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≪老鬼≫源重郎

 『修羅の集い-蠱毒の國-』、通称『修羅の國』と呼ばれるVRMMOが存在する。戦国時代をモチーフにしたこのゲームはプレイヤー達が浪人となり、戦国の世を駆け抜け、最終的に国主になったり、天下人にもなれるというゲームだった。


 だが、死ぬと所持物をすべて相手にとられる、下剋上されると今まで築いてきたすべてを相手に奪われる等のリアルなシステムが導入されていたのが災いして、路銀や経験値、地位等を得るためにPK果ては町人殺しまで横行したことによって、過疎ゲーと化してしまった商品だ。


 しかし、物好きはどこにでもいるもので、生粋のPKや殺伐とした世界を求めていた狂人や己の武術を試したい武人等が集まり、このゲームは実に七年という長い間続いた。


 その世界は遂に間近に迫ったサービス終了を前に、西に足利、東に織田という忠実とは違う形で天下分け目の大決戦が行われていた。十日にもわたり続いたその大決戦も終わりに差し掛かり、その舞台となった関ヶ原では無数の死体と武器が散乱し、大地には血の代わりに赤いポリゴンが広がっている。一騎当千のプレイヤー達も既に両軍ともに一人を残して、戦場にて散った。


 両軍とも三万を超える被害を出し、これ以上の被害を抑えるため、最後に残った両陣営最強のプレイヤー同士の決闘によって決着をつけるものとした。勿論、これは運営が期限が迫る中で今日中に戦いを終わらせるために下した措置だ。


 足利側のプレイヤーは傭兵≪老鬼≫源重郎、対する織田側のプレイヤーは家老≪一騎当万≫織田彩湖(サイコ)、双方ともに満身創痍。特に上半身の鎧は砕け散り、最早その役目を果たしておらず、体の所々に赤いポリゴンの傷が走っていた。両陣営の兵と幽霊となったプレイヤー達が見守る中、源重郎の十文字槍とサイコの大身槍が幾度となくぶつかり合う。そして、何度目かの衝突で双方の槍に罅が入り、両者ともにいったん距離を離した。


「ぬぅ、強い、強いのう。儂よりも若いのに大したもんじゃ」

「いやぁ、システムに助けられてますよ。現実で戦ったらあなたに勝てる気がしませんね」

「ほう、ならばこの場で降参してくれてもよいぞ。今ならお主の持っておる業物も見逃そう」

「ふっ、ご冗談をこの状況で降参するなんて『修羅の國』の住人として失格ですよ。それに・・・私はあなたの不敗神話を終わらせたいんです」

「そうか・・・ならばそろそろ決着をつけようかのう」

「ええ、お覚悟をっ!」


 再び、二人の距離が詰まり、槍と槍がぶつかり合う。それと同時に源重郎の十字槍が蛇のように大身槍に絡み付き、それを上へとかち上げた。その瞬間、彩湖は己の不利を悟り、槍を手放し、腰に吊した刀へと手をかけ、間合いを詰めて居合いを放つ。


 源重郎も槍から手を放し、後ろに下がることで、それを躱す。彩湖の刃が落下している槍の柄を切り、己が首の前を通り過ぎると同時に、一歩前に踏み込み、仕返しとばかりにその首へ向けて抜刀一閃。それに対し、彩湖は左腕を間に滑り込ませることで稼いだ僅かな時間で、源重郎の刃の下へと体を滑り込ませた。


 それと同時に左の前腕の中程が断ち切れ、そこから大量の赤いポリゴンが噴き出す。それを気にも留めず、右腕を動かし、刀を掬い上げるように振るう。しかし、それも源重郎に躱され、脇腹に浅い傷を付けるだけに終わる。


 そして、上段からの袈裟切りによって織田彩湖の上半身は肩口から鳩尾にかけて綺麗に切り裂かれた。彩湖が膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れる。戦闘不能にしたことを確認した後、源重郎は構えを解いた。その瞬間、関ヶ原に歓声と悲鳴が巻き起こった。その様子を目尻に源重郎はしゃがみ込み、まだ息のある彩湖に話しかける。


「のう、何か言い残すことはあるか?」

「いや、実際に死ぬわけでもないのに言い残す事って・・・まあ、良い死合いでした、老師。それと、やはりあなたは生まれる時代を間違えたようですね」

「・・・」

「そう嫌そうな顔をしないでください。一応、褒めてるんですから」


 そう言い終えると彩湖の瞳から光が消え、完全な死亡判定が下された。あと一分もすれば、この死体も消え去り、織田彩湖は自身の拠点でリスポーンすることだろう。源重郎は彩湖の死体から、憎らしいほど青い仮想の空へと視線を向けた。


「・・・そんなことは儂が一番分かっておる」



■■■■■


 あの戦いの後、足利義輝様よりお褒めの言葉と報酬、それに加えて称号≪天下無双≫を頂き、宴会へと突入した。まあ、宴会自体はあまり面白いものではなかったが、最後と言うことで儂に決闘を挑んでくるものが多くて、楽しいものになったの。そして、宴会が終わり、このゲームの終了が近づくと儂は戦友逹と挨拶を交わし、サービス終了と共に仮想世界からログアウトした。

