07. コボルトの村 -4-
「これからエルフの村に行ってみるけど、カリンはついてきて、クーゴは留守番をお願い」
「畏まりました」
「えー」
オレの近くに戻ってきたカリンが頷き、ボトムレスバッグを抱えたクーゴは口を尖らせた。
昨日は途中からクーゴと一緒に行動していたから、今日は逆にしてみようと思っただけなんだけど、クーゴは不満そうだ。
「留守中にこっちの村にエルフが来たら困るし。あと、そのバッグを預かってて」
ヘビープレートはそれなりにごつい。布製のリュックを背負うのは難しそうに見える。
いや、ゲーム中は普通に背負っていたのかな? 魔物使いが作る魔物用の装備品は、装備者の体型に合わせて形状を変化させる機能がついているし、仮にも神であるデザケーがくれたリュックが同様の機能を有していないはずはないのでは?
戦闘になるかもしれない場所へ持っていってなくしても困るし、やっぱり置いていった方がいいか。
「むー、わかった。無茶しちゃだめだからねー?」
「もちろん」
納得してくれたクーゴに返事をして、ヘビープレートと一緒に装備した浮遊の指輪を意識して宙に浮く。
ヘビープレートのスカート部分が邪魔で、森の中は歩けないだろうからな。エルフの村までは空から行くつもりだ。
オレに少し遅れてカリンも翼を広げ、飛び上がった。羽ばたく動作があるため、鎧がガシャガシャと音を立てる。
カリンは長槍を背中に背負っているけど、オレはヘビーモールとタワーシールドを両手に持ったままだ。ゲーム中、盾はともかく武器は腰や背中に納められたけど、どうやって仕舞うのかよくわかってないんだよな。試してみて落としても格好悪いし、後で一人のときに確認することにしよう。
「カリン、一応、最初は話し合いから始めるつもりだから」
「はい」
これまでの戦闘の様子からして、従魔たちが戦闘を開始するトリガーはゲーム中からあまり変わっていない。つまり、攻撃されれば反撃する。
どうせエルフは矢を撃ってくるのだろう? そんな野蛮な相手と和平を結んでもすぐに破棄されそうな気はしているけど、提案したという事実くらいは残したい。
周囲の木々より高度を上げると、周囲も良く見えるようになる。とはいえ、ヘビープレートの兜は、防御力優先のためかフェイスガードに開いている覗き穴はあまり大きくない。しかも、その覗き穴には黒い半透明のガラスのようなものが嵌っており、サングラス越しの視界のように見える。
ゲーム中は一人称視点と三人称視点を切り替えられたけど、一人称視点時に視界が頭防具の影響を受けることはなかったな。これも現実であることの弊害といえるのだろうか。
浮遊の指輪による移動は歩く程度の速度しか出ないため、のんびりと下に広がる森を眺めながら西へと向かう。コボルトかエルフか知らないけど、誰かが木材として管理している森だな。ゲーム中もこうだっただろうか? 覚えてないなぁ。
森の左側には草原が広がる。昨日、オレがドナの身体で目覚めた場所だ。それなりの高度から見ているはずだけど、地平線の先まで草原が続いていた。
右側は森が続きつつも少しずつ標高が高くなり、遠くに見える山脈へとつながっている。更にその向こうは多くの山が連なる高地になっていたはずだ。
正面の森が途切れた先には城壁と、やや左よりにシィが見える。
ここからシィが見えるということは、向こうからもドナやカリンが見えるということではないだろうか。飛行可能な魔物は少ないもののいないわけではないし、シィから離れていれば特に問題はないか?
今回は森を外れるところまで行く必要はない。エルフの村は森の西側にあるはずだ。
しばらく宙を漂い、エルフの村を見つける。森のスケールが変わったことを考慮すれば、村の位置はゲームの頃と大体同じだった。
建物から出て武装したエルフが何人もこちらを見ているのがわかる。そりゃ、向こうが先に発見するよね。
まずは、話のできる距離まで近づかないとな。
「ん?」
何かが兜に当たって、カツン、と音を立てた。しばらくしてもう一度。
「矢か」
この距離と高度差で当ててくるとか、エルフ凄いな。
ただ、こちらが何もしていないのにいきなり攻撃してくるのはどうなのか。
ドナはともかく、カリンは大きな羽や尻尾が明らかに魔物の特徴を示す。エルフは魔物に対して、最初から戦う以外の選択肢を持っていないのだろうか。森に引きこもった野蛮人どもめ。ゲームの頃からの設定通りだけど。
「マスター」
「話し合い優先で」
「はい」
背中の長槍に手を掛けたカリンが話しかけてきたけど、とりあえずは初志貫徹だ。
まだどうにかされるほどの攻撃をされたわけでもないし。
カツン、と矢が兜の覗き穴に当たった。覗き穴とはいっても実際に穴は開いていないので、矢が通ることはない。
偶然かと思ったが、立て続けに覗き穴の部分に矢が当たる。もしかして、ちゃんと狙って当てているのか? バニラ最高レベルの防具の前では、どれだけ精密な射撃も意味はないけど。
エルフたちから少し離れた位置、村の端ギリギリの場所に降りる。続いて、カリンもオレの右後ろに足をつけた。
撃つだけムダと悟ったのか、すでに矢は飛んでこない。ただ険しい表情でこちらを睨みつけてくるだけだ。
「お前たちに伝えることがあって来た! 代表は誰だ!」
少し距離があるので、声が届くように大きめに話しかける。舐められないよう、低めの声と、強めの口調だ。
一人のエルフが数歩前に出る。寿命が長くなかなか老化しないエルフなので見た目から年齢を推測するのは難しいが、後ろのエルフたちの様子から敬意を持たれていそうなことはわかる。
あれ、でも、このエルフ、どこかで見た覚えがあるような……?
