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06. コボルトの村 -3-

 寝起きのぼんやりとした頭で周囲を見回す。

 見慣れない部屋に一瞬だけ戸惑うも、すぐに思い出した。


 窓のない部屋。両隣のベッドで眠る従魔たち。

 今のオレはドナだ。


 寝て起きたら夢だった、という展開も考えていたけど、やっぱりここは現実らしい。


 部屋には窓がなく一切の明かりもないため、完全な闇に包まれている。

 寝る前から装備していた暗視の指輪がなければ、状況の把握もできなかっただろう。


 改めて左右に視線を向ける。


 右側に寝ているのは、サキュバスのクーゴ。


 うつ伏せに寝ているため、短めのピンクの髪と太い二本の角しか見えないが、やや童顔の可愛い顔をした悪魔系魔物だ。

 羽が邪魔になるからか、シーツは腰から下にしか掛かっておらず、裸の背中が見える。

 白くて綺麗な背中だが、それよりも目を引くのは、腋から見える潰れた柔らかそうな横乳。ゲーム中では決まった服装のテクスチャから変更できなかったはずの外見だったけど、昨晩風呂場で視認した時には、何も纏わず、一切隠さず、正面から――さすがサキュバスという迫力であった。

 とはいえ、オレの好みとしては、この大きさが上限に近い。サキュバスはまだ昇格できるけど、そうすると胸のサイズも昇格してしまうからな。でかければいいというものではないのだ。

 最強にしか興味のないプレイヤーからは、「何故昇格させないのか理解できない」などという頭の悪い発言をもらったりもしたが、オレがサキュバスのデザインを好きなんだから仕方ないね。


 左側に視線を移せば、そこに寝ているのはヴィーヴルのカリン。


 クーゴよりも大きな角と羽と尻尾は、こうして横になっているとどうにも邪魔そうだ。クーゴと同じくうつ伏せに寝ている理由は、この羽と尻尾にあるのかもしれない。

 ゲーム中ではポニーテールにしていた銀髪は、今は下され、枕の上に広がっている。

 シーツは羽と尻尾の間にだけ残っており、背中もお尻も外気にさらされていた。そのお尻に目が行ってしまうのは、中の人のサガか。

 昨晩はカリンもクーゴと一緒に風呂に入ったわけだが。プレートメイルの上からは確認できなかったけど、竜人であるカリンの身体は、ゲーム中と同じく肘と膝から先が赤い竜の腕や脚になっていた。

 風呂に入る前はドナの身体を洗うのだと意気込んでいたものの、そんな手では傷つけそうだからと、結局、主となってドナを洗ってくれたのはクーゴだったな。

 なお、人間部分は、クーゴには及ばないものの、ドナと比較すれば遥かに女性的であった。ゲーム中の服装は比較的露出が高かったので、わかってはいたことだけど。


 肌に触れるシーツの感触と、クーゴとカリンの格好から見当はついていたが、オレの――ドナの格好も素っ裸だった。


 そんなドナの身体も、昨晩の風呂場でようやく全体の確認ができた。

 身長と胸回りにコンプレックスがある、という設定通りの体型であったわけだけど。クーゴとカリンに挟まれると、それも際立って見えた。

 体格が圧倒的に勝る二人に、いいように身体を洗われるドナ。従魔たちのマスターなのに総受けとか、自分の身に起きたことながら、ニヤニヤが止まらない。昨晩の風呂は至高の一時であった。


 ――その風呂の後はどうしたのだったかな?

 身体洗いが至高すぎてぐったりしたドナを見たロートが、お疲れの様ですので、みたいなことを言って、すぐにこの部屋に案内してくれたのだったか。


 食事も、結構豪華なものが部屋に運ばれてきた。本来は食事会的なものを開きたかったように感じたけど、ドナの様子を見て変更してくれたのかもしれない。

 風呂上がりのバスローブのみの格好で、三人で食事をして、そのまますぐに就寝した。うん、実際に疲れていたのかもしれない。

 昨日は一度に多くのことがありすぎた。


「んー……。ドナ、おはよう?」


 オレの気配に気づいたのか目を覚ましたクーゴが、寝ていた姿勢のまま視線だけをこちらに向けて挨拶してきた。


「うん。おはよう……という時間なのかな?」


 答えつつ、ふと疑問に思う。

 自然に目を覚ましたけど、今は朝なのだろうか。


 今いる部屋は、コボルトの掘った穴の中にある部屋だ。入口には木製の扉が嵌められ、壁には綺麗に壁紙が貼られていて、窓と明かりがないことを除けばとても上等な部屋だと思う。

