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10. 嵐翼龍と未踏の道標 -3-

『それで、結局未踏の道標(ラプラストーチ)も破棄してしまったのですね』


 デザケーに頼まれていた仕事を達成したので報告にきたら、真っ先に呆れられた。

 消滅させる可能性があるほどの負荷を世界にかけるアイテムなんて、残しておく方が危険だと思うのだが。


『作った本人がそれでいいのなら、構いませんけど』


 作った本人としては、むしろ残っていて欲しくないね。恥ずかしい過去は抹消すべきものだ。

 とにかく、これでデザケーが問題にしていた銀月の庭(ドミネイトフルムーン)未踏の道標(ラプラストーチ)は何とかしたわけだ。後は報酬をもらうだけだな。


『隠れ家(仮名)への転移ですね。場所が分かった後でのことになりますが』


 そうだね。まずは、どうやって探すかを検討するところからになるけど。

 魔術の勉強を進めて、できることがわかったら、そこから探っていく感じかなぁ? 空から見てわかる場所にあるなら、カリンやマティクスに探してきてもらうのも手だけど。


 それに、オーキッドさんの従魔たちがこのまま何もしてこないならいいけど、仲間を取り返しに来るようなら相手をしないといけないし、ホープジュエリーズの件もちゃんと確認しないと安心できないし、まだやることはたくさんある。


『でも、これで私の方も一安心ですよ。ありがとうございました』


 いいってことよ。

 くれぐれも、報酬のことは忘れないように。あと、魔術の勉強でわからないところがあったら聞きにくるから。


『はい。もっと普段から世間話に来てもいいんですよ?』


 神託が世間話とか。この世界の聖職者が聞いたら泣きそうだ。


『ドナさんは、今、この世界で唯一の私の使徒なんですから。オーキッドさんのようになられても困りますし』


 それもそうか。

 定期連絡のようなものが必要かな。何の用がなくても時間を決めて定期的に来るようにしよう。


『いえ、そこまで義務的でなくても……』


 義務的にしないときっと忘れるけど。


『是非来てください』


 どうせ神殿と自宅は隣同士だ。生活の一部に入れてしまえば大丈夫だろう。たぶん。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 カオクゥに事情を説明したり、事情を聞いたりしながら、気がつけば数日後。

 デザケーに頼まれた仕事が一段落し、その後始末の合間に、消費したアイテムを補充したり、警備用に装備を追加したり、魔術の勉強を進めたりとまったり過ごしていたが、村の中だけではやり繰りできないものも出てきた。主にマジックアイテム作成に必要な素材だ。


 そうした理由で久しぶりにシィへと侵入する。

 一番の目的であったマジックアイテムの素材を早々に補充した後、情報収集のために冒険者ギルドに併設された酒場へとやってきた。


 草原で見かけたという噂のヴァンパイアが、その後どうなったか気になる。その他にも、私の従魔っぽい魔物の情報が新しく増えていないか確認しておきたい。


「お! 聖女ちゃんじゃねーか!」


 酒場に入って掛けられた第一声がこれか。見覚えがあるようなないような冒険者が、目ざとく私を見つけて声をかけてくる。

 ジャーヴァーでも聞いたその呼び名のことなんて、すっかり忘れていた。どうやら前回の治癒(ヒール)による情報集めの後で、本人不在で決められたものらしいが。


「誰が聖女ちゃんか」

「あんただよ。名前は知らんが」


 せめて名前も一緒に広めておいてくれればいいのに。いや、名前は知られない方がいいのか? 恥ずかしい呼び名と一緒に広まるくらいなら、本名不明の方がマシだろうか。


「グリットは?」


 私の名前を知っているはずの冒険者の名前を挙げる。ざっと酒場の中を見渡した限りでは、見当たらなかった。仕事中だろうか。


「今日はまだ来てねぇな」

「ふぅん」


 いないものは仕方ない。

 空いている席に座ると、注文を取りに来たお姉さんに果実水を頼む。


「グリットに会いにきたのか?」

「そうでもあるけど、別にグリットでなくても。新しい魔物の情報の確認と、小遣い稼ぎに来ただけだよ。怪我人はいる?」


 私自身は比較的まったりと過ごしていたが、森を警備する魔物が倒した人間の数は報告を受けていた。ここ数日は、森に入ってくる冒険者の数は少なくなってはいても、まったくなくなったわけではない。怪我人はいるはずだった。


