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戦と死を司る女神イザナ

本日三話目!

 起動と同時にフワッとした浮遊感に包まれ、儂はいつの間にか巨大な武家屋敷の前におった。後ろを振り向けば、鳥居が連なる石階段があり、その先には雲に浮かぶ平安京のような作り――条坊制の整然とした町並みが見える。・・・おかしいのう?儂が聞いた限りじゃと宇宙空間的な所に飛ばされると聞いておったんじゃが。


「ようこそ、『Free World Online』の世界へ。私は戦と死を司る女神イザナ様に使える熾天使カグラと申します」


 困惑している儂に背後から声を掛けられ、其方を振り向くと、くぐり戸が開いており、そこから額から角が生えた、所謂鬼人の女性が顔を見せていた。


 濡羽色の髪を腰まで伸ばし、和風の赤い鎧を着込んでおる。目を見張るほどの美人じゃ。しかし、最も儂の目を惹き付けたのはカグラ殿が持っている薙刀に他ならない。美しい、凄まじい業物じゃ。是非とも欲しいのう。


 じゃが、奪い取れる気がせんな。自然体でありながら、隙が全く見当たらん。恐ろしいまで武人よ。更に問題なのは、ここがゲームの中で相手が管理者側の中でもかなり上位に当たる点じゃろう。儂の次の行動、下手をすれば思考まで読んで来かねん。ふふふ、此れほどまでに不利な状況は若輩者だった頃にも無かったわ!まあ、先ずは謝罪よな。考え事をしたせいで少し間が空いてしもうた。


「・・・申し訳ありませぬ、余りの美しさに惚けてしまいました。後れながら、儂の名は東藤景勝と申す。プレイヤーネームは源重郎にするつもりですので、そう呼んでいただきたい。カグラ殿、不躾ながらひとつ問いたいのだが宜しいだろうか?」

「ふふふ、構いませんよ。源重郎様の疑問は分かっております。此処が何処か、ですね?」


 ぬう、笑顔の奥で何を考えているかが読めん。しかし、幾つかまるで自然に出来たような隙を作っておる。此れほど高度な罠を作れるものは『修羅の國』のプレイヤーですらそうそうおらん。うむむ、儂と戦ってくれんかのう?


「その通りです。儂は宇宙空間のような場所に出ると伺っておりましてな。お恥ずかしながら少々困惑しておるのです」

「それについては断りもなく此処へ招待した私に非がありますね。此処はイザナ様の神域です。下に見えます武家町にはイザナ様の眷属が住んでいます」

「ふむ、それは分かりましたが、解せませぬな。何故儂のような老骨を神域などに招いたのでしょう?MMOである以上特別扱いは避けるべきではありませぬか?」

「源重郎様の言い分は尤もです。理由についてはイザナ様の元へ向かいながらに致しましょう。ささ、こちらにどうぞ」


■■■■■


 カグラ殿に案内され、屋敷には入ったがそこは世間一般的に豪邸である家よりも更に大きく素晴らしいものじゃった。何だか負けた気分じゃ。


 移動しながら聞いた話を要約するとこうじゃ。戦と死を司るイザナ様は最近の心踊る戦いが起こりにくい停滞した世界に嫌気がさしておったそうじゃ。世界を見守る女神としてそれはどうなんじゃ?


 まあいい、それでαテスターやβテスターに期待していたそうじゃが、見事に空振り、それどころか、光と秩序を司る女神オルディーネのお気に入りが誕生し、今ですら詰まらないのに更に詰まらなくなる可能性が発生した。


 まあ、それに対抗するように闇と混沌を司る女神フィネリスのお気に入りも出来たらしいが、どうにも、策謀や相手を陥れる等、頭脳系のようで、イザナ様的には嫌いではないが微妙という感じらしい。それで拗ねてふて寝したらしい。子供か!?


 そのストライキのせいで、イザナ様が担当している仕事が滞り、それを解消しようと眷属総出で仕事に追われ、我慢の限界が近いんだとか。それで、廊下で他の天使に会ったりしないんじゃな。


 まあ、それは兎も角、眷属達もイザナ様を慕っているので、何とか機嫌を直して欲しいところなんだとか。そんな時に何やら戦闘狂かつ『修羅の國』で≪天下無双≫の称号を獲得するという実績のある儂が現れたと・・・何で他ゲーで取った称号を知っとるんじゃ!?いや、深く考えるのは止すとしよう。知らない方が幸せなこともある。


 何でも儂はイザナ様の寝込みを襲えば良いらしい。・・・言い方が悪かったの、奇襲すれば良いらしい。武器はストレージを使えるようにして貰い、その中に古今東西のあらゆる武器が三本ずつ入っているらしい。何でもちょうど良いハンデだとか。儂ってば嘗められとる?