「私が村長だ」
エルフらしいテノールの声にも聞き覚えがある。このエルフ、ゲームの頃もいたぞ。ゲームの中でも、シィの東にあるこのエルフの村で村長をしていた。
名前は確か、ゲルヴィンだったか。
ゲーム中に何人かいたエルフの中でも特にエルフらしいエルフだった。人間と魔物を見下していて、というか、エルフこそが至高の存在だと思い込んでいて、言動がいちいちムカつく。魔物がエルフより優れていることを証明してみせるとキレて攻撃を仕掛けてきたりと、ひたすら面倒なNPCだった。
珍しく設定の濃いNPCではあったけど、メインのストーリーには一部しか関わらず、重要な役目でもない。それを知ったプレイヤーの中には、報復攻撃をした者も多い。
ドナのセーブデータでは火をつけた。毒や炎上などのダメージ系状態異常によってとどめを刺すと、殺害人数にカウントされないからだ。
……どうして生きているんだろう?
シィの様子から考えると、もしかするとこの世界はドナのセーブデータの世界とは違うのかもしれない。
色々考察したいが、まずは話し合いが先か。
「この森でコボルトたちに攻撃するのを止めよ。迷惑している」
「ふん。ならば我らの森から出ていけ。そうすれば見逃してやる」
「話し合いに来たのではない。これは命令だ」
自分で発言しておいてなんだけど、話し合いを否定してしまった。
うーん。思い返してみれば。話し合いしよう、なんて考えていたけど、それは戦闘行動を取らないようにしようって程度の意味で、最初からここのエルフたちと交渉なんてするつもりはなかった。
「魔物ごときが我々エルフに命令だと? 身の程をわきまえろ」
そういう反応だよね。知ってた。
ここからどうすればいいんだろう。
いきなりエルフに撃たれたからなんとかしないといけないと思ったけど。止めろって言って止めなかった場合は、どうすればいい?
「お前たちの攻撃が効かないことはわかっているだろう。このまま私たちと戦うつもりか?」
「ふん。暴力で脅迫とは、いかにも魔物らしい」
えぇー? 今もさっきも昨日も、いきなり矢を撃ってくるような種族が言うセリフか? 待てよ、もしかして褒め言葉なのか? だとすると、ゲルヴィンが魔物を褒めるはずがないので、これは皮肉?
オレは裏の意味とか読み取れないからな。言葉による交渉は苦手だ。
「優れた鎧を手に入れていい気になっているようだが、貴様ら二匹以外には我らの矢を防ぐことはできないのだろう? それに、貴様らも鎧はともかく、武器は我々に通用するものは用意できてないとみた。その程度のはったりが見抜かれないと気づけないところが、魔物の浅知恵だ」
うん? この反応は理解できないな。防具の質――実際には中身のレベル差の方が大きいと思うが――に気づいたのに、武器も同等である可能性を否定する理由は何だ?
「私たちの力を侮ると、痛い目を見るぞ」
右手に持ったヘビーモールをゲルヴィンに突きつける。
「ふん? 本当に優れた武器を手に入れたのなら、こんな脅迫などせず、我らを殺しにくるだろう?」
――ああ、そうか。
人類と魔物は出会えば殺し合う仲なのだから、攻撃しないという選択肢はないのか。知っていたよ。そういう設定だったよ。魔物使いが最後の一人になるまで迫害されるくらいには、人類と魔物が相容れない世界だったよ。
「言いたいことは、それで終わりか?」
考え込んでしまったオレに、あざけるようにゲルヴィンが笑う。
「矢は効かないようだが、魔術はどうかな」
ゲルヴィンのセリフの後に、胸部に、ガツン、という衝撃が走る。
エルフが得意な風系の魔術、おそらく風の刃だろう。視認が難しいので、回避するのは容易ではなさそうだ。オレの反射神経とドナの敏捷では、ちゃんと視認できても避けられないと思うが。当たったところでダメージはないのでどうでもいいか。
ゲルヴィンに続いて、後ろにいるエルフたちも攻撃魔術を放ってきた。エルフの得意な風か地属性魔術だ。
オレだけでなくカリンも標的にされているが、この程度の魔術では効果はないだろう。
しかし、話し合いは失敗に終わってしまったな。エルフの性格と、そもそもこちら側に下手に出るつもりがなかった点から、この結果は予想はしていた。でもまさか、ここまであっさりと戦闘になるとは思ってなかった。
それだけ、人類と魔物の間の確執は深いのか。日本人的思考だったオレが、平和ボケしていただけなのか。
それで、この状況はどうすればいいんだ?
