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異界見聞録の序章

 ────さん、貴方は……。


 推理もののドラマや小説において、名探偵の主人公が犯人に詰め寄るラストシーンは欠かせない。

 思わずあっと声が出るような奇抜なトリックで見るものを驚かせ、時には犯人の凄惨な生い立ちや犯行動機に同情の気持ちを抱くこともある。


 ────だったんですよ、……さんは。


 この犯行動機が濃いものであればある程、物語全体の勧善懲悪さは薄れていくものだ。

 逆に犯人が猟奇的な連続殺人犯だとすると、大抵最期は浮かばれない死に様になってしまうものである。


 ────じき警察が到着します。 だから──


 男はゆっくりと体を起こしてテレビの電源を落とした。

 推理ドラマの賑やかな主題歌がプツリと途切れて、しばらく耳を澄ませているうちに窓の外からジ……ッ……とデジタルカメラのズーム音に似た不協和音が流れ込んでくるのを感じた。


 男の頭上では、天井から垂れ下がった輪状の縄がゆらゆらと震えている。

 足元には首を吊るにはおあつらえ向きの椅子もあるが、死ぬつもりは無い。

 何時でも好きな時に死ねる、そう思うことで世の中の不条理で腹ただしい現象の全てを許し受け入れ突き放せるのだ。


 処世術とはすこし違う、もっと悲観的で諦めのついた生き様。

 それが男の人生だった。


 縄の前で深く深呼吸をしていると部屋の中の淀んだ空気が肺に溜まって息苦しくなり、男は夜の鋭く滑らかな空気を求めて窓を開け放った。


 男の意に反して窓の外はじめじめと湿っぽく、肌をかすめる風刃に流動性を思わせた。

 しばらく空や民家を眺めているうちに鼻の奥がむず痒くなってきたのでわざと大きなくしゃみをする。


 男は窓から乗り出して車道を覗き込んだ。

 別に誰かに聞かれても構わなかった、くしゃみをしたら辺りを見回すという条件反射が体を動かすのはなにもおかしいことではないと、男自身も抵抗することなく自然と無意識に身を委ねる。こんな夜中に人が居るはずがない、達観からくる行動であった。


 …………?


 なんとまたもや男の予想は外れ、右手側から人間が1人歩いてきたのだ。

 身長や歩き方を見るに、恐らく女だ。

 肩あたりまで伸びた黒髪が暑苦しいのか、後ろ髪を両手で何度もかきあげている。


 何度も、何度も。


 新品の硯のように光沢がある艶やかな髪が舞い上がる度にうなじが顔を覗かせて、男は彼女が米粒程の大きさになるまで窓の前を動こうとはしなかった。


 やがて男は戸を閉じると、身支度を整えて部屋を出た。

 黒いアウトドア用のリュックサックの中には、鋏とナイフとガムテープと、部屋に吊るしてあった縄が巻かれて入れてあった。


 何時でも好きな時に死ねる。

 ずっと喉奥でつっかえて出てこなかった魔法の言葉が、自然と口から漏れ出てきた。


 何時でも死ねるなら──いつでも────


 いっかいくらい、すきほうだいやってもかまわないのでは?


 扉の外の空気は、肺を切り裂く剃刀のような風刃であった。

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