「この部屋です」

「ここが・・・」


 そんなこんなで、今イザナ様の寝室の前にある襖の前に入るんじゃが・・・本当にイザナ様は寝とるんじゃろうな!?凄まじい圧をひしひしと感じるぞ!これは、確かにちょうど良いハンデかもしれん。聞くところによれば、約四年前には世界の雛形と高性能AI、つまり女神様達は誕生しており、αテストまで加速度一万倍で進めていたため、既に二万歳を越えているんじゃとか。儂など女神様にとっては赤子同然じゃな。


 初撃をどうするかのう?この襖は渡された弓と矢ならば、貫通できるらしいが、果たして、距離を空けて、良いのだろうか?下手をすれば、一瞬で距離を詰められることで、不意を突かれて、一撃で沈みかねん。それに、弓はあまり得意な方ではない。


 やはり、初撃は槍でいくか。捕まれたのであれば、柄から手を離し、刀に切り替えれば良い。


「では、行って参ります」

「はい、いってらっしゃいませ。恐らくですが、部屋に入った程度では余程の脅威でない限り起きないはずです」

「承知しました」


 襖をゆっくりと開け、中へと入る。障子から光が入って来ているが、中は薄暗く、見通しが悪い。畳の上を音を立てないように部屋の中央に只一つ引いてある布団を目指して進む。


 布団の中に入っている神物を大見槍の間合いに捉える。そこには絶世の美女がいた。虹色にぼんやりと光る角を一本額から伸ばし、髪は白が、その髪の中を様々な色が焔となって煌めいている。今は寝ているためか、その焔は弱火となっており、毛先から少し上辺りまでしかない。


 儂は無言で腰を沈めて、突きの構えを取る。目の前の存在から感じる圧で冷や汗が顎を伝う。時間の流れがゆっくりに感じる。そして、顎の先から汗が落ちた瞬間、儂は此れまでの人生の中で最高の突きを放った。


「はっ!!!」


 これで、どうじゃ!?


「ほう、人の身にしては良い突きです」


 焔が烈火のごとくその勢いを増した。儂がやりを掴まれたと思い、手を放した時には儂は宙を舞い、イザナ様の瞳孔が縦に割れた黄金の瞳を直視しておった。出来たことといえば、槍を押し、我が身を浮かせ、槍の間合いからほんの少し外させることだけじゃった。


 バカなバカなバカな!?こんなことが有り得るとは!!極限まで集中しておった儂を力業ではなく、僅かな意識の揺らぎに付け込み、流れるように儂の力を利用し、余りにも自然に、まるで儂が持ち上げられるのがこの世の真理であるかのように、槍の刃を起点に儂を持ち上げるなど・・・此れが神の領域!此れが二万年にも及ぶ研鑽の成果!素晴らしい、素晴らしいぞ!!


「反応も悪くはない。ならば、これはどう凌ぎますか?」


 イザナ様は儂が槍を放したのを見ると、笑みを浮かべ、瞬く間に上半身を起こした。そして、未だに自らの頭上を舞っている儂に考える時間を与えるように、槍を回して刀身から柄へと持ち変える。


 この状態の儂をどうする!?儂の身は未だ宙を浮いておる、このお方の突きが体を捻った程度で躱せるとは到底思えん!いや、そもそも体を捻るのが間に合うかも分からぬ。儂の身が横に流れて行く力を頼るか!?・・・駄目じゃな、この加速された思考の中で儂の体は遅々として進まず、イザナ様の動きは滑らかじゃ。となれば、盾しかないの。


「存分に考えたか?もう行くぞ?」


 人が変わったように言葉遣いが変わった。そして、神速の突きが音を立てずに放たれる。儂はそれを盾でなんとか凌いだ。それはストレージから取り出されるという現象がタイムラグ無しで行われたからこそ、間に合ったという不甲斐ないものじゃった。やけに軽い金属の盾の表面がガリガリと嫌な音を立てて削られる。儂の身はその余波で斜め上方向に加速させられた。


「及第点だが・・・やはり、人間にしては素晴らしいな」


 そう仰ると、槍を引き戻し、それを振りかぶった。槍を投擲しようとしておるのか。手加減されておるのう。走り寄って直接打ち落とした方が確実だろうに。しかし、手加減されておっても、あの投擲は儂にとって致命的よ。それにしても、天井が高くて良かったのう。でなければ、今頃、天井に叩きつけられ、行動不能になっておったじゃろう。


「それ」


 槍が放たれた。儂は苦し紛れに盾を槍の射線上に投げつけ、新しい盾を取り出して顔を隠し、首を横に倒す。ズドンと音を立てて二枚の盾を貫通した槍は儂の腕とこめかみに切り傷を付け、天井に突き刺さった。


