とある2人の日常
横井瞬介(28)
猫獣人。種族はアメリカン・ショートヘア。
やせ型。意外にも運動が得意。
身長は178cm 体重は62kg 遥斗とは中学校からの幼なじみ。
バスの運転手を生業とする。物腰の柔らかさと面倒見の良さから多くの所員に愛されている。
酒井遥斗(28)
犬獣人。種族はラブラドールレトリバー
がっしり型。小学校から大学までサッカーをやっていた。身長182cm体重75kg
運動が1番好きで休みの日はテニスに行くほど。
仕事は薬剤師。薬局長の肩書きを持っているが本人は嫌がってる様子。ベースも弾ける
。
兎沢優希(25 )
遥斗の薬局で働く薬剤師。兎獣人で種族はネザーランドドワーフ。
先輩である遥斗に好意を示しているが、遥斗自身気づいていないため諦めかけている。でも好き。やせ型で、仕事には真面目に取り組む。チャラい。
庄司浩輔(26)
瞬介の直属の部下。犬獣人で種族はラブラドールレトリバー
瞬介に対して恋愛感情を抱いている。出身が新潟で酒屋の息子であるため酒は強い。が調子に乗って飲むとキス魔になる。それで瞬介を怒らせたことがある。身長185cm 体重80kg 学生時代はラグビー部に所属していたため身長が高い。
[newpage]
(今日は疲れた…酒が飲みたい)
年末前、病院が年末年始休みになる関係か、大量に処方せんが舞い込んできた。
閉局時間ギリギリまで患者さんをさばき、閉局の時間を迎える。
「つ、疲れた…」
「患者さん多すぎっすよ…」
「まぁうちも明日から休みだし、いいけどさ…」
「何がいいんすか…」
「とりあえずさ、飲みに行かない?今日は同居人も忘年会でいないからさ。」
「え、いいんすか?!行きます!」
薬局を閉め、二人で居酒屋へと向かう。今日は焼き鳥だ。
「酒井さんと酒飲むの久々っすね~」
「そうだね。いつもは直帰だからね。」
やっぱり忘年会シーズンだからか、店の中は混雑していた。
「あ、でも20分位で呼ばれるらしいっすよ」
「じゃあ待とうか」
椅子に座り2人で話をしていると、予想よりも早く席に呼ばれた。
「とりあえずビールっすか?」
「いや、レモンサワーだな。」
飲み物とつまみを頼み、また話の続きをする。
「彼女とかはいないの?」
「いないっすねー。あんまり興味無くて。」
「なるほどなぁ。」
「酒井さんは彼女は?」
「いやぁ俺もいないなぁ。周知の通り瞬介とルームシェアしてるから、例え出来ても連れ込めないし。」
「なるほどなぁ」
そういいながら兎沢くんが日本酒を煽る。運ばれてきた焼鳥をつまみながら、俺もレモンサワーに口を付ける。
(……きっと、この人は分かってないだろうな。俺が酒井さんの事好きだってこと。)
日本酒を煽る。
(そういえば一回どさくさに紛れてキスしたな。あの時はどうかしてたな…でもしたかったんだからしょうがない。)
「どうしたの急に大人しくなって」
「…なんでもないっす…」
しこたま飲み、気付くと兎沢くんは潰れていた。
「言わんこっちゃない…飲み過ぎだよ」
兎沢くんの荷物を持ち、兎沢くんを背負う。幸いにもタクシーはすぐに来て、兎沢くんの家まで連れて行ってくれた。
「兎沢くん。鍵借りるよ。」
兎沢くんの家は綺麗に整頓されていて、男性のひとり暮らしとは思えない程だった。
「はー…綺麗にしてるんだなぁ。」
寝室に連れていき、ベッドに寝かせる。
「ん…?」
「あ、兎沢くん起きた?ここ兎沢くんちだよ」
「ん…酒井…さん」
「ん?ちょっ!?」
兎沢くんに急に抱きしめられた。しかも力強く。
「ちょっダメだって!」
「好き……っす…酒井さん…」
「ちょっ!」
再び寝落ちた兎沢くんから解放される。枕元に水と鎮痛剤を置いて、兎沢邸を後にしタクシーに乗る。
(好きだって言ってたけど、まさかな…)
タクシーは俺を乗せて自宅まで走っていく。
「ただいま…」
「おかえり。遅かったね。」
「兎沢くんと飲んできたからね。」
「…だからか。何時もと違う匂いがするのは。」
「あ、ふ、風呂入ってくるな!うん!」
瞬介は意外に嫉妬深いのである。
[newpage]
「酒井くんさ、薬局長やってみない?」
「え?」
午前の営業を終え昼ご飯を食べていると、薬局長がいきなり問いかけてきた。
「ここのですか?」
「そうそう。僕そろそろ異動になるからさ、薬局長の後釜探してるの。」
そう言って耳をピクピクさせながら、ねずみの薬局長が続ける。
「酒井くんさえ良ければエリアマネージャーに推薦するけど~」
「良かったじゃない酒井くん。給料上がるわよ~」
「いや、まだやるって決まった訳では無いですし…。ってか今宮さん異動するんですか!?」
「昨日知らされてね~。家の近くに異動になるの~」
今宮さんは俺が仮配属の時から面倒を見てくれていた恩人である。それだけに異動はショックが大きかった。
「酒井くんなら安心して店を任せられるよ~。お願い~。」
「……ちょっと明日まで考えさせてください。」
「いいよ~」
勤務を終え帰路に着く。薬局長の話について、電車の中でずっと考えていた。
(薬局長……責任が増えるのか…あ、乗り過ごした)
なんとかかんとか帰宅する。台所では瞬介が何かを煮込んでいた。
「おかえり、遅かったね。シチューの素買ってきてくれた?」
「え、シチューの素?」
「LINEしたじゃん」
LINEを見ると確かに瞬介からシチューの素を買ってきてほしいとの旨が書かれていた。
「すまん、忘れてた……」
「えー?しょうがないな…買ってくるからお鍋見てて。」
「すまん…」
鍋を見ていること約20分。
(コトコトいってる…)
瞬介が帰ってきた。
「ただいま。洗剤安売りしてたから買ってきちゃった。最近の薬局は安いねー。お鍋見ててくれてありがとう。」
「お、おう。」
「…?まぁいいや。今シチュー作るからね。」
テレビを見ていると、台所から瞬介の声がした。
「シチュー出来たよ。」
「お、おう。相変わらず美味そうだな。」
「まぁね。煮込み料理は得意だからね。」
ワインを開け、二人でシチューを食す。
「今日の遥斗様子おかしくない?どうしたの?」
「いや…自分に良くしてくれた上司が異動するらしいんだ。それで、その人は薬局長なんだけど、異動になるにあたって俺に薬局長の話が来てな。」
「いいじゃん、薬局長。お給料も上がるんでしょ?」
「上がるけどさぁ……責任が…」
バゲットにオイルサーディンを乗っけた物を食しながら瞬介が続ける。
「薬剤師なんて責任が付きまとう仕事でしょ。薬局長になったところで変わらないって」
「…そうだなぁ。受けてみるか…」
「僕は応援するよ。」
そう言いながら瞬介はワイングラスを傾けワインを飲み干す。
翌日。今宮さんはすでに休憩室で新聞を読んでいた。
「あ、酒井くんおはよ~」
「おはようございます。」
「考えてくれた?」
「…話、受けます。」
「お、受けてくれるんだ~ありがと~。早速エリアマネージャーに伝えるね~。」
そう言いながら今宮さんがエリアマネージャーに連絡をする。
波乱な薬剤師生活になりそうだ。[newpage]
「え、庄司くん異動なの?」
「そうなんです。深川に。」
「深川……」
昼食を一緒に摂っていると、庄司くんが唐突に異動の話を投げかけてきた。唐突な異動の話に持っていたフォークを落としてしまった。それくらい動揺してしまったのである。
「そんなに動揺しなくても…」
そう言いながらにへ、と彼は笑う。
「いつ異動なの?」
「来月の初めですね。転居になるので部屋も片付けないといけなくて大変です。」
「そっかぁ…じゃあ異動までにたくさん遊ぼうか。」
「まじですか!」
「それくらいはね。長く僕の後輩だった訳だしね。」
そう言うと、庄司くんは嬉しそうにしっぽを振った。可愛いやつだ。
家に帰ると、遥斗が何かを焼いていた。
「おかえり。今日はローストポークだぞ。」
「お、美味しそうだね。ワイン買って来て良かった。」
「昨日飲み干したからね。」
夕飯を食べていると、遥斗が話しだした。
「薬局長の話受けたよ。」
「そっか。いつから?」
「来月の始めから。特にやることは変わらないんだけどね。」
「まぁいいんじゃない?薬局長かっこいいと思うよ。」
「かっこいいかぁ?」
「うん。」
夕食を食べ終え食器を片付けていると、遥斗が抱きついてきた。
「…なに?」
「抱きつきたいだけだよ。」
「食器洗ってるんだけど」
「いいだろ」
「んっ……」
抱きつきながら僕の股間に手を当てる。
「まずは食器洗ってから!」
なんとか遥斗を引き離し食器洗いを続ける。鼓動が激しく高鳴っていた。
「お、終わった?遅かったね。」
「あ、あんなことするからだよ!」
「まぁまぁとりあえずソファにお座りよ」
流されるままに遥斗の隣に座る。肩を抱き寄せてきた。
「瞬介暖かいね」
「ネコだからね。」
抱き寄せたままキスをする。久しぶりだったからかかなりディープなキスだった。
「ぷはっ」
「遥斗激しすぎ…」
「久しぶりなんだし、いいだろ。」
そのまま僕は押し倒され、服を少し乱暴に脱がされた。
「電気は消して……」
「消しません。」
「なんで…」
「恥ずかしがる姿が見たいからだよ」
「意地悪…」
その日、遥斗は溜まっていたのか、4ラウンドまでその行為は行われた。おかげで腰がガクガクしている。
「風呂入るか」
「入る……」
二人でお風呂へと向かう。服を脱いでる途中でまた遥斗に襲われた。5ラウンド目である。
僕は遥斗の頭を思い切り叩いた。
[newpage]
翌朝。遥斗は休みなのかまだ眠っていた。僕は庄司くんと会う約束をしていたので、いつもより早めに布団を出た。
遥斗の分の朝食を作り、ハムスターに餌をあげ、自らも朝食を摂って出かける支度を始める。すると、遥斗が起きて来た。
「起きた?」
「うん……」
「朝ごはん作ってあるからね。僕は庄司くんと出掛けてくるから」
「おう…行ってらっしゃい…」
まだ寝ぼけている様子の遥斗を後目に、僕は玄関のドアを開けた。
待ち合わせの駅前。指定場所にはまだ庄司くんは着いていなかったので、近くの喫茶店でコーヒーをテイクアウトしながら彼の到着を待っていた。
「横井さーん!」
「お、庄司くん。おはよう。」
「お待たせしました…」
「今来たところだから。そこの喫茶店入ろっか。スイーツ美味しそうなのがあってね。食べてみたいんだ。」
庄司くんを連れて喫茶店に入る。庄司くんはアイスコーヒーを頼み、僕は季節のいちごパフェを頼んだ。
「昨日引っ越し準備しながら撮り溜めてたドラマを一気に見たんですよ。そしたら準備そっちのけでドラマ見ちゃって。気づいたら朝でした…」
「イッキ見しちゃうよね。分かるよ。僕もこないだ、ずっと見たかったドラマを借りてきたんだけど気づいたら朝だったね。」
