05. コボルトの村 -2-
「私が代表のロートです」
名乗ったのは、赤茶色の毛を持つコボルトだった。
場所は先程の広間から移って、小さな部屋。打ち合わせなどに使っているのか、話しやすいようにテーブルと椅子が置いてある部屋だった。
入口には鍵の掛かるドアもあったから、重要な話に使う部屋なのかもしれない。
椅子は背もたれのない形状のものだったけど、これは魔物たちが使う一般的な形だ。人間が使う背もたれがあると、尻尾や羽が邪魔になる種族が多いからな。
テーブルの中央にはランプが置かれた。
コボルトたちには暗視能力があるから、暗闇の中でも問題ないと思うんだけど。礼儀的な何かなのかな。
理由はともあれ、暗視の指輪による視界は色がわかりにくいので、オレとしてはこっちの方がありがたい。
オレが勧められたのは上座だったけど、気にせず座った。両隣にクーゴとカリン。二人とも鎧を着たままだが、カリンは兜を脱いで素顔になっている。
コボルト側もこちらと同じ三人で、ロートと名乗った赤茶色のコボルトを中心に、オレたちと向かい合わせに座った
しかし、ロートは普通のコボルトに見える。群れのリーダーは、コボルトから昇格したコボルトチーフが務めることが多いのだけど。
「代表……ってことは、村長か何かなの?」
「いえ、村長はブラウという者でしたが……エルフに殺されてしまったため、私が臨時で代表をしております」
お、おう。何かいきなり重いな。
「ああ、ええとその、エルフとの関係について教えてもらえるかな? 知っての通り、私たちには回復魔術と戦闘力があるから、力を貸せることもあると思うよ」
「それは願ってもないことですが……」
交換条件があるのだろう? と問いたげな上目遣いになるロート。
さすがに無条件に喜びはしないよね。もちろん交換条件はあるわけだし。
「実は私たちは行く場所がなくて。しばらくここに住ませて欲しい。滞在中に起きた問題は、一緒に住む者として積極的に対処するよ」
「は、はい。ありがとうございます……?」
あれ。まだ不審そうだな。
自分でいうのもなんだが、食べ物と寝床を用意するだけでほぼ上限まで鍛えてあるドナたちの力を借りられるのだから、こんなに美味しい話はないはずなのに。
……ああ、いや、違う。美味しすぎるのか。そりゃ、警戒もするだろう。
「現時点ではこれ以上望むものはないね。後々、必要なものが出てきたら相談させてもらうかもしれないけど」
「……はい。わかりました」
一応納得はしてくれたようだが、今度は何をふっかけられるのか心配しているようにも見える。
うーん。会話での交渉って難しいな。とりあえず納得はしてくれたみたいだから、いいか。
「それじゃあ、エルフとのことについて教えてくれるかな。村長が殺されたということだけど、何かあったの?」
「もともと我々とエルフは、出会えば殺し合いになる仲でした。ただ、それは森の中でたまたま遭遇した場合の話で、積極的に狩りにくるようなことはなかったのです」
ほう。今回のはたまたまの遭遇戦なんだと思っていたけど。
ゲームのときから、エルフを含む人族と魔物は、出会えば殺し合う仲だった。今回も同じ状況だと思っていたけど、どうやらもう少し悪い状況らしい。
「村長が殺されたところまでは、たまたまだったと思うのです。ただ、何故かその時に限って普段は放置する遺体をエルフたちが持ち帰り、それを奪回しようと若い者たちがエルフの村を襲撃したことから、今の状況になりました」
元村長は、コボルトチーフだったのではないだろうか。
コボルトチーフなら見た目にコボルトより一回り大きいので、倒したエルフが持ち帰ることもあるのかもしれない。大物を仕留めたぞ、みたいなノリだ。
出会えば殺し合いになる、とはいうものの、これは、エルフを含めた人族からの認識だと少し違う。
人族は、魔物のことは害獣か何か、よくて素材くらいにしか思っていない。獣系の魔物なら、食糧とみなされることもある。
シィの近くで会った人間たちが「魔物狩り」と表現していたことでもわかる。対等な戦いではなく、一方的な狩りだと思っているのだ。
まあ、「魔物使い」などと称しているゲーム主人公――ドナも、魔物を自分より下に見ているという点では同類かもしれないが。本人は友達のつもりでいても、主導権はドナにあるわけだしな。
――話を現状の把握に戻そう。
つまり今の状況は、エルフたちから見て、コボルトたちの危険度が増したから、積極的に駆除しよう、といったところなのだろう。
オレたちは、この村をしばらくの間の拠点とさせてもらう礼として、事態の解決に協力すればいいだろう。
では、具体的にどうやって解決するかだが。コボルトたちの問題なのだし、まずは本人たちに確認するのが先か。
「それで、エルフたちをどうしたい?」
「……どうしたらいいのでしょう……?」
おいー?
