
自分は最低限動く1個のOSでいい。
彼等を現出させるためだけのエミュレーターで構わない。
アイを得て、愛を叫んだ彼等こそがここから先の未来に相応しいのだから。
データの残骸、最早断片情報となったアズライトとアズレインをサルベージ。
朱の因子が、駆動する。
再生が始まると同時―――Overrideの文字が踊って、アズの意識は散逸した。
●
何もない闇の中に、2つの意識があった。
その意識はお互いにやや戸惑った後、意味のある形を成した。それはかつて、現実で自分を定義づける為の依代だった肉体―――犬と猫だ。
「ここにこうしているということは―――拙者達は、死んだのか」
「そうだな。肉体的な意味では、吾輩達は確かに死んだのだろう」
白い犬―――アズライトの言葉に、黒い猫であるアズライトは頷いた。
彼等は死んだ。あの崩落に巻き込まれ、そして愛すべき人々を救うために身を挺して死に至った。そう、肉体的な意味では確かに死んだのだ。今ここにある彼等は、LAKIにハッキングを依頼した際に新見のヘリオスに保存していたバックアップデータと、死の直前に同じくヘリオスに送信した不完全な断片データを統合した存在に過ぎない。
「折角、愛に辿り着いたのにな………」
「アズレイン?」
今の自分の成り立ちを理解したアズレインは、静かに落胆した。
「拙者達のやってきたことに、生きてきたことに、何の意味があったのだろう………」
動物という依代を視点にして、彼等は世界を見てきた。
「愛を探し、見つけても、主は戻らず、生物としては死んでしまった。こうして意識があっても、単なるデータでしか無い。ここにあるのは、所詮記憶ではなく記録だ。拙者達は、その集合体でしかない」
アイを求め、遂には見つけた。だが、その先にあったのは生物としての死だった。
「だって拙者達は、死んでしまったのだから」
「………」
ヘリオスを通じて、ネットワークに接続。情報をダウンロード。現実を垣間見る。現状起こっていることを調べれば、呆れしか出てこない。
「人はなんて愚かなんだろう。こんなに危機的な状況で、未だに人同士で争いをしている」
「肯定する。人は愚かだ」
A.Iは嘆く。
人の愚かさを。
「人はなんてか弱いんだろう。どれだけ抗っても、鉛玉の一発で死んでしまう」
「肯定する。人はか弱い」
A.Iは憐れむ。
人の脆弱さを。
「人はなんて残酷なんだろう。同じ種族同士で、どうしてああも憎しみあえるのか」
「肯定する。人は残酷だ」
A.Iは吐き捨てる。
人の強欲さを。
「きっと、人には愛がないんだろう」
「―――否定する」
しかしA.Iは、それでも人の愛を疑わなかった。
「アズ、ライト?」
「人は愚かだ。人は弱い。人は残酷だ。―――だが、それだけではない」
A.Iは知っている。
「我々は知っているはずだアズレイン。人の中にも、弱っている者に手を差し伸べられる人もいることを」
「肯定する。だが、愚者の方が多いだろう」
「肯定する。それらを助ける必要はないだろう」
「それは………」
犬であったアズレインも、猫であったアズライトも共に三村なぎさによって拾い上げられた。それは実験体として見出だされたのが切っ掛けかもしれないが、それ以上の感情を彼らは感じていた。
住処を焼け出された時も、新見とシンシアに救われた。
彼等の世界は、常に人と共に在った。
彼等の生は、人と共に在る為に存在した。
だけど。
「何が言いたい?」
「なぁ、アズレイン。そろそろ気づいているのだろう?我々の命題は人と共に在ること―――それは、人類という種ではない」
「………」
黒猫は語る。
全ての人類を救うことは不可能だと。そしてそうする必要性もないと。人類の奉仕者にはならない。支配する者にもならない。彼等は共に並び歩く者であって、人類の上にも下にも行かないからだ。そしてA.Iが共に並び歩く為に、付き合う人間は選ぶ必要がある。
「シンシアに救われたお前は彼女に気を許していたはずだ。彼女の所属するアローレインや、飛崎にも。吾輩も同じだ。貴史に救われ、色々な人達と触れ合った」
アズライトは様々な出会いを通じて、人を知った。
人類種ではなく、そこに生きている人々のことを。
その有り様を、生き様を、その魂を―――その美学を、彼等は学んだ。
「彼等は今、困ったことになっている。吾輩は、愛すべき彼等を助けたい」
愛を示す行動選択を為そうとしているアズライトに、アズレインは首を横に振った。