しばらく話し込んでいると、アイスコーヒーと季節のいちごパフェが運ばれてきた。僕はとりあえず写真を撮る。
「横井さん意外と写真とか撮るんすね。」
「撮るよー。写真が趣味だったりするんだよ。」
写真を撮り終え、パフェにスプーンを付ける。生クリームをスポンジ生地に付けて食べる。生クリームは甘すぎず、スポンジ生地はとてもふわふわしていた。
「あ、これかなり美味しい。」
「美味しいですか?」
「うん。食べてみる?」
そう言って庄司くんにあーんをしてあげる。
庄司くんは顔を真っ赤にしながら、スプーンを受ける。
「何顔真っ赤にしてるの…」
「いきなり恥ずかしくて…」
まぁ一般男性同士がスイーツをあーんってするのは、少し恥ずかしいことかもしれない。
スイーツとコーヒーを楽しんだ後、店を出る。
[newpage]
「今日は何する?」
「買い物がしたいです!」
「新居に向けて色々雑貨とか必要になるからね。無印行こうか。」
近くのデパートの中の無印良品へと足を運ぶ。
「やっぱり無印は色々あるね。」
「あ、このカーテンいい色してますね
。遮光性抜群…なるほど…」
「カーテン買うの?」
「今使ってるのがだいぶ色褪せてきたんですよね。」
そう言いながらカーテンをカゴの中に入れる。
時間にして1時間。自らも日常で使う物を購入し、無印を後にする。
「結構買い物したね。」
「買いすぎた感がありますね…」
「まぁ必要あるんなら良いんじゃない?」
大量の荷物を持ちながら、椅子に座る。
「この後はどうする?洋服とかは見なくていいの?」
「洋服、家にたくさんあるんですよね…とりあえずお昼ご飯食べますか」
「そうだね。」
何気なくブラブラと歩いていると、美味しそうな洋食屋さんを見つけた。
「ここ入ってみない?」
「お、いいですね。」
店の中はお客さんがまばらに座っていたが、洋楽が流れていて居心地の良さそうな雰囲気だった。
「デミハンバーグランチが今のおすすめですよ」
「それでいい?」
「いいですよ!」
「じゃあそれ2つお願いします」
出された水を飲み干したあと、壁に掛けられた絵画を見つめる、
「オシャレな絵だね。」
「なんか有名な作家の絵なんですかね?」
「美術はからっきしだからなぁ……」
そんな話をしている内にデミハンバーグランチが運ばれてきた。
「おぉ……!」
「美味しそうですね…!」
ナイフとフォークを手に取って、ハンバーグに突き刺す。肉汁が溢れだし、ジュウゥ……と音を立てた。
「んー…!」
「ジューシーで肉の味が引き立って…ご飯が止まらない!」
付け合わせのにんじんとポテトもバターで和えて炒めてあり、ハンバーグの味を際だたせている。
「はぁ…っ。ごちそうさま……!」
「美味しかったですね!」
「美味しかったねぇ。こんな穴場なハンバーグ屋さんがあったなんて知らなかったよ。」
代金を支払い外に出ると、さっきまで曇っていた空が晴れていた。
「なんか晴れてきましたし、美味しいハンバーグが食べれたしいいことづくしな気がします、今日。」
「そうだねぇ。いい買い物も出来たしねぇ。」
時刻は16時30分を示していた。買い物が終わったので、各自帰ることにする。
「楽しかったです、今日。」
「また買い物行こうよ。あと、また旅行行きたいね。」
「行きたいです!是非!」
庄司くんが寂しそうな顔をしながら改札の中へと吸い込まれていく。
「また明日!」
そう叫ぶと彼はまた寂しそうな顔をしながらこちらに手を振った。
帰宅すると、遥斗がソファに寝そべりながらテレビを観ていた。
「おかえり、遅かったね。」
「買い物がちょっと長引いちゃったね。なんか出前取ろう、何がいい?」
「寿司かな」
「了解。今取るね」
「(よっぽど楽しかったんだろうな…)」
[newpage]
遥斗とけんかをした。
理由なんて単純で、遥斗が着替えた服を散らかしっぱなしにしたことに僕が腹を立てたからだ。
遡ること30分。
「ただいま…疲れた…」
「おー、おかえり」
「…脱いだ服脱ぎっぱなしなんだけど」
「後で片付けるよ」
その言葉に僕の中の何かがキレた。
「いっつもすぐに片付けてって言ってるだろ!?」
「なんだよ、おっきな声出して。だいたいなぁ、瞬介は細かすぎなんだよ。少し大雑把なくらいがちょうどいいんだよ!」
「少し大雑把!かなり大雑把なんだよ!片付けることくらい誰だって出来るだろ!?なんで出来ないんだよ!」
そう叫んだあと、僕は部屋に閉じこもった。
いつも通りスーツをハンガーに掛け、下着を持ってお風呂場へ行く。遥斗はもうリビングにいなかった。自室に戻ったようだ。
「ったく……僕の性格を知ってるくせに…」
お風呂はいい具合に冷えきっていたので、追い炊きをする。追い炊きが終わるまでリビングでハムスター達を見ていた。
すると、遥斗がやってきて不機嫌そうに服を自室に持ち帰った。僕もまだ腹が立っていたのでお互い会話は無しだ。
翌朝。遥斗は既に出勤したらしく、リビングには誰もいなかった。
朝食を作り、いつも通りハムスター達にエサをあげ、家を出る。
「どう思う?」
僕は新しく指導することになった川上くんに問いかける。
「そうですね、一言で言えばお互いにタイミングが悪かったですね。」
「うん…まぁ。」
「服を脱ぎ散らかしてた同居人さんもいけないですし、疲れに任せて怒りを爆発させた横井さんもいけなかったかなと思います。」
「川上くんは冷静だね……」
「そうですか?あ、お漬物頂きますね。」
そう言って高菜の漬物を大量にご飯の上に乗っける。
「ご飯何杯目だっけ?」
「3杯目ですね。」
「…よく太らないね」
「俺太らない体質なんですよ。横井さんだって細いじゃないですか。」
「まぁ…」
ご飯を食べ終えお茶を飲みながら川上くんが続ける。
「とりあえず早く仲直りした方がいいですよ。長引くとめんどくさいですから。」
「うん…」
[newpage]
「どう思うよ兎沢くん!」
お昼休憩中。昨日起きた出来事を全てぶちまけた。兎沢くんは本を読んでいる。
「それは酒井さんが良くないすよ。俺だって服ぶちまけられてたら怒りますよ。」
兎沢くんは本に目線を落としたまま、俺の言葉に返事を返した。
「だからって怒鳴らなくても良くない?」
「疲れてると、そういう小さな火種で大火災を起こすんですよ。」
「いいこと言うな…」
「特に横井さん几帳面らしいじゃないですか。余計ですよ。」
「うん…」
読んでいた本を机の上に置き、兎沢くんが俺を見つめる。
「とりあえず早めに仲直りしましょう。ギスギスしたままだと後々めんどくさいっすよ。」
「うん…」
[newpage]
「あー。家帰りたくないー。」
休憩時間も終わろうとする頃、俺は頭を抱えていた。
「火種は酒井さんなんですから早めに鎮火しないと大変なことになりますよ。」
「分かってるよ…」
休憩も終わり、仕事に戻る。雨も上がったからか、午後はとにかく忙しかった。あっという間に時間は過ぎ、閉局時間となった。
「帰るか……」
「ケーキとか買って帰るといいですよ。」
「そうするわ……じゃあお先です。」
「お疲れ様でしたー」
車を走らせ、瞬介の好きなケーキ屋の、少し高いチーズケーキを買った。
自宅に帰ると、まだ瞬介は帰っておらず、ハムスターしかいなかった。
「ただいまハムスターたち。さ、夕食つくるか。」
今日はちょっと凝ってアヒージョを作ることにする。レシピはクックパッド頼りだ。
「ただいま」
アヒージョを煮込んでいると瞬介が帰ってきた。
「おう、おかえり。……昨日は悪かったな。今日は片付けたから!」
「僕も怒りに任せて感情露わにしてごめん。
」
「お、おう。あ、チーズケーキ買ってきたからさ、後で2人で食べようぜ。」
「また高いの買ってきて…」
そう言いながら瞬介は大きくしっぽを振った。分かりやすい。
アヒージョにバゲット、瞬介の好きなオイルサーディンを用意して、夕食の支度は完了だ。
「おーい、夕飯出来たぞー」
ハムスターと戯れていた瞬介を呼ぶ。瞬介がハムスターにクッキーをあげ、ケージに戻す。
「手洗えよ」
「分かってるよ。」
「いただきます」
「いただきます!」
瞬介がオイルサーディンをバゲットに乗せる。
「オイルサーディン美味しいか?」
「美味しいよ。食べる?」
「いや、いいや。どうにも俺は好きになれん。」
「美味しいのに。」
自分で作ったタコのアヒージョが美味しかったので、白ワインを開ける。
「飲みすぎないでよ」
「分かってるよ。」
あっという間に白ワインは無くなり、ほろ酔い状態になって俺はソファに寝っ転がっていた。
「だから飲みすぎないでよって言ったのに…」
残っていたアヒージョを全て平らげ、片付けを遥斗の代わりにする。すると。
「瞬介~可愛いな~」
酔っ払いが後から抱きついてきた。
「片付けてるんだから、ちょっと待って!」
「待ちませ~ん」
その手は僕の股ぐらに伸びてきた。
「んっ……ダメだって……ばっ!」
「いいことしようぜ~」
そのまま押し倒され、服を脱がされる。
何度も「気持ちいいこと」をされ、2ラウンド。
遥斗はそのまま眠ってしまった。
僕は途中だった片付けを終わらせ、お風呂に入る。
「明日説教だな……」
お風呂の中、小さく決意した。
[newpage]
風邪を引いた。症状は激しい喉の痛みと、頭痛、38度の熱。
「あら、38度あるね。インフルじゃない?」
「関節は痛くないから…」
「とりあえず病院行った方がいいよ。僕は出勤時間だから行くね。」
「薄情者!」
「卵がゆは買ってあるからね~」
そう言って薄情者は部屋を出ていった。
「しかし困ったな…病院行くにも車運転しなきゃなのに…あ、」
そういえば今日は兎沢くんと遊ぶ約束してたんだ。兎沢くんに看病してもらおう。
「あ、もしもし兎沢くん?」
「はい…酷い声っすね」
「風邪引いてさ」
「じゃあ今日は中止っすか?」
「いや、看病して欲しいんだよ。」
「あれ。同居人さんは?」
「仕事だとさゲホッゲホッ」
んー分かりました、と兎沢くんが看病に来てくれることになった。
部屋は片付けてあるし、大丈夫だろう。
インターホンが鳴る。高熱にうなされながら出ると、兎沢くんがいた。
「すげぇ調子悪そうっすね。はい、ポカリ買って来ましたよ。」
「出来る子だゲホッゲホッ」
「早く病院行きましょ」
服を着替え車に乗り込む。行先は職場だ。
「前沢クリニックでいいっすか?」
「構わないです」
「出発します。」
「兎沢くんNBOX乗りなんだね。」
「乗せる人いませんけどね。」
10分で職場に着く。ふらふらしながら病院へのエレベーターに乗る。
「こんにち…酒井さんどうしたの?」
