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とある2人の非日常


(設定集)

主人公

横井瞬介(猫獣人)

職業 バスの運転手

性格 几帳面。定位置にあるものがあるべき場所にないと機嫌が悪くなる。奇麗好きで特に台所仕事と洗濯を好み、他の誰かが手を出すと、とたんに機嫌が悪くなる。

遥斗とは中学時代からの親友で、中学・高校・大学と約10年間側にいる。

趣味は映画鑑賞、料理作り、お菓子作り

種族はアメリカン・ショートヘア


酒井遥斗(犬獣人)

職業 薬剤師

性格 おおざっぱ。やりっ放しにするのでよく瞬介に叱られる。瞬介ほどの奇麗好きではないが、ある程度奇麗にしておきたい派。お風呂掃除とトイレ掃除、自分のパーソナルスペースを片付けるのが任された仕事。

実は同い年の瞬介に恋をしているが瞬介本人は気づいていない。常にモンモンとしながら生活を共にしている。趣味は買い物と音楽鑑賞で、最近はヘヴィメタルにハマっている。買い物し過ぎて、瞬介に怒られることもしばしば。

種族はラブラドール・レトリバー


兎沢直人(兎獣人)

遥斗の後輩薬剤師。喋り方はチャラいが仕事はきちんとこなす派。最初のころは人見知り画発動して、なかなか遥斗に慣れなかったが、遥斗が積極的にコミュニケーションをとる事で、心を開いた経緯がある。今では好意を寄せているほど。

種族はネザーランドドワーフ


庄司浩輔(犬獣人)

瞬介の後輩。瞬介のことを慕っている。真面目で積極的に仕事をする。が、酒乱。

旅行中に日本酒を大量に飲み、瞬介の体をまさぐった過去があるが、それは「酒に酔った体」であったことは本人しか知らない

種族は遥斗と同じラブラドール・レトリーバー

[newpage]

第1話

「ちょっと。なんでまたスーツ脱ぎっぱなしにするわけ。しわ付くじゃん。」

「今日は激務だったんだよぉ…少しは休ませとくれ…」

「ダメに決まってんだろ。スーツハンガーにかけて、消臭剤かけて、食料品の買い出しに行くんだから」

そういってその猫獣人が俺を無理やり起こす。横井瞬介、27歳、猫獣人。性格は御覧の通り几帳面で変にまじめでよく人に干渉する。特に俺に対して。


「ほら早く車出して」

「やだよ、瞬介運転してよ。俺運転苦手だもん」

「苦手なら克服するんだよ。僕だって毎日狭くて危ない道大型バスで走ってるんだから。」

「バスの運転手と薬剤師は違うだろぉ…分かったよ、車出しますよ。」


お察しの通り、俺と瞬介はルームシェアをしている。もともとは東京住みではなく二人とも田舎の出身だったんだけど、進学先がたまたま一緒だったので、一緒に上京して、ルームシェアをしている。

結局大学を卒業してもルームシェアをする関係は変わらず、もう大学に入学してから約10年弱瞬介と一緒に過ごしていることになる。

…まぁもう10年も過ごしてると相手の素性も把握できるわけで。


「もうちょっと早く走れないの?」

「法定速度ってものを知らないの?瞬介、絶対バス運転してる時も荒い運転してるでしょ」

「つべこべ言わずもう少し早く走ってよ」

「駐禁切られたくないから嫌です。」

…スピード狂。


「だからスーツ掛けろって言ってるだろ!」

「投げなくてもいいじゃないですか!」

「床に物が無い状態を心掛けてるんだよ!あと洗剤詰め替えてくれたのはありがたいけど本体の7割までにしてって言ってるでしょ!」

……几帳面


瞬介はひとえに「癖者」なのである。何度も言うが几帳面だし、大雑把な俺とはまるで正反対な存在である。じゃあ何故俺は瞬介と10年もルームシェアしてるのか?

それについては物語の中で語っていきたいと思う。


苦手な運転を何とかこなしながらスーパーへと辿り着く。


「瞬介、バック代わってくんない?」

「出来ないことは場数を踏んで慣れていくもんだよ。」


なんとかかんとかバックで車を止め、店の中へ入っていく。


「あ、ステーキ肉半額だって。今日の夕飯久々にステーキにでもしようか」

「お、ちょうど肉食べたかったんだ。じゃぁ野菜炒めでも作るか。」

「…パプリカとピーマンとトマトときゅうりは入れないでよ」

「分かってるよ。しかし瞬の偏食は治らないなぁ。」

「うるさいなぁ。嫌いなもんはしょうがないでしょ」


そう、彼は重度の偏食家なのである。野菜が嫌いで特にピーマンやパプリカ、トマトを激しく嫌う傾向にある。


しばらく野菜売り場にいると、瞬介が誰かと話しているのを目撃した。大学時代のサークルの後輩、乾遼太だ。横には彼女らしい綺麗な女の子を連れている。


立ちっぱなしもあれなので、4人でデパ地下のカフェに移動してしばらく話をし、2組とも別れた。


車に乗り込みふと見ると、瞬介の顔が少し憂いを帯びていた。その理由は分かっていた。


「…瞬介、大丈夫か?お前辛くなかったか?」


俺が尋ねた相手は口数少なく、返事をする。


微妙な沈黙に支配されたまま、俺は車を出発させた。

[newpage]

第2話


仕事が終わり、夕食の材料を買いに行かないといけないなと考えながら自宅へと向かう。


帰宅して見たのは地獄絵図だった。


辺り一面に広がる洋服の海。

スーツに下着のシャツ、靴下……


辟易しながらリビングに入ると、これらの服の持ち主がパンツ1枚でアイスを咥えながらソファに寝転んでいる。


「お、おかえり~お疲れさん~」


僕は無言でスーツを掴み投げつけた。


「ちょ、なにすんのや!」


エセ関西弁で文句を言う持ち主に、僕は淡々と言う。


「ちょっと。なんでまたスーツ脱ぎっぱなしにするわけ。しわ付くじゃん。」

「今日は激務だったんだよぉ…少しは休ませとくれ…」


そう言いながらアイスを咥えたまま、ソファに寝転がった相手に僕は叫ぶ。


「ソファにアイスが零れるから降りて!」


相手はしぶしぶソファから降りた。


酒井遥斗。僕の幼なじみであり、ルームシェアの相手でもある。


「ほら、スーツ掛けて。夕食の材料買いに行くから着替えて。」

「今日は出前でいいんじゃない?」

「節約だよ節約。運転頼むよ。」

「やだよ。運転苦手だし。瞬介運転してよ。」

「僕はもう何往復も大型バスでしてきたの。苦手とか言わない。」


半ば強引に着替えをさせ、車に乗り込む。


「バック、苦手なんだよなぁ…」

「頑張れ。ほら!出発。」


車は駐車場を出て、スーパーへと向かう。車のメーターを見てみると、法定速度を下回るスピードで運転をしていた。


「ねぇもっと早く走れないの」

「法定速度って知らない?」

「法定速度以下じゃん、まだ頑張れるでしょ。」


そんなこんなでなんとかスーパーに到着した僕達はカートを片手に買い物を始める。


「あ、ステーキ肉半額だって。夕は久々にステーキにしようか。」

「お、いいね。ちょうど肉食べたかった。野菜炒めも作るかそしたら。」

「…ピーマンとパプリカとトマトときゅうりは入れないでよ」

「分かってるよ。トマトときゅうりは炒めないだろ…」


僕は好き嫌いが多い。自分でも自負する位に。だけど今まで生きてこれたからいいのだ。


さて、野菜売り場で新鮮な野菜を眺めていると、ふと声を掛けられた。


「あれ、瞬介先輩?」


声に反応して、顔を上げるとそこには、大学時代同じサークルだった乾遼太がいた。


その時、僕の胸にチクッとした痛みが走った。


彼の隣にはショートヘアの可愛い女性が立っていた。


「久々っすね!あ、紹介しますね。彼女の優希です!こちらはね、俺のサークル時代の尊敬する先輩の瞬介先輩。」

「そうなんだ~。初めまして、木下優希です。」

「あぁ…初めまして、横井瞬介です。」


遼太と色々な話をしていると、後ろから大きな声で僕を呼びながら、遥斗が歩いてきた。


「あれ?遼太じゃん久しぶり!」

「遥斗先輩!お久しぶりです!」

「ちょっと長くなるなら下のカフェにでも移動しようよ。」


その場に立ち尽くしながら話すのも迷惑だろうと、デパ地下のカフェに行くことにした。


「いや~それにしても久々っすね!卒業式以来っすか?」

「そうだね。僕の卒業式以来だ。」

「それにしても2人とも変わりませんね、まだ同棲してるんすか?」

「ルームシェアな。してるよ。こいつ細かいんだわ。」

「遥斗が大雑把だからだよ。」


遼太の彼女さんとも色々話し、僕達はそのカフェを後にした。


「また俺が運転するの?」

「当たり前でしょ。」


荷物を車の中に積み、運転席に座った遥斗が、開口一番こう言った。


「お前、辛くなかった?」

「……何が?」

「お前、遼太のこと」

「……出発」


僕は家に着くまでの間、ずっと外を眺めていた。高校時代を思い出しながら。

[newpage]

第三話

「おーい、野菜炒め出来たぞー」

「もうそろそろ肉も焼けるよ」


夕飯の支度を始める。車の中ではアンニュイな表情を浮かべていた瞬介も今はいつも通りの表情をしていた。


「それにしても遼太久しぶりだったなー。まだギターやってんのかな」

「たまに弾いたりセッションしたりしてるらしいよ。」

「おー、すげぇな。俺たちも始めるか」

「もう覚えてないよ。軽音卒業して何年経つと思ってんの。」


俺と瞬介は高校に入学してすぐに軽音サークルへと入部した。俺がドラムで、瞬介がギター。2人とも初心者ではあったが、2ヶ月もすると少しは上達するもので。


「オリジナル曲作ってよく学祭で披露したよなー」

「その時は遼太くんもううちのバンド入って入ってたっけ?」

「遼太が入ってすぐだよ、オリジナル作り始めたの。」

「あぁ、そうだったっけ。忘れてたよ。にんにくチップある?」

「用意してあるぞ」


焼きあがったステーキの上ににんにくのチップを乗せ、盛り付けをしてテーブルに乗せる。


「「いただきます。」」


2人だけの夕食の始まりである。


「あ、ステーキソース取ってくれる?」

「ほい」

「この肉、結構美味しいね」

「半額だった割にな。野菜から食えって。血糖値の上昇が緩やかになるから。」

「もう先に肉から食べちゃったから遅いでしょ。」


遥斗は薬剤師をしている。だからこういううんちくや雑学に詳しいのである。

……それがたまにうざい時があるのだけれど。


「それにしても遼太の彼女可愛かったなー。ふわふわ系っていうのか?」

「そうだねぇ。ふわふわ系だね。」

「あんな子よく捕まえたな。」

「…そうだねぇ。」


その時の反応に、俺は失敗したと感じた。

瞬介は遼太のことが好きだったのだ。

友人や、先輩後輩としてではなく、恋愛感情を持っていたのである。


「それにしてもステーキ美味いなぁ」

「ゆっくり食べなよ」


どうやら話題を反らすのに成功したらしい。いつもの口調に戻っていた。

[newpage]

たくさんの荷物を抱えながら帰宅する。帰宅してすぐに、料理の支度に取り掛かった。


「俺は何したらいい?」

「野菜炒めて」

「了解」


フライパンにオリーブオイルを引き、肉を2枚乗せる。しばらく蓋をして蒸し焼きにしながら、人参とたまねぎをバターで炒める。


「それにしても遼太久しぶりだったなー。まだギターやってんのかな」

「たまに弾いたりセッションしたりしてるらしいよ。」


ふっと学生時代の記憶が蘇る。僕と遥斗と遼太くんは学生時代一緒にバンドをやっていた。


「俺らもバンドやってみるか?」

「もう現役退いて何年経ったと思ってんの?もう弾けないよギターなんて」


肉が焼け、野菜炒めも出来たところで、テーブルに盛り付ける。


「「いただきます」」

「それにしても遼太の彼女可愛かったなー。ふわふわ系っていうのか?」

「そうだねぇ。ふわふわ系だね。」

「あんな子よく捕まえたな。」

「…そうだねぇ。」


ふと、遥斗の顔が強張ったのを感じ取る。おおかた地雷でも踏んだと思ってるんだろう。

僕は何事もないようなふりをしてステーキ肉を頬張る。


そう、僕は学生時代、遼太君に恋をしていたのだ。友人としてでもなく、後輩としてでもなく。恋をしていたのだ。結局自分の気持ちを伝えぬまま卒業したんだけど。

「それにしてもステーキ美味いなぁ」

「ゆっくり食べなよ」


遥斗の気遣いに感謝して、僕は食事を続けた。

[newpage]


第四話


「品川駅港南口行、発車します。お掴まりください」


僕の仕事はバスの運転手だ。公務員で安定しているし、車の運転は好きなほうだったので、ある意味で天職なのかもしれない。


「次は日の出桟橋入口です。お降りの方はブザーを鳴らしてお知らせください。」


バスを運転していると様々なことが起きる。


「(うっわ危なっ)」

ウインカーを出さずに割り込んでくる車


「お客さんこのバスは浜松町行きませんよ。品川駅港南口行です。」

「え?」

「浜松町には行きませんよー!」

何度も聞き返してくるご老人

車いすの方への対応など、様々なことが起きる。


自転車で道路を走っている人を避けようとして、対向車にぶつかりそうになったりと、大型バスの運転手は大変なのだ。


何とか無事に目的地へ到着し、お客さんが全員降りたことを確認し、バスは管轄の自動車営業所へと向かう。


「…お疲れ様です…」

「お、横井君お疲れ様。だいぶ疲弊してるね。」

「今日は一段と危なかったんですよ…。神経めっちゃ使いました…」

「お疲れ。コーヒーあるから飲みなよ」

「いただきます…」


僕の所属する自動車営業所はみんな優しく、朗らかな人が多いので、その点は助かっている。


椅子に座りコーヒーを飲んでいると、一人の犬獣人が話しかけてきた。


「横井さんお疲れ様です!」

「あー庄司君お疲れ様」

「疲れてますね?」

「今日かなりハードだったんだよ」


後輩の庄司浩輔。彼が新入社員だった時に僕が指導役だった子だ。それからこんな感じで懐いてくるのだ。


「隣座ってもいいです?」

「いいけど次運行じゃなかったっけ」

「平田さんと代わったんで今日の仕事無いんですよ。」

「あー…そうなんだ」

「まだ横井さん運行あるんですか?」

「あと1本だよ」

「大変ですね…」

「まぁね」


そんな他愛もない話をしていると、最後の運行の時間がやってきた。


「じゃあ行くね。お疲れ様。」

「お疲れ様です!」


「お待たせ致しました、東京タワー行です。」

今日の夕飯を考えながら、バスを発車させる。今日の夕飯は遥斗の役目だ。

今日は早く帰れそうかな。


~自動車営業所~

「なんで横井さんあんなにシュッとしてるんですかね?」

「毛並みの話か?」

「そうですそうです。」

「そういう種類だからだろ。お前だってもっふもふじゃないか」

「種族、ラブラドールですからね。もっふもふですよ。もふもふします?」

「いや、いいよ。」

「この毛並み、女の子にめっちゃモテるんですよね~」

「いいから日報纏めろ。」

「はぁい…」

[newpage]

