08. エメラルドハーツ -1-
自宅に帰っても、作業はエントランスで行う。
シュバルツに声を掛けて魔力付与台を運んでもらった。ついでに、先日作ったウッドゴーレムにもエントランスまで来てもらう。
ヘビープレートを着たままだと、自宅の奥の方は狭くて入れないからな。特に魔導具作成場なんかは、物が多く、鎧の端を引っ掛けたら連鎖して崩れて大惨事になるのが目に見えている。
鎧を脱げばいいだけだが、予定ではまた着ることになるから。ゲームの頃はメニューから選択するだけで変更できた装備だが、今は自分の手で身に着けなければいけないので、何度も着脱するのはメンドクサい。
隣で控えるシュバルツとリッシュが支配耐性の指輪をつけていることを確認した後で、手に持ったままだったエメラルドハーツをウッドゴーレムに装備させた。
ゴーレムの装備は、魔物や人間のものをそのまま使用できる。そして、装備したならば、ホープジュエリーズの憑依が発動するはずだ。
ゴーレムには自意識などはないという設定なので、憑依の対象としたところで、気にする必要はないだろう。むしろ、意思のない相手に憑依が可能かどうかの方が不安だ。
ホープジュエリーズは、誰かに憑依状態のときに、自身の能力と憑依対象の能力を使用できる。このウッドゴーレムはまだ何もスキルを覚えていないし、身体能力は低レベルに相応しい程度しかなく、エメラルドハーツも精神支配以外はできない。ここでエメラルドハーツに身体を与えても問題はないはずだ。
「さて、喋れるかな?」
ウッドゴーレムに話しかける。
「ハイ。問題アリマセン」
おや?
「ゴーレムの方? エメラルドハーツは乗っ取れなかった?」
「イエ、私ガえめらるどはーつデス。特ニ意識シナイ場合ハ、憑依対象ノ喋リ方ヲスルヨウにシテイマス」
何だそれ。紛らわしい。
ああ、いや、憑依したということを、周りの者たちに気づかれないようにするためだろうか?
「意識して変えられるなら、変えて。その喋り方はちょっと聞き取りにくい」
読み上げソフトの棒読み再生は、会話をするにはちょっと厳しい。
「わかりましタ。これでどうでショウ」
「語尾が微妙に変になったけど」
「憑依対象の喋り方にハ、どうしても引っ張られてしまうのデス」
意識すれば変えられるって、その程度なのか。
意思の疎通はできるし、大した問題ではない。今はこれでいいか。
丁寧な話し方はゴーレムに引っ張られているだけで、エメラルドハーツ本人にはまだ気を許していけないことは注意しないとな。
「先にこっちを片付けるから、少し待て」
とりあえず会話ができるようになったエメラルドハーツに断って、静寂の足音を魔力付与台に置いた。
デバッグコンソールを開くと、静寂の足音の情報を表示する。他の七宝やイベントアイテムと同様に、破壊不能となる固定フラグが立っているのが確認できるが、これを倒しておく。
ついでに隣にいるエメラルドハーツの情報もデバッグコンソールで覗いてみる。
キャラクター用ではなく装備品用のステータス画面が表示された。データ上は装備品だということだな。以前デザケーから聞き出した情報と違いはない。装備することでキャラクターの行動決定処理がエメラルドハーツのものに差し替えられるのだ。
なお、ゲームでは、主人公が装備するとそれだけでゲームオーバーになる仕様であった。まあ、装備を外せなければ以後主人公が表に出ることはないので、妥当な処理ではある。
細かなパラメータが表示されなかったのは、他のキャラクターや装備品と一緒だ。
装備することで一時的に使用できるスキルとして、精神支配が表示されている。キャラクターでも所持スキルは覗くことができたので、この辺も一緒か。
それから、シナリオ制御用のフラグも見れる。イベントアイテムらしく固定フラグが立っている他、従魔化を無効にするボスフラグも立っていた。これもデザケーから聞いた情報と同じだ。
表示したついでで、ボスフラグは倒しておく。
デバッグコンソールを閉じると、再び魔力付与台に向き直る。
何気ない風を装い、ささっと静寂の足音を破棄した。
うむ。これを気に入ってくれたオーキッドさんと、大切にしてくれていたワーズナックと、なにより静寂の足音本人には悪いのだけど、この世界からは消えてもらう。もちろん、敵対者の手に渡ると大変だからだ。他意はない。
「待ってくだサイ。支配者の七宝は破壊できないのでハ?」
エメラルドハーツも固定フラグのことはわかっているんだな。
それとも、誰かからの伝聞だろうか。オーキッドさんが発信元で、その従魔経由で聞くことくらいはできそうだ。……今は、情報源についてはどこでもいいか。