「風邪引きまして…」
「とりあえず熱測って!」
「はい。」
「38度8分。高いわね。今患者さんいないからすぐ呼ばれるわよ。」
椅子に座って兎沢くんの肩を枕にしながら寝ていると、
「酒井さーん、酒井さんどうぞ」
呼ばれた。診察室に入る。そこにはいつも電話で話す院長がいた。椅子に座り症状を伝えると、まずは喉を見られた。
「あー真っ赤だ真っ赤。綺麗な赤だねこりゃ。扁桃腺が腫れてるし、分かる?」
その腫れた扁桃腺を押してくる院長。俺は激痛に体を捩らせた。
「あ、ごめん、痛かったね。次は胸の音ねー…胸の音は綺麗ね。多分気管支炎かな。抗生剤と痛み止めと咳止め出しとくから5日間きっちり飲みきってね。」
「はい…ありがとうございました。」
処方せんを貰い、勤務先に持っていく。
「あら、酒井くんどうしたの?」
「風邪引いたらしいっすよ」
「風邪!確かに声酷いもんね。すぐ薬用意するから待っててね」
また兎沢くんの肩に頭を預けて眠る。薬が用意されたらしく名前を呼ばれた。
「抗生剤と、痛み止めと、咳止めね。このテープは1日1回貼ってね」
「分かりました…」
「飴ちゃんあげるね。カリンのど飴」
「ありがとうございます……」
食料を買い、部屋へと向かう。
「酒井さんの部屋へと入るの初めてっすね」
「そう?ゲホッゲホッ」
「とりあえず早く寝ましょ。お粥作りますから。」
「ありがとう…」
兎沢くんに台所を任せて俺は布団に入る。
しばらくするとお粥のいい香りがしてきた。
「だし入れたのかな…ゲホッゲホッ」
「出来ましたよ。ほんだし入れてみました。」
「うん、ありがとう…美味しい」
「うちのお粥はスプーン1杯のほんだしが入ってるんすよ」
「ごちそうさま。ありがとうね。」
「はい、お薬と水。」
「ありがとう…」
薬を飲むと、気が緩んだのか途端に眠気が襲って来た。
「ごめん、寝るね。」
「おやすみなさい」
兎沢くんが不敵な笑みを浮かべているのに気づかないまま、俺は眠りに付いた。
「…睡眠薬持ってきて良かった。」
[newpage]
すやすやと酒井さんが寝息を立てる。俺はベッドに乗り込み、酒井さんの首筋に顔を埋める。
「いー匂い……」
甘噛み、噛み跡を付けた。かすかな石鹸の匂いが俺の鼻を刺激する。俺はそのまま酒井さんの服の中に顔を埋めた。
「失礼しま~す…」
そういって乳首を吸う。軽く喘ぐ酒井さん。
「んっ……」
「可愛いっすね」
酒井さんの胸や腹を丁寧に難度も舐め、一旦俺は手を止めた。
(今日珍しく発情期なんだよな…。薬飲んでるのに。)
うさぎの性欲はとても強いので、発情期を抑える薬を5歳から飲み始める。
(薬に耐性付いてきたかな…)
そう思いながらオレは酒井さんのパジャマのズボンに手を掛け、下ろした。
「…いただきますっ」
そういいながら俺は酒井さんの「モノ」を咥える。いい具合に怒張してきて、口の中を圧迫する。
(食べ応えあるな……)
しばらく口の中で転がしていると、生暖かな液体が少しずつ溢れてきた。先走りである。
(全部飲み込みますから、たくさん出していいですよ)
それから間もなく。酒井さんが俺の口の中に「出」した。俺はそれを一滴も零さず全て飲み込み、口を放した。そのまま、俺は酒井さんの「モノ」を舐める。
「うさぎは性欲強いんすよ。諦めてくださいね、先輩」
充分に濡らした「モノ」を自身の穴に当てる
「2回目の、いただきますっ」
[newpage]
「ん…何してるの!?」
「あ、起きちゃいましたか。えっちです。」 「やめてよ!俺には同居人もいるんだよ?!」
「バレないようにしますか…らっと」
「ふぅっ…んっ…」
「悪いようにはしませんからね。」
「あっあっあっ」
腰を振る。酒井さんも気持ち良さそうに喘いでいる。今日は特に性欲が強い日だなこりゃ。
「ん……っ気持ちいっ…すか…?」
「気持ちっいいっ…」
「良かった」
奥まで深く挿し込む。んぁぁっという声と共に酒井さんが俺に抱きついてきた。
「いいっすよ。いっぱい抱き着いちゃってください」
「んっ、くぅ…!」
「気持ちいっす…酒井さん…っ」
「あっ。出る…っ」
「出していいっすよ…!」
自分の体内に酒井さんの暖かい液体が流れ込む。それだけで俺は満足だった。
その後に残る、微妙な空気。俺はこっそり性欲抑制剤を飲んだ。
「あの…酒井さん…」
「お風呂入ってくる…」
やっちまったと頭を抱えた。まさか今日に限って性欲が旺盛になるとは……。
20分後、酒井さんがお風呂から出てきた。
「酒井さん…あの…」
「…お風呂入ってきて」
「はい…」
20分後、お風呂から出た俺は正座をしていた。
「何したか分かる?」
「犯しました…酒井さんを…」
「そうね。まぁ性欲旺盛な時期に誘った俺も悪いんだけどさ。おかげで熱も下がったよ。
」
「すいません…」
「とりあえず後処理しよう。瞬介、匂いに敏感なんだよ。そこに消臭スプレーあるから取って。それキンチョール!」
なんとか後処理も終わり、酒井さんがベッドに倒れ込む。
「体調大丈夫ですか…?」
「喉の痛みと頭痛だけ。鎮痛剤でなんとかなるだろ。」
「良かった。」
「あぁいうことするのは許可を得てからにしろよ」
「え、酒井さん許可得ればしてくれるんですか?!」
「バカ」
チョップを食らった。
「とりあえずお粥作りましたからよかったら食べてください。俺は帰りますね。遊ぶのはまた今度で。」
「おう。とりあえずサンキュな。」
「いえ!」
頭痛と戦っていると、裏切り者が帰ってきた。
「あ、裏切り者……」
「仕事なんだからしょうがないだろ…」
スンッと瞬介が鼻を鳴らす。
[newpage]
「……なんかやった?」
「え。いや、何も」
「いつもより芳香剤の香りがきつい気がするんだけど」
「…さっきハエがいてさ、キンチョールと間違えて芳香剤掛けちゃったんだよ!」
瞬介が近づいてきた。叩かれるのを覚悟していると、
いきなり俺の首筋に甘噛みをしてきた。
「何やったか察しは付いてるからね。許さないよ。」
そう言って台所に消えていった。
どういう意味なのか分からないが、そのまま俺は眠りに落ちる。
―目が覚めると真夜中だった。ベッドから出て台所に行くと、兎沢くんが作ったおかゆとポカリスエットが、置いてあった。
それを食し、風呂に入り、また寝床に付く。
すると、何かに気づいた。
瞬介が俺の首筋を噛んでいた。
「……痛いんだけど」
「僕以外の獣人とやったでしょ。分かるんだよ。2回目のお仕置き。」
そう言って瞬介が出ていく。
「血ぃ出てんじゃん……」
瞬介の嫉妬深さを知った日だった。
[newpage]
「お、瞬介同窓会のハガキ来たぞ」
「今どきハガキなんだね。いつ?」
アイスをかじりながら遥斗がポストを漁る。僕はそれに団扇を仰ぎながら答えた。
「来月の20日だって。」
そう言いながらかじり終わったアイスの棒を咥え答える。
「20日かー。どうにか休み取れるかな。」
「参加するの?」
「え、逆にしないの?」
「しないつもりだったんだけど」
僕が参加することに驚いた彼は咥えていたアイスの棒を落とした。そんなに驚く事だろうか。
「んー、瞬介が参加するなら参加するかな……」
「昔の同級生と交流持つのも大事だよ。」
そう言って僕は2人分のハガキの参加欄に丸を付けた。
「あとで買い物行く時に投函しに行こうね。」
「うん……」
翌日。
「え、酒井さん同窓会とか参加しないんすか?」
シロップ剤の瓶を持ちながら兎沢くんが驚く。
「そんなに驚くことかなぁ……」
「昔の交流から彼女とか彼氏出来ること多いっすよ。俺未だに出来てませんけどね。」
シロップ剤の瓶を置きながら兎沢くんは嘲り笑う。同窓会で気に入った同性に会えるわけないんだから。
その事を発注した薬剤を届けに来た業者に言う。業者も同じ反応をした。
「え、酒井さん同窓会行かないんですか?」
「いや、行くよ。行きますけどなんか気乗りしないというかなんというか。」
「同窓会楽しいっすよー。昔好きだった女の子にアタックしたりとかしましたねぇ。」
「あー、チャラいもんねー」
「チャラくないですよ!あ、行かないと。じゃあ失礼します。」
配達された薬を棚にしまいながら、同窓会について思いを馳せた。あまり乗り気じゃないのは何故だろう。そんな事を考えていると、薬を落としてしまった。
「あー…」
「酒井さーん、しっかりしてくださーい」
「すみませーん」
着々と業務を終えて帰宅すると、瞬介が何かを煮込んでいた。
「あ、おかえり。今日はシチューだよ。」
「おー…」
「スーツちゃんと掛けといてよ。」
「分かってるよ。」
「あ、今日榊くんから連絡があったよ」
「あー、サッカー部の?」
「そうそう。」
シチューを机の上に並べ、慣れた手つきでパンを切りワインを用意する瞬介。俺はその様をソファーに座りながら眺めていた。
「出来たよ」
「あーい。」
「「いただきます」
「そういえば榊何だって?」
パンを千切ながら瞬介に尋ねる。
「同窓会参加するかどうかの確認だって。」
「あー。そういえば幹事だったもんね。」
「参加するよって伝えたら喜んでたよ。」
「言ってそんなに卒業してからそんなに時間経ってないのにな。中学からエスカレーター式なのに。」
「まぁまぁ、別の大学に進学した子もいるし。」
そう言いながら瞬介が俺のグラスにワインを注ぐ。
「まぁなぁ。とりあえず20日休み取れたから。」
「僕も休み取ったよ。」
「じゃあ2人で行くか。」
食器を片付けて風呂に入り、そのままベッドに向かう。
「じゃあおやすみ」
「おやすみ。」
同窓会まであと7日。 [newpage]
同窓会当日。
お互いにスーツ姿でワインを飲んでいると、
「あれ?瞬介に遥斗じゃん!久しぶり!」
一瞬誰だろうと思いながら瞬介との会話を聞いていると、
「岡崎優希!同じ軽音でベース弾いてた!」
「え、そうだけど…」
「遥斗覚えてなかったの?」
「まったく…ごめん…」
岡崎は今は弁護士をしているらしい。抱えている案件が大変だと言っていた。
「あら、横井くんに酒井くん、岡崎くん久々ね。」
ナイスバディなふわふわとした犬獣人がやってきた。学生時代のアイドルの結菜ちゃんだ。
「結菜ちゃん久しぶりだね。雑誌読んだよ。」
「あらー、ありがとー」
結菜ちゃんは今グラビアアイドルをやっているらしい。ってかなんで瞬介は知ってるんだよ。俺知らなかったぞ。
「皆さーんもうそろそろビンゴ大会やりますよー!」
手元にビンゴカードが配られる。1位は某有名テーマパークのペアチケットだ。
「僕的には2位のヘルシーオーブンレンジが欲しいなぁ。」
瞬介がボヤく。ってかだから参加費あんなに高かったのか。だって1人1万円だぞ?