最初に臨時の代表だって言っちゃうくらいだし、あまりリーダーには向いていない性格なのか? そんなロートが代表になるくらいだから、リーダーができるコボルトはすでに残っていないのか?
「エルフたちと共存する方法を考えるのか、関わらずに被害を減らすのかの方向性くらいはないの?」
「共存は……ありませんね」
「じゃあ、この地に留まってなんとかするのか、逃げて新しい土地を見つけるかだと、どっち?」
「逃げる先に当てはありませんし、穴の中ならエルフたちも手を出してきませんので、とりあえずここに篭っているのが安全かと……」
うーん? 篭城戦は、状況を打開する当てがないとジリ貧になるだけだろう?
かといって逃亡先の当てはオレにもない。下手に草原に出ると人間の魔物狩りに遭いそうだ。
「穴を掘ってどんどん奥に逃げるとか?」
「外に出られないと食糧を補充できなくなってしまいます」
さすがに土を食うわけにはいかないか。地中に棲む生物もいるだろうけど、地上に比べると量が足りないし、見つけるのも難しそうだ。
今更ながら気づいたけど、今日エルフと戦闘になっていたコボルトたちは、食糧を集めに出ていたグループだったのかもしれないな。
「では、ここに留まる方向で。でも、篭るのはなしだね。打って出る方がいい」
「それは……」
「閉じ篭っていても、状況は悪化するだけだよ」
不安そうに左右のコボルトたちと視線を交わすロート。
オレの言っていることはわかっていても、打って出ても閉じ篭っていてもどちらにせよ先はないと感じているのか。
まあ、否定はしない。でも、積極的にエルフを排除する方が生き残る確率は高いと思うんだよね。
「確かに私にも具体的な策はないけど。私たちがいれば、取れる策も増えるだろう」
オレたちでエルフたちと交渉してみるのもいいかもしれない。
「いきなり行動を起こしたりはしないから、安心して。どう対処するかはじっくり考えよう」
「わかりました」
安堵したように頷くロート。
とりあえず、しばらくの間の寝床は確保できたってことでいいのかな。あとは、その寝床を侵略しようとする森の害獣を駆除すればいいだけだ。
「話は変わるんだけど、この村にデザケーの神殿はあるかな」
デザケーと話をするには神殿に行かなければならない。シィに神殿はあると思っているが、中に入れなかった。もしこの村に神殿があるなら、無理にシィへ行く方法を考える必要がなくなる。
「デザケー様のですか? いえ、ありません」
そうか。
まあ、小さな村には神殿がないことも珍しくはない。シィは小さな村だったけど、他の集落から遠く離れた場所にある村だったから、神殿があったのだろう。
神殿がないのは残念だけど、仕方ないか。
「そういえば、今更なんだけど。この村に名前はあるの?」
「はい。コボル、といいます」
「……ああ、うん」
コボルトの村だからコボルとか、安直な。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「どうやら、お湯の用意ができたようです。よろしければ汗を流されませんか」
その後、魔法金属やら鍛冶やら魔物使いについてやらの雑談を続けていると、部屋に入ってきたコボルトの報告を受けて、ロートが風呂を勧めてきた。
穴の中だとわかりにくいけど、村に入った時点で日が暮れ始めていたし、今はもうとっくに夜になっている時間だろう。
「ああ。ありがとう」
昼間はそれなりの距離を歩いたし、寝る前にさっぱりしたいと思っていたところだ。風呂は素直にありがたい。
ありがたいのだけど。
オレが風呂に入っていいのか? ドナの身体で?
それからもう一つ。少し前から認識していた事態ではあるのだが、緊急で対処しないといけない問題があった。
「……うーん……」
「ドナ、どうしたの?」
困っているオレに気づいたのか、クーゴが身体を寄せてきた。
「実はその……えっと……クーゴは、お手洗いの場所とか知らない?」
「知らない」
小声で聞いてみるものの、ばっさりと即答される。
自分の家でもないし、知ってるはずないよな。
「ロートー、お風呂はもちろん嬉しいんだけど、トイレも貸してー?」
「おお。これは気がつかず失礼しました。案内させましょう」
「ありがとー。ドナも行こー」
「う、うん」
クーゴ格好いい。持つべきは従魔だな。
いや、困っていたのは、恥ずかしくて言い出せないとか、そういうこととはまた違う事情だったんだけど。
クーゴに手を引かれ、コボルトの案内で部屋を出る。
黙っていたカリンはしれっとオレたちの後をついてきた。席を立った時に口元を拭っていたけど、まさか話し合いの最中に涎を垂らして寝ていたわけじゃないよな?