「その通りだ。しかし、私は破棄できる。もちろん、ホープジュエリーズも破棄できるぞ?」
「……何を言いたいのデスカ」
警戒した声を出すエメラルドハーツ。
支配していたはずのマズィロやカオクゥを連れて現れた私のことは、当然敵対者だと思っているだろう。
無力なウッドゴーレムに憑依させられ、精神支配が効かないこの状況では、エメラルドハーツにできることはほぼない。何を要求されるのか、警戒するのは仕方ない。
「私の従魔になれ」
「……」
黙るエメラルドハーツ。
あれ、無理かな? 設定では、相手より強いことを示せば、魔物を従魔にできるはずなのだが。
ゲームでは、野良魔物の体力を一定割合まで減らすと従魔に勧誘することができた。
でも、装備品であるエメラルドハーツには、体力が存在しないんだよな。
MODのスクリプトを思い返せば、体力を必要とする判定では憑依対象の体力が使われるようだった。ウッドゴーレムの体力をギリギリまで削ってみようか。
「……わかりましタ。従魔になりマス」
「う、うむ。よろしく」
私がウッドゴーレムに手を出す前に、エメラルドハーツから返事が返ってきた。
どうやら、ちょっと悩んでいただけらしい。
しかし、アイのときもそうだったけど、相手が従魔になったかどうかが感覚的にわからないのは不便だな。ゲームの頃からの自分の従魔は見ただけでそうだとわかるのだが、これはまた違う感覚なのだろうか。
先程の戦闘の様子から、エメラルドハーツも自分の支配が効いたかどうかは命令してみるまでわからないようだったし、相手の状態変化を知るのは基本的に無理なのかもしれない。
ところで、精神支配と従魔化って似ているよな。優先度的には支配の方が強いようだ。しかし、飽く迄状態異常にすぎない支配と違って、従魔化は魔物使い側が解除するまで死んでも解けない点が強いな。
「どうされマシタカ?」
じっと見つめたまま考え込んでしまっていたようだ。不思議そうにエメラルドハーツに尋ねられる。
「従魔化と精神支配が似ていると考えていた」
「なるほど……私の精神支配は、魔物以外にも効果がありマス」
確かに。効果対象の範囲は、支配の方が上か。
「そうだな……こちらから話を振っておいて悪いが、先に確認したいことがある。憑依について何点か教えてくれ」
「はい」
「憑依した相手の記憶は読めるのだと思っているが、正しいか?」
「はい」
実際に輝晶龍のトキに憑依したパールハックが、他の従魔からそれと悟られていないということは、記憶も含めて完全にトキとして振る舞えていたと考えるのが自然だ。
「憑依中の行動は、憑依されていた側の記憶に残っているのか?」
「はい。そう聞いていマス」
「誰に聞いた?」
「以前憑依していた夢魔妃からデス」
なるほど。MODの初期状態で憑依している魔物だな。マズィロたちが遭った時も、夢魔妃だったと言っていたか。
「その夢魔妃は今どこに――いや、これは後で聞こう。憑依された側は、お前の記憶もすべて知っていたりするのか?」
「いえ、憑依中に考えたことは覚えているようデスガ、私が考えなかったことまでを知ることはできなかったようデス」
表層意識で考えたことは記憶に残るけど、それ以外は伝わっていないということのようだ。
「では、次の話だが……私のことは冒険者ギルドではどのように考えられている? エメラルドハーツの考えは?」
兜を被ったままの頭部を指差して聞いてみる。
「正体不明の魔物とシカ。魔物使いということは、もしかして人間なのデスカ?」
「あれ。魔物使いって言ったっけ」
「キラが殺された後に、ワーズナックに言っていたのを聞きマシタ」
そういえば、言ったかもしれない。ということは、エメラルドハーツは、憑依していない間でも周囲の様子がわかるってことか。
「まあ、人間だな。さて、ここでは最後の質問だが――私のことは、どう考えられている?」
兜を取り、改めてエメラルドハーツを正面から見詰めて、問う。
「あ、ああ……そういう、ことデシタカ。名前が同じだとは思っていマシタガ、本当に本人だったとハ」
ウッドゴーレムだと表情がないのでよくわからないが、驚いてもらえたらしい。別に驚かせたかったわけでもないが。
「そう、デスネ。ギルドでは、凄腕の回復魔術師という認識デス。経歴は不明。住んでいる場所も不明。貴重な人材ので、なるべく機嫌を損ねないよう、露骨に身元を探ったりしないように言われてイマス。追跡に自信のある冒険者が調べたことがあるガ、スグカエルで消えたと聞いてイマス」
意外と調べられてはいないな。追跡されたことがあったのは気づかなかったが、それ以上の調査はしないようにしている感じだろうか。