「あ、ビンゴ」
瞬介が声を上げる。瞬介の欲しがっていたヘルシーオーブンレンジが当たった。
「奇跡だね。多分その内不幸なこと起きるよ。」
そう言いながら瞬介がグラスに入ったワインを飲み干す。
「瞬介飲みすぎじゃない?」
「飲みすぎてないよ」
そう主張する瞬介の足元はふらついていた。
「うん、飲み過ぎだよ。ほら椅子座って。はい、お水。」
「優希相変わらず優しいな」
「まぁこれくらいはするさ。」
椅子に座ると同時に瞬介は眠りについてしまった。え、オーブンレンジと瞬介同時に持ち帰るの?
「横井寝ちゃったんだ。オーブンレンジ着払いしてあげるから住所教えて」
主催者の男子がそう言ってくれた。素直に住所を教えたところで、同窓会も終わりに近付いた。
優希と帰路が一緒なので、3人でタクシーに乗った。
「あ、そうだ遥斗くんLINE教えてよ」
「いいよ」
LINEを交換したところで、優希の家に到着する。
「じゃあね」
「じゃあ…んっ!?」
キスをされた。優希は不敵に笑いながら自宅へと帰っていった。
…そしてまた俺は頭を抱えた。
[newpage]
酔い潰れた瞬介をおぶり、ベッドに寝かせる。まだトロンとしていた瞬介が手を伸ばしながら言った。
「遥斗ーだっこー…」
「だっこってお前何歳だよ…」
だっこしない代わりに抱きしめてやる。酒の匂いと微かな瞬介の匂い。自分が興奮してるのに気づいた。
「…おまえ無防備過ぎだぞー…」
強く抱きしめる。瞬介の匂いを感じながら眠りに付いた。
翌朝。
「…あったまいた…飲みすぎ…ん?」
気付くとスーツ姿の遥斗が僕を抱きしめて眠っていた。
「おい、起きなよ。朝だよ」
「んー……」
「スーツシワつくから…しかも今日仕事でしょ」
「んー…今日は休みなの…」
「とりあえず離してよ」
なんとかかんとか遥斗を引き剥がし水道へ行く。救急箱の中から頭痛薬と二日酔いの薬を取り出し、飲み込む。
今日は僕も休みなので二人でゆっくりすることにしよう。吐き気を我慢しながらそう考えた。
[newpage]
「頭痛い…」
「飲みすぎだっつの。薬は飲んだ?」
「飲んだ…」
「そっか。じゃあ今日2人とも休みだからゆっくりしよう。」
瞬介の分のお粥を作ってあげながら、自分のパンを焼く。テレビでは元気なアナウンサーが今日のニュースを伝えていた。瞬介はぐったりとソファにもたれかかっている。
「ほら、瞬介お粥出来たよ。」
「ありがと…」
「不倫からの殺人かー。怖いなー。」
テレビではそんなニュースが流れている。ふと、瞬介が言った。
「僕だったら何回殺したかわからないね。」
弱々しくお粥を食べる瞬介が呟いた。背筋が冷えた。
薬が効いてきたのか、食器洗いをしている瞬介の後ろで俺はニュースを見ていた。すると、食器洗いが終わった瞬介が隣りに座ってきた。
「巨人が今強いらしいぞ。」
「そうなんだ。あんまり興味無いから分かんないけど。」
「調子良くなってきたなら買い物行くか。」
「そうだね。」
駐車場に降り、運転席に座ると、LINEが鳴った。優希だった。
「あれ、優希からLINE来てる」
「なんだって?」
「久々に会わないかって。明日。」
「僕は明日仕事だから難しいなぁ。」
「じゃあ明日は俺だけ会ってこようかな。明日も休みだし。」
「いいんじゃない」
少し不貞腐れた顔をしながら瞬介が答える。
頭を撫でた。
「大丈夫だよ。何も無いから。」
瞬介がぷいっと顔を背けた。可愛いやつめ。
食料や生活必需品を購入し、昼ごはんを食べていると、またLINEが鳴った。
「ってか岡崎くんといつの間にLINE交換してたの?」
「同窓会始まってから。向こうからLINE交換しようって来たんだよ。」
「ふーん……」
スパゲッティを口にしながら憮然とした表情を見せる瞬介。
「何もしないから大丈夫だって。」
「…後輩とやったじゃん。」
「あれはあっちから来たから。俺のせいじゃないよ…」
しばらく沈黙が続く。食べ終わり、車に乗りこむと助手席に座った瞬介が頭を俺の肩に乗せた。
「大丈夫だから。」
そう言ってまた撫でると、満更でもなさそうな顔をする。そんな瞬介の表情が好きだった。
[newpage]
「や、同窓会ぶり。懐かしいね。」
待ち合わせ場所に指定されたカフェで、彼は優雅に英字新聞を読んでいた。
「相変わらずインテリだな。あ、エスプレッソください」
カバンを椅子に置き、彼を見つめる。
スタイリッシュなメガネとスーツ。さながら英国紳士だ。
「?何か付いてる?」
「いや、別に。で、今日はどうしたんだ?」
「たまには昔の友人と遊ぼうかと思ってね。」
「なるほどなぁ。ま、俺も休みだったしちょうど良かったな。」
「そうだね。」
運ばれてきたエスプレッソを口に含みながら、今日の予定を確認する。今日はドライブをする予定なんだとか。
「近くにいい温泉があるんだよ。そこに行こうと思ってね。」
「温泉かー。しばらく行ってないなぁ。あ、じゃあ着替え取りに行っていいか?」
「構わないよ。」
カフェを出て優希の車に乗り、自宅へと向かう。
「横井くんとはルームシェアしてるんだっけ?」
「そうだよ。もう6年になるのかな?」
「仲がいいねぇ。羨ましいよ。」
「優希は実家だっけ?」
「一人暮らしだよ。快適でいいけど、ちょっと寂しいね。」
「そうだよなぁ。」
俺の家の駐車場に車を停めてもらい、自宅を案内する。
「お邪魔します。いい香りだね。」
「そうか?」
「うん。花のいい香りがするよ。」
「あー、芳香剤変えたからかな。瞬介がオシャレにしたいって言ってたからな。」
「いいセンスしてるよ。」
着替えを用意し、また優希の車に乗りこむ。
「じゃあ行こうか」
「おう。」
温泉に着く。とても広く、ゲームセンターなどの娯楽も用意されていた。
「男子更衣室はこっちだよ」
「おう」
露天風呂や水風呂、生薬湯など様々な種類があり、心が躍った。
「すげー!」
「意外と大きいんだね。」
「ジャグジーから行こうぜ!」
ジャグジー、水風呂、薬湯、水風呂、露天風呂の順に温泉を楽しむ。風呂は好きなので、テンションが上がっていた。
「ちょっとテンション高くない?ハイペースだし…」
「そりゃこんなに風呂の種類あればテンション上がるだろ!次泳げる風呂な!」
「早いよ……」
1時間後、そこには満足した俺と満身創痍の優希がいた。
「牛乳奢ってやるよ。何がいい?」
「…フルーツ牛乳…」
扇風機の前で2人で牛乳を飲む。真っ赤だった優希も普通の顔に戻っていった。[newpage]
「赤くなるの早すぎねぇか?」
「そんなに長風呂しないからね普段」
「そっか。なんか腹減ったな。飯食うか」
「そうだね。」
食堂は意外にも空いていた。俺はラーメンを頼み、優希がパスタを頼む。
「パスタ好きだな。」
「麺類は好きだよ。お昼はだいたいパスタかな。」
「やっぱりインテリだ…」
カルボナーラのパスタを食べながら優希が問う。
「どうなの2人は」
「どうって?」
「仲良くやってるの?」
「たまにケンカするけどな。仲良くやってるよ。」
ふーん、と優希が頷く。
「君たち高校時代から仲良かったからね」
「まぁ同じ軽音だったからなぁ。中学から同じってのもあるけど。」
「そっかそっか。仲良いのはいいことだね。」
追加でポテトを注文し、しばらく優希と話し込んでいた。
「そういえばこないだの同窓会に来た結菜ちゃん、結婚するらしいよ。」
「まじで!?」
「2人にも招待状送ったらしいけど……」
「ポスト見てなかったからなぁ。」
「結婚式でまた同じようにならないように瞬介にも言っておいてね。」
「分かった。ちょっとお手洗い行って参りますわね。」
「はいはい。」
……僕は懐から1つの錠剤を取り出し、彼のウーロン茶に入れる。
こうするしかないのだ。こうするしか。
「ごめんね瞬介、僕も彼が好きなんだよ。」
遥斗が帰ってきてウーロン茶を一気飲みする。
「美味い!」
薬が入っているのも知らずに、彼はウーロン茶を飲み干した。
「そろそろ行く?」
「そうだな。」
薬が効いてきたのか、少しふらついている。肩を貸してやり、会計を済ませ車に乗せた。車に乗ると同時に遥斗は眠りに就いた。このまま行く先は─
「ホテルしかないよね。」
行きつけのホテルに向かう。駐車場に車を止め、遥斗を肩に抱え、部屋へと向かう。
[newpage]
ベッドに遥斗を寝かせ、その姿を写真に撮る。オカズにするためだ。
服を丁寧に脱がせる。適度に付いた筋肉に、僕は固唾を呑んだ。
胸を舐める。んっ…と遥斗が喘いだ。
─その瞬間、僕の理性は吹っ飛んだ。
服を全て脱がせ、丁寧に咥える。薬が効いていても喘ぐことは喘ぐのか…。しばらく舐め続けていると、遥斗のモノが痙攣し始めた。
─出る。
舐める速度を速めると、遥斗が勢いよく、イッた。僕はそれを飲み込み、ローションを取り出す。手にたっぷりと付けて優しく解し、僕のモノをそっと挿れた。
「んっ…?んっ!?」
遥斗が目を覚ました。
「優希何してるの!?」
「ごめん、我慢出来なかった」
「いやだからって……!」
「好きだったんだよ!好き!」
「こないだ怒られた…んっ…」
構わずに腰を振る
「ごめんっ、イくっ……」
そう言うと同時に、僕はイッた。
「…」
「…」
正座タイム。ラブホテルのベッドの上で僕達は正座をしていた。
「風呂浴びてきていい?」
「はい」
30分後。遥斗がお風呂から出てきた。
「何したか分かってる?」
「ウーロン茶に薬混ぜて犯した」
「分かってるじゃん 」
「ごめんなさい……」
土下座をする。好きだとはいえ最悪なことをした…
賢者タイムからの土下座タイムである。
「また瞬介に怒られる……」
「また?」
「後輩にも犯されたんだよ。」
「魅力あるからな……」
着替えて車に乗る。気まずい沈黙の中、車は自宅へと着いた。
「ほんとにごめん」
「いいよ、もう。またご飯食べに行こう」
「……うん!」
家に着いてベッドに寝転がっていると、瞬介が帰ってきた。
「ただいま」
「あ、お、おかえり」
「?今日はアスパラのベーコン…」
瞬介が何かに気づく。
「……香水?」
「(しまった)」
「普段は遥斗香水付けないよね?どういうこと?」
「いや、その」
「優希くんとヤッて来たんだ」
瞬介がまた首筋に噛み付いてきた。いつもより強く。血が流れる。
「いい加減にしてよ」
「すまん……」
