08. 召喚された理由 -1-
コボルの村に戻ってくると、外には誰も出ていなかった。
入れ違いでエルフが来る可能性はあったからな。穴の中に隠れているのは、間違った選択ではない。
でも、穴を塞いでいる木製のバリケードを開けてくれた見張りは、何かが気になるのか、そわそわとした様子だった。
「何かあったの? あと、クーゴは?」
「は、はい。どうやら坑道の奥に侵入者が出たらしくて……クーゴ様とロートと他数名で様子を見に行ってます」
坑道の奥に侵入者って、どうやって入ったんだ?
現在調査中ということだから、聞いてもわからないだろうけど。
つまり、最新情報が欲しければ現場に行けってことだな。
「案内してくれる?」
「はい、こちらです」
見張りは数人いた。そのうちの一人に案内してもらって、オレとカリンは坑道の奥へと向かった。
案内されて着いた坑道では、比較的和やかに話し合いが行われているようだった。
遠くからでは声が反響してよく聞き取れず、オレたちが近づくとこちらの様子を窺うように会話を止めてしまったので、その内容まではわからなかったが。
その場にいたのは、聞いていた通りにクーゴとロート、三人のコボルト。それから、身長二メートル程の鎧を着た――あれ、あの鎧は真明金のプレートメイルか?
会話のためか、フェイスガードは上げていた。顔が判別する距離まで近づいてみれば、それは毛に覆われた犬のような顔で――おや?
「イーク?」
オレの上げた声に、鎧を着た犬はガシャリと音を立てて跪いた。
「マスター! こんなところで会うとは奇遇ッスねッ!」
「あ、うん」
ポーズとセリフが合ってないんだが?
イークはドナの従魔の一人だ。
オレとカリンも、戦闘中ではないということで、兜のフェイスガードは上げていた。顔を見ればすぐに誰なのかわかるだろう。……それ以前に、重填鋼のスカート付きヘビープレートなんていうネタ装備を使っているのはドナだけだという話もあるが。
「お、おお……なんと、本当に伝説の魔犬王をも従える魔物使いであったとは……」
隣で見てるロートとその他三人のコボルトが、オレとイークを見てプルプルと震えている。
オレたちがここに来るまでの間に、ドナの従魔仲間であるクーゴがイークのことをロートたちに説明していたのだろう。ロート以下コボルトたちはえらく興奮しているようだ。
魔犬王とはイークの種族だ。名前と見た目でわかるように、コボルトを昇格させた種族である。
『リ・マルガルフの希望』に存在する全ての魔物は、三回の昇格を行うことができる。少なくともバニラの魔物は。
昇格することで種族名と見た目が変わる。他にも、能力値が少し底上げされ、選択できるスキルや装備可能な武具の種類が増えたりする。基本的には強化されるのだけど、成長率に関しては全体で見るとあまり増えず、種族ごとに特定の方向に特化する傾向がある。そのため、従魔の運用によっては困ることもある。たとえば、サキュバスを昇格させると魔術師系の能力値に特化していくなどがそうだ。
昇格によって変化する種族の段階には、それぞれ名前がついている。
最初は「基本体」。どの魔物も生まれたときは基本体であり、魔物の中で最も多いのもこの基本体だ。
基本体から一つ昇格したのが「成長体」。小さな群れのリーダーになっていたりする。ゲーム中、成長体まではランダムでポップする可能性があった。
更に昇格すると「覚醒体」となる。覚醒体に昇格する条件として、どの種族もそれなりのレベルが要求されるため、覚醒体となった個体は大体強い。ゲームでは、終盤以降のダンジョンの奥など、ボス的な位置づけになっていることが多かった。リポップする場合でも、基本的には固定ポップであった。
最後まで昇格すると「究極体」となる。ゲームでは限られた場所にのみ存在し、一度倒すとリポップしない。探さないと見つからない、レア魔物だ。少なくともメインストーリーに絡むことはなく、おまけボス扱いであった。
……まあ、これはバニラの話であって、出現率を変更するMODはいくつか存在したのだけど。
もちろん、これらの出現頻度は、主人公の従魔には関係ない。覚醒体以上の昇格には魔物本人のレベル以外に特定のアイテムを要求されるが、手間さえかければいくらでも入手できるものだった。そのため、従魔を究極体まで昇格させるプレイヤーがほとんどである。中には昇格して見た目が変わることを嫌って、成長体や覚醒体のまま使い続けるプレイヤーもいたが。