 問題は窓がないということで、現在の時間がまったくわからない。


「もう、十時だよー?」


 ベッドにうつ伏せになったままのクーゴが、笑いながら指摘してくる。


 何故時間がわかるのだろう。

 ゲーム中であれば、メニューを開けば現在時刻が表示されていた。ある程度以上大きな人間の町なら、時計塔があった。しかし、それ以外の方法というと――


 不思議そうな顔をしたオレに気づいたのか。クーゴが寝ているオレの頭上を指差す。

 そちらに視線を向ければ、小さな現代風の置時計があった。


 ああ、そういえば。置時計の他に懐中時計や腕時計といった小型の時計を追加したMODがあったけど、あれも公式に取り入れられていたな。


 『リ・マルガルフの希望』の世界で使われている時間の刻みは、二十四時間で一日だ。この置時計も、見た目は現代地球の時計と何も変わらない。


「もう起きようか」

「そうだねー」


 起床の時間としてはすでに遅い。

 身体を起こすとドナの裸体があらわになるが、うーん、なんか今更だな。部屋にはクーゴとカリンしかいないし、二人も裸だし、むしろ気にする方が不自然なのか?


「カリン、カリン、朝だよ」

「……んー……」


 肩を揺すってみてもカリンは起きないな。

 澄ましていればキリリとした美人なんだけど、実際には色々残念なお姉さんなんじゃないか?


「起きて、ほら」

「んー、ん、んん……」


 残念美人のカリンを無理矢理起こすと、壁際にまとめてあった荷物から服を持ってベッドの脇に戻った。


「服、着せてあげようかー?」

「そういうのはいいから」


 昨日の風呂の続きをしようとするクーゴにピシャリと断り、服を着る。昨日と同じ服だ。早めに着替えが欲しいな。ロートに相談してみようか。


 なお、女性用下着――具体的にはブラジャー――は背中でホックが止められず、ニヤニヤ笑うクーゴに手伝ってもらった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 一晩穴の中にいただけだというのに、外の光はやけに眩しかった。


 コボルトの掘った穴の中は思ったよりも快適だったけど、ずっと引きこもっているのも不健康な気がしたので、クーゴとカリンを連れて外の光を浴びに出てきたところだ。

 食料を集めに森へ出る必要があるのなら、穴の入口付近の安全くらいは確保したいところ。そのためにもまずは状況を確認しないといけない。


 穴の中からこちらの様子を窺うコボルトたちの視線を背中に感じながら、外に建てられた小屋へと近づいてみる。

 昨日は暗くてはっきり確認できなかったけど、小屋は四軒あり、壁にはところどころ矢が突き刺さったままだった。

 これらの小屋は、鍛冶場と物置、それから予備の調理場らしい。さすがのコボルトも、換気の難しい穴の中ではあまり火を使いたくなかったようだ。


 ロートからは、村にもエルフが来ることがあるから注意するようにと、何度も念を押された。確かに、周囲を森に囲まれたこの村では、エルフに襲われたらひとたまりもないだろうな。


 周囲に気を配りながら、一番近い建物の入口へ向かう。これは調理場かな? 扉のノブに手を伸ばし――


「あ痛ぁッ!?」


 突然、何かが、ガスン、と右のこめかみにぶつかった。

 跳ね返って地面に落ちたそれをみると、そこには乾いた音を立てて転がる一本の矢。意外と鋭い金属の鏃に、陽の光がキラリと反射する。


 ……え? 撃たれた?


