04. コボルトの村 -1-
コボルトの村にある穴の中は真っ暗だった。
背負っていたボトムレスバッグを下ろすと、手探りで暗視の指輪を取り出して装備する。
クーゴもカリンも、そしてコボルトたちも種族特性で自前の暗視能力があるはずだ。
クーゴの種族であるサキュバスは本来夜行性、コボルトたちは穴を掘ってそこに棲む種族だ。カリンの種族であるヴィーヴルは、額に持つ宝石のような眼が強力な感知器官であり、暗闇を見通すだけでなく、不可視の相手やスニーキング中の相手なんかにもすぐに気づくことができる。
この場で夜目が利かないのは、人間であるドナだけだった。
「魔法の指輪……ですか?」
見張りだったコボルトが、オレの手元に視線を向ける。心なしか目がキラキラしているような? コボルトって光物が好きだったっけか……?
「うん。暗視の指輪だね」
「……ああ! 人間ですからね。気がつかなくて申し訳なく……」
「気にしなくていいよ」
種族的に仕方ないだろう。気づいたところで灯りを用意できるとも思えないし。
改めて辺りを見回せば、周囲は岩肌とそれを支える木組み。左側にクーゴ。少し離れて何人かのコボルト。
コボルトたちは、ゲームのときと同じような見た目だ。百五十センチ程度の身長に、犬のような頭部。全身が毛に覆われ、尻尾も生えているけど、骨格的にはほぼ人間と同じだろう。
ゲームの頃と違い、並んでいるのを見比べれば個体ごとに見た目に違いがあることがわかる。
しかし、コボルトもやっぱり日本語を話すんだな。
この世界の標準語が日本語であることはすでに確認した事実だが、犬の口で日本語を流暢に話す様子は、どこか不思議な感じがする。
「こちらへどうぞ」
案内のコボルトに従って、奥に向かってすぐの分かれ道を曲がる。
そこは広く掘り抜かれた空間だった。入口に近いし、多目的に使われる広間のように見える。そこには、多くのコボルトと一緒にカリンの姿も見えた。
コボルトたちの中にいると、百七十センチくらいのカリンは目立つ。一人だけプレートメイルを着こんでいることも、目立つ要因の一つだ。
……なお、ドナの身長はコボルトたちの平均よりやや低い。
「お待ちしておりました。マスター」
オレを見つけたカリンが近づいてくる。後ろには取り巻きのようにゾロゾロとコボルトたちを引き連れていた。
「人間の町はいかがでした?」
「入れなかったよ」
「マスターはこちら側ですからね」
カリン、お前もか。こちら側ってどちら側だよ。
「あ、あの……」
カリンに付いてきたコボルトの一人が、何かを言いたそうに口を挟む。
オレに聞きたいことでもあるのだろうか。それとも、ここで待機させている間にカリンが何かしでかしたのだろうか。
「すみません、マスター。私が彼らの質問に答えられず、マスターが来られるのを待っていたのです」
「質問?」
「はい」
何だろう。
現時点では特に秘密にすべきこともないから、オレの判断を仰ぎたかったのではなく、言葉通りにカリンではわからなかった質問だろうか。
「何が聞きたかったの?」
喋りたそうにしていたコボルトに尋ねてみる。
「は、はい。カリン様の鎧は、もしかして真明金ではありませんか?」
「そうだけど」
真明金は、『リ・マルガルフの希望』に存在する五つの魔法合金の一つ。純金よりやや白っぽい黄金色に輝く金属だ。
作るのが多少面倒な素材ではある。しかし、魔法合金の中では最高の魔法防御力と二番目に高い物理防御力、同じ形状の鋼製の装備品と比べて約半分の重量しかない軽量さといった特性を持つ。防具の素材としては最高レベルのものの一つだ。
確かに貴重品だけど、見ればわかるのだし、秘密というわけでもない。
どうしてカリンは答えなかったのだろう?
「……いえ、私はこの鎧の素材を知りませんでしたので……」
「おい……?」
ふいっと目を逸らすカリン。
何だかわからないものを装備していたのか?