コボルトの場合、まず、基本体がコボルトだ。昇格して成長体になると、コボルトチーフになる。ここから覚醒体への昇格は分岐があり、敏捷寄りの戦士系であるコボルトフェンサー、筋力寄りの戦士系であるコボルトパワー、魔術師系のコボルトメイジの三つに分かれる。このうちコボルトフェンサーが昇格すると、魔犬王になるのだ。
「ドナ、お帰り。エルフたちはどうだったー?」
「ただいま。とりあえず村ごと焼いてきたよ」
イークの挨拶は終わったと思ったのか、話しかけてきたクーゴに、簡潔に答える。
「なんとッ! では、もう、外に出る心配はしなくてもよいと?」
「いや、もう少し確認してからのほうがいいと思う」
バタバタと尻尾を振るロートに、落ち着くように釘を刺しておく。
喜ぶのはいいけど、慎重に行動して欲しいね。
「それで、どうしてここにイークがいるの?」
まだ話を続けたそうなクーゴやロートは一旦置いておき、まずは気になっていたことを聞いてみよう。
「はいッス。反対側から鉱石を掘っていたら、繋がってしまったッス」
なるほど。イークもコボルトだ。鉱石を掘ることもあるだろう。
見ればイークは手にツルハシを持っている。腰には剣を下げ、背中には盾を背負っていた。戦闘用の装備をしつつも、先程まで採掘を行っていたのがわかる格好だ。
「今、イークには素材収集を頼んでいたのだったかな?」
「そうッス」
『リ・マルガルフの希望』では、一度にパーティを組める従魔は四人まで。残りは基本的に拠点で留守番だ。
ただ、その留守番中の魔物たちへ何らかの行動を指定することができる。たとえば、武者修行や素材採集の旅、消耗品や錬金素材の生成などだ。
特に素材採集の旅は、採集や生産に適正を持った魔物だと、成果にボーナスがつくことが知られていた。例えば、コボルト系列の魔物を素材採集に出せば、鉱石系の素材を多めに持って帰ってくるなどだ。
つまり、今回の侵入者騒ぎは、素材採集中のイークがうっかりコボルの村の坑道をぶち抜いてしまったということだろう。同じ鉱床を掘っていたのなら、そういうこともあるのかもしれない。
一度に仕事を任せられる人数には上限があるけど、素材採集は適正のある魔物でローテーションを組んでいた。イークもその一人だ。
現在、拠点となっている隠れ家(仮名)へ戻る手段はないため、パーティ外の従魔たちに会う方法はないと思っていた。しかし、すでに旅に出している従魔は、拠点の外で会えるということではないだろうか。ゲーム中は旅に出した従魔と拠点外で会うことはなかったが、現実になった影響かもしれない。
そして、旅に出した従魔は、規定時間が過ぎると拠点に戻る。つまり、これは――
「イーク、拠点に戻る方法はわかる?」
「もちろんッス。……あれ、えっと……マスターのいる場所が、オレの帰る場所ッス」
いや、だから、帰る方法を聞いたんだが。
まあ、この答えからいくらでも推察はできる。結局はイークも帰る方法は知らないのだ。
便乗して一緒に拠点へ戻れないかと思ったけど、どうやら無理らしい。残念。
「素材採集の間に、何か変わったことはあった?」
「何か変わったことッスか……? いえ、特に何も思いつかないッスが……」
「そうか」
オレの質問に首をかしげるイーク。
世界の地理的なスケールが変わったとか、知らない間に人間の村が都市になっていたとか、特に気づいたことはなかったらしい。
素材採集といってもイークの場合は鉱石系が主だろうから、ほとんどの時間は穴の中にいただろうし、そこは仕方がないのかもしれない。
「何かあったッスか?」
「んー、ドナは昨日から何か気にしているっぽい」
考え込んでしまったオレを見て、イークが不安そうにクーゴに確認していた。
従魔たちにも相談した方がいいのだろうか。でも、世界のスケールについては従魔たちは現状が正しいと思っているようだし、ドナの中身がオレであることを説明するのは難しいうえに危険な気がする。なので、相談するにしても、何をどこまで説明するかはちゃんと考えないといけないだろう。今はまだ早いか。
「ドナ様、一つお願いがあるのですが、構わないでしょうか」
会話が途切れたところを見計らって、ロートが話しかけてきた。
まだ先程の興奮状態を引きずっているようで、オレがエルフの村へ発つまでの微妙にやる気のない雰囲気とは異なる。
「内容によるけど、何?」
「イーク様を、我が村の村長にしていただけないでしょうか」
何だそりゃ?