「三島さんいつもの血圧の薬増えたけど、少し高かったの?」

「朝方の血圧が高いらしくてねぇ、寝る前にも飲むよう言われたのよ」

「あー、朝方はねー、血圧上がりやすいし、アレルギー持ちの人はアレルギー酷くなるからねぇ。血圧の薬が朝と寝る前で、他のお薬はいつも通りね。ちゃんと飲めてる?」

「飲めてるよー、大丈夫。」

「分かりましたー。なんかあったらまたいつでも相談してね」

「ありがとねー、酒井さんいるからまた来るわー」

「ありがとうございます!お大事にー」


俺の仕事は薬剤師だ。個人経営の店で働いている。

薬剤師といえば、処方せんを受け取って処方せんに記載された薬をピッキングして渡すだけだと思われがちなのだが、そうではない。


「あれ、これ間違いかな」

「あ、お世話になってます。ひまわり薬局の酒井と申しますけれども」

[お世話になってます]

「あの、三田翔三郎さんのお薬について確認したいんですけども」

[はい、どうぞ]

「バイアグラ朝食後1錠ってなってるんですが、バイアスピリンの間違いですかね?」

[あっ……そうです。]

「ではそれでお薬出しますね、お忙しい中失礼しました。」


という風に医師の処方せんの間違いを指摘して、正しい処方を確認したりするのも薬剤師の仕事である。


「おい、いつまで待たせんだよ!早くしろよ!」

という患者からの圧も受けるし、


「お薬の量、間違えてたわよ。28日分なのに21日分しか無かったわよ」

という調剤ミスも起こすことがある。


薬剤師が本当に恐れているのは調剤ミスである。子どもが飲む薬の種類を間違えて混合して渡してしまったり、パッケージが似ている別の薬を渡してしまうことがある。幸いうちの薬局ではそのような重大なミスはしていないが、気を付けないといけない、と常に気を引き締めている(つもりである)

前日が雨で今日が晴れているせいか、思いのほか患者さんでいっぱいだった午前中を超え、薬局はしばしの休憩時間に入る。サンドイッチをつまみながらスマホをいじっていると、二人の女性薬剤師が声を掛けてきた。


「酒井さん、もふもふしていいですか?」

「あぁ、構わないよ」


もふもふされる。一人の女性薬剤師は顔を埋めて深呼吸をしている。


「そんなに珍しいもんかね」

「酒井さんは特にもふもふしてるんですよ。私の彼氏短毛種だからもふもふ出来ないんですよ」

「そうかぁ。ま、思う存分もふもふしてくれたまえ。」

「ありがとうございます!」


俺の種族はラブラドールなので、毛が他の獣人よりも長いという特徴がある。夏は暑いが冬は重宝する犬種だ。


「そういえば酒井さん同棲してるんですよね?」

「ルームシェアな。してるよ。」

「お弁当とか作ってもらえないんですか?」

「相手が不規則なシフトで動いてるから毎日弁当って難しいんだよね。今日なんかは俺が夕食当番だし。」

「なるほど…」


相変わらずもふもふしている二人を放っておいて、今日の夕飯を考える。


(そういえば最近とんかつ食べてなかったな。久しぶりにとんかつ作るか。レタスとにんじんのサラダも作ろう。)


時刻は15時。ここからがうちの薬局のピークタイムである。


「さ、働くぞ。また後でもふもふしていいから」

「「はーい」」


そうしてまた働くのである。

[newpage]

「え、うちに来たいって?」


営業所で日報をまとめていると、庄司君がそう言ってきた。


「うちに来てどうするの?」

「バーベキューやりましょうよバーベキュー」

「うちアパートの7階だから出来ないよ・・・。バーベキューやりたいならキャンプ場行こうよ。」

「あ、いいですね。横井さんの家はまた今度行くとしてバーベキューしましょう。」

「来るんだ…」

「いつやります?」

「ちょっとうちの相方と相談してからだなぁ」


そう言いながらスマホを見ると遥斗からLINEが来ていた。今日の夕食についてだ。

適当に返信をし、庄司君に視線を戻す。


(ん?少し不満そうな顔してる?)


「とりあえずまた連絡するから。他の人がいても平気?」

「全然大丈夫っすよ。とりあえず昼ご飯行きません?安くておいしい定食屋さん見つけたんですよ。」

「あぁ、いいね。もうお昼だし、そこ行こうか。」

--------------------------------------------------------------------

今日は開店から閉店まで仕事なので、夕飯を何処かで食べてきてくれ、と瞬介にLINEを送る。と同時に机に突っ伏す。

今日は比較的重たい処方せんが大量に来たので、肉体、精神ともに疲弊しているのだ。


「つっ…疲れた…」

「私も疲れた…酒井くんもふもふさせて」


そう話すのはうちの薬局の薬局長、清水あゆみ。俺の2歳上で薬局長を務めている優秀な女性だ。


「1もふ500円ですよ」

「毛ぇ抜くわよ」

「ひえっ……思う存分もふもふして下さい…」

「分かればよろしい。」


清水女史にもふもふされながら、今日の夕食について考える。お得だからやよい軒にしよう。やよい軒は正義。


「清水さーん、滝沢のおじいちゃん来てますよー」

「今来るー!?勘弁してよー!!」


そう叫びながら清水女史は休憩室を後にする。俺は袋から野菜ジュースを取り出しながら、一人呟く。


「大変だなぁ。」


そう呟きながら野菜ジュースに口を付ける。すると、


「酒井さーん、平田のおばあちゃん来てまーす!」

「今来るー!?」

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定食屋さんはお昼時だというのに比較的空いていた。僕達は冷房の利いたテーブルに腰を下ろし、各々の注文を通してもらう。


「いやー、暑いっすね、長毛種には厳しいです。」

「そうだね、よく考えたら僕はあまり暑いと感じないけど、やっぱり短毛種だからなのかな。」

「短毛種でも暑い獣人はいますよ、横井さんが特殊なだけです。」

「そうかなぁ」


そんな話をしていると、僕の頼んだ野菜炒め定食が運ばれてきた。


「お先に失礼するね」

「どうぞどうぞ」


付け合せの冷奴に手を付けていると、庄司くんが頼んだ焼肉定食が運ばれてきた。


「ガッツリ行くね」

「この後が大変なんですよ。スタミナ付けないと」

「そうだね、僕も大変なのすっかり忘れてたや。」

「スタミナ付けていきましょ。スタミナ。」


そう言って庄司くんが焼肉を少し分けてくれた。いい子だ。


「ありがとう、頂くね。」


2人だけの昼食を終え、営業所に戻る。


「いやー、暑いっすね。」

「暑っついね。」

「営業所戻ったら汗ふきシートで全身拭こ。」

「そうだね、僕も下着替えて、汗ふきシート使お。」


ここからまた大変な運転が待っている。

[newpage]

第五話 


正直に言おう。俺は同じ営業所の横井さんに恋をしている。

横井さんは男性、勿論俺も男性だ。


俺よりも華奢で、教え方も上手で、物覚えの悪い俺に何度も教えてくれる。


こんなにいい先輩はいない。間違いなく。

そんな先輩に、恋をしてしまったのである。


「横井さんかっけぇよぉ、かっけぇよぉ…」

「出た、酔っ払い浩輔の横井さん談議。」


同期の飲み会では必ずクダを巻きながら、横井さんの話をする。もちろん今飲んでる同期たちは、俺の属性を知っている。


「ま、確かに横井さんかっけぇよなぁ。シュッとしてるし、知識あるし。」

「横井さん、客とケンカしたこと無いらしいよ」

「それが当たり前なんだけどね。こないださ、鼻炎で鼻詰まってたんよ、そしたら横井さん鼻炎薬くれて。しかも眠くならないやつ。惚れそうになったよ。」

「横井さんは渡さないぞっ!!」

-------そこから先の、記憶は無かった。


同期から聞いた話によると、そのまま俺は熟睡してしまい、動かなかったという。久しぶりに飲みすぎたな…。


いつの間にか入っていた布団から出て、頭痛薬と水を飲もうと台所に行く。何気なくスマホを見ると、横井さんからLINEが入っていた。


【今日庄司君休みだよね?僕も休みだからちょっと買い物に付き合ってくれない?】


速攻で「喜んで!」と返した。二日酔い?そんなの知らねぇ!


約束の場所に5分前に着くと、そこにはもう横井さんがいた。


「横井さん!」

「あ、庄司くん。休みなのにごめんね。付き合ってもらって」

「いえ、どうせ休みでも家に引きこもってるんで。ってか横井さん早くないですか、着くの」

「いや、でも10分くらい前に着いたんだよ」

「それでも早いっすよ・・・」

「ははは。とりあえず買い物に付き合ってもらうね。その前にお茶しようか。」

「あ、はい!」


こうして、俺と横井さんの二人の買い物が始まった。

まず手始めに、近くのドトールに入り、お茶をする。二人、営業所での愚痴を言いあったり、趣味の話をしたりと、充実した時間を過ごした。


「買い物って何を買うんですか?」

「生活雑貨。最近カーテンを変えようと思ってるんだけどなかなか時間が無くてね。ちょっとした家具も見ておきたいから、ちょっとそこの駅ビル入ろう」


そして二人は無印良品へ。センスのいい花瓶やカーテンを見つつ店内を歩き回る。


「あ、このカーテン遮光性良さそう。ちょっと分厚いかな、まぁもうすぐ寒くなるだろうからその時用に買っておこう」


文房具を見ていた自分を横井さんが呼ぶ。


「あ、すいません」

「構わないよ。文房具好きなの?」

「好きですねぇ、小さい頃文房具屋さんに入り浸ってましたよ」


その言葉に横井さんがくすっと笑う。


「可愛いねぇ」


その言葉を聞いた瞬間、俺は赤面してしまうと同時に笑みを隠しきれず、思わず口を抑えてしまった。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫です。」

「そう?じゃあ買い物続けよっか」


「結構な量買っちゃったなぁ」

「結構小物が多かったですよね。」

「そうだねぇ、まぁ必要経費かな。」

「次はどこ行きますか?」

「お腹空かない?ご飯食べ行こうよ。」

「喜んで!」

「そんなにしっぽ振らなくてもw」


気づけばいつの間にかしっぽを振っていたらしい。気づかなかった……

[newpage]


「今日は相方が遅くに帰ってくるから夕食が無くてね、庄司くんさえよかったらせっかくだし飲みにでも行かない?」

「行きます!」

「そんなにしっぽ振らなくてもw」


小さい頃からの癖なのだが、何か嬉しいことがあると、すぐにしっぽを振ってしまう。まぁ俺の種族はみんなそうなんだが。


「どこに飲みいく?」

「串が美味しいとこがいいですね。」

「庄司くん串好きなんだ?」

「好きですねぇ、小さい頃から鳥肉が好きです。」

「じゃあ鳥貴族行こうか。安いし串美味しいし。」

「是非!」

-------------------------------------------------------------


「なんで横井さんはそんなに優しいんですか!!」

「何でって言われても…飲みすぎじゃない?」


初っ端からビール2杯とハイボールを3杯空けた彼は、どこからどう見ても酔っ払っている。そして僕に絡む。2人で飲むべきじゃなかったかな…。


「庄司くん飲みすぎじゃない?串食べなよ。」

「横井さんにあげます!!!」

「あ、そう……。じゃあ頂くね」


そこから約2時間。彼はずっと営業所の愚痴やら、たまに僕のことを褒めちぎりながら、お酒をひたすら飲む。僕は話を聴きながらひたすら串を食べていた。

そして彼は飲みすぎたのか、机に突っ伏したまま動かなくなった。


「おい、庄司くん帰るよ、おい。」


どうやら眠ってしまったらしい。しょうがなく彼をおぶさり、会計を済ませ、タクシーを拾う。今日はうちにお泊りだな。

[newpage]


いつもと違う匂いがする。ふんわりとしていて、触り心地のいい布・・・

目を覚ますと、明らかに俺の家とは違う部屋の、俺の寝ている布団とはまた違った布団に寝ていた。


「え、ここ、どこ・・・?」

「あ、起きた?」

「え、横井さん!?」

「ここ、僕の家だよ。」


昨日の記憶が全くない・・・。


「あの、俺、昨日横井さんと一緒に鳥貴族行ったところまでは覚えてるんですが、その後の記憶が無くて・・・」

「とりあえず水飲みなよ。頭痛薬いる?」

「いただきます・・・」


どうやら状況を整理すると、昨日俺は酒を飲みすぎて、横井さんの家に運ばれたらしい。



「はい、頭痛薬。それにしてもお酒を空けるペース早かったね。びっくりしたよ。」

「酒飲めるんですが弱いんですよ。だけど飲み会ってなると自分が酒が弱いっていうのを忘れちゃうんです」

「危ないねぇ。自覚しなくちゃ」

「ごもっともです・・・」


水を飲みながら横井さんと話していると、もう一人の住人(ルームシェアしているのは知っていた)が入ってきた


「おーい大丈夫か?」

「あぁ大丈夫。ありがとう」

「あ、初めまして。酒井遥斗です」

「・・・初めまして、庄司浩輔です。」


彼がルームシェアの相手か・・・。

嫉妬の視線を彼に送るが、彼はそれに気づくことなく部屋を出て行った。


「今日確か庄司くん非番だったよね。僕は出勤だからもう少し良くなってから帰るといいよ。遥斗、彼を頼むね。」


そういって横井さんが部屋から出ていく。僕はもう一度部屋に入ってきた酒井さん?と二人きりになった。

「・・・卵がゆ食べますか?」

「あ・・・いただきます。」


彼が作ってくれた卵がゆを食べながら、少し疑問をぶつけてみた。


「あの・・・何年くらいルームシェアしてるんですか?」

「6年ぐらいかなぁ。大学がお互い同じだったからルームシェアするかって感じで。」

「なるほど・・・」


6年間一緒なのか・・・。うらやましい・・・。


卵がゆを頂き、帰宅の準備をする。


「お邪魔しました。」

「気を付けて帰ってね」


なんだろうこの心のモヤモヤは・・・

何とも言えないモヤモヤを抱きしめたまま、俺は帰路についた。

[newpage]