「ああ、いるぞ! 呼んでくるから待っていてくれ!」


 昼間から酒を飲んでいた何人かが、走って飛び出していった。


「森の魔物は、日を追うごとに強化されているのが確認されている。不用意に森へ入ることは禁止し、腕利きだけを偵察に行かせている状況だが、それでもたまに帰ってこないパーティはいる」


 魔物の情報が欲しいと言ったからだろうか。割と年配の、ごつくて強そうな冒険者が出てきて、森の状況を説明し始めた。

 外見と、周囲の冒険者の視線から判断すると、それなりに偉い冒険者のように見える。


「おっと。名乗り忘れていたな。俺はリヒト。一度引退したんだが、今回の件で臨時に復帰している元冒険者だ。よろしく、聖女ちゃん」

「ドナだよ。『聖女ちゃん』は非公認なので」

「なんだ、折角可愛い呼び名なのに」

「気に入ったのなら、譲るけど」

「謹んで辞退しよう」


 見た目は怖いが、笑い顔にはちょっと愛嬌がある。面倒見が良さそうな雰囲気を感じた。ああ、だから引退したのに戻って来たのか。


「実は、詳細な日程はまだだが、大規模な討伐作戦が決定している。もしよければ、ドナも参加してもらえないか」


 情報を聞きに来ただけなのに、いきなりの勧誘が。そうか。回復魔術目当てか。


「私は冒険者ではないけど」

「もちろん。だから、強制依頼ではなく、相談という形になっている」

「うーん、悪いけど、断るよ。日程を教えてもらえるなら、終わる頃にここに来るのは構わない」

「そうか、残念だ。ああ、作戦後の回復は是非お願いしたい」


 断られることは想定済みだったのか。さほど残念そうな顔もせずに、あっさりと引き下がってくれた。


 ふぅむ。しかし、大規模な討伐作戦、ね。そのうち来るだろうとは思っていたけど、想定より行動は遅かったな。


「今回の件って、エルフの村が焼かれたことから始まっているんだよね。それにしては、討伐作戦とやらの開始まで随分と間があったように思うのだけど」

「そうだな。結果的にはだいぶ時間を取ってしまっている。森の魔物の調査をしたところ、想定よりも強い魔物がいるようだったのでな。他の都市から腕の立つ冒険者を呼び寄せたり、引退者に声をかけたりしていた都合で、こうなってしまったよ」


 なるほど。私たちは結構危険視されているということか。こちらも相応に対抗する体勢を作っておいた方がいいのかな。


「ところで、森の魔物以外に、新しい魔物の情報はない?」


 こちらの味方は多い方がいい。旅に出したまま合流できていない私の従魔がどこかにいないだろうか。


「ふむ……草原にいたヴァンパイアについては……後でグリットに聞くといいだろう。他には何かあったか?」


 ヴァンパイアの件はグリットに? どういうことだろうか。

 ああ、いや、彼らは草原で魔物狩りをすることもあるのか。何か新しい情報を持っているのかな。


「あ、俺、ジャーヴァーにいたスライムについて知っているぞ。何でも、赤い霧の魔物に食われて消滅してしまったらしい」

「へー」


 横から別の冒険者が口を挟む。

 そういう中途半端にどうでもいい情報はいらない。


「聖女ちゃんが冷たい……」


 落ち込む冒険者が慰められたり、連れてこられた怪我人に治癒(ヒール)をかけたりしながら、酒場に入ってくる冒険者を眺めていると、しばらくして待っていた顔が現れた。

 グリットとそのパーティメンバーだ。


「妙に人が多いと思ったら、ドナが来ていたんだな」


 勝手に同じテーブルの向かいの席に座るグリット。いや、同席を勧めるつもりだったから構わないのだけど。

 続けて席に着く、グリットのパーティメンバーたち。軽戦士のリリアン、地味な魔術師のルミナ、緑色の宝石が嵌った首飾りを装備しているキラ。そして、キラの後ろに付き従っているのは――ヴァンパイアレディか。


 ヴァンパイアレディは、ヴァンパイア系列の覚醒体だ。見た目はほぼ人間と同じだが、背中に大きな蝙蝠の羽があるため、人間と見間違うことはない。細かな違いとしては、赤い眼と鋭い牙を持つくらいか。背中まで伸びた銀髪も、人間では珍しい色だろう。

 そして、このヴァンパイアレディが身に着けているのは、魔歳精(ベネルガム)のライトアーマーだ。黒い魔法生地の全身タイツの上に、暗赤色の金属パーツが取り付けられた鎧だ。クーゴが装備しているものと同じだが、あちらは身体の線が出るエロカッコイイ鎧だった。それに対し、こちらは重要箇所をきっちりと金属パーツで守り、可動部分は魔法生地でカバーするという、普通の鎧に見える。もしかして、これが本来のライトアーマーの形状か。クーゴが着ると、装備者に合わせた形状変化機能によってあんな鎧になっていたのではないか。


