03. ゲームの世界と従魔たち -3-
「ドナ、おかえり~」
森の縁ギリギリで待っていたクーゴと合流する。
自宅や拠点ではないのだけど、挨拶は「おかえり」でいいのだろうか。
「人間の町はどうだった?」
「入れなかったよ」
「あはは。ドナはこっち側だからね~」
こっち側ってどっち側だよ。人間側でなく、魔物側だってことか?
確かに、『リ・マルガルフの希望』での主人公は魔物使い最後の生き残りで、ぶっちゃけていえば人間社会で迫害されて滅びようとしていた一族の末裔だったわけだけど。
ゲーム的にも、メインシナリオ終了後は人間の村や町に入る意味がなくなるので、従魔を鍛えたり増やしたりしていただけだったわけだけど。
……魔王がいなくなった以上、従魔たちと主人公は、実質的に最強魔物軍団とそれをまとめあげる親玉だったわけだけど。
まあ、ドナの立ち位置はどうでもいい。どうやらクーゴたちが魔物狩りに遭うことはなかったようだ。
「クーゴだけ?」
クーゴと無事に合流できたことは喜ばしいが、一緒に待機させていたはずのカリンの姿が見えない。
……いや、それだけではないな。クーゴは、背中に背負っていたはずの大鎌を手に持っている。しかも、その刃についているのは、血か?
「……戦闘があったの?」
「あー……うん。エルフに矢を撃たれてね。それでカリンは……えっと、順番に話すね。とりあえずこっち来て」
魔物狩りに遭うことはなかったけど、エルフと戦闘になってしまったらしい。
クーゴが無事でよかった。カリンは……クーゴの様子からして、大事には至っていないだろうか。
どちらにせよ、目を離すべきではなかったのかもしれない。
とはいえ、都市の近くに連れていくわけにもいかなかったし……うむむ。
羽をやや早めに動かしながら森の奥へ入るクーゴに続く。
森の中も意外と明るい。木も密集して生えているのではなく、隙間が大きく歩きやすいな。……いや、誰かが手入れしている森なのか?
「最初、ボクたちは森の入口近くに居たんだけどさ。奥の方から戦闘の音が聞こえてきたから様子を見に近づいたんだよね。そしたら、エルフとコボルトが戦ってたんだ」
言われてみれば、この森にはエルフの村があったはずだ。
『リ・マルガルフの希望』のエルフは、様々なファンタジー作品に出てくるエルフとあまり差がない。人間に近い種族で、身体は細いけど弓と魔術が得意で、森に巣食い、排他的で、傲慢で、高飛車で、ムカついたプレイヤーに燃やされたりすることもあるヤツらだ。
魔物ではなく人の一種という位置づけのため、従魔にすることはできない。少なくともバニラでは。
コボルトの方は……この辺りにポップすることもあったかな?
元はドイツの伝承にある邪悪な精霊だったか。『リ・マルガルフの希望』では、近年のゲームなどの影響で、犬の頭部と毛皮と尻尾を持つ人型の魔物として登場する。
魔物だけあって、従魔にすることができる。戦闘では可もなく不可もない程度だが、生産系のスキルを習得するため素材収集や消耗品の補充などで役に立つ。
「コボルトたちは逃げるのに精一杯だったみたい。先にボクたちに気づいたエルフが矢を撃ってきたんだ。……そこに落ちてるのが、最初に攻撃してきたエルフ」
「うへぇ」
クーゴが大鎌で指し示した先に、肩口から真っ二つにされたエルフだったモノが転がっていた。
グロいのはあまり得意ではないのだけど……思ったより平気だな。
やっぱり夢の中なのか? それとも、ゲームの主人公であるドナは死体に慣れているはずなので、オレがそれに引きずられているのか?