 慌てて顔を上げ、矢が飛んできたと思われる方向に視線を向ける。木の陰にいたらしいエルフが、ちょうどクーゴに切り捨てられるところだった。

 そこから少し右奥では、別のエルフがカリンの長槍で首を薙がれていた。


「何だあの魔物ッ!」

「に、逃げろ……ッ!」


 どこに隠れていたのか、姿を隠すことも諦めて全力で逃げていくエルフが二人。しかし、走り出して間もなく、クーゴが放った闇の槍(ダークジャベリン)の魔術で二人とも背中から貫かれて倒れる。


 ドナの従魔、強いな。

 そして、気を配っていたにも関わらず不意打ちされたオレは、ちょっと残念なのではないだろうか。

 いや、ドナの探索系の能力は高くなかったし、これは仕方がないはず。


「ドナー、倒したよー」


 クーゴが四体のエルフだったものを両手にぶら下げて飛んできた。

 エルフは人間より軽い傾向があるとはいえ、成人男性なら五十キログラムは越える。それを四体持って飛べるのか。

 いや、ドナでもその程度は持ち上げられそうだな。物理攻撃特化のクーゴなら楽勝か。


 カリンは村と森の境界付近をふらふらと飛んでいる。おそらくまだ隠れているエルフがいないか確認しているのだろう。


「あ、あの、大丈夫ですか?」


 クーゴが地面に落とした死体を漁っていると、いつの間にかロートが近くまで来ていた。


「うん。もう村の近くにエルフはいないんじゃないかな。念のためにカリンが見ているみたいだけど」

「あ、いえ、そちらではなく、ドナ様の頭に矢が……」


 そっちか。


「大丈夫だよ」


 確かに、いきなり目の前でヘッドショットされたら心配するのが普通か。

 クーゴとカリンは全然心配してくれなかったけど、それはドナの防御力を知っているからだろう。


「でも、まさかいきなり撃たれるとは思わなかったな。随分危険な状況のようだね」

「はい……そうなのです」


 ドナは人間なのに撃たれた。魔物の村にいたから、人間でも関係ないということだろうか。

 昨日のエルフの遺体は放置してきたから、それを発見されたのかもしれない。コボルトではあんな殺し方はできないから、コボルトたちに協力する何者かが現れたと判断されてもおかしくない。つまり、ドナたちがその協力者と見られて攻撃されたのか。

 うん? 協力者であることは間違っていないか? いや、昨日のエルフと戦闘になった時点では、まだ協力関係ではなかった。先に手を出したエルフが返り討ちにあった、ただの自業自得のはずだ。


 理由はどうでもいいか。すでにわかっていたことではあるが、この森に棲むエルフは危険な敵だ。駆除するなり不干渉の約束を取り付けるなりする必要がある。


「昨日はすぐに行動を起こしたりしないって言ったけど、やっぱりエルフの村まで行ってくるよ」


 ゲーム中でもこの森にはエルフの村があった。地理的なスケールが変わっているとはいえ、大体の位置は見当がつく。


「そうですか……わかりました。お気をつけて」


 仕方ないといった感じで頷くロート。

 その割には尻尾は揺れているな。十分な戦闘力は見せたし、期待されているようだ。


 しかし、問答無用で攻撃してくるような相手だ。ちゃんと防具を装備しておいた方がいいかもしれない。

 本音を言うと、現実らしいこの世界に来てから、ドナの本気装備をまだ着ていないので、ちょっとだけ興味がある。


 着替える場所はどうしようか。目の前の倉庫らしい小屋を借りるか?

 いや、ドナの鎧を着てしまうと、この扉は小さくて通れないかもしれない。

 どうせこの場には従魔とコボルトしかいない。気にせず着替えるか。


 ボトムレスバッグから装備を取り出す。暗緑色のヘビーモール。暗緑色のタワーシールド。暗緑色のヘビープレートは、頭部、胴部、腕部、脚部の四パーツ分だ。


「もしかしてこれは……」


 興味深そうに見ていたコボルトたちの中から、一人の黒いコボルトが近づいてくる。昨晩、クーゴとカリンの装備の素材を当てたコボルトだ。


「わかるようだね?」

「は、はい。これは重填鋼(フィデリール)ですね」

「そうだ」


 重填鋼(フィデリール)真明金(ジャストールド)魔歳精(ベネルガム)と同じ、五つの魔法合金の一つだ。

 他の追随を許さない物理防御力とほどほどの魔法防御力を持つ、防具に適した合金だ。一方で、形状が同じ装備品と比較すると、重填鋼(フィデリール)製の装備品は鋼製の約八倍の重さになる。ネット上の攻略サイトに付随した掲示板では、地球と同程度の重力と推測される地にこんな密度の物質が存在し得るのか、なんて疑問も出たりしたけど、まあ、こうして実際に存在している。

