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終身名誉探偵の覚醒

 異界見聞録の複製を巡る取引は一旦幕を閉じた。


 自身を柊と名乗った男が気絶してから五分後、目が覚めた弥陀羅修二は後頭部を撫でながら言った。


「……俺の推理、当たってたのか」

「ええ」

「…………あまり、嬉しくないな」

「ですね」

「俺は……なんて言ってた」


 異界見聞録が彼の父から管理を受け継いだものであること、そしてそれが三年前から始まったことを伝えると、弥陀羅はため息をついた後に残った缶ジュースを飲み干した。


「俺の母、弥陀羅結花の家系は古くから、古尾山の北にある田畑の地主でな。 父はそこの婿養子に入った」


 父の名は柊修一。

 地元の土着信仰や言い伝え、都市伝説を広く調べる学者で、弥陀羅結花との結婚の際には両方の親から反対され、駆け落ち寸前までいったのだとか。

 ただその騒動での柊修一の男気を見込んでか、弥陀羅結花の父……つまり弥陀羅家の当主が婚約を認めた。


「二人とも、三年前に交通事故で死んだがな」


 それ以来は弥陀羅家と柊家、どちらにも関わりを持たず弥陀羅修二は一人で暮らしてきたのだという。


「幼い頃に虐待を受けたとか、夫婦の仲が悪いとかでは全くないんだが…………何故今更になって二重人格なんて……」


 三年前から異界見聞録を管理していた、言わば異界見聞録専用の『司書』は弥陀羅修二その人だった。

 ただ、正確には彼のもう一つの人格、柊修二による犯行だ。


 複製を完成させた夜、弥陀羅修二の家の屋根裏からかなり古いタイプのポロライドカメラと山のように積み重なったポールペンが見つかった。

 古尾山での弥陀羅修二の立ち振る舞いを含めて、私たちは連続失踪事件を異界見聞録を通し裏で操っていたのは彼なのでは、という結論に至る。


 そこで、今回の陽動作戦を決行したのだ。


「……そろそろ、顧問と約束していた時間です。 一旦家に戻りましょうか」

「そうだな」


 屋上で撮った夜景を顧問に見せると、よく撮れていると褒められた。


「私、写真撮影の才能あるかも」

「……異界見聞録の死体写真を見る限り、俺の方が上だな」

「死体写真と風景写真じゃ勝手が違いすぎますよ」


 二重人格とは不思議なもので、弥陀羅修二の声は柊のそれと大きく隔たりがあった。

 弥陀羅が母親の声に似ているらしく、柊は父親に似ているとの事だ。


「気絶や睡眠が引き金となって人格が交代するなら、昼が柊で夜が弥陀羅ということだ。 古尾山の時に俺が寝なかったのは幸運だったな」

「でも、初めてあった時は早朝の病院でしたし、植野さんと話をしたあとに家を訪れた際も弥陀羅さんでしたよ。 あまり確実性のある条件じゃないのかも」

「だな。 主人格はあくまで俺なのかもしれない」


 異界見聞録に記された自殺者たちの現場には、柊修二が関与した証拠は何一つなかった。

 本来ならば自殺幇助で逮捕に値する行為なのだが、日隈沙織はこの事を奥野慶次に知らせるつもりはさらさらない。


「……1週間くらいの短い間でしたけど、楽しかったです。 普段なら知り合うことのなかった先輩や、刑事さんと知り合いになって、目にする機会のなかった建物や景色を見ることが出来たんです」

「…………後悔はしていないということか」

「はい。 ……なので、また」


 私は多分、非日常に恋をしたのだ。

 異界見聞録を見る度に心が踊って、どんなに魅力的な物語よりも続きが気になって仕方が無くなる。

 探究心よりも激しくて、好奇心よりも大きい。

 恋心という以外、相応しくないだろう。


「また、何かがあれば。 それまでの別れです」

「…………ああ」

「じゃあ、私はこっちの道なので。 それでは」

「またな」


 私は国道そばの歩道を、弥陀羅は住宅街のある南へ、それぞれ進んだ。

 本来なら人が死ぬ事件など、なくてしかるべきものなのだが、明日にでも起きないかと夜空に願う自分がいた。


 地面から見る星も別格だと思いいくつか写真を撮ったが、どれも屋上の一枚に及ぶ出来ではなく、私は古いポロライドカメラを鞄にしまった。

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