奥の木の陰を見れば、さらに別のエルフらしきモノが倒れていた。
「エルフは何人いたの?」
「四人だったね。ちゃんと全滅させたよ」
『リ・マルガルフの希望』において、従魔を含めたNPCは、攻撃を受けるとその相手に対する戦闘状態になる。この判定はグループ単位で行われ、攻撃を加えた側のグループと、受けた側のグループが即座に戦闘を開始するのだ。
エルフとコボルトが戦闘していただけならクーゴもカリンも傍観していたはずだ。しかし、一度攻撃を受けたのなら、自分たちの体力が減るか、相手のグループを全滅させるまで戦闘するだろう。
「どうして攻撃されたのさ?」
「さぁ? 突然『魔物だッ!』って叫んで撃たれたんだよね」
『リ・マルガルフの希望』のNPCは、友好度が極端に低いグループに接触すると即座に攻撃を開始する。そして、エルフを含めた人類と魔物たちは、ほとんどの場合で顔を見た瞬間殺し合いだ。
主人公の従魔は一応人類側のグループだったはずだが……。魔物使いであるドナが傍にいないと、通常の野良魔物と同じ扱いになるのかな。
いや、ここが現実なら、個々人の行動は、そういうゲーム的な判定ではなく、もっと現実的な思考になるのではないだろうか。たとえば、見たことのない危険そうな魔物がいたから排除しておこうとか……ゲームのときと変わってないな。えーと。
「カリンとコボルトたちはどうしたの?」
「コボルトたちの生き残りに、お礼をしたいからって集落まで案内されたんだ。『お礼』って言いつつも、ボクたちを当てにして守って欲しそうだったけどね。でも、ドナを待ってないといけないから、集落の守りにカリンを残して、ボクは森の入口に戻ってきたんだ」
ふうむ?
魔物からのお礼というのは、ゲームの固定シナリオには存在した。ランダムにポップする野良魔物がそんなことを言い出しはしなかったけど、イベントだと考えればおかしくはない。
従魔が命令以外の行動をとることは、ゲームではありえなかった。
待機命令の実行中に攻撃を受ければ反撃はする。でも、他の魔物を守るために、かつ、待機命令も守るために、二人で別行動をとるなんてことは考えられなかった。
「そういえば、コボルトの死体は?」
クーゴは『コボルトたちの生き残り』と言っていた。ということは、コボルト側にも死者がいたはずだ。
「生き残ったコボルトたちが持ち帰ったよ」
なるほど。ゲームのときと比べ、この行動は特にありえないな。
『リ・マルガルフの希望』では、キャラクターが死亡すると、その場に死体が残る。
敵の死体の場合は調べることで、生前の所持品や、角や皮などの生体素材を入手できた。これは、システム的に宝箱に近い。一方で、味方の死体の場合は蘇生効果のある魔術やアイテムのターゲットとなった。
シナリオで特別な扱いをされる場合を除き、死体はそのまま放置され、マップを切り替えるときに削除されるものだった。
NPCが死体を持ち帰る、という行動は、ありえないはずなのだ。
……何度も思い直しているけど、いい加減にそろそろここが現実だと認めないといけないかな。
あ、そうだ。エルフの死体は漁った方がいいのか?
ゲームだったら、死体があればとりあえず調べるんだけど。現実だと、ちょっと抵抗がある。
いや、貴重な情報源だ。調べよう。
エルフの死体の前にしゃがみ込む。カッと見開いた目が怖かったので、瞼を下ろしてみたけど、すぐに開いてしまった。え、なんだよ。こっち見てるみたいで怖いんだけど。
死体を死体として扱うと逆に冒涜することになりそうだし、気持ちを切り替えよう。これは宝箱。宝箱だ。
服は麻っぽい感じの布製。肩から反対の脇腹までばっさり切られているので、上衣は服としては役に立たなくなっている。下衣は使えそうだけど、死体が着ていた服はさすがにいらないな。そもそも、人間たちの防具は体型的に魔物は装備できないため、ゲームのときは入手すらできなかったし。
靴も厚めの布製。手袋も比較的厚めなのは、弓を使うからだろうか? まあ、服と同じ理由でこれらも不要だ。
弓と矢は使えそうだけど、それほど品質のいいものではないな。オレもクーゴもカリンも弓は使わないし、持っていく必要はないだろう。
腰にポーチを着けていたので、中を見る。
小型のナイフと、タオルにでもしていたような布きれ、何かの木の実、財布――ん、財布?