 なお、武器の素材とした場合の適正は真明金(ジャストールド)の反対だ。軽量武器の素材にすると攻撃速度にペナルティが付く一方で、重量武器の素材にするとダメージが大きく増える。ドナのヘビーモールがそのいい例だ。


 装備の重量といえば、『リ・マルガルフの希望』の世界では、筋力(STR)によって、装備可能な重量や、装備の重量によるペナルティの軽減などが決まる。

 この筋力(STR)などの能力値は、内在魔力によって肉体や精神の強化が行われるらしい。そのため、ある程度以上レベルが上がったこちらの世界の生物――人類も魔物も――は、地球の生物と似たような見た目でも、その能力は非常に高いという設定だ。

 実際にドナの腕力や防御力を体感したし、疑う余地はない。


 この世界にもプレートメイルは存在する。デザインは最近のアニメやゲームの影響を受けてファンタジーよりだけど。重量は地球の史実よりやや重めらしいが、同じ鋼製なら防御力も同等程度と考えられる。

 ただ、この世界の着用者は身体能力が高いため、プレートメイルから重量を犠牲にして更に防御力を上げた鎧が存在する。それが、ドナの鎧であるヘビープレートだ。防御力は五割増しだが重量は四倍になる。

 戦闘は従魔に任せ、死なないように防御を固めて後方で傍観する魔物使いにとっては、まあまあ相性のいい防具といえた。


 地面に並べた重填鋼(フィデリール)のヘビープレートに目を向ける。

 最も目立つのは、腰部のパーツだ。


 ドナの鎧は、足元が隠れるほどのスカートが付いている。もちろん鎧本体と同じ重填鋼(フィデリール)製だ。

 これは、初期のバニラには存在しなかった鎧で、一般にはスカート付きの金属鎧と呼ばれている。女性向け鎧の一種として公開されたMODが公式に取り込まれたものだ。

 ヘビープレートの他、ライトアーマーやプレートメイルといった他の種類の金属鎧にもスカート付きは存在するが、どれも本来の鎧の上にスカートを付けたデザインだ。下半身の体積が増えることで重厚感と安定感が増し、女性の体型に合わせて狭い肩や細い腰回りとのギャップが格好いい。


 問題があるとすれば、スカートの有無に依らず防御力の変化はないこと、重量はスカートの分だけ増えて約五割増しであること、見た目にしか価値のない鎧なのに従魔に装備させても外見に反映されないこと、ぐらいだろうか。

 単純な戦闘力を求めるプレイヤーには見向きもされない装備で、基本的にはネタ扱いだ。特に重填鋼(フィデリール)製スカート付きヘビープレートは、その重量と合わせてバニラで一、二を争うネタ装備である。


 もう一つ、大きな問題がある。それは、『リ・マルガルフの希望』の当たり判定だ。

 多くの3Dゲームでは、処理の軽量化のために、キャラクターの体幹から離れた部分には当たり判定がないことが多い。結果として背景や障害物に、羽や尻尾や装備品の一部がめり込んで見えることもあっただろう。

 しかし、『リ・マルガルフの希望』では、当たり判定はほぼ見た目に一致する――オプションで判定を簡易化することはできたが、デフォルトは見た目通りの当たり判定だった。


 総金属製のスカートは、幅が広く、形もほとんど変わらないため、狭い通路を通ることができなかった。また、裾が長いため、傾斜が急な坂や階段を歩くことすら不可能であった。

 そのため、ドナは常にボトムレスバッグに浮遊の指輪を入れていたくらいであった。空中なら引っ掛ける足場や障害物が少ないので。



 ササッと服を脱ぐと、ヘビープレートを身に着ける。女性用の下着よりは着替えやすい。

 さすがのドナの怪力でもずっしりとした重さを感じるけど、動けないほどではない。むしろ安心感すら感じた。

 全身合わせて四桁キログラムの鎧だ。ドナにとっては程良い重りである。


「ドナ、脱ぎ方が雑」


 ふと横を見れば、オレが脱ぎ捨てた服を、クーゴが畳んでボトムレスバッグに仕舞っていた。


「あー、ありがとう?」

「お礼を言うより、そもそも服を投げ捨てるのは止めて欲しいかなー」


 むぅ。確かに、ドナはそんなはしたない行動はしない。注意しよう。忘れなければ。


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