いや、確かにゲームでは、従魔の装備品はプレイヤーが指定して好きに付け替えるものだった。従魔側に装備品を気にする余地はなかっただろう。
「まさか、クーゴも自分の装備の素材を知らなったりしないだろうね?」
「ドナが作った凄い素材!」
「ああ、うん、そうだね」
そうか。ゲームでは言われた通りに装備していただけだもんな。
「……キミはわかるか?」
先に質問してきたコボルトに、クーゴの鎧を指差して尋ねる。
「は、はい。もしかして、魔歳精でしょうか」
「その通り。さすがコボルトだな」
コボルトは生産系の適正を持つ種族だ。有名な素材を知らないということはないのだろう。
魔歳精も真明金と同じく、五つの魔法合金の一つで、暗赤色の金属だ。
防御能力自体は鋼製の装備品よりも少しマシという程度にすぎないが、装備することで全能力値にボーナスがつく。特に筋力と敏捷へのボーナスが大きく、物理火力偏重のビルドではよく選択される。
「伝説の魔法金属で作られた装備品か……ッ! これがあれば、エルフどもに勝てるかもしれぬ」
「実際に、クーゴ様とカリン様がエルフを四人返り討ちにしたと聞いているぞ」
「それは凄い……ッ!」
一連の会話を聞いて、周囲のコボルトたちが盛り上がり始める。
装備品の素材を気にするなんて、生産系魔物のコボルトらしいと思っていたけど、もっと深刻な理由があったようだ。
しかし、伝説扱いはちょっと大げさではないだろうか。
五つの魔法金属はバニラにおける最高レベルの素材であり、作るには生産系のスキルを高レベルで複数取得する必要があった。しかし、手の届かないようなものではなかったはずだ。
ああ、いや、待てよ。ゲーム内で魔法金属を合成できるまで成長できる可能性があるのは、主人公だけだった。ゲーム中、魔法金属を作り出せるNPCは他におらず、過去に作られた装備品がいくつか存在していただけだ。
もしかして遺失技術だったのか? それとも、知識は残っていてもそこまで成長するのが難しいとか?
どちらにせよ、ゲームのときより貴重品らしいことを覚えておくべきだろう。
聞かれなかったけど、クーゴの大鎌とカリンの長槍も魔歳精製だ。当然、装備時の能力値ボーナスを期待しての選択である。
真明金は防御に優れた金属ではあるけど、別に防具専用というわけではない。軽量であるため、短剣やレイピアなどの素材にすると、攻撃速度にボーナスが付く。一方で、斧や鎚など重量武器の素材にするとダメージが激減してしまう。
なお、主人公の取得スキルはある程度プレイヤーに自由があるが、装備品の関係で生産系に振ることが望ましいとされていた。バニラ限定縛りプレイの場合は。
掲示板などで聞いた限りでは、MODの装備品を使い、主人公のスキルも戦闘系に多く割り振るプレイヤーの方が多かったみたいだったな。
伝説の魔法合金について勝手に盛り上がり始めたコボルトたちから離れ、広間の隅の方へ移動する。先程目に入って気になったものがあったからだ。
壁際に並べられていたのは、顔以外を丁寧に布で巻かれて横たえられた、三体のコボルト。扱いからすると、先にあったらしいエルフとの戦闘での犠牲者だろうか。
『リ・マルガルフの希望』では、戦闘後に死体が残る。マップを切り替えると死体は消えるが、現実らしいここでは、勝手に死体が消えることなどないのだろう。埋葬するために持ち帰ったのだと考えられる。
ここが現実だとして、なるべく早く確認しておきたいことがあった。
蘇生魔術だ。
ドナは蘇生魔術が使える。蘇生ポーションだってボトムレスバッグの中に何本かあるし、拠点に戻ればそれなりのストックがある。
この先、クーゴやカリン、他の従魔たちにもしものことがあった場合、蘇生手段は必須だ。
いざとなったとき、ぶっつけ本番で蘇生魔術を使うのはリスクが大きすぎるのではないだろうか。しかし、前もって確認や練習をするためには、死体が必要だ。
エルフを生き返らせる気にはならなかったけど、コボルトなら、恩も売れるしいいのではないだろうか。いや、うっかり蘇生魔術を見せて、それを目当てに纏わりつかれるのも面倒か……? いやいや、むしろ逆に、人間の町などで試すより、コボルトの村のように小規模な集団の中で試して、どうなるか確認した方がいいのでは……?