第6話

「ただいま…」

「おか……疲れてるな」

「今日…しんどかった…遥斗もふもふさせて…」

「どうぞ」


そう言うと、瞬介はソファに寝っ転がっている俺の体にダイブしてきた。


「ぐえっ」

「あ~もふもふ…もふもふ…なんでこんなにもふもふなんだよぉ…」

「そういう種族だからだよ…」


瞬介がこんなにもふもふしてくるのは珍しい。それだけ疲れてるということだ。


思う存分もふもふしたあとは晩酌タイムだ。俺はビールで瞬介は缶チューハイ。


「今日めっちゃ疲れたんだよ…バスの中でお客さんがケンカ始めたりさ」

「うわぁ…結局どうなったの?」

「ちょうど行先が同じバスが後ろに来たから他のお客さんをそれに乗せて警察呼んだ。」

「うわぁ…」


だいぶヘイトが溜まっていたらしく、いつも1缶で済ませる瞬介がその日は3缶も空けていた。


「飲みすぎじゃない?明日引っかかるよ」

「明日は非番だからいいんだよー」


そう言いながら瞬介が抱きついてくる。俺はドキッとしてしまった。


「遥斗…可愛いねぇ…」


首筋にキスをしてくる瞬介。そう、瞬介はキス魔だったのだ。


「瞬介飲みすぎだって…ベッド行くよ…」


瞬介をお姫様抱っこしてベッドへと連れていき、寝かせる。


すると、


「遥斗、好きだよ…」


瞬介は俺の首に手を回し口にキスをしてきた。


「んっ」


しばらくキスした後、瞬介は眠りに落ちた。

俺は静かに部屋を出て…


「っ…反則だろ今のっ…」


ドアの前にへたりと座った。しばらく立てなかった。

[newpage]

翌朝


「んっ…頭痛っ…昨日は…あぁ、飲みすぎたのか…頭痛薬飲も…」


台所に行くと、遥斗が朝食を作っていた。


「おはよう」

「お…おはよう…しじみの味噌汁あるぞ、あと頭痛薬とポカリな!」


明らかに動揺しているのが見て取れる。


「なんかあったの?頭痛っ…」

「と、とりあえずしじみの味噌汁飲んで頭痛薬飲みな、ほら。」


言われたようにしじみの味噌汁を飲む。渇いた体に染み渡っていく。頭痛薬を飲んだあと、もう一度遥斗に尋ねた。


「…昨日何があったの?」


視線を反らし、顔を赤らめながらぼそっと遥斗は言った。


「……キスしてきて、唇奪われた。」

「……はい?」

「結構深い…ディープな感じだった…」


しまった。酒に弱い僕はキス魔になるんだった。なるべく飲みの席でも軽く飲む位にしてたのに。


「ってかキスだけでそんな反応する?」

「うるさいな!そんな経験無いんだからしょうがないだろ!」

「…童貞」

「うるさい…」


食事を終えて頭痛薬を飲んだ僕は、ソファに座ってテレビに目を移す。その隣に遥斗が座ってきた。


「今日は仕事は?」

「有休だよ。明日まで。」

「そっか。じゃあ今日はゆっくりしよう。僕も明日まで休みだから明日は買い物に行こうか」

「そうだな。」


テレビではアナウンサーが今日のニュースを解説している。


「最近は嫌な事件ばかりだねぇ」

「そうだなぁ。物騒な世の中になったもんだね。」

「もし僕が事件に巻き込まれて死んだらどうする?」

「んー、後追うかな」


しばらくの沈黙の後に、僕はふふっと笑った。


「後追うとか行っちゃだめだよ」


そう言って、瞬介に抱きついてみる。顔を赤らめている。


「なにをいきなり……どうしたんだよいきなり抱きついてきて」

「いや、抱きついてみたらどうなるかなって」


未だに顔を赤らめている。可愛いやつだ。


[newpage]

第七話

「横井さん!」

「ん、どうしたの庄司くん」

「こないだはすいませんでした!」


出勤するなりいきなり庄司くんが謝ってきた。恐らくこないだのことだろう。


「あぁ気にしなくていいよ。たまには吐き出さないとね」

「横井さん・・・」


(まぁ僕もやらかしたんだけどね)


「また庄司くんが良ければご飯行こうよ」

「是非!」

「今度は飲まないからね」

「うっ・・・はい・・・」

「じゃぁ運行するから行くね。庄司くんも頑張ってね」

「はい!」


そして、今日の運行を終えて、営業所に帰ると、庄司くんが机に突っ伏していた。


「どうしたの庄司くん」

「今日車と正面衝突したんです・・・」

「相手がすごいスピード出してて他にも事故起こしてて、逃げた車が突っ込んできたらしいんだけどね」

「あ、課長。そうなんですか。」


庄司くんはげっそりとしていた。初めての事故だから、余計に心に来てるのかもしれない。


「庄司くん、ご飯、行こっか」


半ば無理やり庄司くんを立たせ、近くの定食屋さんに行く。


(あ、遥斗に夕飯いらないって言うの忘れてた。言っておかないと)

遥斗に連絡をし、庄司くんの話を聞く、だいぶ憔悴しきっている様子だった。


「でも相手がいけないんでしょ、庄司くんが気に病む必要無くない?」

「今まで俺無事故で通ってきたんですよ。それなのにあんな大きな事故起こして・・・」

「ぶつかってきたのは相手だし、過失はないと思うけど・・・」

「だけどショックですよ・・・」


運ばれてきた刺身定食をつまみながら庄司くんの話を聞く(庄司くんは海鮮丼)


「相手は逮捕されたらしいし、保険で直るからいいんじゃないの。あんまり気にしすぎなくても」

「・・・そう、ですかね」

「そうだよー。初めての事故で動揺してるかもしれないけど、車運転してると必ずこういうことが起こるんだから、気にしちゃだめだよ。」

「・・・はい、ありがとうございます。」

「じゃぁご飯食べよ。カピカピになっちゃう。」


他愛もない話をしながら食事をし終え、外に出る。庄司くんはもう元気になったようだ。


「じゃぁまた明日ね」

「はい!ありがとうございました!」

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「ただいま・・・」


家に帰るとまた地獄絵図が広がっていた。

スーツは脱ぎっぱなし、下着のままでソファに寝っ転がりながらお菓子を

食べている遥斗の姿がそこにあった。


「おー、おかえり。後輩君大丈夫だったの?」

「ねぇ」

「ん?」

「スーツはきちんと掛けないとしわになるって何回言ったら分かるの、あと、ソファで寝転がりながらお菓子食べないでカスが散らばるから!」

「げ・・・元気ですね。はいはい片づけますよっと・・・」


遥斗が片づけるのを見届け、自分もスーツを掛ける。


「夕飯食べた?」

「いや、俺も仕事終わらなくて今帰ってきたところだよ」

「じゃぁなんか簡単に作るね。」

「え、いいのか?」

「僕もまだちょっとお腹空いてるからね、お刺身定食は少なかった。」

「瞬介やせの大食いだからなぁ。よく太んないよな。」

「そういう家系らしいよ。」


なにがあるのか冷蔵庫を覗くと、中には豆腐と枝豆、昨日作った麻婆豆腐だけが入っていた。あとは大量のお酒だけである。


「買い物行かなきゃな・・・」

「なんか言ったかー」

「買い物行かなきゃって言ったの!もう豆腐と枝豆しかない!」

「じゃぁ今から行くか?まだ20時前だし、惣菜とか安くなってるだろ。」

「うーん・・・まぁいいか、明日は昼からだし。」

「お、奇遇だな俺も昼間から閉店までだわ」


そう言いながら車のカギを手にする遥斗。少し運転に慣れてきたらしい。


「運転するの?」

「たまにはな。バックにも慣れてきたし。」


車に乗り、シートベルトをする。


「こないだうちに泊まった庄司くんいるじゃん。今日庄司くんの運転するバスに車が正面衝突したんだって。」

「うわ災難だったなぁ、庄司くん。」

「うちも気をつけなくちゃね。」


事故を起こすことなく、車はスーパーへ到着する。今頃まだ庄司くんは項垂れてるんだろうか。


「卵と牛乳と…あ、味噌も無かったな」

「瞬介ー、これ食べたい!」


そう言って遥斗がポテトとチキンの盛り合わせを持ってくる。


「うーん…まぁいいか。今日はお惣菜で夕飯済まそうかね」


食べ切れる量の惣菜と必需品、ビール1ケースを購入し、遥斗に袋詰めをお願いする。ある程度袋詰めが終わった後、僕は買い忘れに気付いた。


「あ、お風呂洗剤と洗濯洗剤買うの忘れてた。買ってくるから待ってて。」


大量の荷物を抱えながら(まぁカートに乗っけてはいるけれども)ベンチに座っていると、


「あれ?酒井センパイ?」


呼ぶ声に振り向くと、そこには後輩薬剤師の兎沢がいた。


「酒井センパイじゃないですか~、どうしたんすか?」

「買い物だよ。兎沢くんは?」

「自分も買い物っす~飲み物無くなっちゃったんすよね~ここ家から近くて便利なんすよ~」


やたらと語尾を伸ばすこの兎獣人は、兎沢直人。俺が指導係を務める新人薬剤師だ。とにかくチャラい。チャラいんだとにかく。


「家近いんだ」

「そこの信号渡ってすぐのとこっす、今度センパイ招待しますよ~」

「お、おう」

「じゃあ、また~」


そう言いながら半そでハーパン姿の兎沢は店を出ていった。


「お待たせ、アリエールが安くてさ、思わず箱で買っちゃったよ」

「箱で買ったの!?」

「使うでしょ」

「…まぁ使うか。帰り瞬介運転してくれ、疲れた。」

「まぁ…いいけど…」


帰路に着く。明日も仕事だ。

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第8話

「おはようございまーす」

「あ、酒井さんおはようございます。」


その日は昼からの出勤だった。今日は閉店まで俺と兎沢くんとパートのマダム(おばさんと呼ぶのは失礼なので)の3人で店を回す日である。


「あ、酒井さん~おはようございます~」

「……おはよう」


兎沢くんはすでに白衣を着て、事務作業をしていた。


「発注してるの?」

「午前中かなり来たらしくて~俺が発注しないと菊田さん休憩入れないんで~代わりに発注してます~」

「えらいなぁ。流石。」

「もっと褒めてくれていいんすよ~褒められて伸びるんで~」


その言葉を軽くあしらい、処方せんを受け取る。受け取り、入力して、薬を取り出し、患者さんに渡す。でも薬剤師がすることはそれだけじゃないのだ。


「三島さん、こないだの薬で血圧安定してる?」

「うん~今日行ったら血圧安定してきたみたいでねぇ、安定状態を継続させるために同じ薬を続けてくれって言われたんよ~」

「安定したなら良かった~。お薬継続です。40mgを朝と夜に1錠ね。」

「はいよ~酒井くんいつもありがとねぇ」

「三島さんのかかりつけ薬剤師だからこれくらいしますよー。じゃあお大事に!」


投薬を終え、調剤室に戻るといきなり兎沢くんに首筋の匂いを嗅がれた。


「な、何!?」

「いや、いい匂いするなぁって。なんか香水付けてます?」

「いや、AXEだけだけど……」

「AXEすか~俺も買おうかな~」


…どうも彼の掴みどころが分からない。いきなり首筋の匂いを嗅がれるのは初めてなので動揺してしまった。


14時。うちの薬局が頻繁に受け取る処方せんを発行している病院が昼休みに入ったので、薬局は閑散としていた。


俺は本を読み、パートのマダムはスマホでドラマを見ている。兎沢くんは…?


「…すー…」

眠っていた。


いくらこの時間だからって寝るのはいけないと思いつつ、兎沢くんを起こす。


「兎沢くん起きて、患者さんくるかもしれないから。」

「んー…」


するといきなり彼は俺の首筋を掴んで、


「んっ…」


唇にキスをしてきた。


「んっ!?」


マダムはこちらを見たまま固まっていた。


「ななななな何を」

「ん、先輩顔近いっすよ、どうしたんすか」

「いや、どうしたも何も…!」

「寝不足だったんすよねぇ…よく寝たぁ」


大きく欠伸をし、悠々自適にコーヒーを淹れる兎沢くん。俺は呆然と立ち尽くしていた。


(あの反応からして童貞ね)


マダムはそう思ったという(天の声)


休憩時間が終わる頃またちらほらと処方せんを持ってくる患者さんがやってきた。


「兎沢くんダブルチェックお願い」

「はーい…あ、これ規格違いますね。40mgじゃなくて80mgですね。」

「うわ、危ない。80mgが28錠だね」

「なんか先輩シャキッとしてないすね。何かありました?」


君のキスのせいだよ!