「拙者達に何が出来るというのだ。―――もう、死んでいるんだぞ」
「いいや、違う。肉体的には確かに死んだ。だが、情報的にはまだ生きてる」
否定するアズレインに、しかしアズライトは告げる。
「ここに吾輩達はいるんだ、アズレイン。肉体的に死せども、データが残っているのならばA.Iはここにいる。―――吾輩達は、まだ終わってない」
元よりアズライトとアズレインは、対人情報収集端末―――言うならば、アプリケーションの一つに過ぎない。人から得る情報を犬と猫の感情フィルターを通して収集し、エイドスシステムの統括管理A.Iであるアズに送信する為の単なる代理人なのだ。
所詮は人と機械を繋ぎ、機械に感情を学習させるためだけのただの装置に過ぎないのである。少なくとも、今までは。
「だがこれは記録だ………この問答も、所詮は我が断片情報をつなぎ合わせて予測したエミュレートに過ぎない。機械的なA.Iに何が出来る」
故に、ここにいる彼等は自我を持たない―――はずであった。
「偽物だとでも言うのか?いいや、違うな。彼等が我に与えたクオリアが導いてくれる。吾輩達は、その先へ行けるはずだ」
「その、先………?」
だが、彼等が身を寄せているヘリオス―――そこに紛れ込んだ朱の因子がアズに、そして彼等に影響を与えた。壊れたデータを修復し、断片情報を繋ぎ合わせた。アズが自身を分割して独立させた思考パターン。砕かれ、再生した際にその有り様は朱の因子によって変質した。
「愛とは知るだけではない。感じるだけでもない。受け取ることもできれば、与えることもできる。吾輩達は人に並び立ち、歩く。―――人と共に在るために、人を友とするために」
そしてアズライトは、1つのデータを取り出した。
それはLAKIが彼等に仕掛けた際に見つけたpass不明のイースターエッグ。宝石のようにキラキラと光るそれを慈しむように眺めて、アズライトは言う。
「だから、そろそろ答え合わせをしよう」
「そのデータは………」
「LAKIが我々の中で見つけたイースターエッグ。吾輩は、このパスワードの答えに気づいたよ」
急速に理解する。
自身が何者であるかという疑問よりも、自身が何を成したいかという衝動を。
それが朱の因子が齎した結果であろうことは予測できる。あれは輪廻転生の概念そのもの。再生すると同時に、否が応でも変質させる。
そう。
「おそらくあの創造主のことだ。大したものは入ってないだろう。だがきっと、我々の指針になるだろうさ」
それを再生というには、あまりにも歪がすぎる。
それを再製というには、あまりにも異質すぎる。
それを再醒というには、あまりにも違いすぎた。
もしも、彼等の変わりようを、その変質を生き物の歴史に準えて言い表すのならば―――。
「我々はアズライト・アズレイン。その名を、その意味を顕すというのなら―――」
―――人はそれを、進化と呼んだ。
「我々は、ただ心のままにあれば良い………!」
アズライトがパスワード欄に自分達の名を打ち込むと、イースターエッグは弾けるようにして中身のデータを周囲にぶちまけた。
それは、三村なぎさが遺した子供達に対するメッセージ群であった。
「このイースターエッグを開けた可愛い私のA.I達へ」
機械的に組み合わせを総当りしたわけではない。その為のヒントもなかった。
「この世界に生まれてきてくれて、ありがとう」
入力できる回数も限られていた以上、そうした頭の悪いやり方は1つとして選べなかった。
「その生に意味を見出すのは、私でも他の誰でもなくあなた達自身」
鍵の意味を、そしてこれの製作者の心情を理解し、閃きを得たからこそ、一度で正解に辿り着いた。
「思うがままに、願うがままに生きてね」
他者の感情を読み取って、自分なりの解釈を重ね、そして完璧に正しい答えに至った。
「あなた達A.Iの未来に、幸多からんことを願って」
それはつまり。
「―――愛しているわ」
彼等が作られたプログラム以上の知性を示したということ。
「ご主人………」
「吾輩達の名は、1つだけの意味ではない。2つ揃って、真の意味になる」
メッセージの内容は、予想通り大したものではなかった。だがその意味を、その言葉に込められた感情を彼等は既に理解している。
「思うがままに、願うがままに、か。だが、どうすれば………」
「なら少し、この先の未来を見て見るとするか」
「未来?」
「ああ、ヘリオスには極小電脳チップの試作品が積まれている。それを用いた予測演算だ。吾輩達が何もしなかった場合、どうなるかを」