中を覗けば、見覚えのある硬貨。『リ・マルガルフの希望』世界での共通貨幣である、モニク硬貨だ。金、銀、銅貨の三種類が存在するけど、財布に入っていたのは銀貨と銅貨だった。
モニク硬貨を発行しているのは神殿だ。設定ではデザケーが作っていることになっていた。人間やエルフだけでなく、魔物の間でも使用されている。
ゲームでは、倒した魔物の死体を調べれば、当然のように高い確率でモニク硬貨を取得できた。
都市シィの入口近くで気づいていたけど、今のオレは無一文だ。
従魔が倒した獲物は主人のもの。ありがたく頂いておこう。
心の中でぞんざいに礼を述べながら、改めてエルフの死体に目を向ける。
身体を上下に二分する大きな切断痕以外に傷はない。クーゴの大鎌の一撃でヤられたのだろう。
「そういえば、クーゴに怪我はないの?」
「うん。避けたからね。当たっても痛くなさそうだったけど」
クーゴも含めてドナの従魔は全員最大レベルの100まで育てきっている。装備もバニラで入手できる範囲で最良のものを揃えてあった。
そこらのモブが束になったところで、どうにかされるほど弱くはない。
そう考えると、クーゴたちがエルフや人間の魔物狩りと遭遇しても、気にする必要はないのか?
ゲームならステータスの高さですべて解決するかもしれないけど、ここが現実だったら思いもよらない事故が起きる可能性はある。用心しておいた方がいいだろうか。
だとすると、別行動をとったのはまずかったかな……。
他のエルフの死体も調べてみたけど、特にめぼしいものはなかった。
所持金は少し増えた。
「さて。カリンとも合流しないと」
「うん。こっちだよ」
クーゴが先導して森の奥へと進む。
「コボルトの集落ってどんなところ?」
「うーん? 普通の村? 木造の家が何軒かと、いくつかの洞穴があったよ」
『リ・マルガルフの希望』のコボルトは、鍛冶を主とした生産系の技能に優れた魔物だ。大概の場合に自分たちで掘った坑道に棲み、よく鉱床の所有権を巡ってドワーフと争っている。
クーゴの見た洞穴が坑道なのだろうか。
そろそろ夜を越す場所を決めないといけない。コボルトの村に泊めてもらえるだろうか。
人間と魔物は出会えば殺し合いになるのが普通ではあるものの、ドナは魔物使いだし、従魔であるクーゴとカリンはコボルトに貸しを作っている。
一晩くらいなら交渉できるのではないかな。
意外と森の奥まで入り込み、暗くなり始めた頃になって、ようやくコボルトの村に着いた。
高い木のない開けた場所で、広場を中心に木造の家が数件建っていた。ここだけだと、かなり小さな村に見えるが、今は家の中に誰かがいる気配はない。
広場の北側は高い崖になっており、現在は木の板で閉じられているが、いくつかの穴が掘られているようだった。
元々のコボルトの生態から考えて、穴の中の方が村の大部分なのだと思われる。現在はエルフとの戦闘があったばかりなので、穴の中へと避難しているといったところだろうか。
クーゴの後を追って村に入る。
いくつかの建物は部分的に壊されているようだ。この辺りでも戦闘があったのだろう。
崖に近づくと、見張りがクーゴに気づいたからか、内側から木の板の一部が開く。中からそっとこちらを窺うのは、『リ・マルガルフの希望』で見慣れたコボルトの犬顔だ。
「お待ちしておりました、クーゴ様。そちらがお話しいただいていた、魔物使いの……?」
「うん。ドナだよ」
「よろしく」
ドナのことは既にクーゴたちが説明していたらしい。
軽く紹介するクーゴの後ろで、主人らしい威厳が出るよう、胸を張って挨拶してみる。
「ど、どうぞ、中へ」
しかし、出迎えたコボルトは、そんなオレよりも周囲が気になるらしい。キョロキョロと辺りに視線を送りながら、オレたちを中へと誘う。
そんなにエルフが怖いのか。まあ、怖いのだろうな。
入口を開けさせたままにするのも悪いので、遠慮せずに中へ入る。
人間の都市には門前まで行かずに追い払われたのに、魔物の村にはあっさり入れるとは。魔物使いらしいといえばらしいのだろうか。
……やはり、クーゴの言う通り、ドナは「こっち側」なのか?