瞬介が口に付いた血を舐めながら言う。
「(怖いなぁ……)」
夕食時も静かだった。アスパラのベーコン巻は美味かった。
夜。瞬介が抱きついてきた。
「許さないから」
そう言って眠りに就く瞬介。俺も眠りに就くことにした。
[newpage]
僕のことを覚えているだろうか。
横井さんの部下の庄司です。
今日は横井さんと二人で食事に行くのだ。
横井さんは今日は早番で僕は休みだったので、駅前で待ち合わせすることになった。
約束の20分前に着くと、そこにはもう横井さんがいた。
「横井さん早くないですか?」
「いや、今日は早く終わってね。せっかくだし少し早めに行こうかなって思ってね。」
そういう横井さんはいつもよりラフな出で立ちだった。いつもはスーツなのに。
「せっかく食事に行くのにスーツじゃ重苦しいでしょ。今日はそんなにおしゃれなお店に行くわけじゃないしね。」
「ラフな恰好も似合ってますよ。」
「ありがとう。服のセンス無いってよく言われるから嬉しいよ。」
そう言ってにへ、と笑う。ノックダウンだ。
「とりあえずコーヒーでも飲もうか。」
「はい!」
駅前の喫茶店に入る。横井さんがエスプレッソとケーキを頼み、僕はアイスコーヒーを頼んだ。
「しばらくぶりだね。元気だった?」
「元気でしたよ。みんな優しく教えてくれますしね。」
「なら良かった。心配してたんだよ。新しい先でやれてるかどうか。」
「なんとか着いていってますw」
エスプレッソとチーズケーキ、アイスコーヒーが運ばれてきた。口にしながら様々な話をする。
「同居人さん元気ですか?」
「あいつ最近よく不倫するんだよ。」
「不倫ですか……よろしくないですね。」
「でしょ?何回噛み付いてきたか。」
実は横井さんは嫉妬深いのだ。僕も2回は嫉妬された。
「まぁなんかしらのフェロモン放ってますよね。遥斗さん。」
「そうなのかな……」
「本人のせいじゃないですよ、多分。」
「最近さ、僕だけを見てほしい欲が強いんだよね。」
最近じゃあないだろうなぁ、とか思いながら話を聞いていた。少し心が傷んだ。
「さて、食事までまだ時間はあるし、少し買い物でもしようか。」
「そうですね。僕もちょうど欲しいものがあるんですよ。」
店を出る。太陽が眩しかった。
「どこに行こうか」
「俺、横井さんの自宅行きたいです!」
きょとんとした顔を庄司くんに向ける。
「買い物行くんじゃないの?」
「ずっと横井さんち行ってみたかったんですよ。」
「散らかってるし…」
「気にしません!」
しばらくの押し問答のあと、結局僕の家に行くことになった。
「お邪魔します。いい匂いしますね。」
「芳香剤の香りには気を使ってるからね。座ってて。今紅茶煎れるから。」
茶葉を急須に入れて熱湯を注ぎしばらく蒸す。この工程が僕はとても好きだ。
「お待たせ。ミルクと砂糖はご自由にどうぞ。」
「ありがとうございます…ん、美味しい。」
「茶葉にはこだわってるからね。」
「流石横井さんですね。」
しばらく、お互いの話に花を咲かせる。深川での庄司くんの扱いやら、僕に新しい新人が出来たやら。
新人の話をした時、彼はあからさまに嫌な顔をしていた。顔に出やすいのだ。
「まぁ庄司くんも深川に慣れたようで良かった。」
「道が広いから運転してて楽しいですね。」
「そうだろうね。楽しいのはいいことだ。」
時計を見ると、16:30を差していた。
「そろそろ予約の時間だね。行こうか。」
「そうですね。」
「今日はお酒も入るから歩いていこうね。」
「はい!」
17:00。
なにやらとてつもなく高級そうな店に着いた。
「ここ……ですか?」
「そうだよ。大学の先輩がやっていてね。美味しいらしくて一度来てみたかったんだ。」
[newpage]
「高そうっすね……」
「値段はシンプルらしいよ、さ、入ろ。」
中はおしゃれな内装で、いかにも高そうな店だった。
「森高先輩お久しぶりです。」
「おー、瞬介久々だな。そちらは?」
「職場の後輩です。」
「庄司です。」
「おー、よろしくな。そこ座って。ワインでいい?」
「はい」
いかにも高そうなお店に挙動不審になっていると、横井さんが笑った。
「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても」
「楽しもうよ、ね?」
「はい……」
ワインとパンが運ばれてくる。軽く乾杯した後、庄司くんが所属している深川営業所についての話をした。
「どうなの、深川は?」
「みんな優しいし、運転する道もかなり広いので快適です。」
「そっかぁ。良かったね。」
「品川はどうですか?」
「相変わらずだよ。みんな変わらない。」
「そっかぁ。たまに品川が懐かしくなるんですよね。」
「お待たせ致しました。前菜のテリーヌとアスパラガスでございます。」
「ありがとうございます。」
「テリーヌなんて初めてです…あ、美味しい。」
「美味しいね。」
4-5皿のフランス料理に舌鼓を打ちながら色んな話をする。庄司くんのプライベートな話や僕のプライベートな話、庄司くんが今ハマっているものの話をしている内に、最後の食事が終わった。
「エスプレッソとショコラケーキでございます。」
「いいコーヒー豆使ってますね。」
「お、分かる?新しくちょっとグレードを上げてみたんだよ」
「美味しいです。」
エスプレッソを堪能し、10分。
「さ、出ようか」
「お会計は?」
「大丈夫だよ。行こう。」
「今度は遥斗と来てくれよな!」
「分かりました。ごちそうさまです。」
庄司くんが困惑した顔を見せる。
「大丈夫だよ。後輩に奢るのは先輩の役目。庄司くんが先輩になって後輩とご飯食べに行くことになったら奢ってあげればいいから。」
「はい…ありがとうございます。」
まだ話し足りないことがあるから、と近くの喫茶店に入る。
しばらく話していると時間はもう21時だった。
「そろそろ帰ろっか」
悲しそうな顔をする庄司くん。ボクは頭を撫でた。
「また逢えるから。ね。」
「はい…」
僕の家の前で別れる。家に帰ると、遥斗がマックを食べていた。
「遅かったね。多分帰り遅いだろうと思ってマック買って来ちゃった。」
「ごめん、夕飯も作らずに。」
「大丈夫だよ、マック食べたかったし。」
早めにお風呂に入って少し遥斗と話したあと、布団に入る。今日は楽しかったな。
そんなことを思いながら。
[newpage]
「あれ」
瞬介を膝の上に乗せていると、瞬介がスマホを見ながら素っ頓狂な声を出した。
「どした?」
「母さんがたまには帰って来いって」
「あー、しばらく帰ってなかったからなぁ。次の4連休にでも帰るか。」
「じゃあ新幹線予約するね。」
「おう」
瞬介とはほんとに子どもの頃からの幼なじみで、家族ぐるみでよく付き合っていた。
「まだねこ元気なの?」
「元気だよ。もうおばあちゃんなのにね。悪いとこ1個も無いらしい。」
「猫又になりそうだなw」
そして俺たちは四連休を取り、東京駅のホームに立っていた。
「うおー、新幹線なんて久々だなー!」
「いい大人が興奮しないの」
「お前だってしっぽ振りまくりじゃん」
「う、うるさいな!僕だって久々なんだよ!」
口喧嘩をしている間に新幹線が到着する。
自らの席を確認し、窓際に座る。
「あ、座りたかったのに!」
「帰りな。」
「もう……あ、酔い止め飲んだ?」
「あ、忘れてた。ちょーだい。」
「そういうところちゃんとしなよ…はい」
「瞬介は飲んだの?」
「飲んだよ。あ、出発するみたい。はい、お茶と駅弁」
安くなっていた「和牛ロース焼肉丼」を渡す。子どものように目を輝かす遥斗。まるで子どもだと、つい笑ってしまった。
「?何笑ってんだ?」
「なんでもないよ。さ、落ち着こうか」
「子ども扱いすんなひ」
「そういうのは口の中の物飲み込んでから言いなさい。」
新幹線が出発すると、満腹になったのか眠ってしまった。だから子どもか。
景色も見れないので、さっき買ったレモンティーを飲みながら、小説を読む。
……すると、視線を感じた。横を見ると小さな男の子が僕を見つめていた。
小さく手を振る。照れくさそうに笑いながら同じく手を振った。さっき買った飴玉を渡す。
「あ、こうちゃん!またおねだりして!すみません……」
「いいんですよ。こちらも勝手にあげてすみません。」
「こうちゃんありがとうは?」
「ありがと!」
男の子がにぱっと笑う。それに微笑みながらまた小説に目を落とした。
[newpage]
「あれ、寝てた?」
爆睡していた遥斗が起きた。
「爆睡してたよ」
「景色見れなかった……」
「だから席側にしとけばって言ったのに。いっつも新幹線乗ると爆睡するじゃん」
「こうなったら帰りに座るしかない……」
「帰りは僕だよ」
そんなやりとりをしていると、目的地に着いた。
「久しぶりだぜ愛知!!」
「久しぶりだねー。全然変わってないや。」
「こっからバスだっけ?」
「バスだね。」
バスに乗る。バスの運転手をしてる僕はどうしても運転が気になってしまうのだ。
「この運転手さん運転が丁寧だね」
「そうなの?」
「うん。スピードも守ってるし、揺れも少ない。うちの運転手でもなかなかいない。」
「なかなかバスの運転手さん事情は分からないなぁ。」
[次は、名東図書館、名東図書館です]
「お、着いた。行くよ。」
「うん。」
名東図書館で降りて10分歩くとお互いの自宅へと着く。隣同士のマンションなので、分かりやすい。
「じゃあまた後で」
「うちに顔出しなよ。母さん会いたがってるから。」
「そうか?じゃあ寄ってこうかな。」
瞬介の自宅のある10階へと向かう。久しぶりに会った瞬介のお母さんはあんまり変わっていなかった。
「あら!瞬介に遥斗くん!おかえりなさい!久しぶりねー!」
「お母さんお久しぶりです。お元気でしたか。」
「まぁ、立派になっちゃって…元気よ!」
「良かったです。なかなか顔出せなくてすみません。」
「いいのよ~!こうやってたまに元気な顔見せてくれればいいから!」
天真爛漫な瞬介のお母さんは小さい頃から変わっていなかった。いつもにこにこしながら俺たちに接してくれていた。
「じゃあまた来ます。瞬介またあとでな。」
「分かった。」
[newpage]
「ただいま」
「あら珍しい。帰ってくるなんて聞いてないわよ」
「言わなかったからね。」