本当はもっと色々調べられているけど、一冒険者にすぎないキラには伝えられていなかった可能性もあるかな。
「最近話題になっていたのは、何故魔物のことを知りたがるのかという点デシタ」
あー。確かに、冒険者ギルドでは、治療を安く行う対価に魔物の情報をもらっていた。何故知りたがるのか聞かれたことはなかったが、それは私がギルドからいなくならないように気を遣われていただけで、疑問には思われていたのか。
いずれ問いただされる可能性はあるし、とりあえずの理由くらいは考えておいた方がいいかもしれない。
「それから、輝きの剣の間では、シィの外のどこかに住んでいると推測してイマシタ。理由は色々出ていましたガ、決定的なものはなかったと思いマス」
「ちょっと待って。『輝きの剣』って何?」
「私の――キラのいた冒険者パーティの名前デス」
パーティに名前なんてあったんだ。
「なんで輝きの剣?」
「いずれ未踏の地を示す希望の光となろう――的な理由だと、グリットが言っていマシタ」
「ふーん」
聞いてみたけど、割とどうでもいい情報だった。
「エメラルドハーツが私について考えて、本人だけが知っていて他に話していないことはある?」
「支配が効かなかったことくらいでしょうカ」
支配しようとしていたのか。凄腕の回復魔術師だし、支配下に置きたくもなるか。
効かなかったって断言しているってことは、どこかで命令されていたのかな。普段の会話にうまく混ぜられていると、気づかなそうだ。
「そうか。とりあえずわかった。エメラルドハーツは――そういえば、エメラルドハーツっていうのは種族名だよね? 名前は別にあるの?」
「名前デスカ。エメラルドハーツは私一人デスノデ、それ以外に名前はアリマセン」
「長いんだよね。愛称を考えようか……エメラ、でどうだろう」
「はい。ご自由にお呼びくだサイ」
「よろしく。それじゃあ、リッシュ、もう少し付き合って。エメラはちょっとこの中で頼む」
黙って横でやり取りを見ていたリッシュに声を掛けて立ち上がると、ウッドゴーレムからエメラを外してポーチの中に仕舞う。
兜を被り直すと、残ったシュバルツに魔力付与台の片づけを頼んでから、外へ出た。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
外はまだ明るかった。そろそろ夕方といってもいい時間帯になるだろうか。
リッシュを連れて移動したコボルの村のはずれで、キラに蘇生をかける。
「――ここは……?」
寝ぼけているのか。復活したばかりのキラは、地面の上に直接寝ていることを不思議そうにしながら、目を擦りつつ上体を起こす。
こちらにはまだ気づいていない。そのうち気づくだろうが、あえて鎧の音を立てて一歩近づく。
「ひッ、……ぁ……」
私と隣のリッシュに気づき、怯えた顔で後退るキラ。
生き返らせてやったというのに、酷い反応だ。
「戻って伝えよ。今後お前たちが森に入ることを禁ずる。破った場合、命の保証はしない」
「へ……?」
理解できていないのか、パチパチと瞬いている。
まあ、理解するまで待つ義理もない。
「リッシュ。これをギルドの前辺りに捨ててきて」
「えー……」
明確に拒否するわけではないけど、何やら嫌そうな様子のリッシュ。
……ああ、そうか。
「捨てたらすぐに戻ってきていいから」
「ん。行ってくる」
テキパキと動き始めたリッシュは、キラを子猫のように掴むと、背中の羽を広げて飛び立った。
「ひぃぁぁぁぁぁぁぁ――――……」
キラの情けない悲鳴だけ残し、あっという間に見えなくなる。
あの様子なら、本当にすぐに戻ってきそうだな。
キラをメッセンジャーとして返すと、エメラルドハーツとして活動していた時期の記憶が人間側に流出するだろう。オーキッドさんの視点だと、知られたくないこともあるかもしれないが、私には関係ない。とりあえず、新しい情報の多さに混乱してくれれば、しばらく森は安泰になるだろう。
しいていえば、私にエメラルドハーツの支配が効かなかったことがバレると面倒だろうか。そこからこの森への関連を疑われるかもしれない。まあ、そこは適当に誤魔化すつもりだ。もし色々とバレてしまったとしても、すでに実力差は示してある。私や森に対して、迂闊に手を出してくることは、そうそうないだろう。
とはいえ、人間側の状況をまったく気にしないわけでもない。情報くらいは集めておきたいところだ。
リッシュを見送った後、鎧から平服へ素早く着替えると、都市シィへと転移した。
※ 前話で名乗っていたので、名前関連を少しフォローしました。
※ 章とサブタイトルを整理しました。