「イークが私の従魔だということは、既にわかっているよね?」
「もちろんです」
うーん。ということは、ドナかイーク、もしくは、その両方との縁をなくしたくないということだろうか。
ドナは強い従魔を連れた魔物使いにして回復魔術の使い手、イークは同族の究極体という、ロートたちから見れば関係を持ち続けておきたい相手だと推察できる。
今のドナはコボルの村に縛られる理由がないので、ふらりとどこかへ消えてしまう可能性もあるだろう。イークを村長とすることで、オレたちを村に縛ることができるというわけだ。
逆にオレたちに何か利点があるかというと……村の設備を使うのに、遠慮がいらなくなるくらいかな。
本格的にこの村を拠点とすることになりそうだけど、他に拠点の候補があるわけではない。
悪い話ではないか。
「イークはどう思う?」
「マスターの判断に任せるッス」
主体性がないな。従魔は主の命令に従うものだけど、それは現実になってもあまり変わらないらしい。
「ロート、その話、引き受けよう。イーク、しばらくはロートを補佐にして、この村をまとめてくれ。村の運営は任せる。いくつかやりたいことがあるので、後で相談する」
「わかったッス」
「おお。ありがとございます。なんとお礼を申し上げればいいのか」
してやったりみたいな顔で謙虚なセリフを吐かれてもな。
考えていることが顔に出る時点で、代表に向いていなかったのは確かだな。きっと、イークを村長にしようとした理由には、早く代表を交代して欲しかったからっていうのも含まれているに違いない。
「こちらも遠慮なく村の設備を使わせてもらう。あまり気にしなくていい」
「はい。それでも、ありがとうございます」
ぺこぺことお辞儀を繰り返すロート。こういう仕草をみると、人間、というか、日本人っぽい感じがするな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それで、早速やりたいことがあるんだけどね」
居住区に戻り、クーゴからボトムレスバッグを受け取って、平服に着替えた後、すぐにイークに話しかけた。
「はいッス。何でしょう?」
「デザケーの神殿を作りたい」
エルフの村からカリンに運んでもらった神像を見せる。
「部屋を用意すればいいッスかね。それとも、外に建物を作るッスか」
「建物が欲しいかな。でも、すぐにデザケーと話をしたいから、神殿ができるまでの間、神前室として使う部屋も借りたい」
「わかったッス」
神前室というのはデザケーの神殿の中心となる部屋で、神像が置かれた部屋のことだ。神像に祈りを捧げるための部屋だが、小さめの部屋である必要がある。何でも、神気を一定以上の濃度にする必要があるので、神気が発散しやすい広い部屋ではダメなのだとか。
基本的には一人で神前室に入り、一対一でデザケーと対話するのだ。
一般人が祈りを捧げてもデザケーが返事を返すことはまずないが、ゲームの主人公であったドナはデザケーの使徒でもあるので、会話ができるはず。
というか、変なメールとMODでこの世界に呼んでおいて、対話に応じないわけがない。……と思いたい。