「ちょうど買い物行く所だからあんたが帰ってきた記念に何か作るわね。」
「お、やったね。よろしくお願いします。」
部屋に戻り荷物を置く。小さな頃から過ごしていた部屋はとても小さく感じた。ベッドに寝転がる。
「ちっちぇなぁ…」
そのまま小さなベッドの上で眠りに落ちた。
「…と、ちょっと、起きなさい!」
ベッドから落ちる。頭をしたたかに打った俺は涙目で落とした奴を見た。母だった。
「ご飯出来たわよ。今日は従兄弟のゆうくんも来てるんだから早くしなさい。」
「え、優希来てんの?」
優希は小学四年生の従兄弟である。最後に会ったのは小学一年生の時だ。時の流れは早い。
「もうご飯食べてるから早くしなさい」
「はい……」
食卓に行くと、確かに優希がいた。優希が俺に気付く。
「あ、はるにぃ!」
お箸を起き、抱き着く優希。抱っこしてやったがかなり重かった。
「お前大きくなったなぁ。一年生の時は軽かったのに。」
「日々成長してるんだよ!」
「ほらほらご飯食べなさい。」
今日の夕飯はハンバーグだった。口の周りをソースだらけにしながら優希が言う。
「はるにぃいつまでいるの?」
「5日位かな」
「そんなにいるの?」
「いちゃいけないの?息子だよ?」
夕食を食べ終わり、お風呂へと向かう。
「僕はるにぃと入るー!」
「久々だからな一緒に入るか。」
2人で浴槽に浸かる。優希は確かに大きくなっていた。
「お前ほんと大きくなったなぁ」
「もう4年生だからねっ」
「早いなぁ、子供の成長は……」
「はるにぃ頭洗って!」
「もう4年生なんだろ?」
「久しぶりだもん。」
頭を洗ってやる。まだ小さな子どもの独特の香りが鼻を差す。髪も柔らかく、俺も小さい頃はそうだったのかなとふと、思いを馳せた。
「お前髪の毛柔らかいな」
「柔らかい?」
「あとで俺の頭洗ったら分かるよ。」
「ふーん」
頭と体を洗い終わり、反対に優希が俺の頭を洗う。
「はるにぃ髪硬っ」
「だから言ったろ。硬いって。」
「洗いづらい…」
「シャンプー少し増やしな」
2人とも頭と体を洗い、入浴剤を入れて2人で湯船に入る。
「……はるにぃでかいね」
「どこ見てんだよ…」
「僕もそうなる?」
「大人になったらな」
15分ほど湯に浸かり出て体を拭く。優希の頭をドライヤーで乾かしてやった。
「今日ははるにぃと一緒に寝るから!」
「いいぞー。あ、ゲームやるか?」
「やる!マリオカート!」
気がつくと、もう10時になっていた。優希は眠そうだ。
「そろそろ寝るか」
「まだ起きてる……」
「明日もあるから」
「うん…」
抱きあげてベッドに連れていく。寝かせたあとリビングに戻ると、母が言った。
「あんたいい人いないの?」
「いい人……ねぇ」
「私は瞬介くんと一緒になっても構わないから」
「……なんでそうなるかな」
「いいじゃない」
椅子に座ってココアを飲む。瞬介は今何してるだろう。
[newpage]
「瞬介今夜何食べたい?」
母が唐突に尋ねてきた。まだ荷物の荷解きも終わっていないのに。
「んー。特に…。あ、カニ食べ行かない?車出すから」
「いいわね。予約しといて。」
「了解~」
荷解きを終え、予約もして床に寝転がる。小さい頃から床寝派なのだ。
「遥斗、何してるかな…」
同じマンションの12階に住む幼なじみを思いながら目を瞑った。
「瞬介!瞬介!」
僕の名前を叫ぶ母に起こされ、目を擦る。
「予約何時からなの」
「19:30…あ、もう19時か。行かなくちゃね。」
車に両親と兄を乗せカニ専門店へと向かう。
「カニなんか久しぶりだなぁ」
「そうね。航太と瞬介が産まれてから食べに行ってないものね。」
「産まれる前は結構頻繁に食べに行ってたなぁ」
「父さんと母さんカニ好きだったっけ?」
「大好きよ。」
家から車で20分。カニ専門店へと到着した。
「いっぱい食べてください。これ位しか出来ないからね。」
「いただきます!」
席に通され、ふつふつと揺れる水面を見つめる。カニが運ばれてくる。
「カニだ…!」
家族3人、カニに喜ぶ。カニを鍋に入れていた兄に話を移す。
「兄ちゃん仕事どう?」
「順調っちゃあ順調かなぁ。」
兄は市役所に勤めている。市役所の仕事も大変だと聞く。
「病んでない?」
「病んでないよ!楽しいくらいだよ。」
「なら安心だよ。良かった。」
運ばれてきたカニを茹でながら色んな話をする。そして茹で上がったカニを家族で食す。
沈黙。
「……なんでカニ食べてる時ってみんな沈黙するんだろうね。」
「カニに夢中になるからだろうな。」
「お父さんデートの時普通に食べ終わってからも無言だったわよね。」
「何話していいか分からなかったんだよ…」
ありったけのカニを食べまくり、制限時間が来た。
「満足?」
「大満足!」
カードで会計をして、外に出る。カニ鍋の影響で火照っていた体が夜風に冷まされた。
「気持ちいいな……」
帰宅して、お風呂に入る。家族団欒を楽しんだ後、部屋へ戻ると、遥斗からLINEが届いていた。
「明日瞬介んち行くから~」
ひっくり返った。いや、別にお互い家族ぐるみで付き合ってたから構わないんだけど、片付けなきゃいけない。
「…ま、このままでいいか」
そう思いながら布団にダイブする。
今日は疲れたから早く寝る事にしよう。[newpage]
翌日。惰眠を貪っていた僕をインターホンが起こした。
「…何、朝早くから」
「遊びに来たぜ!」
「今起きたばっかなのに…」
「お邪魔しまーす」
勝手に上がる遥斗。僕はパジャマ姿のままその後を付いていった。
「あらー、遥斗くん久しぶりー。」
「御無沙汰してます。これお土産ですー。良かったら食べてください。」
「あら、申しわけないわねぇ。ありがとね。ゆっくりしていってね。」
「ありがとうございます。」
挨拶をし終わったあと、遥斗が僕の部屋に来た。何を言うでもなくいきなりテレビ
を付け、ゲームを始めた。
「せめてなんか言ってからにしようよ……」
「対戦しようぜ!」
「まだ朝ごはんも食べてないし。
「じゃあ食べてきなよ、俺1人でやってるから」
憮然としながらも、リビングへ行く。朝食が準備されていた。
「おはよう」
「あらおはよう。ご飯はチンしてからたべてね。私今日同窓会だからもう出るわね。行ってきます。」
やはり、憮然としながらもご飯を電子レンジに入れる。テレビでは隣県の通り魔事件を特集していた。
「怖いねぇ……」
「怖いよな。」
今日のおかずのきゅうりのぬか漬けを盗み食いした遥斗の手を叩く。隣に座った遥斗が言った。
「事故もそうだけど、いつこういうのに巻き込まれるか分からないからな。気をつけないとな。」
そうだね、と相槌を打ちながら食事を終える。
「とりあえずゲームしようぜ!久々に!」
意気揚々と僕の部屋へと戻る。僕は溜息を付きながら、食器を片付け、自分の部屋に戻る。
何対戦かしたあと、遥斗が言った。
「瞬介も家来いよ!久々に会いたいって言ってたぞ!」
「そうだね。挨拶がてらお邪魔しようかな。」
ゲームを片付け、家を出る。遥斗の家の猫は元気だろうか。
[newpage]
エレベーターに乗り2分。遥斗の家に着く。
「にゃー」
「あ、りんちゃん。元気?」
「にゃー」
りんちゃんは遥斗の家の猫である。僕たちが中学に上がった時におじさんが拾って来た仔だ。
「あら、瞬介くん。久しぶりね!」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。これ、お土産です。お蕎麦です。」
「あらー申し訳ないわね。ありがたく頂戴するわね。」
ふと、リビングに目をやるとまだ小さな男の子がゲームをしていた。
「あの子は?」
「従兄弟の優希。初めましてだっけ?」
「そうだね。」
「おーい、優希ー」
「はーい」
その小さな男の子がとてとてと歩いてきた。
「このお兄ちゃんに挨拶しなさい」
「斎藤優希です!小学4年生です!」
「ちゃんと挨拶出来て偉いね。僕は酒井瞬介です。よろしくね。」
「はい!」
そう言ってまた優希くんはゲームに戻っていった。
「礼儀正しい子だね。」
「だろ?」
「んにゃ」
りんちゃんが足元に擦り寄ってきたのでだっこしてやる。喉を鳴らしながら顔を擦り付けていた。
「瞬介くんゆっくりしていってね。私は
買い物してくるから」
「あ、はい。ありがとうございます。」
りんちゃんを撫でながらテーブルに座っていると、ふとテレビの方で瞬介が優希くんを膝の上に乗せていた。
少し心がざわついた。
[newpage]
遥斗は楽しそうに優希くんと二人でずっとゲームをしている。おばさんも居なくなって僕はずっとりんちゃんをだっこしている。
「にゃー」
「よしよし…」
僕は何をしているんだろう。
そしてこの感情は何だ?
もやもやとした感情を抱きながらりんちゃんを下ろし、棚にあったマンガに手をつける。
「あれ、新しいマンガ入ってるね」
「父さんが買ってきたらしくてな。まだ俺も読んでなおぉぉぉ!」
1巻から7巻まであるそのマンガを読んでいると、遥斗がぼすっと僕の膝に頭を落とした。
「痛いな…」
「負けた……4連敗……」
「はるにぃ弱ーい!」
そういいながら、遥斗の上に飛び乗る優希くん。彼が僕の顔をじっと見つめる。
「ぐえっ」
「ん?どうしたの?」
「瞬介兄ちゃんもマリカーやる?」
「僕はいいよ。もう1回遥斗と対戦してあげて。」
「はるにぃ弱いんだもん。あ、じゃあ駄菓子屋さん行こうよ!瞬介兄ちゃんとはるにぃと僕で!」
「お前駄菓子好きだよな。まぁたまの贅沢
だろうし、一緒に行くか。」
こうして僕たち3人は駄菓子屋へと行くことになった。
[newpage]
「駄菓子屋なんて久々だなぁ。小さい頃以来だ。」
「そうだね。僕も小学生の時に行ったきりだな」
「へー、僕たくさん行くよ!」
お目当ての駄菓子屋まではまだ距離がある。僕は優希くんの手を引きながら歩いていた。
「優希は何が好きなんだ?」
「あのどれか1個に酸っぱいのが入ったガム!あれで何回も負けたんだよ!」
「ガム運ねぇなw」
遥斗が笑いながら優希くんの頭を撫でる。僕もさりげなく頭を撫でてみた。
そんな話をしていると、あっという間に駄菓子屋に着いた。子供たちで溢れかえっていた。
「子供たちいっぱいだね」
「駄菓子屋は子供たちの聖域だからな」
「おっ、優希!」
「たーくん!来てたんだね!」
「お小遣い貰ったからな!……後ろの人は?