「いや、別に……」


処方せんのピークに差し掛かり、大量の処方せんをさばいてやっと閉店時間となった。


「疲れた…平山さん(マダム)先上がっていいですよ。後片付けやっときますんで。」

「あらいいのかしら。じゃあお先に失礼しますわね。」


そう言って平山さんは更衣室に向かった。

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「先輩」

「ん?」


粉薬を調剤する機械の掃除をしていると、いきなり兎沢くんが壁ドンしてきた。


「んなっ」

「さっきのキス、意図的っすからね」

「えっ」

「俺、先輩のこと、好きっす。入社して俺の指導係になってからずっと。」


そう言ってまたキスをする。しばらくされっ放しの状態が続き、やっと解放された。


「し、仕事場でそれはダメだよ」

「じゃあどこでするんすか。昨日アリエール抱えてた人、彼氏でしょ?」

「いや、彼氏…じゃないけど…」

「とにかく俺は先輩が好きですよ。伝えましたからね。お先っす!」


そう言って兎沢くんが更衣室に向かう。


俺は地面にへたりと座り呟いた。


「どうしろってんだ…」


その一部始終をマダムは陰から見守っていたという。(後日談)

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第9話

薬科大学を卒業した俺は、今住んでる場所から近い薬局に就職を決めた。

その薬局は家から自転車で15分位なので、ものぐさな自分にはちょうどいい就職先だった。


「兎沢直人です、よろしくお願いします。」

「指導係を務めます、酒井遥斗です。よろしくね。」


一目惚れだった。大人の余裕というか、なんというか。そういう物が漂っていた。


「これ、薬局内のどこに薬があるかを書いた冊子だから、これ見ながら薬がどこにあるか覚えておいてね。」

「はいっす。」


薬を収納してある引き出しを開けて薬の在庫を確認する…振りをして酒井さんを見る。パソコンでその日の振り返りを入力している酒井さんはかっこよかった。


その日から俺の中では、酒井さんが1番になった。


「酒井さんご飯行きましょうよ~」

「いいよ。俺今日車だからお酒飲めないけどいい?」

「全然バッチリです!」

「(全然バッチリ…?)まぁいいや、着替えるか。」

「はいっす」


更衣室へと向かう。服を脱いだ酒井さんはとてももふもふしていた。俺の心がザワつく。


「さ、酒井さん」

「ん?」

「もふもふしていいっすか?」

「え、いいけど……」

「じゃあ失礼して…」


酒井さんに顔を埋める。いい匂いがするし、もふもふだし、幸せな気分になっていく。


「あー、もふもふ…もふもふ…」

「あんまりモフられると勘違いされるから…」

「お疲れー、今日も処方せん多か……お前ら何してんだ」


同じ薬局のもう1人の男性薬剤師、森下さんが疑問をぶつける。


「いや、これは違うんだよ、兎沢くんがもふもふしたいって言うから…」

「めっちゃいい匂いします…いつまでもこうしていたい…好き…」

「兎沢くん少し静かにしててね?」

「まぁ趣味嗜好は人それぞれだから気にしないけどあんまり人の前でしちゃだめだぞ」

「違うんだってば!」

「あー…いい…」


思う存分酒井さんをもふもふし、満足していると酒井さんが森下さんに声を掛ける。


「兎沢くんとご飯行くけど森下も行く?」

「いや、今日はいいや。友人と約束あってさ」

「そっかー。じゃあまた今度だな。兎沢くん行こっか」

「行きましょ行きましょ!」


先輩の車に乗り、先輩の隣に座る。これだけでもうドキドキである。


「今日は同居人がいないから焼肉行こう焼肉。」

「焼肉いいっすね~!」

「じゃあ行くよ」


牛角に到着する。もうこの時点では恋愛感情よりも食欲が勝っていた。


「最初はカルビがいいっすね」

「タン塩もいいよ」


二人で肉を焼きながら、酒井さんが話しかけてきた。


「薬局どう?慣れてきた?」

「みなさん優しくて働きやすい環境なんでだいぶ慣れてきましたね~」

「なら良かった。やっぱり働きやすい職場が一番だよね」

「そうすね~。肉美味いっすね」

「え、あ、うん。」


一通り話終わり、腹も膨れたところで会計をすることにする。


「カード1回払いで」


「先輩いくら出せばいいすか?」

「いいよ出さなくて。今日奢られた分を今度は年下に出してあげるんだよ。それが掟。」

「…分かりました。ごちそうさまでした」

「あいよ」

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「あのころは可愛かったのになぁ」

「?なんか言った?先輩」

「敬語」

「あ、すんません。なんか言いました?」

「いや、なんでもないわ。」


先輩がなんか変だ。こないだのキスが来てるのかな。


「先輩なんかここ最近変じゃないですか?」

「え、あ、いやなんでもないよ」

「あ、もしかしてこないだの」

「その話をするな!」


怒られた。理不尽だ。

相変わらず俺は酒井さんが好きだ。それだけはいつまでも変わらないだろう。

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第10話


「夏休み5日間とったぜ!」


遥斗が自慢げに話してきた。季節は秋。社会人にとっての夏休みの季節である。


「よかったね」

「瞬介は取らないの?」

「取ってもどっか行ったりしないでしょ」

「今年は旅行行きたいと思ってんだけど」

「あぁ、いいね。じゃあ夏休み申請取ってみようかな。」


季節はもう秋に差し掛かろうとしていた。学生と同じような時期に夏休みが取れる訳でもなく、大体が9月に短い夏休みをとるのだ。


「旅行行くとしたらどこ行こうかね」

「箱根とか行きたいね。温泉に入りたい」

「日本酒美味しいところ行きたいな」

「じゃぁ新潟?」

「新潟いいね。新潟に行こう。」

「じゃぁ明日有給申請出しとくね。なんかいい宿調べといて。」

「任せとけ!」


翌日


「おはようございます。」

「あ、おはよう。」

「これ、申し訳ないんですが受理お願いします。」

「え・・・あぁ有給申請書ね。受理っていうから退職届かと思ったよ」

「辞めませんよ、大丈夫です。」

「有給申請書ね、はんこ押して上にあげるね」

「ありがとうございます」


自分の席に座ると、唐突に庄司くんがやってくる。


「横井先輩おはようございます!」

「あぁおはよう。今日も元気いいね。」

「ありがとうございます!これ、よかったらどうぞ」


庄司くんが出してきたのは、新潟の純米を使った日本酒だった。


「どうしたのこれ」

「自分実家新潟なんすけど、米とか日本酒とか大量に送ってきて。日本酒を今、お酒飲みそうな人におすそわけしてるんですよ」

「あ、そうなんだ。ありがとう。美味しく頂くね。」


新潟。


「庄司くん。今度新潟に旅行に行くんだけど、ガイドしてくれない?」

「まじすか!喜んで行きますよ!」

「助かるよ。新潟初めてだからさぁ。」

「横井さんと2人っすか!?」

「あ、ごめん。同居人もいるんだけど。」

「…ですよねー!」

「(なんで男梅みたいな顔してるんだろう)」


旅行当日

「最初のPAまでは僕が運転するから、次のPAまでは瞬介運転してよ」

「分かってるよ」

「うぅ……高速怖い…煽られる……」

「大丈夫だって。怖くないよ。」

「横井さーん!!」


向こうから手としっぽをぶんぶん振りながら庄司くんが走ってくる。


「おはよう」

「おはようございます!えっと…」

「酒井遥斗です」

「酒井さんもおはようございます!」


(なんか言い方にトゲがあるような……)


「じゃあ行こっか」


3人車に乗り込み一路新潟へ向かう。まずは第一難関高速道路だ。


「庄司くん酔い止め持ってる?」

「ありますよ!」

「飲んどいた方がいいよ、長いから」

「分かりました!」


幸い煽られることも無く、車はPAに着く


「つ……疲れた……」

「お疲れ様、コーヒー休憩でもしよう」


瞬介がお手洗いに行っている間、庄司くんと2人になる。


「……もふもふっすね。犬種は?」

「…ラブラドールです」

「あ、一緒だ。めっちゃ毛抜けません?」

「コロコロ必須ですね。」

「ですよね!」

「お待たせ……ってなんか盛り上がってるね。」

「同じ犬種だったからさ!盛り上がっちゃったよ!」


車の中で飲む飲み物やお菓子やらを買いこみ、車へと乗り込む。

[newpage]

「あ、俺運転しましょうか。よく新潟まで車で帰るんで道は分かりますよ。」

「あ、ほんと?助かるよ。特に遥斗が。」

「ありがとう!庄司くん!」

「お易い御用っすよ~」


運転席に庄司くん、助手席に僕で、後部座席に遥斗という配置で座る。


「あ、遥斗。酔い止め飲んどきなよ、絶対酔うんだから」

「もう出発する前に飲んだから平気だよ」


「あー…気持ち悪い…」

「酔い止めの効果切れたんすかね」

「ったくもう…はい、追加の酔い止め」

「サンキュー……」


そう言いながら口の中に酔い止めを放り込む遥斗。飲み終わった後ぐったりと後部座席に横たわる。


「新潟は米と酒が美味しいんですよ。俺は日本酒1杯位しか飲めないんですけどね」

「それなのに大量に日本酒送ってくるご両親はすごいね。」

「お世話になってる人に渡しなさいって意味じゃないかと思ってます。」


庄司くんがそう言ってはにかむように笑う。たまにするその顔が、なんとなく僕は好きだ。


「着きましたよ新潟!」


気づいたら寝てしまっていたらしい。いつの間にか新潟に着いていた。


「まずは旅館ですね。どこですか?」

「あ、旅館まで運転するよ」

「乗り物酔い大丈夫ですか?」

「良くなったよ。大丈夫。」


なんやかんやで遥斗の運転で旅館に着いた。


「うわー、いい眺めっすね!」

「いい旅館取ったね。」

「だろー?ここ、普段予約取れない位人気なんだけどたまたまキャンセルが出たらしくて取れたんだよ」

「何泊するんですか?」

「とりあえず2泊3日の予定だね。」


荷物を置き、一息ついた後、僕達は早速観光に出た。最初は海だ。


第11話


「海きれー!」


遥斗が子どものようにはしゃいでいる。かくいう僕も綺麗な海に見とれてしまっていた。


「波も穏やかですよね。日本海だかららしいですけど」

「泳げるのかな!?泳げる!?」

「遥斗落ち着いて、泳げるの?」

「ここでは泳げないと思いますけど、この先に海水浴場ありますよ。」

「よっしゃそこ行こう」

「待って、水着持ってきてないよ」

「確かレンタル出来ましたよ。」


そんなやりとりをしながら、海水浴場へ向かう。ここから約10分位の場所にあるらしいので、暑さを我慢しながら歩いていくことにする。


「暑っつい……」

「今日は30度超えらしいですからね」

「こういう時こそ海だよなっ」


子どものようににこにこしながら、遥斗が言う。僕はあまり海が好きじゃないんだけど…


「着きましたよ」

「うっわ、人いっぱいだー!」


早速水着に着替えに行く遥斗。僕は見ていることにしよう。


「あれ、横井さん着替えないんですか?」

「僕、海あんまり好きじゃなくてね、庄司くん楽しんできてよ」

「んー…分かりました」


なんで残念がっているのかは分からないが、庄司くんは着替えに行った。


「庄司くん筋肉質だね」

「鍛えるの趣味なんですよ」

「へー」

「酒井さんも筋肉質じゃないですか?」

「腹筋背筋だけは毎日欠かさないからね」

「偉いっすね」


(なんであの二人は互いの体を触り合ってるんだろ)


「とりあえず泳ぎましょうよ」

「そうだね、せっかく着替えたんだしね」


二人が泳いでるのを見つつ焼きとうもろこしを食べる。これもまた夏の風物詩だろう。そう思いながら僕は二本目の焼きとうもろこしに手を付ける。

[newpage]

「はー!泳いだー!満足だわ」

「水泳得意なんですか?」

「小さい頃は水泳通わされてたからねっ」

「へー」


二人が海から帰ってくる。僕は4本目の焼きとうもろこしに手をつけていた


「おかえり。楽しかった?」

「楽しかった!って焼きとうもろこし何本目?」

「美味しいんだよここの焼きとうもろこし」

「とうもろこし好きなんすね」

「とうもろこしは小さい頃からの大好物だからね」


二人が着替えるのを待つ間にパラソルやビニールシートを片付ける。パラソルとビニールシートを所定の場所に片づけ終わると、二人が着替えてやってきた。


「おまたせ」

「おまたせしました」

「おまたせされました」

「とりあえず温泉入りたいな。旅館戻ろうぜ。」


来た道を汗だくになりながら戻る。遥斗が「もう一度海入りたい」と言っていたが、今ならその気持ちがよくわかるかもしれない。日差しがすごいのである。日焼け止めを塗っておくべきだった。


「着きましたよ」

「温泉だー!」


部屋に戻った僕たちは荷物を置き、早速温泉へ向かった。


「おー牛乳の自動販売機があるぜ!下着まで自販機で売ってるんだ!」

「とりあえず温泉入ろうよ」

「今は何でも自販機の時代なんだなぁ。俺らが小さいときは冷蔵庫から取り出して飲んでたな」

「そうだね。無銭飲食とかがあるからじゃない?」

「さ、入りましょ入りましょ。」


様々な種類の温泉が用意されていた。


薬湯、アルカリ泉、ジャグジー……

僕と庄司くんは薬湯に、遥斗はジャグジーへと向かう。


「薬湯はいいねぇ」

「薬草の香りがなんとも言えませんよね。」

「なんかこう、穏やかな気持ちになるね。へー、カモミールが入ってるのか」


さっきから庄司くんの息が荒いのが気になるが、僕は薬湯の説明に目を通していた。


「ジャグジー気持ちよかったー!あの疲れが取れる感じがいいね!」


遥斗が帰ってきて、薬湯に入る。少し顔をしかめる。


「やっぱり薬湯だけあって独特な匂いがするね」

「薬草使ってますからね」

「あ、でもいい湯加減…」

「肩凝りとか腰痛によく効くんだって。さすが薬草だね。」

「俺ちょっとジャグジー行ってきます。遥斗さん見てたら入ってみたくなっちゃった。」


そう言って庄司くんはジャグジーへと消えていく


「ちょっとトゲトゲしいの抜けたかな?遥斗さんって言われた。」

「そうだね。初めて会ったときかなりトゲトゲしかったもんね。」

「なんでだったんだろ」

「さぁ……」

[newpage]

番外編


(あ、カフェオレ飲みたい。甘いやつ。)


今日の運転中、ふと欲望が沸く。この欲望というのが厄介で1度思い出すと、なかなか消えないのである。


(でもなぁ、激甘だと血糖値あがるからなぁ。あー、雪印がいいな。別に血糖値検診で指摘されてないし大丈夫か。今日は雪印な気分だから雪印にしよう)


「次は歌舞伎町です。このバスは品川駅高輪口まで参ります。」


(あ、ラーメン食べたい)


薬を処方せん通りにピッキングしていると、ふと訪れる欲望。厄介なことにこういう欲望はなかなか消えないのである。


(昨日、一昨日と飲みだったから今日は少し体を休めたいと思ってサラダとおにぎりだけにしたのに)

(体が家系ラーメンを欲しがっている)


「遥斗先輩、それmg数違いますよ。3mg1日2回ですよ。」

「お、ほんとだ。ピッキング中に考え事はいけないね」

「さっきから声掛けてもシカトですもん。」

「ごめんごめん」


(やっぱり今日だけはラーメン行こう。兎沢くん誘うか)

「兎沢くん、今日帰りラーメン行かない?」

「いいっすよ。いつもの家系っすよね?」

「そうそう」

「行きましょ行きましょ」


(ん、なんだ遥斗ご飯食べてくるのか。じゃあ今日は僕も外食にしよ。)


午前の運行を終えて、お昼ご飯の調達に来たコンビニにて。まずはおにぎりを買う。とりあえず。

ある程度のおにぎりやサラダを買ったあと、チルドコーナーへ向かう。


驚愕した。


(雪印コーヒーがない……?)


まさかの事態である。雪印コーヒーが無い。


(グリコはあるのに……?)