案内されたトイレは村で共同のものらしく、複数の個室が並んでいた。
その中の一つを選んで入ってみれば、そこにあったのは洋式トイレ。しかも水洗式だった。
……ああ、いや、水洗トイレMODが公式のアップローダーに登録された後、意外なほどの速さで公式に組み込まれたことは覚えている。なので、この世界に水洗トイレがあることはおかしくない。
おかしくないけど。
そうか。人族だけでなく、魔物の間にも広まっていたのか。
便利だし、衛生的だし、理屈としては正しいのだろう。手先の器用なコボルトなら、自分たちで作ることもできそうだ。
そんな水洗トイレを見詰め、オレは動きを止める。
いたさないという選択肢はない。
ないのだ。
いや、うん、そう。これは、メンテナンス。
ドナの身体を預かっている以上、責任をもって適切な状態を維持する義務があるのだ。これは必要なメンテナンスなのだ。
「長かったねー」
個室から出てきたオレに、ニヤリとクーゴが笑いかけた。
やましいことはない。オレは義務を果たしただけだ。
「何で顔真っ赤なの」
「……何でもないよ」
「体調が悪いのですか?」
「…………何でもないから」
クーゴだけでなく、カリンまで近づいてきてオレの顔を覗き込む。
ゲーム中はテクスチャレベルで肌と一体化していた下着が、何の抵抗もなく脱げ、その中まで確認できたわけだけど、別にそれを思い出して赤くなっていたのではない。
ないのだ。
「それじゃー次はお風呂だよ。もう準備されてるよ」
クーゴがオレの手を引っ張る。
そうだ。元々風呂に入るという話だった。
……うむ。これも、メンテナンス。風呂もトイレと同じく、ドナの身体を適切に保つためのメンテナンスだ。
やましいことは何もない。
「なんか、みんなで入れるおっきいお風呂なんだってさー」
先導するコボルトの後を飛びながら、オレの手を引くクーゴが楽しそうに言う。
「一緒に入るの楽しみだねー」
「マスターのお身体は私たちが洗います」
え。一緒に入るの? クーゴとカリンと……?
それはいいのか?
ドナならばメンテナンスという大義名分がある。でも、クーゴやカリンの裸を見てもいい理由がない。
「えっと、私は一人で……」
「そんなことを言わずにご一緒させてください」
「そうだよ、コボルトのみんなも後で入るんだから、お客サマのボクらは早めに済ませないと悪いよ」
うむぅ。
あ、いや、クーゴの言うことは、大義名分に当たるのではないだろうか。
それに、メンテナンスのためとはいえドナの身体を洗うのは、オレよりも同性のクーゴやカリンの方がいいのかもしれない。
「ん……わかった」
「くっくっくー。ボクのサキュバス流洗身術を見せてやるときがきたのだー」
ちょっと待って。それ、大義名分を越えてダメなヤツ。
「サキュバスにはそんなものがあるのか?」
「使ったことないけどねー」
カリンの問いに悪びれなく答えるクーゴ。
確かに。言われてみれば、クーゴがそんなものを使うタイミングはなかった。
ゲーム中、主人公の拠点に風呂場はなかった。というか、そもそも『リ・マルガルフの希望』の世界に風呂はなかった。途中で風呂を追加するMODが公式に取り込まれたのだ。
そのため、風呂のある施設は限られていた。
話は変わって、『リ・マルガルフの希望』は、ゲーム開始時のチュートリアル内で女神デザケーから最初の従魔をもらえる。いくつかの選択肢が提示されるのだけど、オレが――ドナが選んだのはインプだった。
このインプが昇格してサキュバスになったのが、クーゴである。
つまり、サキュバスになって以降、ずっとドナと一緒にいたのだ。洗身術とやらを使う以前に、風呂に入ったことがあるかもあやしい。
なお、ドナのセーブデータにおいては、従魔の名前はデフォルトネームのままとしてある。
従魔にすると名前の入力を求められるのだけど、このとき、すでにデフォルトの名前が入っているのだ。気にせず自分の好きな名前をつけるプレイヤーは多い一方で、デフォルトのままにする、命名が苦手なプレイヤーも多い。
ドナの場合は――ドナのロールプレイにおいては、魔物が従魔になる前から持っていた生来の名前を捨てさせるのは、可哀想だし、自分が傲慢に感じる、という理由でデフォルトネームのままにしていた。
インプは性別不詳のためか男っぽいデフォルト名が多く、クーゴなんていう名前のサキュバスになってしまったのだが。これはこれで、悪くない個性だと思っていた。……もしかして、クーゴがボクっ娘になった原因ってこれか。
風呂場はトイレから少し歩いた所にあった。水場は近くに固めてあるのか。穴を掘って作られた住居だし、地下水源の位置に影響されるのかもしれない。
入口で男湯と女湯に別れている。
さすがに銭湯のような暖簾はなかったが、案内板でわかった。
未だに手を離さないクーゴに引きずられ、カリンにも背中を押され、オレは女湯の更衣室へと連れ込まれたのだ。