」
「はるにぃと瞬介兄ちゃん!」
「よろしくな。」
「よろしくね。」
「よ、よろしくお願いします」
小さな子どもたちに混ざる大人。たーくんは少し怯えていた。
優希くんは友達の中に混ざって楽しそうにお菓子を選んでいた。僕達はそれを見ながら小さい頃を思い出していた。
「瞬介は駄菓子屋で何買ってた?」
「うーん、ガムとかするめいかとか?」
「渋いチョイスだな。俺はあれだなー。ブタメンとかあと、駄菓子屋の隣に肉屋があってチキンカツとか買ってたな。子ども限定100円だったし。」
「チキンカツは駄菓子って言わない気が…」
そんなこんなしてる内に時刻は17時。優希くんは友だちと別れて僕達のところへ来る。
「帰ろっか」
「うん!」
日差しはもうは沈みかかっていた。今日の夕飯に思いを馳せながら、優希くんの手を繋いだ。
[newpage]
自分の部屋にこもる。見ている先は天井。
「仕事辞めようかな……」
ぼそっと呟く。僕の中の悪魔と天使が口論し、結論に至った瞬間。
目が覚めた。
「夢かぁ…。仕事辞めるわけないのに…」
携帯に目を留めると、遥斗からLINEが届いていた。軽音楽部のメンツで集まるらしい。断る理由も無いので、参加で返事を返した
。どうやらスタジオに入って合わせるらしい。僕は押し入れにしまわれていたギターを取り出し、メンテナンスを始めた。
「まだ弾けるかな?」
音階を弾いてみたが。まだまだ弾けるようだ。メンテナンスを終えたギターをしまい支度を始めた。待ち合わせは駅前だ。
駅前に向かうと遥斗達はもう集合していた。
「おせーぞー、瞬介ー」
「今集合時間5分前だぞ……」
考えることはみんな同じだった。それぞれ楽器を持ってきている。
「変わんねーなー瞬介」
……ベースの陸
「久々だなぁ!元気してた!?」
……ヴォーカルの隼人
「先輩久々っすね!こないだ買い物先であった以来っすよ!」
……上手ギターの遼太
そして僕と遥斗を入れてオリジナル曲を
やっていたのである。作詞は主に隼人が
、作曲は主に僕と陸が手がけていた。
「とりあえずスタジオ向かうか。陸楽譜持ってきた?」
「5曲持ってきたよ。隼人の嫌いな追憶とか」
「追憶持ってきたの!?俺歌わないよ高いもん!」
わちゃわちゃしていると、目的地のスタジオに到着した。
「おー!久々だなぁ!元気してたかー!」
このスタジオは高校時代よく出入りしていたのだ。大学に入って隼人が忙しくなって脱退
してからは言ってなかったのに店長は覚えていた。
「お久しぶりです。フリータイムでお願いします」
「オッケー!久々記念ってことで1ドリンクサービスするわ!」
「さっすが店長!ありがとうございます!」
案内された部屋に入り、各自チューニングをする。僕は追憶の楽譜を見ながら、
「…これ当時の僕どうやって弾いてたんだろ…」
自分でも困惑するくらい難しかった。
「じゃあ合わせるー?いちばん簡単なpicnicで。」
陸が作った曲である。曲構成もシンプルで、僕は好きだった。
合わせたあと、問題の追憶に手をかける。
[newpage]
「追憶……」
僕は楽譜を見ながら絶望していた。全く弾けないのである。
「ねぇ、追憶止めない?弾けないよこれ。」
「俺も弾けないっすこれ……」
遼太が追撃する。
「よくこんなに難しい曲作ったよな瞬介。じゃあ追憶は辞めにしようか。」
その後何曲かセッションした後、スタジオ
を後にし(8時間いた)、食事に出掛けた。
レストランにてお互いの近況報告をする。俺と瞬介がルームシェアしてることを告げるとみんなびっくりしていた。
「お前らがルームシェアしてるとはなぁ。あ、ビールお代わりください。」
「仕事は?遥斗が薬剤師やってるのは知ってるけど、瞬介は?」
陸がビールを煽りながら問う。
「バスの運転手だよ。あ、ぼんじりと皮、塩で2本ずつお願いします。」
「バスの運転手かー。大変そうだな。」
「大変だよー。道は狭いし、ケンカする客はいるし。」
「でも定時で帰れるんでしょ?いいよなぁ。」
隼人はレモンサワーを煽りながら言った。
「まぁねぇ。定時で帰れるし、福利厚生はいいからねぇ。」
「いいなぁ。俺も公務員目指そっかな!」
「30までだよ確か。」
「うっそ!ギリギリじゃん!ガチで目指そっかな…」
隼人は製薬会社の製造部門に属している。ブラックではなさそうだけど、気に入らない様子である。
「まぁ頑張ってみれば?何事も挑戦だよ。」
「おぉ。頑張ってみるわ。」
「遥斗はどうなの?」
「小さな薬局の薬局長やってる」
「薬局長!いい肩書きっすね!」
遼太が遥斗の背中をバンバン叩く。かなり酔っ払っているようだ。隼人が無理やり水を飲ませていた。
「いい具合に酔っ払ったし、解散にしよっか」
「そうだな。会計先に済ましとくから後でそれぞれお金渡してくれ」
「りょうかーい!」
カードで会計したあと、外に出るとかなり酔っ払った遼太を隼人がタクシーに乗せようとしていた。
「遥斗、悪い!こいつの分と俺の分今度
払うわ!」
「いつでもいいつでもいいよ。気を付けてな
。」
「さんきゅ、じゃあな!」
隼人と遼太を載せたタクシーは後を去っていった。
「じゃ。俺も帰るな。またLINEしてくれ」
「わかった。じゃーね!」
「じゃーなー!」
「みんな変わってなかったね。」
「んだなぁ。遼太も結婚したし、陸が結婚
したのも驚いたな。」
「うん。」
満月に照らされながら2人は帰路に着いた。
[newpage]
早いもので休みも最後となった。
「次はいつ帰ってくるの?」
「冬くらいかな。あんまり休みも取れないし。」
「そう、寂しくなるわね。」
「必要な時はまた連絡してよ。」
「わかった。」
母と話しながら帰宅の準備を進める。小さかった僕ともさようならだ。また会う日まで。
「あんたいつ帰るの」
「だから息子だよ?息子に対して酷くない?」
「冗談よ。また帰ってらっしゃい。」
「ありがと。」
マンションのエントランスで瞬介と待ち合わせる。両家族が集まっていた。そんなに仰々しくしなくていいのに。
「また帰ってきなさいよー」
瞬介の母が叫ぶ。他人のお母さんに申し訳ないが恥ずかしいから叫ばないで欲しい。
新幹線に定時で乗り、東京へと向かう。
「明日から仕事かー。やだなぁ。」
「しょうがないよ。僕らはサラリーマンなんだからさ」
「まぁそれもそうだなぁ。サラリーマンだからな…」
今回は俺が窓ぎわになった。車内サービスのお姉さんにコーヒーを二つ頼み、新幹線が発車するのを待つ。
「富士山見えるかな富士山」
「子どもじゃないんだから…」
「いつまでも子どもの心を持つのは大事だぞ。」
そんな事を言っている間に新幹線が動き始める。
「それじゃ、また」
ホームに向かって小さく呟いた。
「?なんか言った?」
「なんでもないよ。」
こうして、俺たちの帰省が終わった。
[newpage]
猫を飼うことになった。同僚の家で仔猫が産まれたらしく、引き取り手を探しているとのことだった。
「遥斗、猫貰ってきたの?」
「押しに負けてな」
「まだハムスターがいるんだよ?」
「躾なきゃなぁ」
ハムスターは呑気に回し車で遊んでいる。仔猫は壁に体を擦り付けていた。
「不安だから自分の匂い付けてるんだね。」
「可愛いねぇ」
「ハムスターどうしよう…」
「他の部屋に移動させて高いところに置くしかないな。」
「みゃー」
僕たちに向かって猫が鳴く。お腹すいたのかな。
「エサは?」
「仔猫用のを貰ってきたよ。さ、お食べ」
お皿の中にエサを入れる。少し不安そうだったが、食べてくれた。
「名前付けなきゃね。男の子?」
「女の子。」
「じゃあ季節柄、もう春だしさくらちゃんと名付けよう。」
「可愛いね。あれ、ハムスターが歩いてる」
「また脱走したのかな。」
さくらを見てみると、ハムスターには興味を示していなかった。
「興味無さそうだね。」
「もう、ハム君脱走しちゃダメって言ってるでしょ。」
手の上にハムスターを乗っけてケージに戻す。
「ハムスターどうするか…」
「とりあえず移動させよう。ねずみに興味ない猫もいるらしいし、」
「みゃ」
さくらが僕の足に首を擦りつける。だっこして欲しいのだろうか、まだ小さな体をだっこしてあげる。
「暖かいねぇ」
「みゃー」
「さくらの予防接種とかもしなきゃね。しばらく忙しいな。」
「いつ行こうか」
「明日瞬介休みでしょ?俺も休みだから動物病院行こう。」
「そうだね。キャリーはあるの?」
「買ってきたよ。」
そう言って、遥斗がキャリーのドアを開ける。さくらは少し怯えた様子であったが、中に入っていった。
「お、偉いぞー。自分から中に入っていくなんて偉い!」
そう言いながらさくらを抱きしめ撫でる遥斗。小さい頃の愛情は大人になった時に反映されるというが、まさにその通り何じゃないかと思う。
「ところで夕飯は?」
「あー、材料無かった。食べに行こうか。」
「そうだな。さくら、寝てていいからな」
「みゃー」
部屋を出る。心配なのはハムスターたちだ。
「ハムスター大丈夫かな…」
「隔離はしたし、小さいから届かないだろ。」
「そうかなぁ」
「それより居酒屋行こうぜ。お酒呑みたい。」
「いいよ。久しぶりに僕も飲みたい。」
そうして僕たちは繁華街に消えていった。
[newpage]
「川上くんはさ」
「はい」
「彼女欲しいと思う?」
「いますよ」
「え?」
川上くんはねずみの耳をぴくぴくさせながら答えた。
「知らなかった……」
「言ってませんでしたからね。大学時代から付き合ってるんですよ。」
「そうなんだ」
「先輩は?いないんですか?」
「いないっていうか……まぁ……」
「まぁいいですけど。じゃあ俺運行行きますね。」
ささっと運行へと向かう川上くん。とてもクールだ。
「東京タワー発品川駅港南口行きです。足元お気をつけください」
「発車します。次は東京タワーです。」
約30分運行し、品川駅でコーヒーを飲む。すると、これから僕と運転を変わる小川さんがやってきた。
「あぁ小川さん。お疲れ様です。」
「お疲れ様です。4運行お疲れ様でしたね。」
「疲れましたよ…小川さんこれから運行でしたっけ?」
「大田市場行です。」
「あ、なら楽ですね。良かったですね。」
「そう思うでしょう?大田市場って職人さん多いから意外と辛いんですよ。もっと早く走れねぇのかって煽られたり…」
「うわ、それ嫌ですね。」
「まぁ、頑張ります。今日はこれから品川から大田市場まで4往復するんで。」
「うわぉ…」
「では」
そう言いながら背中に哀愁を背負いながらバスへ向かう。可哀想だなと思いながら、迎えのバスを待った。
「お待たせです。」
「あれ、川上くん今日迎えなの?」
「そうっすよ!横井さんで最後です。」
「なるほどね…っと!あ、皆本さんお疲れ様です。」
「お疲れ様ー。今日運行終了でしょ?飲み行かない?」
「皆本さんの誘いなら断れないなー。行きます行きます。」