そう。グリコはあるのに。


(今はグリコって気分じゃない……)


お昼の時間を大切にしたいので、とりあえず会計をする。後ろ髪を引かれながら。


(雪印コーヒー……飲みたかったなぁ)

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仕事終わり。颯爽と薬局を閉め、帰り支度をする。

「よっしゃ!ラーメンだラーメン!」

「元気っすねー、昨日飲みだったっていうのに。」

「俺、酒強いからね」


二人とも着替え終わり、薬局を出てラーメン屋へ向かう。


「やっぱりアブラマシマシニンニクカラメかかな」

「自分はニンニク少なめですね、あんまりニンニク得意じゃないんで……?」


久しぶりのラーメンに顔がニヤける。ニヤニヤとしていると兎沢くんが肩を叩いてきた。


「なに?」

「臨時休業ですって」

「え」


シャッターは締まり、臨時休業の旨を伝えるポスターが貼られていた。


「残念でしたね、次行きましょ次。」

「ここのラーメンが食べたかったのに……」

「泣かないでください。次のラーメン屋も家系ですから。」

「ここのじゃなきゃやだー」

「駄々こねないの、ほら行きますよ。」


欲望とは恐ろしいものである。

[newpage]

「いやージャグジー気持ちいいですねー。泳いた疲れ、スパッと抜けましたよ」

「良かったね、じゃあ僕はアルカリ泉入ってくるね。」


そう言って僕はあえて2人だけにした。2人だけにしたらどんな話をするか見物だなと思ったからだ。


「…横井さん行っちゃいましたね」

「うん、行っちゃったね…」


一瞬にして広がる静寂。しばらくの静寂のあと、俺の方から声を掛けてみた。


「さっき遥斗さんって言ってくれたね」

「馴れ馴れしかったですか?」

「いや、逆。嬉しかったよ。」

「あんまり他人行儀なのもいけないなと思って。」

「気軽に遥斗さんって呼んでくれていいからね。」

「ありがとうございます。」


そしてまた訪れる沈黙。まぁ温泉なんてバカ騒ぎする場所じゃないからいいだろう、と思っていると。


「横井さんって家ではどんな感じなんですか」

「家で?多分職場でもそうだと思うんだけど、とにかく几帳面でね、俺がスーツとか脱ぎっぱなしにするとめっちゃキレるんだよね。あとは料理が上手いかな。」

「へー、料理上手いんだ…」

「今度食べにおいでよ。喜ぶよ。」

「是非行かせて頂きたいですね。」

「あと基本ツンデレだね。」


ジャグジーに入りながら二人を見ていたが、ちゃんと会話を交わせているようだ。ちょっと安心。


「ツンデレ……」

「ちょっと、庄司くん顔赤いよ。もう出た方がいいんじゃないの」

「ちょっと水風呂行きます…」

「あ、俺も行こー」


一通り温泉を楽しんだあと、夕食の時間まで部屋で戯れることにした。とは言っても、遥斗と庄司くんは疲れからか畳に寝っ転がって眠っているので、戯れるとは言っても僕一人だけで戯れることになってしまう。


今回の温泉旅行を計画したのも、普段働き詰めの遥斗の慰労が目的だった。僕は別に構わないんだけど、遥斗がね。働きすぎだから。

庄司くんともなんとか仲良くしてるみたいだし、良かった良かった。


そう思いながら、僕は外の景色に目を向けた。


「あ…花火だ。」


ちょうど花火大会の日だったらしく、綺麗な花火が空に上がっていた。


「ん、あぁ今日は花火大会だったんですね。綺麗ですね。」

「綺麗だね」

「…横井さん」

「ん?…んっ!?」


名前を呼ばれて振り向くと、いきなり唇を奪われた。


「こういう雰囲気ですから…」


顔が赤い。ふとテーブルを見ると日本酒のビンが何本も転がっていた。


「あー…」


あいもかわらず、僕に抱きついてくる庄司くんを何とか剥がし、布団を敷いて寝かせる。


「まさか…キスされるとは…」




(うわー、雰囲気に任せてキスしてしまった…若干酔っていたとはいえ…)


酒屋の息子として産まれたのに、お酒には弱かった。お酒は好きだが、酔っ払ってなにかやらかしたりは今まで無かったのに……


「(こうなったら酔っ払ってたことにしよう…いや、酔っ払ってるんだけど…覚えてないふりすればいい…)」


「ん……おはよ、晩御飯まだなの。あれ、庄司くんもう寝ちゃったんだ?」

「え、あ、そうそう!なんか酔っ払ったみたいでね!」

「庄司くんお酒弱いってさっき言ってたのに…」

「弱いけど飲みたい時もあるんだよ、きっと。」


横井さんのフォローがかなり痛い。胸にささる……


「庄司くんの晩御飯どうする?起こす?」

「え、あ、そうだね。せっかくだし起こそうか。庄司くんご飯だよ。」

「ん…おはようございます…」

「せっかく寝てたのにごめんね」

「あ、いえ、大丈夫です。わぁ、美味しそうですね。いただきましょう!」

[newpage]


海鮮を中心に肉料理や創作料理が机に並ぶ。新潟といえばお米ということで、新潟のお米を使った日本酒が出てきた。


「僕、日本酒ダメなんだよね。どうにもアルコール度数が高いお酒は受け付けなくて」

「じゃぁ俺と庄司くんで飲もう。はい。」

「え、あ、いただきます」

「強制しちゃだめだよ…」


そう言いながら目を逸らす。さっきのことを思い出すからだ。


「…あ、美味しいですね。お米の味がしっかりしてる」

「ね。美味しいね。」


二人が日本酒を楽しんでいる間、僕は海鮮を楽しんでいた。

まぐろに海老、いかなどとにかく刺身が美味しいのである。

僕が海鮮に舌鼓を打っていると、いきなり庄司くんが抱き着いてきた。


「横井さ~ん、好きでぇす。」

「ちょ…!何本飲ませたの!」


とっくりが5本開けられていた。遥斗もへべれけである。


「お~!いっちゃえいっちゃえ!」

「行かないで!!頼むから!!んっ…」


…そしてまたキスされた。

[newpage]


翌朝。

早く起きた僕は布団を畳み、二人が眠る頭元で正座をしていた。


「ん…頭痛いっ…お、おはよう」

「遥斗、正座」

「え、あ、はい」

「…おはよう…ございます…?」

「庄司くん、正座」

「え、あ、はい…」


「昨日何があったか覚えてる?」

「…記憶にございません」

「日本酒を5本も空けたんだよ。酔っぱらって大変だったんだからね」

「ごめんなさい…」

「庄司くん」

「は、はい!」

「昨日君は僕にキスをしまくったわけだけど、覚えてる?」

「え…覚えてません」

「まぁ酒に酔っていたわけだからね、しょうがないけれども」


「失礼いたします~。朝ごはんお持ちしま…した?」

「あ、すいません。気にせずお願いいたします。とりあえず、二人とも、遥斗は今日から禁酒ね。」

「「はい…」」


そんなこんなで帰宅する時間が近づいてきた。ホテルをチェックアウトして車に乗り込む。


「最初は僕が運転するから、次庄司くんね。その次遥斗。酔い止め飲んだ?」

「大丈夫です。」

「大丈夫ー。」

「じゃぁ出発しまーす。」


こうして2泊3日の楽しい旅は終わりを告げた。

[newpage]


第11話

今日は雨だった。そのせいか、処方せんを持ってくる人は少なく、薬局内は閑散としていた。


「暇っすね」

「暇だなぁ」


マダムもいない日(有休を取っている)、男二人は暇を持て余していた。

「処方せん持ってこられても困りますけど、暇なのも困りますね。」

「処方せんで飯食ってるようなもんだぞ・・・」

「あ、患者さん来た。こんにちは。」

「いやー、やっぱり雨降ってきたね。病院もガラッガラだったよ。」


その人はうちの薬局の常連さんだった。いつも礼儀正しい素敵な患者さんだ。


「今村さんすぶ濡れですね。滑りませんでした?」

「おー酒井くん。意外と滑らなかったよ。」

「ならよかった。お薬前回のものと一緒で大丈夫ですか?」

「おーいいよいいよ。お願いします。」


兎沢くんが処方せんをパソコンに打ち込み、俺が薬をピッキングする。そんな作業もものの10分で終わり、また暇な時間が訪れた。


「暇っすね」

「暇だなぁ」


こんな時、瞬介はどうしてるんだろう。

ーーーーーーーーー


その日は雨だった。バスの運転手にとって雨は天敵である。


「えー、今日の運行は十分に注意をお願いします。特に新宿駅から品川駅界隈を走るバスですが、非常に狭い道を通りますので、十分に注意をしてください」


朝礼が終わった後、庄司くんが僕のところにやってきた。


「横井さん今日どのルートの運行でしたっけ?」

「新宿駅から品川駅のルートと、東京タワーから品川駅ルートかな」

「新宿から品川のルート大変そうっすね。」

「あそこ一番神経使うんだよ。雨だとなおさらね。」

「俺今日大井町周辺を回ってますよ。グルグルと。」

「大井町周辺道路広いからいいよねぇ。じゃぁ、僕行くね。」

「気を付けて!」


自販機でコーヒーを買い、バスに乗り込む。最初は品川駅から東京タワールートだ。


ーーーーーーーーーーー


暇疲れしながら自宅に帰宅する。まだ瞬介は帰ってきてないようだ。

スーツをハンガーに掛け、下着姿のままソファーに座る。

結局処方せんはあの後一切来ず、何事もなく営業時間を終え、定時で帰宅した。


「疲れた…暇疲れ…」

「ただいま…」

「お、瞬介お帰り…疲れてるね」

「雨だからめっちゃ神経使った…。疲れた…」

「お疲れ。夕飯どうする?」

「作る気力ないから食べに行こう。雨も今は止んでるから車じゃなくて歩きで行こう」


というわけで、近所のサイゼリヤに来たわけである。


「あー、肉食べたい。リブロースステーキのセットにしようかな」

「僕は辛味チキンとカルボナーラにする。あ、あとマルゲリータ」

「食べますねぇ!」

「お昼ごはんおにぎりしか食べられなかったからね。時間なくて」

「あー、ならしゃーなしやな。とりあえず注文しようか」


一通り注文をし、料理の到着を待つ。


「今日さ、雨のせいで全然処方せん来なくてさ。ずっと後輩とトランプしてたんだよ。」

「薬剤師としてそれはどうなの?」

「だって暇だったんだもん。後輩トランプめっちゃ強くてさ。全然勝てないの。」

「へぇ。」

「そっちはどうだったの?忙しかった?」

「道の狭い道路を行ったり来たりしたからめっちゃ神経使った。あと、雨の影響で道も滑りやすかったしね。」


話をしていると最初に瞬介の辛味チキンとカルボナーラが運ばれてきた。


「先にいい?

「どうぞ。」

「いただきます」


しばらくすると俺の頼んだ料理も運ばれ、二人で黙々と食事を続ける。

先に食べ終わった瞬介が、デザートを頼んでいた。


「食べるねぇ。」

「食べなきゃやっていけないからね。」

「そんなにストレス溜まってるんだ…」

「バス停の近くに路駐するっておかしくない?何考えてるの?って言いたい」

「あれ、危ないよなぁ」

「バスを遠くに止める身にもなってほしいよ全く」


デザートをつつきながら瞬介の愚痴は続く。相当疲れてるようだ。

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「遥斗はどうだったの?」

「暇だったよ。」

「あ、さっき話してたね。ごめんごめん。ちょっとコーヒー取ってくるね。遥斗は?」

「カルピス!」


瞬介が持ってきたカルピスを飲みながら、ふと思って疑問を、瞬介にぶつけてみる。


「瞬介ってさ」

「うん?」

「庄司くんのこと好きなの?」


瞬介がコーヒーを吹き出した。


「な、何をいきなり…いきなり…!」

「いや、キスしてたじゃん」

「あれはお酒の力だから…好きっていうか可愛い後輩だよ。」


(明らかに庄司くん好意示してたけど)

「そっか…そうなのか……」


運ばれてきたマルゲリータを摘みながら、内心ホッとしている自分がいた。


俺は瞬介のことが好きだから。少なくとも高校時代からこの思いは持ち続けていた。

この話はまた別の機会で話すことにしよう。


「でも、庄司くんキス上手かったよね。」

「もうその話はしないで……」


その話が終わる頃、2人とも食べ終わったので会計をして外に出る。

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「あー、満足したー。」

「結構食べたもんね 」

「瞬介明日は仕事?」

「非番」

「あ、じゃあ俺と一緒だ。」

「じゃあお菓子とか買い込んでDVDでも見ようか。買い物も特にないし。」

「そうだね!」


中に併設されているスーパーで買い物をする。ついでに足りなかった食材やら消耗品やらもついでに買うことにした。


「酒なににする?」

「遥斗禁酒中でしょ」

「えー?アルコール度数低いのにするから!今日だけ!ね?」

「…しょうがないなぁ」

「やった!」


そう言いながら嬉々としてお酒コーナーへと向かう遥斗。その後ろを僕は付いていった。


「日本酒にしようかな…梅酒もいいな」

「日本酒はだめだよ。こないだみたいになるから。」

「もうならないって!」

「だーめ。ビールにしときなさいビールに」


話の内容がもう、お菓子をねだる子どもとその母親である。結局遥斗はビールの6缶パックをカゴに入れた。


「これで買うものは全部揃ったかな?」

「揃ったね、大丈夫。」


会計をし、袋に詰めていると、遥斗が誰かに声を掛けられた。


「あれ?酒井さん?」

「ん?あ、兎沢くんじゃん。」

「どなた?」

「職場の後輩だよ。どうしたの?」

「買い物っす。明日休みだから家に引きこもろうと思って」

「うちと一緒だ。俺も今日明日休みだから家に引きこもってようと思って」

「一緒っすね。酒買いました?禁酒宣言出されたって言ってましたけど」

「一時的に解除された!」


兎沢くんと少し話し込んだ後、俺たちは同じテナント内にあるレンタルDVD屋へ向かった。


「何見ようか」

「怖いのは嫌。」

「高校時代から怖がりだからねぇ」

「うるさいな…苦手なんだもんしょうがないでしょう」


結局公開されているときに見にいけなかった映画と相棒を借りることにした。相棒は俺の趣味である。

車に買ったものを積み込み、スーパーを後にする。俺たちの休みはこれからだ![newpage]

第12話


瞬介とは中学からの付き合いだった。俺がサッカー部でボールと戯れている間、瞬介は教室で本を読んでいた。その頃の瞬介は積極的に人とコミュニケーションを取る獣人ではなかった。