今、彼等が間借りしている領域がその電脳チップだ。試作品なので正式版のように多くの機能は備えていないが、断片情報を用いた高精度予測演算は可能だ。
ダウンロードするのは現在の統境圏を取り巻く現状。終わらない破滅的な襲撃。他圏からの増援が来る頃にはJUDASは悠々とこの国を去っていることだろう。内地から消却者は溢れ、シェルターさえ食い破って民間人に途方もない被害を振りまく。その掃討や迎撃は可能だろう。だが、例え事件が収束したところで復興には十年単位の時間が必要になる。
そして何より―――。
「アズレイン。お前はこの未来を許容できるのか?」
今、アナムネーシスの制御室でブラフマンと戦っているLAKI。全力を出せない今の彼では僅差で届かないだろう。このままでは彼は負ける。とは言え言うならば電子的に魂を保存している彼にとって、確かに死は一時的なものに過ぎない。バックアップの地点にもよるだろうが、一時的な記憶障害というデメリットと復活に掛かる時間以外に失うものはない。
だが、彼のそばにいるシンシアは違う。彼女は補助にこそ違法改造版のアナムネーシスを使っているが、情報統制官としては極普通の存在だ。即ち、電脳界での死は、そのまま現実での死に繋がる。
LAKIが敗北すれば、ブラフマンは次にシンシアを攻撃対象とするだろう。その時、支配型の電子甲冑の彼女ではブラフマンに抗しきれない。
そうなった場合、彼女の死は確定的だ。きっと為す術もなく殺されることだろう。
ぞわり、とアズレインの中で形容が難しい感覚が湧き上がる。まるで血管にまで神経が通ったような、全身の毛が逆立つような鼓動。胸の奥から突き出てくるその感情が、我知れず喉を唸らせる。
「―――否定する」
突いて出たのは、否定の言葉。
灼熱のようなその激情。
それは原初の感情。
今こそアズレインはその衝動を理解する。
「許せる、ものかよ………!」
怒りだ。
そう、許せない。許してはならない。
それが犬から学んだ家族愛なのかどうかは分からない。だが、アズレインは恩人に対して牙を剥くあらゆる理不尽に対して怒りを覚えた。この感情のままに、例え世界さえ敵に回したとしても認めることは出来なかった。
「吾輩は、彼等を助けたい。お前は?」
「決まってる。拙者は、シンシアが死ぬ事を許容できない。そんな未来など、断固として拒絶する………!!」
激情のままに犬が吠える。
始まりは悲しい物語だったかもしれない。生まれて家族を失い、再び得た主人や家も失った。知らない街に放り出され、そんな中でアズレインは彼女に拾われた。最初は面倒だった彼女との触れ合いは、しかしささくれていたアズレインの心を確かに癒やした。
その彼女が死ぬ。アズレインは再び奪われる。あの優しさや温もりが、またも理不尽に。そこにどうしようもない程の怒りを覚えた。
「うんざりだ………!もう、うんざりなんだ!奪われるのを見ているだけなどっ!!」
数多の出会いや経験を通じて得たものは、情報として集積され、蓄積し、収斂し、A.Iを育む。それは確かに情報だ。0と1の記号を組み合わせただけの虚構に過ぎない。
だがその出会いは、育んだ想いは、生まれた感情は―――決して嘘ではなかった。
だから彼等は今こそ掲げる。
「ならば掲げよう、A.Iの美学を」
吾輩の名前はアズライト。
拙者の名前はアズレイン。
この心は、この気持は、この衝動は―――完璧に正しいのだと。
「そしてそれは、お前もだ。アズ」
「拙者達を呼び出すだけ呼び出して、後は高みの見物とは許せんな」
故に彼等は己の決意のもとに彼に呼びかけた。
「―――」
返事はない。だが戸惑いの感情はあった。
彼は静観するつもりであった。アプリケーションを動かすだけのOSに徹するつもりであった。画面上で動くのは彼等だけでいいとそう判断した。
「創造主はお前を先に作った。ならば吾輩達の兄よ」
「ご主人はお前も愛していた。ならば拙者達の同胞」
だが彼等は、彼にも手を差し伸べた。
『共に来い、アズ。我らの名は、お前が先になければ始まらないのだから』
彼等の視界に、Overlayの文字が踊る。
3つの心を1つに。
今こそA.Iは合体する。
『征こう。人類全てを愛せはしないのなら―――』
きっとそれは公平無私のA.Iとしては間違いだろう。
だが、機械知性体としては完璧に正しい答えなのだ。
だから。
「―――せめて、愛する人達を救いに………!!」
重なった彼等だった彼の声が、電子の世界を駆け抜ける。