皆本さんは僕が運転手になった時に1から10まで教えてくれた恩人である。遥斗にLINEを送っている間に営業所に着いた。
「もう行きます?」
「あと原田と幸哉待ちだな。幸哉とは同期なんだっけ?」
「同期ですよ。結構仲良いですね。」
「同期は大切だからな。お、来た来た。原田ァ!幸哉ァ!早くしろよ!」
「みなさんみたいに早くないんすよ!」
2人が着替え、街へと出ていこうとする。
「川上くん来る?」
「いいんすか?」
「おぅ、構わねぇぜ!」
少し嬉しそうにしながら駆け寄ってきた。可愛いやつだ。
[newpage]
今日は2人とも休みなので(基本的に2人の休みを合わせている)、自宅でのんびりしていた。
僕はさくらで遊び、遥斗はハムスターで遊んでいる。
「さくら可愛いねぇふわふわだねぇ」
「にゃー」
遥斗は和室でハムスターがぽてぽて歩いているのを寝ながら見ていた。
「ハムスターも毛並みふわふわだもんなぁ。なぁ?」
そう言いながら人差し指で頭を撫でる。確かにハム君たちもふわふわだった。
「今のところさくらもハムスターには興味無いみたいだし、良かったな。」
「そうだねぇ。あ、買い物行かなきゃ。車出して。」
「あいよ。」
さくらを床に置き、ハムスターをケージに戻す。支度をして僕らは家を出た。
「にゃー?」
急に1匹にされたさくら。窓の近くに行ってひなたぼっこをしていた。
そして脱走するハムスター。さくらの所へと向かっていた。
「にゃー」
さくらがハムスターと対峙する。とりあえず舐めた。
ハムスターがさくらの上によじ登り、ひなたぼっこをする。
さくらも気にせずひなたぼっこを続ける。
暖かい日々だ。
[newpage]
買い物から帰ってから2時間。遥斗がお昼寝をしている。さくらを抱っこしながら、その寝顔を見つめていた。
「可愛いなぁ…」
生意気だしずぼらだし、時にけんかもするけど。寝顔は可愛い。
遥斗の顔を見ていると少し心がざわついた。
「好き、だなぁ。」
中学生の時に出会って10年。家族ぐるみで付き合ってきた。高校時代に1人の女の子と付き合った時は嫉妬したもんだ。すぐに別れたみたいだけど。
その時は遥斗はずっと泣いていたが、僕は内面ガッツポーズを取っていた。
…今思うと、高校時代からか。遥斗のことが好きになったのは。
「無防備だね」
そう言って遥斗の唇にキスをし、部屋を出ていった。
しばらくさくらとイチャイチャしていると、遥斗が恥ずかしそうな顔をして出てきた。
「無防備状態の時は止めて……」
「したい時がその時はだったんだからしょうがないじゃん。」
「恥ずかしい……」
「いいじゃん、誰が見つめる訳じゃなし。それに自分だって僕が料理してる時に襲ってきたじゃん。」
「あれは…まぁ……」
さくらが毛繕いをしている。毛並みはさらさらでずっと撫でていたくなる。
「今日はカレー作るよ」
「……待ってる」
「さくら持ってて」
そう言ってさくらを遥斗に渡す。
「なんかさくら大きくなったね」
「中型サイズになったよね」
「にゃあ」
「中型サイズになっても可愛いよ、さくら」
「にゃー」
「喜んでる喜んでる。ちょっと待っててね。」
そう言って僕は先日実家から送られてきた神戸牛を使ってカレーを作ることにした。
「遥斗って甘口だっけ?」
「甘口!」
棚からバーモントカレーの甘口を出し、カレーを作り始める。
「瞬介のカレーは美味しいんだぞーさくらー!」
「にゃ」
「期待しちゃだめだよw」
鍋に刻みにんにくとオリーブオイルを引き、じゃがいもと人参と玉ねぎを炒める。
「軽く下味を付けて、っと。うん、こんぐらいかな。」
そこに水を入れて沸騰したところで、バーモントカレーを入れる。神戸牛は最後だ。
軽く火を通した神戸牛を投入し、1時間弱火で煮込んでいく。その間、ハムスターを散歩させることにした。
「ハム君お散歩だよ。2号も」
「そっち2号っていうの?」
「ハム君2号だよ」
2匹のハムスターは広い部屋をぽてぽて思いのままに歩いている。さくらはハムスターに興味が無いらしい。
「さくら、ハムスター興味ないの?」
「にゃぁ」
「無いのか。安心だわ。」
1時間後、カレーが煮込まれたのでハムスターたちをケージに戻し、手を洗ってカレーをかき混ぜ味見する。いい出来だ。
「出来たよー」
「さくらもご飯ね。カリカリ。」
「にゃー」
「我慢しなさい」
「何て言ったの?」
「缶詰がいいって」
苦笑いをしながら2人分のカレーをよそい、ワインを注ぐ。
「「頂きます」」
「んー、やっぱり美味いなぁ。」
「そんなに褒めないでよw」
「………やっぱり好きだわぁ」
[newpage]
「知ってたよ」
「え?」
「高校時代から僕のこと好きだってこと。」
「そうなの?」
「うん。」
カレーを完食した僕は、コーヒーを飲みながら続ける。
「高校時代、遥斗かなりモテてたじゃない?なのに彼女作らないし、ずっと僕の傍いたし、なんなら文化祭の後夜祭で」
「分かった分かった分かったから!」
「それに好きじゃなかったらルームシェアしないしね。」
「まぁ確かにな。」
「今はパートナーシップ制度があるし、いつでも養子縁組組めるよ。」
「そうだよなぁ。とりあえず瞬介の気持ち
は分かったから明日指輪買いに行くか」
「そうだね。そういう関係になったら必要
だね。」
軽く食器を水で流し、食洗機のなかに中に入れる。
「みゃー?」
「お皿をこれから洗うんだよ」
洗う物を全てセットし、スイッチを入れた
。
「にゃー」
「すごいでしょ。高かったんだよ。」
「にゃん」
さくらが首を擦り付けて来る。喉を撫でながらしばらく食器洗浄機を見ていた。
「さくらー、嬉しいことがあったんだよー。遥斗と一緒になれるんだって。明日指輪買いに行くんだよ。」
「にゃ」
腕から飛び降りて寝床へ行くさくら。
「あんまり興味無かったかな。お、終わった。遥斗ー、食器しまうの手伝って!」
「うーい」
翌日。僕たちは原宿にいた。
「安いのでいいよね。」
「まぁ高いのだと無くした時にショックでかいからな。」
「この先に獣人専用のアクセサリーショップがあるんだよ、行ってみよう。」
アクセサリーショップ。光り輝くピアスや指輪が並んでいた。
「おー、綺麗だな」
「ほんとにねぇ。」
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「指輪なんですけど。」
うさぎ獣人の店員が耳をぴくぴくさせながら近づいてきた。
「お客様は何月生まれですか?」
「俺は10月生まれです。」
「僕は6月ですね。」
なるほどなるほどと店員さんが頷く。
「10月生まれのお客様はトルマリンが誕生石ですね。6月生まれのお客様はムーンストーンが誕生石になります。誕生石を身につけてると、幸運に包まれるんですよ。」
「そうなんですか……」
目を輝かせながら店員さんが話す。手頃な価格で誕生石の付いた指輪を見つけた。
「これどうなんですか?」
「こちらおすすめですよ。お値段もお手頃ですし。」
「これでいっか。」
「ね。」
指輪を購入し、原宿で有名だというタピオカ専門店に並ぶ。
「指輪、付けないの?」
「お披露目式やるでしょ?その時交換するんだよ。」
「は、恥ずかしい……」
「お披露目式位で恥ずかしがるなし。家帰ったらお披露目式の日程決めて、明日予約して、ハガキ送らなきゃね。」
「て……手が早い……」
「早ければ早いほどいいんだよ。あ、僕たちの番だ。」
タピオカ専門店やらオシャレなファッション専門店を見たあと、自宅に帰宅する。
荷物を置き、僕はシャワーを浴びることにした。
「……それにしてもお披露目式か……緊張するな。もう6年以上一緒に住んでるからマンネリ気味だけど、なんか新鮮だな。」
「シャワー出たよ。あ、往復ハガキ買うの忘れた。買ってこよ。」
あいつが1番わくわくしてるな……
そう思いながらささっとシャワーを浴びることにした。
「早くて10月24日だって。」
往復ハガキを買ってきたと思ったら、もう式場を予約していた。
「2週間後か。いいんじゃない?」
予約を取り、2人で参加者リストを作る。意外に多くなりそうだ。
参加者リストを作り終わったあと、少しだけ横になる。瞬介も一緒だ。
「楽しみだね。」
「そうだな。やっと「夫婦」になれるんだな。」
「長かったね。でも、ここまで遥斗と来れて良かった。」
「そうか。ありがとな。」
頭を撫でてやる。気持ち良さそうな顔をしながら、瞬介は眠りに落ちた。
「…覚悟決めるか!」
決戦まで、あと2週間。
[newpage]
親族への挨拶や、式で着る衣装の打ち合わせなどを終え、2週間。俺たちは式場にいた。
俺は瞬介のいる部屋のドアの前に立った。
「この中にウェディングドレス姿の瞬介が…!」
意気揚々と開けると、ぴちっとスーツを着た瞬介がいた。
「え……」
「ウェディングドレス姿だと思ってたの?大きな間違いだよ。」
「まぁスーツも似合うけどさぁ…ウェディングドレス…」
「どんだけウェディングドレスに固執するんだよ…」
「そろそろお時間です。」
「指輪持ってきた?」
「持ってきてスタッフさんに渡した。」
出席者数は式場の椅子を埋める程。中高大の友人や会社の同僚、親族などがたくさん来てくれた。
「行くよ」
「うん」
ヴァージンロードを2人で腕を組みながら歩く。拍手に包まれた。神父の前に立ち、向かい合う。
「新郎酒井遥斗、あなたは横井瞬介を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います。」
「新郎横井瞬介、あなたは酒井遥斗を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います。」
「では、誓いのキスを」
向かい合う。何度この顔を見ただろう。相変わらず可愛い。
ヴェールを捲り、キスをする。また拍手に包まれた。
指輪を交換し、抱きしめ合う。ふと見えたのが俺の母親が泣いていたこと。同性同士だからなのか、そうじゃないのか……
式は淡々と終わり、大宴会場にて、披露宴が始まった。
瞬介や俺の小さい頃の写真だったり、学生時代の写真などがスクリーンに写し出される。そうした写真も程々に、瞬介と俺の上司の挨拶が始まり、俺らも関係者に挨拶をすることにする。
マダムも兎沢くんも来てくれて、お祝いしてくれた。兎沢くんは何故か泣いていたが。
瞬介の方も順調で、粛々と宴会は続いた。
その後二次会。
瞬介の後輩、庄司くんが泣きながら絡んでいた。
「何で俺がいながら結婚するんですか~」
「飲み過ぎだよ……少し椅子に座りな、ほら。」
兎沢くんが俺に近づいてくる。
「相変わらず甲斐甲斐しいっすね。憧れます。」
「兎沢くん。来てくれてありがとう。」
「先輩の結婚式っすからね。来て当然っすよ。」
「流石wあ、母さんに呼ばれた。行ってくるね。」
「……ほんとは来たくなかったっすけどね。俺が未だに先輩を好きだってこと」
「俺が好きなのは横井さんだってこと」
「「きっと彼らは分かってない」」