「いや~暑っついなしかし」

「遥斗今日めっちゃ走ってたもんなw」

「走りたい気分だったんだよ!」

「はいはいwじゃーなー」

「お疲れー。…おっ瞬介じゃん。いたの?」

「……いたよ」


瞬介は、基本的に人とコミュニケーションを取らない(2回目)が、何故か俺とはコミュニケーションを取ってくれるのだ。


「今日もサッカー部?」

「そうだよ。めっちゃ暑っつい。」

「毛量多いもんね酒井くん」

「そうなんだよなぁ?あ、制汗剤使っていい?」

「いいよ…ちょっと離れてね」

「おう」


制汗剤を使い、毛並みを少しトリミングしてから瞬介の元に戻る。まだ本を読んでいた。


「面白い?」

「面白いよ。」


じゃーなー、遥斗ー、と他の友人たちが帰っていく。おー、と返事をした。


「…帰らないの?」

「瞬介は?一緒に帰ろうよ。」

「…うん、そうだね、帰ろう。」


制服に着替え、下駄箱で上履きを履き替える。


「うわー、あっちーなー。早く帰って風呂入ろ」

「まだまだ暑いね」

「そうだ、アイス食べてこうぜ」

「いいよ」


通っている中学の近くに駄菓子屋がある。そこで俺はいつも友人と駄弁りながら、駄菓子を食べるのが日課となっていた。


「バニラにしよ。瞬介は?」

「僕はソーダでいいや。」


アイスをかじりながらしばしの沈黙を楽しむ。


「……今日さ」

「うん?」

「数学の時間に、消しゴム落としちゃって」

「うん」

「足で取れそうだったから足で取ろうとしたら足、釣っちゃってさ」

「ははははは!!」

「笑い事じゃないんだよ!ほんとに痛かったんだから」

「なんか大きな音したと思ったらあれ、瞬介だったのかよw」

「うん…」


基本的に瞬介は気付いた時には消えていることが多いので、こうやって二人で駄べることはなかなか珍しい。しかも、今のように今日起きたこととかを話すのはほんとに珍しいので、内心驚いていた。


「ってか今は足大丈夫なの?」

「まだ若干痛い。家帰ったら湿布貼る」

「それがいいよ、引きずるからね痛みはね」

「あれは本当に痛かった……叫んだ時のみんなの目も痛かった……」

「そりゃ、授業中に悲鳴上げられたらみんな怪訝な目で見るよ」


気づけば、アイスはもう無くなっていた。


「…もう1本行っとく?」

「…行っとく」


そういいながら、瞬介はニヤッと笑った。そんな表情を今まで見たことが無かったので、内心ドキッとしてしまった。


「何見てんの」

「いや、笑うんだなって」

「いや、獣人だから笑うでしょ。そりゃ、確かに僕は他の人とあんまりコミュニケーション取らないからそう思われるかもしれないけど、笑うんだよ。ちゃんと。」

「分かったよw」


瞬介もちゃんと笑うんだと分かったし、その笑顔が俺に向けられたことが嬉しかった。


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「瞬介じゃーなー」


駄菓子屋で話をしたあと、酒井くんと別れて帰路に付く。今日の夕ご飯はなんだろうか。


基本的に僕はコミュ障なので、あまり友人がいない。自分も基本的に積極的にアプローチしないので構わないのだけれども。


……でも酒井くんは別だった。本を読んでる僕に積極的に話しかけてくれたり、何度も気にかけてくれた。…だからかもしれない。酒井くんには気を許しているのは。


酒井くんと二人で話している時は緊張しないでいられるのである。


そんな事を考えているうちに、家に着いてしまった。


(早いな……)


「ただいま…」

「おかえり。夕ご飯もうすぐ出来るよ」

「分かった。」


部屋に付き、制服から普段着に着替えベッドに倒れ込む。


(あー…なんでこんなに酒井くんの事考えてるんだろ。)

(…好き…なのかな…?)

(違う違う!男同士だぞ!)

(あー、もう分かんないや)


ささっと夕ご飯を食べることにした。考えすぎても何も浮かばないからだ。


翌朝。

学校に着くと酒井くんが僕の席に座っていた。

「……僕の席なんだけど」

「知ってるよ」


そう言って酒井くんは自分の膝をポンポンと叩き言った。


「俺椅子になるから」

「はぁ?」


怪訝な顔を浮かべていると、いきなり手を掴まれ、無理やり膝の上に乗せられた。


「うわっ」

「うわー、可愛いーw」


酒井くんの取り巻きたちに笑われる。僕は赤面した。


「やっ…やめてって」

「横井って意外と可愛いよなぁ」

「な、綺麗な顔してるよな」


急に褒められてまた赤面する。やっとのことで解放され、僕は無言で数学の教科書で酒井くんを叩いた


「痛いw痛いってばw」

「…どいて」

「分かったよw」


やっと自分の席に座れる。しかしあそこまで褒められる(?)とは思わなかったので、とにかく赤面してばっかりだった。


長い授業を終えてお昼。お弁当を持って屋上に行こうとすると、酒井くんも着いてきた。

「…何」

「一緒にご飯食べようと思って」

「…まぁいいけど」


暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい気候だった。もう冬も近い。


「瞬介ー、こっちこっち」


酒井くんが席を取ってくれていた。この学校は学生のために昼休み限定で屋上が開放されている。


「いただきます」

「いただきま…うっわすっげ豪華!自分で作ってんの?」

「いや、作ってもらってるけど…」

「いいなー。うちなんか金渡されて好きなもん買えだもん。」

「買い弁憧れるけどなぁ」

「そんなにいいものじゃないよ」


そう言いながら僕は卵焼きを口にする。

ふと酒井くんを見ると、物欲しそうな目で僕を見つめていた。


「…卵焼き食べる?」

「いいの!?」

「食べたそうな目で見てるじゃん……」

「いただきまーす…うん、美味い!」

「母さんの作る卵焼きは美味しいんだよ」

「確かになぁ。料理上手だ。」


お弁当を食べ終わり、二人で芝生に横たわる。


「また、食べさせてな」

「あれくらいならいいよ、全然。」


暖かな日差しが降り注ぐ中、僕達は授業を一コマ休んでしまった。眠ってしまったらしい。


「もう今日は全部ブッチするか」

「だめだよ」


授業に戻る。でもたまにはいいかなとも思ってる自分が居る。

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季節は秋。少し肌寒くなってきた時期にやることといえば、そう文化祭である。


「えー、うちのクラスの出し物ですが、うちのクラスはメイド&執事喫茶になりました。」


教室はブーイングの嵐で騒然となった。


「しょうがないだろ、文化祭実行委員会でやりますって言っちゃったんだから」

「言うなよ!」


鋭いツッコミが入る。僕は我関せずを貫き通すことにする。


「瞬介あんまり興味なさそうじゃない?」

「かなり興味ないよ。まぁ僕は裏方かな。」

「あ、男子も何人かメイド服着てもらうからね」


ブーイングの嵐。この時点で若干嫌な予感がしていた。


「とりあえずメイド&執事喫茶ね。調理許可は貰ってるから。犬井料理上手だったよね?メニュー開発よろしく。」

「勝手に決めんなし!」


「さて、メイド喫茶&執事喫茶といえば、メイドと執事!!今回は文化祭実行委員であるこの俺が独断と偏見で決めました!!」


再度ブーイングの嵐。実行委員は気にすることなく配役表を配る。


「基本男子は執事、女子はメイドにしてあるよ。メイド服着たい男子いたら言ってね。あと何人か男子はメイド服の方に入ってるからね。」


配役表に目を落とす。そこには衝撃的な文字が書いてあった。メイド役の欄に僕の名が書いてあるのだ。


「あの、僕、メイド役なんだけど」

「横井っちは、可愛いから。執事よりメイドかなって。」

「かなり嫌なんだけど」

「まぁそう言わずに。採寸して服の発注するから隣の教室行ってー」


僕が不服そうな顔をしていると、酒井くんが話しかけてきた。


「強引だよなー」


苦笑いをしながら僕の机に座る。


「僕男なのに……」

「しょうがないよね。受け入れるしかないよ」


そう言って酒井くんが僕の制服を引っ張りながら隣りの教室へと連れていく。


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「横井っち細いねー。華奢だわ。」


実行委員が話しかけてくる。僕は彼を睨んだ。


「怖い怖いwメイド姿すごく似合うと思うよ!」


そう言いながら、実行委員は去っていった。なんだったんだ……


「衣装は1か月後に出来るから、それまでは店の飾り付けだったり、メニュー開発などをしていきますー。よろしく。」


「瞬介そんな険しい顔すんなって。俺もメイド似合うと思うよ。」

「思われても困るんだけど…」


それから2週間、文化祭の準備は着々とすすんでいった。


「焼そばと…お好み焼き?作れる?そんなに。」

「メイド服着るとかまじウケるw」

「超ウケるんですけどw」


「みんな気合入ってるね」

「年に一度のお祭りだからなぁ」

「酒井くんはいいの?手伝わなくて」

「あぁ。看板チームは1週間前からだから」

「そうなんだ。」


みんなが着々と準備している中、僕と酒井くんは教室の後ろにある棚に座ってみんなを眺めていた。

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「メイド服、着心地どう?」

「すっごいスースーする。ほんとに着たくない。」

「下ノーパン?」

「いや、スパッツ履いてる。当日はお母さんとお姉ちゃんも来るって言うし、最悪だよ。」

「へー、来てくれるんだ」

「メイド服着るなら!って言われた」

「メイド服目当てかw」


そんな他愛のない話をしていると、酒井くんが呼ばれた。


「遥斗ー味見してくれー」

「おー。じゃあ行くな。」

「うん、行ってらっしゃい」


変わらず僕は棚に座りながら周りを見渡す。メイド服をもう着ている人もいれば、メニューを大きい画用紙に書いてる人もいる。

人間観察が趣味な僕には、これが一番楽しかったりするのだ。


「横井くんちょっといい?」

「え、なに?」


突然クラス委員長に呼ばれる。着いていくとそこにはメイド服がたくさん掛けられていた。


「……なにこれ」

「うちのお姉ちゃん服飾の学校行ってるんだけど、メイド喫茶やるって言ったらたくさんメイド服貸してくれたのよ」

「……うん」

「横井くんにお似合いのメイド服今から選ぶから」


そこから2時間、僕はメイド服を着続けた。何枚も写真を撮られ、終わる頃には僕の精神は疲弊していた。


「あれなんか疲れてるね」

「うん…すごく疲れた…」


味見から帰ってきた酒井くんに話しかけられる。一部始終を話すと、酒井くんは爆笑しながら僕の背中を叩いてきた。


「笑い事じゃないんだよっ」

「分かってるよ分かって、んふっ」

「笑わないでよ…」

「当日が楽しみだなぁ。」

「楽しみじゃないよ…」


僕の憂鬱をよそに、文化祭はもうすぐやってくる。

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文化祭当日。快晴で過ごしやすい気候となった。


「はい。文化祭当日です。タイムテーブルというか担当する時間帯は今から配った紙に書いてあるから。」

「瞬介似合うなぁ。」

「止めて…見ないで…」


フリフリが付いたスタンダードなメイド服にフリフリの付いた白のソックスとやっぱりフリフリの付いた黒い靴を履いた瞬介が恥ずかしそうにスカートの前を抑えていた。


「可愛いよ横井くん」

「ちょ、写真はやめてよ。ダメだって。」

「いいじゃない減るものじゃないし」

「あ、おれも撮っておこうかなー 」

「やめてって…」


そこからは瞬介の写真撮影会となり、みんなしてカメラを瞬介に向けていた。

恥ずかしそうにスカートを抑える姿がみんなの写真撮影欲を掻き立てていたと思う。


「写真撮影はそこまでー。料理は焼きそばとお好み焼きね。お客さんが写真撮りたいって言ってきたら対応してください。じゃあ体育館へー」

「待って、僕この恰好で行くの?」

「そうだよ」


瞬介は倒れそうな顔をしていた。そしてその場にうずくまる瞬介。


「ほら行くよ」


クラス委員長と俺に抱き起こされながら、瞬介が叫ぶ

「嫌だー!!!!!!!!!!」


体育館。これから始まる文化祭の注意事項などの説明がされる。その間も瞬介は恥ずかしがっていた。


「似合うなぁ」

「似合わないよっ!!」


「ほら、そこ静かにしろー」


場所は変わり教室。メイド服を着た生徒と執事服を着た生徒が、うちの出し物に来た人を持て成す。


「い、いらっしゃいませ…お嬢…様」

「可愛いわねー。あなた男の子?似合うわよ!」

「あ…ありがとうございます…」


「瞬介のメイド服姿意外と人気だよな」

「横井くん可愛いからね。酒井の執事服だって似合ってんじゃん。」

「まぁな。イケメンだからな」


くるくる回ると委員長の口からため息が出た


「なんだよー」

「自分でイケメンとか言わなければほんとうにイケメンなのになぁ…」

「だって誰もイケメンって言ってくれないをんだもん」


話をしていると、厨房から指令が出る。


「おーい3番テーブルお好み焼き3つ出るから運んでくれー」


その指令通りに3番テーブルにお好み焼きを持っていくと。


「あれ遥斗くん?」

「あれ、瞬介のお母さん。こんにちわ」

「メイド喫茶って書いてあって何かと思ったら、瞬介たちのクラスだったのね~」

「お姉さんもこんにちわ」

「こんにちわ。元気してる?」

「元気ですよ!」

「瞬介は?」

「あそこで接客してます。呼んできますね」


瞬介のところに行くと、イタズラされていた。スカートを捲られようとしていたのだ!


「ちょ、やめてください…」

「いいじゃない。減るものじゃないし」

「減りますって……!」


サッカー部の女子マネージャーだった。

俺はテーブルの上にあったメニューで女子マネージャーの頭を叩く


「いった…あら、遥斗」

「お客様当店セクハラパワハラ等禁止ですので。」

「写真撮るのは?」

「許可します。」


その後瞬介の周りで写真撮影会が行われた。可哀想なやつである。


[newpage]


「はい当店お触り厳禁となりますー。瞬介3番テーブル行って」

「え、あ、うん。ありがとう…」


スカートの上から触られていた瞬介を、なんとか解放させ、お母さん達の元へと向かわせる。多分驚くだろうな。


「母さん!?それに姉ちゃんも!」

……やっぱり。


「あんたメイド服似合うわね」

「顔が可愛いからね、似合うわよ」


瞬介を触りまくっていたテーブルにお好み焼きを持っていくと、視線を感じた。振り返ると瞬介がこちらを睨んでいた。


「あたしお好み焼きとアイスコーヒー」

「じゃあお母さんは焼きそばとアイスティーにしようかしら」

「…かしこまりました」

「あら?メイドさんは言うこと違うんじゃないかしら?」

「…………わかりましたにゃん、御主人様♪」


ものすごく顔を引き攣らせながら、文言を言う。爆笑したいのをこらえながら接客をした。


「焼きそばとお好み焼き一つずつ、アイスコーヒーとアイスティー一つずつ入ります」

「あいよ!」

「瞬介さっきは大変だったな」

「爆笑したいの堪えてたでしょ。」

「そ、そんな事ないよ……」


お昼の時間になり、俺と瞬介は一旦休憩となった。お好み焼きと焼きそばを食べながら、それぞれのお母さんの話をする。


「やっぱり瞬介のお母さん綺麗だよなー」

「そう?酒井くんのお母さんも綺麗だと思うけど」

「あー、それよく言われる。」

「綺麗だよほんとに。」


お好み焼きと焼きそばを食べ終わり、タイムテーブルを見ると2時間フリーの時間があった。


「どっか回るか」

「この格好で?」

「当たり前でしょ。宣伝も兼ねてるんだから」

「……」

まずは、ストラックアウトをしているサッカー部友人の教室へ行く。


「お、遥斗!…と?」

「瞬介だよ」

「あ、横井くんか。分からんかったわ。」

「な。メイクしてるから余計にな」

「メイク落としたい……」

「似合ってるよ」

「……そうかな?」


瞬介が女装沼に落ちた瞬間である。


「落ちてないよ!!」

「あ、聴こえてたか」

「とりあえずストラックアウトやってきなよ。楽しいよ。」


三回やって三回負けたので潔く撤退することにした。


「次は…3組だな」

「3組ってなにやるんだっけ」

「たこ焼き」

「なに、うちと同じじゃん。偵察行くよ」

「お、おう」

(なんか最近活発になってきたな。女装姿も満更でも無さそうだし)

.「酒井くん何してるの3組行くよ」

「おう」


たこ焼きを食べ終わり(美味しかった)、特に見たいものも無かったので教室に戻ることにした。

ちょうどお客さんも引いて落ち着いたところだった。


「お。遥斗に横井くん。お好み焼き食べる?」

「おう!食べる食べる!瞬介は?」

.「じゃあ一枚だけ食べようかな」


時刻は12時。これからである。人が来るのは。

[newpage]

朝から憂鬱だった。何故か?