 目を開ければ、バイザー越しに見慣れた天井が見える。


「ふう、終わってしまったか」


 あの第二の故郷とも言うべき世界に二度と行けないと思うと、思わずため息が漏れる。


 あの世界は儂、東藤景勝(かげかつ)の闘争本能を満たすのに最適な場所じゃった。日本有数の財閥、東藤グループの会長東藤平八郎の長男として生まれ、商才には恵まれなかったものの、武の才が有ったことで財閥となる前から東藤家がやっていた武術道場を継ぐことが出来た。儂の代わりに東藤グループを継いだ次男の昌幸(まさゆき)との関係も良好で、家の存続などの諸々を奴に押し付け――もとい、譲り渡し、結婚などもせず、八十年生きてきた人生の殆どを武術に捧げてきた。


 最近は東藤グループも世界有数の財閥に名を連ね、今年の三月に甥の長男――昌利(まさとし)は結婚し、可愛がっている大姪の桜が高校に進学した。時の流れの早さを感じる今日この頃ではあったが、よもや、『修羅の國』が終わってしまうとは思っていなかった。サービス終了が告げられたのが四月の中頃、桜が進学し、浮いていた気分を一気に奈落まで突き落とした。


 一時期は、現在東藤グループの会長である甥の泰平(たいへい)に頼み込んで、『修羅の國』の製作会社を買い取ってもらおうと考えた程に、気が動転していた。まあ、結局思い止まったが。これまで鍛え上げてきた武を試し、さらに実践で磨きを掛けるのに最良の場所であったと言うのに・・・。


「まあ、過ぎたことを気にしても仕様があるまい。もう日を跨いでおる、さっさと床に就くとしよう」


 一度、布団から起き上がり、明かりをつけ、VR機器を片付けると、儂は床に就いた。やれやれ、夜更かしはこの老骨には些か厳しいのう。


■■■■■


 老人の朝は早いというが儂はそうでもない。儂は毎日七時間程度寝るようにしていて、いつもなら23時に寝て、六時に起き、敷地内にある道場へ赴き一時間修練をしておる。


 まあ、今日は起きたのが七時じゃし、飯が先じゃろう。二階にある儂の寝室から一階の広間に移動した。そこには既に儂以外の東藤家の者が全員揃っておった。と言っても今いるのこの家にいる東藤家の者は儂と昌幸夫婦だけなんじゃが。


 儂が広間に入ってくると、その場にいた使用人も含めた全員から挨拶をされ、儂も挨拶を返す。儂は無駄にくそ長い長机に沿って歩き、家長である昌幸の左隣に座った。因みに右隣は弟の妻の秋子さんが座っておる。儂が席に座ると使用人が料理を丁度並べを終わった。昌幸達はもう食べ始めておるし、冷めないようにしておいてくれたのか、なんか申し訳ないのう。


 食事は静かに食べるもの、黙々と食事を進め、食べ終われば緑茶を飲みつつ、雑談に興じるのがいつもの流れなんじゃが、儂が夜更かししたせいで、それが秋子さんの説教の時間に変わりそうじゃ。ところが、秋子さんが眉をひそめながら、口を開こうとしたところで、それを牽制するように昌幸がわざとらしく明るい声で口を開く。


「兄さんがあんな時間まで寝ているとは珍しいのう。まあ、昨日は気に入っていたゲームの終了日じゃったから、仕方ない、仕方ないのう。うむうむ」


 おお、昌幸、流石は儂の自慢の弟じゃ!儂の気持ちをよく汲み取ってくれておる。流石の秋子さんとはいえ、家長であり夫でもある昌幸がこう言ったのじゃ、強くは出れまい!


「もう、あなたはお義兄さんを甘やかすのはやめなさいっていってるでしょう?いいですか、景勝さん、もう若くないんですから夜更かしなんて以ての外です!しっかりと寝て体調の管理を・・・


 うむむ、秋子さんは相も変わらず厳しいのう。儂と二歳しか違わんというのに背筋は今だ真っ直ぐじゃし、六十代と偽って問題ない位若々しいしのう。うーむ、うちに来たばかりの頃は大人しい子じゃったんじゃけど、母さんと密談した時くらいから段々、厳しい感じになったんじゃよなぁ。母さん、一体全体何を話したんじゃ?むう、確かあれは儂の最後の縁談を断った後だったような・・・深く考えるのはよくないな、うむうむ。


――――って、確りと聴いていますか?」

「お、おう。聞いとる聞いとるぞ」

「その様子では、聴いていなかったのですね?はあ、大体景勝さんは「まあまあ、そこまでにして上げなさい。兄さんも反省しただろう」あなた・・・はあ、分かりました。ここまでに致しましょう。そろそろ出掛けなくてはならない時間ですし、お義兄さん、以後このようなことがないようにお願いしますね」

「相分かった」


 儂の返事を聞くと秋子さんは座布団から立ち上がると、しっかりとした足取りで広間を後にした。


「ふう、昌幸よ、助かったぞ。儂の名前を呼ぶとは相当怒っておったの」

「全くじゃ。兄さんも気を付けて欲しいのう」

「すまぬすまぬ」


 儂の様子を見て、昌幸は溜め息を吐きおった。解せぬ。


「それはそうと兄さん、ひとつ頼まれてはくれんかのう?」


 昌幸が儂の方に向き直り、姿勢を正す。ほう、どうやら随分と真剣な話らしいのう。先程は助けられたし、こやつが頼み事を儂にするのは稀なこと・・・まあ、儂が脳筋なのがいかんのだが。兎も角、断る理由はないのう。


「ほう、お主が頼み事とは珍しいのう。まあ、先程助けられたばかりじゃし、余程の事でもない限り請け負おう」

「では、あるVRMMOをプレイしてはくれんか?」





 

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