攻撃魔術の雨に曝されながら考える。ドナならどうする?
ドナなら……火をつけたのだったな。
ちらりと後ろを向き、兜越しにカリンと目を合わせる。
「殲滅しろ」
「畏まりました」
ガシャリ、と鎧の音を立て、カリンがエルフたちの頭上へと飛び上がる。
長槍は背負ったままだ。代わりに、兜のフェイスガードを上げ、素顔を曝す。すかさず矢と攻撃魔術が当たったが、ダメージはないだろう。
大きく息を吸ったカリンは、下に向かって赤く輝く息を吐き出した。
炎に包まれ、声もなく倒れていくエルフたち。そして燃え上がる、エルフたちの背後にあった建物。
これは灼熱の息。竜かそれに近い種族の魔物しか覚えられない竜の息の一種だ。
竜の息には火水風地光闇の各属性に合わせた六種があり、それぞれで特性が異なる。火属性の灼熱の息は威力と範囲に優れ、炎上の特殊効果があり、魔力消費が激しい。レベルを上げれば魔力消費はそれほど気にならなくなるので、六種のブレスの中では火属性が優遇されているという評価が一般的だ。
レベルがカンストしているカリンが本気で放った攻撃スキルだ。直撃を受けたモブエルフは即死だろう。それから、村が燃えたのは想定外だった。建物は破壊不能なオブジェクトだったんだけどな。現実だとそんなことはないのか。
「あれは、ヴィーヴル……覚醒体だと……?」
一人生き残ったゲルヴィンがカリンを見上げ、呆然と呟く。
ゲルヴィンが生き残ったのは、カリンがドナを灼熱の息に巻き込まないようにした結果、近くに居たゲルヴィンも攻撃範囲から外れたためにすぎない。
「私たちの力が理解できたようだな」
「貴様ら、は……」
恐怖のためか、怒りのためか、ガタガタと震えるゲルヴィンがこちらに振り返る。その視線は、オレの頭上を向いていた。
カリンだけに手を汚させるわけにもいかないだろう。従魔たちの主として、ドナもきっと同じ考えのはずだ。オレの考えたドナならば。
オレは、振り上げていたヘビーモールを、無言でゲルヴィンに叩きつけた。
「カリン、森に延焼しないように、村と森の間の建物や木を倒して」
「はい」
カリンの灼熱の息は、村の半分以上の範囲を燃え上がらせていた。ブレスの攻撃範囲が広かったこともあるが、数件しか建物のない小さな村だったということも原因だろう。
戦闘に参加せず、家に隠れていた数人のエルフが村からシィの方向へ走って逃げていくのを見かけたが、放置した。
ゲルヴィンが森から出ていけば見逃すと言っていたからな。こちらもそのくらいの譲歩はしよう。
復讐に戻ってくる可能性はあると思うが、そのときはオレと従魔たちで始末すればいいだろう。
カリンが長槍で燃える家を丁寧に崩し始めたのを見て、オレもカリンと別方向の家を壊し始める。全力でヘビーモールを振り回せば家の一件くらいは吹き飛ばせそうな気がしているが、火の粉も一緒に飛ばしては意味がない。
建物や木を倒しながら、村を一周したところで一息吐く。
村の様子も同時に見たが、生き残りのエルフは既に逃げ、村中に横たわっているのは、最初の灼熱の息に巻き込まれたエルフの死体だけだ。
燃えるものがなくなって火が小さくなってきている中、途中で見つけて気になっていた建物に近づいた。
村の中央にあったこの建物は、崩れ落ちてしまっているが、デザケーの神殿だと思う。ここまで崩壊していると、さすがにデザケーとの会話はできないだろうが。
まだ熱の残る瓦礫を、タワーシールドとヘビーモールでかき分け、元の部屋の配置に見当をつけて進む。
目当てのものは程なくして見つかった。デザケーの神像だ。五十センチメートル程の金属製の像で、神殿のコアとなるオブジェクトだ。これがあれば神殿を作って、デザケーと話ができる。
「カリン、これ持って」
オレの両手は塞がっているので、長槍を背中に戻したカリンに運んでもらおう。
これって火事場泥棒扱いなんだろうか? いや、放火強盗殺人? 違うな。森の害獣討伐と、その結果のお宝ゲットだ。
……そう思うことにしておこう。
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