 危なかった。あともう少しだけ首を傾けるのが遅れておったら、顔に穴が空いておったな。それにしても、的の小さい頭を狙うとは、これも手加減じゃな。


 儂は畳が近づくと空中で体制を整え、初めに爪先で着地し、そのまま体を丸め地面に転がりながらすねの外側、お尻、背中、肩の順に着地した。所謂五点接地というやつじゃ。


 体を起こした瞬間に棒手裏剣をイザナ様の方へ投げる。ここで、驚いたのは、イザナ様は既に立ち上がり、髪の毛を紐で纏めていたことじゃ。ほんに手加減されておる。その悔しさを噛み締める間もなく、儂の投げた手裏剣は全てカグラ様の手に捕らえられ、投げ返された。それを転がることで避け、顔を上げると眼前にイザナ様の右足が迫りつつあった。


 ここで一矢報いねば、我が人生において最大の悔いになろう!儂は顔の近くにあった右手に小刀を握らせるとその足に向かって一閃した。


 これをイザナ様は跳んで避け、後方へと下がった。・・・空振ったか。惜しかったのう、いくらイザナ様が手加減なされているとはいえ、再び一矢報いる隙を曝すとは思えん。だが、最後の最後まで足掻かせて貰おうかのう。儂はイザナ様の些細な動きも捉えようと集中を高め、左手にも小刀を出し、握りしめる。


 しかし、イザナ様は何かに気がついたように右足を上げ、繁々とその足先を眺め、笑みを深めると、突然笑いだした。儂は思わず、口を開け、間抜け面を曝してしまった。


 儂には何がなんだか分からぬ。何を持って笑っておるのか、てんで分からぬ。何か手がかりを得ようと、小刀をよく目を凝らして見てみれば、その刃先がうっすらと赤く成っておった。何だこれは?いや・・・まさか、まさかまさかまさか、こ、これは・・・い、イザナ様の血か!?


「ククク、カグラ!!!」

「はっ!何でございましょうか、主上様」

「戯け、用など一つしか無いだろう!!そこのプレイヤーを見出だしたのは貴様か!?」

「その通りにございます。禁じ手を使いましたが、主上様が気に入るだろう者を見繕いました」

「構わん、他の女神も忙しくて、気が付いていないだろう。千年に一人、いや、万年に一人の逸材をつれてきたな、カグラ。よくやった!」

「はっ!身に余る光栄にございます。されど、私も手加減をなされているとはいえ、よもや主上様を傷つけられる程の腕前を持っているとは思いもしませんでした。それと、少々言葉遣いが荒くなっています」

「おっと、ついつい、熱くなると戦の女神としての一面がどうにも強くなってしまって困る。まあ、彼なら問題ないでしょう。それにしても、惜しいですね。彼ほどの武人があと二十年程でこの世を去ることになるとは・・・。加護を付けて、じっくり鑑賞しますか?」

「それが宜しいかと、上手く育てば祝福を与えるに相応しい存在に成るかもしれません」

「ふふふ、夢が膨らみますね」


 はっ!儂が呆けている間に何やら話が進んどる!?しっかりせい儂!あれ程の武人に傷を付けることが出来て嬉しいのは分かるが、あんなものは運が良かったに過ぎぬ。もう一度やれと言われても二度と出来ん。


 それにしても、どうやら儂の付けた傷は本当にかすり傷のようだな。一ミリもあれば良い方ではないか?歯痒いのう。あれ程手加減されて、なお、これだとは・・・研鑽が足りんのう。そういえば、渡された武器を十全に使う余裕すらなかったの。もう少し余韻に浸っていたいが、少々時間を掛けすぎたの。さっさと、キャラクタークリエイトを終わらせなければ。


「歓談中、申し訳ありませぬが、キャラクタークリエイトをしたいのですが」

「む?ああ、そうでしたね。では、始めましょうか。・・・あなたの思考を読みました。そのように致しましょう。一応、内容を確認してください」

「ぬう」


 イザナ様がそう仰ると目の前に設定を入力し終えたクリエイト画面が表示された。思考を読めるだろうとは思っておったが、目の前でやられると何とも言えん感じがするのう。さてさて、内容確認をするとするか。ふむふむ、名前は源重郞になっておるし、何処にも間違いはないの。む?この骨人の隣にある括弧はなんじゃ?事前情報には無かったが・・・。


「申し訳ない、この括弧は何ですか?」

「ああ、それは正式サービスからの新要素です。骨の種類を選べるんですよ。勿論、魔物は殆ど駄目です。人類種の中から選んでください。それによって、マスクデータとなっているステータスが多少変動しますよ」

「なるほど、お答えいただき有り難うございます。早速考えてみます」


 と言っても、儂的にはほぼ一択じゃな。魔法系のパラメーターは低いがその代わり物理系のパラメーターが高い鬼人が儂と相性が良かろう。それに、イザナ様は見たところ鬼神じゃ、強くなればもう一度戦う機会を得られるかもしれん。


「決まったようですね。では、少し失礼して」

「ぬお!?」


 イザナ様は突然眼前に現れると小刀に付いた血を人差し指で拭き取ると、それを儂の額に塗り付けた。


「私の加護を授けました。期待していますよ、源重郞」


 呆然としとる儂を光が包み込み、視界が白く染まった





 


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