 じっと顔を見れば、向こうもこちらを見返す。

 ああ、うん。わかるぞ。このヴァンパイアレディは、私の――ドナの従魔の一人、リッシュだ。あのジト目は間違いない。


 何故私の従魔がこんなところにいるのか。

 確かに魔物使いの従魔は、人間に対して基本中立であり、攻撃されなければ自分から戦闘を始めることはない。ただ、飽く迄攻撃しないだけであって、友好的な反応をしたり、一緒に行動したりはしないはずだ。


 もう考えるまでもないな。今まであやふやなままだったが、今度こそ確定していいだろう。

 キラは、いや、キラが装備している緑色の宝石が嵌った首飾りは、エメラルドハーツだ。

 オーキッドさんを殺したホープジュエリーズの一人、支配能力を持った、装備品型の魔物。

 その能力でもって、私のリッシュを支配したのだろう。


 なるほどな。ホープジュエリーズは敵か。

 今までは敵かそうでないのかわからなかったけど、私の従魔を奪おうとするのなら、間違いなく敵だ。


「ああ、ドナは初めて見たか。そりゃあ、都市の中に魔物がいれば気になるよな」


 私の視線に気づいたグリットが、何故か得意げに話し始める。


「前に話に出ただろう。草原にいた、ヴァンパイア系列の魔物だよ。いやぁ、戦闘にならないばかりか、キラに懐くなんてな。まさか、キラに魔物使いの才能があったとは思わなかったよ」

「キラの手柄なのに、なんでグリットが偉そうなの?」

「え、偉そうじゃないし」


 リリアンのツッコミに、微妙に情けない顔になるグリット。


 そうか。オーキッドさんが英雄として崇められる下地があるんだ。魔物使いに対する迫害は、ほぼなくなっているのだろう。

 支配能力と魔物使いの従魔化は別物だと思うのだけど、魔物使い以外にその違いはわからないのかもしれない。


 机の下で、こっそりと右手の指輪を外す。

 シィに来るときは、基本的に支配耐性の指輪を装備していた。キラがエメラルドハーツだと疑っていたからな。


 席を立ち、リッシュに近づく。


 マズィロやカオクゥの反応から考えると、エメラルドハーツに支配されたところで、従魔から主への忠誠が変わることはない。おそらくエメラルドハーツの命令の方が優先されるが、命令がなければ、従魔との関係はそのままだと思われる。

 エメラルドハーツは、リッシュが私の従魔だとは知らないはず。そもそも、普通の魔物と魔物使いの従魔の違いに思い当たるだけの情報もないと思われる。ホープジュエリーズが知っている魔物使いの従魔は、オーキッドさんの七龍だけ。オーキッドさんたちとホープジュエリーズは先に戦闘状態になっていたはずだから、リッシュが人間に中立であっても、それが従魔だからという考えには結びつかないはずだ。


「はじめまして。回復魔術師のドナだ。これからよろしく」

「……ん、よろしく」


 リッシュの手を取って両手で握り、挨拶する。

 わざわざ席を立ってまで挨拶するのは不自然だっただろうか。でも、指輪を渡したかったし。


 それから、挨拶の意図は、ちゃんと伝わっただろうか。

 「はじめまして」と言うことで、初対面のフリをする。もしかすると、これが「お前とは無関係だ」という意味に取られる可能性を考えて、「これからよろしく」と付け加える。

 つまり、「私はリッシュのことを覚えているけど、知らないフリをして」という意味だ。

 挨拶を返してくれたので、たぶん、大丈夫だと思うのだけど。


 リッシュは無口なキャラクターだった。うっかり余計なことを喋る心配はないけど、こちらの意図が通じているかがわかりにくいのも、それはそれで困る。


「グリット、ごめん、私この後用事あるから」


 そして、余計なことを言いそうなのは私の方だ。

 この場は逃げよう。リッシュを置いていくのは非常に心苦しいが、エメラルドハーツと戦闘せずに連れ帰るのは無理だろう。そして、リッシュが支配されたままでは、私がエメラルドハーツに勝てる見込みは低い。今エメラルドハーツと敵対するのは得策ではなかった。


「ドナ?」

「またそのうち来るよ」


 怪訝そうなグリットとそのパーティメンバーに手を振り、酒場から逃げ出す。


 くそう。エメラルドハーツめ。敵になったからにはただではおかないからな。


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