僕はこれからメイド服を着させられるのだ。


「…ねぇほんとに着なきゃだめ?」

「男に二言はないのよ」

「…」


さっきから、色んな種類のメイド服を着させられ、最終的にとにかくたくさんフリルの付いたものを着ることになった。


「……フリフリ多いね」

「いいじゃんいいじゃん」


そう言いながら写真を撮る委員長。


「ちょ、写真は止めてよ」

「写真部から依頼来てるのよ。文化祭後に写真売るから文化祭の風景撮ってって」

「なら尚更止めてよ!」

「可愛いよ横井くん」

「そんなこと言われても……」


写真撮影会は30分ほど続き、先生の掛け声で収束した。


「結構写真撮られてたね」

「言わないで……」


最初の2時間は僕と酒井くんと女子二人で接客をすることになっている。

そして校長先生の話も終わり、教室へ戻って来てすぐに写真撮影会である。


「恥ずかしいよぉ…」

「もっと恥じらって!」

「うぅ…」


「はーい写真撮影会はそこまでー!軽く説明するよ」


説明を受け、最初の2時間を担当する僕と酒井くんで、最後の確認をする。


「これ読むんだよ」

「……え?」


[メイド役の生徒はおかえりなさいませ、御主人様♥、で出迎え、注文を受けたらかしこまりましたにゃん御主人様♥と言うこと]


「瞬介が倒れた!」

「な……なんてこった……」

「酒井くん……僕やりたくない…」

「もう、決まったことだから……」

「覆したい……」


そんなこんなで文化祭が始まった。


「やっぱり最初の時間は人来ないな」

「あ…来た」


最初の客は他校のカップルだった。


「おかえりなさいませ、ご主人様にお嬢様。こちら本日のメニューとなります」

(なんで成りきれてるの……?)

「メイドからも御主人様とお嬢様にご挨拶を」

「えっ!?」


酒井くんが僕のことを小突く。


「お…おかえりなさいませご主人様、お嬢様♥」

「え、チョー可愛いんですけど!写真撮っていいですか?」

「ご自由にお撮りください」

「じゃあ執事さんも一緒に!」


そこからは酒井くんを交えての写真撮影会となった、僕の精神のゲージはもうマイナスである。


「あー!満喫したー!あ、焼きそばとお好み焼き2人前くださーい!あとあたしアイスティー!」

「あ、僕は焼そばとアイスコーヒーで」


カップルの男子がやっと喋った。止めてよ。


「かしこまりました御主人様、お嬢様」

「……かしこまりましたにゃん♥ご主人様、お嬢様♥」


そこからはずっとお客さんが来てあっという間に2時間が経った。


「とりあえず俺らの番終わったからどっか行こうか。軽音部が演奏やるから見に行こう」

「うん 」

[newpage]


色々と出店を回り、舞台は変わって体育館。うちは中高一貫校なので、主に高等部の人が中心にバンドを組んでいる。そして今から見るバンドは、僕も酒井くんも知っている人がベースを弾いているのだ。


僕達が体育館に入った時にはもう演奏が始まっていた。

先輩たちがやってるのはヘヴィメタルで、僕は少し苦手だった。


「激しいのばかりやってきました。でも、会場の皆さんすごい。みんな頭振ってくれて、やる方もすごい楽しいです。ありがとうございます。今までやってきた5曲中4曲はベースの峻祐が作ったんですけど、峻祐どう?手首痛くない?」


「…めっちゃ痛い。後悔してる。」


「痛いそうです。で、次の曲。激しいのしかやってこなかったので、ここで、ちょっとカバーをやろうかなと。峻祐のリクエストなんですが、オヤスミナサイって曲です。

ここで上手の高橋くんは一回休憩してもらって、下手の前田が上手に行きます。OK?じゃぁ聞いてください。オヤスミナサイ。」

[newpage]

「うわー、いい曲……」

瞬介が目の前の舞台に釘付けになっていた。

ベースを弾く先輩は様になっていて、かっこよかった。


「いい曲だねぇ」

「カバー曲らしいよ」

「へぇー!こんないい曲作るバンドもいるんだねぇ」

「最初の4曲はオリジナルらしいけど、瞬介どうだった?」

「うーん…ヘヴィメタルあんまし得意じゃないからなぁ」

「あ、終わった。峻祐先輩!」

「おー、遥斗……に?」

「この子も瞬介って言うんですよ。」

「よ、横井瞬介です。」

「松村峻祐ですよろしく。」


お互い軽く自己紹介をして、話を続ける。


「先輩演奏最高でしたよ!特に2曲目!」

「ありがとな。この後どっか回るか?2年がおしるこの店やるらしいんだよ。そこでゆっくり話そうぜ」

「いいっすね!瞬介も行こ!」

「うん、行く。」


三人で並んで廊下を歩く。瞬介と同じように仮装した男子が歩いていた。


「あの子より横井くんの方が可愛いな」

「え、やめてくださいよ。また茶化されちゃう。」

「元が可愛いからなんだろうなぁこんなにメイド服が似合うのって」

そう言って先輩が瞬介のメイド服をめくる。


「な、なにを!?」

「いや履いてるのかなって」

「履いてますよ!!」

顔を真っ赤にし、しっぽを膨らませながら抗議をする瞬介。峻祐先輩は笑っていた。

そしておしるこの模擬店に到着する。中のテーブルに案内され、俺たちはおしるこを3つ注文した。


「いやーでも峻祐先輩めっちゃかっこよかったっすよ。特に2曲目!ベースソロがかっこよかった…」

「ありがとうな。そう言ってもらえると嬉しいよ。」

「演奏してる姿がかっこよかったです。」

「なんだよ二人して褒めて!ここは奢るからな!」

「ありがとうございます!」


奢ってもらうつもりはさらさらなかったのだが、奢ってくれるというならそれに従おうと思った。(のちに瞬介には「ゲスい」と言われたが)


「それにしても俺と同じ名前の子がいるとはね」

「僕もびっくりしました。」

「漢字は違うけどね。同じ名前同士仲よくしよう。LINEやってる?」

「やってますよ」


俺の目の前でLINEを交換する先輩と瞬介。


「先輩、俺とは初対面でLINE交換してくれなかったじゃないですか」


少し頬を膨らませる。


「だって遥斗は軽音入る気なかったでしょ?それにいきなり抱き着いてきたから、何者だこの子って思って」

「イケメンには抱き着くに限る!」


「おしるこ3つお待たせしましたー」

「じゃぁ、冷めないうちに食べようか」

「「「いただきます」」」


[newpage]

「あ、美味しい。甘すぎなくて豆の食感がしっかりしてる」

「食レポ上手いな。ふーむ……確かに甘すぎないな、丁度いい塩梅に仕上がってるな」

「美味しいですね」


甘すぎるものがとにかく苦手なので、この甘さ控えめは助かる。


「そういえば遥斗って軽音部だよね?何してたの?」

「俺のバンドでギター弾いてるよ」

「え、先輩のバンドでですか?」

「そうそう。うちのバンドは意外と真面目でね、オリジナルで作った曲を披露したりCD作ったりしてるんだ……あ、これあげる。うちの二枚目のアルバム。」


そう言ってCDを手渡してくる先輩。クレジットの欄には遥斗の名前もあった。


「あれ、遥斗も作曲してるんですね。」

「作曲ってかっこいいなって思って。峻祐先輩に憧れてかな。」

「ねぇ、みたらしバニラアイス食べない?」

「話聞いてくださいよ!」


峻祐先輩はこの後バンドメンバーと出店を襲うというので、別れることにした。


「さて、どこ行く?演劇部か、それとも食べ歩きか」

「少しお腹空いて来たから出店回ろうか」


いつもより少し積極的である。瞬介の言う通り、出店を回ることにした。


「へぇージャンボフランクフルトだって。わぁ……大きい……」

「カルビ串かぁ。美味しそう。」

「瞬介ってなんでそんなに食べられんの?俺ジャンボフランクフルトの時点でお腹いっぱいなんだけど」

「えー、なんでだろ?持って生まれた体質じゃない?」

「そんだけ食べても太んないしなぁ」

「捲らないでよ!」


出店を満喫して教室へ向かう。


「あ、おかえり。楽しめた?」

「満喫してきたよ。な、瞬介?」

「うん、楽しかった」

「横井くんが楽しめたなら良かった。」

「俺は?」

「うん……とりあえず入って」

「理不尽!」


執事服に着替えていると、瞬介が固まっていた。

「どうした?勃ったか?」


無言でゲンコツを食らわさられた。


「お母さんまだいる…」

「なんか指名したいらしいよ」

「行ってこい!」


「お、お待たせ致しました、おじょうさ」

「あ~~~~~~~可愛い~~~!我が子ながら可愛い~~~~~!」


いきなり抱き締められる瞬介。


「私はあんたは小さい頃から女の子の服装が似合うと思ってたの!可愛いわ~~~」


周りが引いていたが気にしない瞬介のお母さん。


「えっと、遥斗くん」

「あ、はい」

「うちの瞬介をよろしくね」

「は、はい!」


瞬介のお母さんはひとしきり抱き締め、大量に写真を撮ってお姉さんと一緒に帰っていった。


「…お疲れ様」

「うん…あれが母です…」


教室は、静まり返っていた。

[newpage]

メイド喫茶も大好評に終わり、過去最大の売り上げをたたき出した。そして文化祭は何事も無く終了し、あっという間に後夜祭が始まった。


後夜祭は生徒たちが校庭に集まり、焚き火をしたり花火をしたりする自由参加のお祭りである。


「瞬介、後夜祭参加する?」

「うーん、参加しようかな。遥斗は?」

「参加するよ?サッカー部仲間は帰るらしいけど、瞬介がいるなら参加するわ」


今から気づいたが、さっきからナチュラルに俺の呼び名が酒井くんから、遥斗になっている。こういう変化は嬉しい。


「…じゃぁ参加しようかな」


そしてあっという間に後夜祭である。日が沈んであたりは暗闇と出店の明るさで綺麗なコントラストを示している。


「焼きそば美味しいね」

「たこ焼きも美味しいよ」


と二人で買った出店の商品を食べながら、階段に座って後夜祭が始まるのを待っていた。


大きな花火が夜空に咲き、大きな声が挙がる。


「おぉー!」

「綺麗だね」

「花火挙がるなんて聞いてないぞ!」

「わざわざ言わないでしょ。サプライズだよサプライズ。」


しばらく花火を見ていると、瞬介が手を握ってきた。


「…風情があるね。」

「そうだね。」

もう後夜祭が終わる旨のアナウンスがされている。どこが寂しげな気分に浸りながら、瞬介の手を握っていた。


「…え、なんで僕の手握ってんの!?」

「お前が先に握ってきたんだよ!」

「…まぁ今日はいいかな。ちょっと人寂しいし」

「まぁメイド服姿だしな」

「うるさいな…」


文化祭が終わる、そして秋が来る。[newpage]