考えが逸れてきた。今確認したいのは、蘇生魔術をちゃんと使えるかどうかだ。
思い返してみれば、ドナの身体で目が覚めてから、まだ一度も魔術を行使していない。ドナは魔術を使えるはずだけど、オレはそんなものを使ったことはなかった。
そもそも、魔術ってどうやって発動するんだ?
ゲーム的には、魔術一覧から使いたい魔術を選択するか、登録したショートカットを入力すると、主人公が魔術発動のポーズを取り、属性に応じた色のエフェクトが光って、魔術が発動する。
目の前のコボルトの死体に、右手をかざす。
バニラでの魔術発動ポーズは、右手か、右手に持った武器を対象に向けるだけだ。恥ずかしいポーズに差し替えるMODはいくつもあったけど、バニラのままでよかった。
発動までの溜めはあれど、呪文の詠唱などは不要のはず。
蘇生を使うことを念じてみると、右手に何かが集まり始めるのがわかる。その何かは、十分に溜まったところで、右手からコボルトへ緑色に輝く奔流となって流れていった。回復系魔術のエフェクトだ。何度も見たので、見間違えることはない。
エフェクトが消えるのを待って、魔術をかけたコボルトを調べる。
ぴくりとも動かないので失敗したかと思ったけど、どうやら呼吸はしているようだ。死んだように眠っているというやつだな。
「ドナ、どうかしたの?」
背後からの声に視線だけで振り向けば、そこにはクーゴとカリンを先頭に数人のコボルト。
黙ったまま死体の前で何かをしていれば、気になるのは当然か。
しかし、オレはその問いに言葉で答えることはせず、目の前で眠るコボルトの身体に巻かれた布を引っ張り上げながら立ち上がった。布は解け、巻かれていたコボルトはぐるぐると回りながら地面へと転がされる。
「な、何をす――」
「……痛ったいなぁ……何なの?」
一瞬、背後のコボルトたちの間で空気が緊張したような気がしたが、それも転がされたコボルトが目を覚まして上体を起こすまでのことだった。
「生き返らせたの?」
「ちょっと試したいことがあったからね」
魔術は使えた。
しかし、よく考えたら新しい疑問が増えていた。
ゲーム中では、蘇生の魔術は従魔相手にしか使えなかったはずだ。
正確には、従魔の死体以外は蘇生の対象にできない。倒した敵を復活させることはできなかったのだ。
まあ、従魔で試すわけにはいかなかったので、今回の試み自体が間違っていたとは思っていない。ただ、今回の結果から、従魔とそれ以外の魔物の違いはどこにあるのだろうという疑問が出てきてしまった。
いずれどこかでちゃんと考察しておきたいな。
少し思索にふけっていた間に、生き返らせたコボルトが家族らしいコボルトに抱きつかれ、状況を説明されていた。
他のコボルトたちからは、何やら期待するような視線を向けられている。
この状況で、一人だけ生き返らせて他はダメだっていうのは、さすがに酷い話か。
一度発動できた魔術は、気負いなく行使できた。
横に並べられていた残りのコボルトも蘇生させておく。
「……蘇生できるのは、死後あまり時間が経っていない場合だけだね。あと、遺体の損傷が酷すぎても無理かな。それから、私の魔力が足りない場合ももちろん無理だ」
なおも期待の視線を向けてくるコボルトたちに、先回りして拒否をしておく。
放っておくと、過去の死人も生き返らせろと言い出しそうだったからな。
いくつか条件も付けたから、断りたいときに断ることはできるだろう。
「ところで、少し話を伺いたいのだが、キミたちの代表はいるか?」
ちらちらと生き返らせたばかりのコボルトに視線を向けながら、コボルトの集団に声を掛ける。
ただで蘇生魔術を使うはずがない。押し売りではあれど、見返りは要求しよう。