風邪を引いた。


「昨日から本調子じゃないのに無理するから」


今の症状は、熱と頭痛と喉の痛みと激しい咳である。確かに昨日から症状が出始めていたのに働いたのは間違いだった。


「風邪薬買ってくる?それとも医者行く?車出すけど。」

「お医者さん行く…」

「よっし車出すか」


支度をさせて、鍵を掛け、エントランスに向かう。


「車出してくるね」


そうして俺はぐったりしてる瞬介をお姫様抱っこして車に乗せ、かかりつけの耳鼻科へ向かった。


>横井さーん、横井さん1番診察室どうぞ


「いってくるね」

「おう」


「どうしました?」


僕より1歳か2歳上の若い先生だった。今困ってる症状を全て伝え、診察をしてもらう。


「あー喉真っ赤ですね。すごい真っ赤。消毒しましょう。ヨードチンキください」


そういうと先生は真っ赤なのどにヨードチンキを当て塗り始めた。

そう、激痛が走るくらいに。いつも椅子のひじ掛けを掴んだり、先生の白衣を握ったりしてしまう。


「痛いでしょうねぇ。それだけのどが菌に侵されてるってことですよ。

抗生物質と強めの咳止めと痰を切る薬と鎮痛剤、それから吸入薬を出しておきますのでしっかり吸入してください。」

「わかりました…」


この先生はドSなんじゃないかと考えながら、吸入をする。家に帰ったらお粥を食べて静かに寝ておこう…。


「薬貰った?」

「これから処方箋出るって」

「帰りに買い物してくか。お粥作る用のおかずとか水分必要だろ」

「うん…ありがとう」


処方せんを貰いお金を支払い、車に乗り込む。


「ここら辺の薬局だと…、俺の薬局の方が近いな。」

「任せるよ…」


眠ってしまった僕は、いつの間にか、薬局にいた。


「あれ?」

「起きないからお姫様抱っこして入ったんだよ。みんなびっくりしてたよ」


そりゃそうだよ……


「横井さん、横井瞬介さん」

「あ、はい」

「薬剤師の兎沢です。よろしくお願いします。」

「よろしくげほっげほっお願いします…」

「これが抗生物質です。3日飲んだら効果が7日間続きます。これは痰を切るお薬、これは強めの咳止め、咳止め効果は強力なので家に帰ったらすぐに飲んでください」

「はい」

「ではお会計が……」

「ありがとうございます。」


これが遥斗の後輩くんかぁ。そんなことをボーッとした頭の中で考えていた。


「兎沢くんも一人前に服薬指導出来るようになったねぇ!」


遥斗がにやにやしながら兎沢くんの頭を叩く


「俺だって常に成長してるんすよっ。あ、勉強会のお弁当2個余ってるんですけど要ります?」

「貰えるなら貰おうかな?みんなは食べたの?」


頷く調剤室の面々。きっとこの薬局は働いてて楽しいんだろうなぁ。


「お待たせ。お弁当貰ったけど、食べられないよね」

「分かんない。食べてみてかな」

「ま、いいや。じゃあスーパー行こっか」


車の中では横になって寒さに耐えていた。すると遥斗が暖房を掛けてくれた。


「寒いだろ、気付かなくてごめんな」

「ううん。ありがとう。」


スーパーに着く。駐車場に車を止め、遥斗が聞く。


「一緒に行く?」

「…いや寝てる。起き上がるの辛い。」

「重症だなぁ。後ろに毛布積んであるからそれ巻いて寝てな」

「ありがとう…」


それにしても本当に寒い。毛布の暖かさに僕の意識はまた沈んでいった。


ガタンと音がし、目が覚めると、遥斗が大量の荷物を持ってやってきた。


「あ、起こしたか。向こう1週間の食料とおかゆの材料と水分買ってきた。」

「ありがとう」

「体調はどう?」

「まだ熱ある。寒い」

「じゃぁ早く帰って布団に入ろう」


車が出発する。その振動にまたしても僕の意識は沈んでいった。


気づくと僕の部屋の僕のベッドの中にいた。


「また、お姫様抱っこしたの?」

「そうしないと運べないもん。誰にも見られなかったよ。」

「そういう問題じゃない…」


これからおかゆ作るから待っててな、と、さり気なく頭を撫でる。大人しく布団に入る。


風邪を引いてるときの眠気はいつまでも途切れない。何時間だって寝られる。


「瞬介、お粥出来たよ。勉強会の弁当は冷蔵庫に入れてあるから、食欲出たら食べな」

「ありがとう」


普通の卵がゆである。塩を掛けて食べようとしていると、遥斗が隣でニコニコしている。


「風邪、うつるよ?」

「いいよ。食べるところ見てたい」

「食べるところ見てたいって…まぁいいや…


遥斗の作ったお粥はほどよい温かさで、食べやすかった。


「遥斗料理上手いよね」

「小さい頃からやってたからね。瞬介だって料理上手いじゃん。」

「まぁ、高校大学と料理研究会だったからね。ごちそうさま。美味しかった。」

「じゃあ薬だな。はい。」


薬の入った袋を手渡される。中に入ってる抗生物質と咳止め、鎮痛剤。その他諸々を飲み干す。薬を飲んだ後は少し起きてた方がいいと聞いたので、起きていることにする。吸入もしなきゃいけないし。


「あれ、起きるの」

「薬飲んだ後だからね。」


30分後、眠気が襲ってきた。


「ごめん、寝るね」

「おう、おやすみ」


布団に入るとすぐに意識を失った。

早く治したい。


[newpage]


瞬介が風邪を引いた。


高熱を出してぐったりしている瞬介を病院に連れていき、薬を貰って、食料を購入したりして今に至る。


瞬介はお粥を食べたあと、薬を飲んで眠ってしまった。俺はそんな瞬介の寝顔を見ていた。


「……相変わらず可愛い顔」


本人はよく童顔と呼ばれるらしい。確かに童顔である。(本人は否定しているが)


顎の部分を撫でる。


「んっ…」


瞬介の弱い場所である。たまに暇な時にこしょこしょして遊んでいるのだ。


「おっと、あんまり遊んじゃいけないな。おやすみ」


そう言って頭を撫で、部屋を出る。


ここで一つ、問題が生じる。


…発情が止まらないっ…


今までそういうことはしてこなかったから、余計である。

俺は瞬介が好きだ。だからそういうこともしたいけど、それは…


(弱ってる今ならワンチャンある……?いや、それは人間として、獣人としてどうなんだ…)


様々な葛藤の結果。


自室で処理をすることにした。


その後30分。


部屋から出てテレビを見ながら卵がゆを食べる。二杯目に突入する頃瞬介が起きてきた。


「鎮痛剤ちょうだい…さっき飲まなかったから頭痛がひどい……」

「あいよ。あー、これ強めな鎮痛剤だな。多分すぐ頭痛引くと思うよ。」

「ありがとう…お休み」

「おやすみ」


瞬介をネタにしたのは内緒である。


明日まで熱が下がらないようならもう一日有給取ろう。どうせ今月は人数多く使えるように組まれてるんだ。


そう思いながら3杯目のおかゆに手を付ける。大量に作ってしまったのだ。


夜。テレビを見ていると瞬介が起きてきた。


「お風呂入るー…」

「熱は?」

「38,5度」

「まだ厳しいんじゃない?」

「体ベタベタなんだもん」

「ふむ…じゃあ俺も一緒に入るわ」

「え、なんで」

「倒れた時に誰もいなかったら大変だからな」


そう説得して、一緒に風呂に入る。


「あー、やっぱりぼーっとするけど、気持ちいいね」

「背中洗ってやろうか」

「あ、お願い」

そう言って瞬介が俺にタオルを渡してきた。

改めて見るとフサフサで綺麗な毛並みをしている。

「遥斗?」

気付いたら瞬介を抱きしめていた。

「遥斗!?何、何いきなり!?」

「(こんなに好きなのに伝わらないって辛いよなぁ)いや、スキンシップだよ」

「早く洗おうよ、寝たい。」

「分かったよ」


風呂から上がり、下着を変えて、瞬介は自室に戻っていった。


俺はビールを飲みながら思った。


「もうちょっとだったな…」


瞬介の体温を思い出しながら、ビールを煽る。夜はまだ長い。

[newpage]

自室に戻り、ベッドに寝転がっていると部屋のドアがノックされた。


「はーい?」


瞬介がドアを開ける。


「お粥どこ?」

「コンロの上だよ。一緒に食べるか。」

「ありがとう」

「頭痛どう?」

「あの薬のおかげでだいぶ引いたよ」


お粥を茶碗に盛り、リビングに座る。


「「いただきます」」


「あ、美味しい。」

「鶏ガラだし使ったからな」

「胃腸に優しいね」

「薬飲んだの?」

「これから。腰が痛いから少しソファ座ってようかな」

「あぁ、そうするといいよ」


後片付けをしていると、瞬介がソファを叩く。後片付けを全て済ませてソファに座る。

するといきなり瞬介が俺の首に腕を掛けてきた。


「な!?」

「病気の時は寂しくなるもんなんだよ」


虚ろな目でそう呟く瞬介。


汗の匂いと石けんの匂いが混ざった独特の薫り。俺の欲情を掻き回すには充分だった。


気づけば俺は瞬介を押し倒していた。


「んー…?まだ眠くないよ……?」


虚ろに言葉を発する瞬介の服を脱がせ、上半身を舐めまわす。

瞬介の意識が少し回復してきたらしい。驚いていた。


「遥斗!?何してるの!?」

「ごめん瞬介止められないわ」


瞬介にキスをし、身体中をまさぐる。


「んやっ……んっ」


「普段してくれないからこれくらいは、ね」

「遥斗……!」


そう言いながら下半身に手を当てる。


「……濡れてる。準備出来てるね」

ズボンを脱がし、自らを宛てがう

「行くよ」


そこからは記憶がなかった。気付くと俺は裸でソファーに倒れていた。

血痕が飛び散っている。頭を触ってみると血の塊が出来ていた。


「うぅ…俺は一体」

「遥斗」

「あ、瞬介。だいぶ良くなっ…?」


鬼の形相で瞬介が立っていた。俺は自然と正座をした。


「昨日なにしたか覚えてる?」

「えっと、殴られるようなことですかね…」

「正解だねぇ。僕にえっちなことしたんだよ」

「…す、すいません」


俺を冷たい目で見下す瞬介。俺は何も言えなかった。


「とりあえず被害は無かったからいいけれども。次やったら追い出すからね」

「はい…」

「…まぁ確かに僕もいけなかったかもしれないけど……」

「熱あったからね…」

「だからって病人襲う?」

「すいません……」


少しは(いつもより)怒りが引いているようだ。


「ところで体調はいかがですか」

「38.5℃。下がらないからお粥食べてお風呂入って薬飲んで寝る。」

「じゃあ今日は有給にするわ。」

「いいの?」

「最近は人件費多く使えるらしいからね」

「ってか頭大丈夫?」

「えっ?」

「いや、灰皿で思い切り殴ったから……」


そうか、なんか頭がジンジンすると思ったら灰皿のせいか。


「大丈夫だよ。気持ち悪くなったら病院行くから」

「痛み分けだからね!」


そう言いながら瞬介は風呂場へ向かう


今日は最近忙しかった分、ゆっくりさせてもらおう。


(しっかし頭痛いな……)

[newpage]

今日は2人ともお休みの日。俺は自室にてベッドに寝転がりながら動画を見ていた。エロ動画ではない。動画を見ていると、トントンと軽い音が鳴り響いた。部屋のドアが叩かれたのだ。


「はーい」

「開けるよ」


瞬介が入ってきた。


「少しお茶しない?寝てるのも暇だし」

「いいよ」


電池残量が少なくなってきたスマホを充電器に繋ぎ、リビングへ向かう。


「新しいコーヒー豆買ってきたから試してみよう」

「そうだな」


瞬介が台所に向かう。俺はソファに座りながら豆が入れられる音を聞いていた。


「瞬介ってコーヒー豆挽くの好きだよな」

「挽いてる時の音が好きだし、落ち着くんだよね。」

「なるほどなぁ」


しばらくゴリゴリとコーヒー豆が挽かれている音を聞きながらテレビを見ていた。すると挽き終わったらしい瞬介が聞いてきた。


「遥斗ってコーヒー派だっけ紅茶派だっけ」

「今日はコーヒーだな。せっかく新しい豆買ってきたんだし。」

「分かった」


しばらくすると挽きたて煎れたてのコーヒーが運ばれてきた。


「お待たせ」

「おぉ……いい香りだ…」

「コーヒーって豆から挽くと香りが違うんだよ」

「へー」

「まずは香りを楽しんで……」


言う前にガムシロップとミルクを突っ込む。


「香りを楽しめって言ったでしょうが!!」


スリッパで叩かれた。


「痛いっ!…次のコーヒーは香りを楽しむから。ね?」

「最初で楽しんで欲しかったのに」

「ごめんって。瞬介の好きなクッキー買ってきてあるから機嫌直して」

「…しょうがないなぁ」


皿にクッキーを盛り合わせ、テーブルに乗せる。


「なんかそれらしくなったな。」

「そうだね。なんかDVDでも付ける?」

「そうだな。こないだ買ったDVD見てないんじゃない?」

「あー、じゃああれ見よう。」


DVDを流しながら、コーヒーを嗜む。すごく優雅な一時を過ごしてるなぁとか思っていると、瞬介が擦り寄ってきた。


撫でて欲しいのサインである。


1ヶ月周期でやってくるのだとか。俺はとりあえず頭を撫でてやった。


「…焦らさないでよ」

「いきな撫でたって楽しみが無くなるだろ?それにメインディッシュは最後に取っておきたいでしょ?」

「んー、まぁ…」


そう言いながら頭を撫で、次に背中を撫でてやる。気持ち良さそうに目を細めている。


「次正面だけど寝っ転がる?」

「うん」


ついでにブラッシングをしようと、ブラシを手に取った。


「ブラッシングはちょっと…」

「最近してないでしょ。身だしなみだよ身だしなみ。」


腹部をブラッシングする。たくさんの毛玉が取れた。


[newpage]


「どんだけブラッシングしてないんだよ……」

「忙しかったから出来なかったんだよ!」

「忙しさを理由にするんじゃありません。今日はとことんブラッシングするからね」

「にゃあ…」


大量の毛玉を取ったあと、腹を撫でてやる。


「あ~気持ちいいね~」

「気持ちいいんだ?」

「人間だと肩揉まれてる感じかな。僕は獣人だからわかんないけど」

「ふーん」


そう言いながらメインディッシュ、顎を撫でてやる。


「ふにゃあ…」

「気持ちいいだろ」

「気持…ち…いい…」


しばらく顎を撫でてやってると、満足したのか、起き上がってきた。


「もういいのか?」

「満足したから。さ、コーヒー飲もう」


買ってきたDVDはホラー物だった。瞬介は終始しっぽを逆立てながらそれを見ている。


「怖い?」

「怖いよ……」


恐怖に怯える瞬介に抱きつかれながら、映画は進んでいく。


「コーヒー冷めちゃったね」

「チンするか。」


レンジでコーヒーを温め、改めてソファに座る。


「明日には復帰かな。熱も下がったし。」

「俺も明日から仕事だぁ。やだなぁ。」

「また休みあるじゃん頑張ろ。」

「うん。」

「今日は鍋にしよう。なんか鍋食べたい。」

「よっしゃ、買い出し行くか」


そうして、日が暮れる。

[newpage]


遥斗がハムスターを貰ってきた。しかも二匹。


「…どしたのそれ」

「同僚の家で産まれたらしいんだけどさ。」

「二匹も…しかもしっかりケージとかも買ってきてるし…」

「可愛いんだよ?」


ケージの中でまだ小さなハムスターはがさがさと動き回っていた。


「んー、確かに可愛いけど…」


時折立ってこちらを見てくるハムスターと目が合う。


「まぁ、貰ってきちゃったからしょうがないね…ちゃんと世話してよ?」

「もちろん!ほーらハムスターおいでー、よーしよしよし…」


遥斗の手に乗るハムスターはだいぶ慣れているようで噛んだりすることなく、遥斗の手の中に収まっている。


「可愛いね」

「だろ?やっぱり小さい時が一番可愛いな。」

「そうだね。撫でても大丈夫かな」

「構わないよ」


撫でたハムスターの毛並みはさらさらで、手触りが良かった。


「ちゃんと飼えるの?」

「もちろん!ちゃんと世話するから!」

「しょうがないなぁ」


次の日。遥斗は仕事で僕は休みだったので、少し遅く起きた。ハムスターは元気に回し車で遊んでいた


「…おーい、君たちは夜行性じゃないのかい?」


僕の質問も虚しく、ハムスター達は回し車で遊んでいた。


朝食を作る。にんじんの切れ端が出たので、ハムスターたちにあげることにした。


「おーい君たち、にんじん食べるかね」


にんじんをゲージごしにあげると、小さな手でにんじんを持ち、頬袋へとしまった。


「ちゃんと両手で持って食べるんだ。可愛いね。」


しばらくするとハムスターたちは寝床に戻っていった。


「さて、今日は何をしようかな。」


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