10. 英雄の死因 -3-
イークに頼んでいたマズィロの部屋は、建設中だった私の自宅をベースにとりあえずの形にしたようだ。
私の従魔には大型の魔物もいるわけで、もともとそういった魔物が来てもいいような大きさで作っていたらしい。しばらくはここに寝泊りしてもらいつつ、本当のマズィロの家を建てるそうだ。
マズィロには今夜の寝る場所も必要だったろうし、問題のない対処だ。何も言わなくてもイークには私が選ぶだろう判断――ドナのロールプレイを含む――がわかっているようで嬉しい。
「最近は野宿が当たり前だったのだから、ここまでしてもらわなくても大丈夫なのだが」
問題があるとすれば、マズィロがえらく恐縮していることくらいだな。
私の家として建てていた建物を占領することで、本来の住人である私がこの家を利用できるようになる時期が延びたことに気が引けるらしい。
いいことだな。その引け目から色々喋ってもらおう。
一階のリビングで、私の従魔たちとマズィロがテーブルを囲んでいる。
五メートルはあるドラゴンが人間サイズのテーブルの前にちょこんと座っているのは何かおかしい。十人以上で囲めるはずのテーブルが小さく見えるので、どうにも違和感が酷いが。
「まずはデザケーから聞いてきた情報を共有しよう」
みんなを前にそう前置きしてから、『ホープジュエリーズ』の仕様を説明する。
「装備すると乗っ取られるのか。そんな魔物がおるのじゃな」
「装備品でもあるんスよね? どうやって生まれるッスかね。もしくは作れるッスかね?」
感心するアイと、考え始めるイーク。イークの発言は質問というよりは考えをまとめるための独り言っぽいので、おいておいていいだろう。
クーゴとカリンは黙って聞いている――カリンは本当に聞いているか? 寝てないか?
「首飾りの方が本体……だと?」
愕然とした声を出したのはマズィロだ。装備品型の魔物なんてバニラには存在しないし、そもそも思いつきもしないだろう。特殊な装備品を持った夢魔妃くらいにしか考えていなかったに違いない。
「マズィロは、首飾りが現在どこにあるか知ってる?」
「エメラルドハーツとルビーチューンはわからん」
思いつめたような顔になるマズィロ。
「パールハックは、トキが……オレの同僚である、輝晶龍のトキが装備している。トキからは夢魔妃たちは倒したと聞いていたのだが……」
そうか。身内が乗っ取られていたか。
「その、トキは七宝は持っていないの?」
支配者の七宝はどれも首装備だ。同じ装備箇所に複数の装備はできないから――正確には、物理的に重ねて装備しても最初の一つしか効果を発揮しないから、パールハックと同時には装備しないだろう。
「いや、トキは無限天眼を持っているはずだ。装備しては……いや、どうだったかな?」
無限天眼は遠隔視覚能力の七宝だな。
装備状態はともかく、トキが所持していることに違いはないようだ。
「とりあえず情報を集めたいので、誰がどの七宝を持っているか教えてもらえるかな?」
「む。そうだな。わかった」
「あと、テンブレイバーズの所有者も」
「テンブレイバーズ……とは、何だ?」
あれ。オーキッドさんは説明していなかったのか。MODの名前は別に必要な情報ではないし、私も従魔たちにどこまで説明するか悩むこともあるからな。
「マズィロが使っている蒼玉槍スリーライクと、そのシリーズ武器の名前だよ」
「そんな名前だったのか? わかった。話そう」
マズィロがドラゴンの種族名と装備品を列挙する。単純な組み合わせだ。説明はすぐに終わった。
気にするべき未踏の道標を持っているのは、風属性のドラゴンである嵐翼龍だった。
そういえば、シィでも嵐翼龍を見ることができたという話だったっけか? 七宝探知機で見た反応は大陸南東部だったから、人類圏の東端にあるシィから見えたというのは、話が一致するな。
テンブレイバーズについては、武器が十本に対してドラゴンが七体なので、三本余ると思っていたけど、使われていないのは一本だけらしい。
ドラゴンのうちの一体が剣と短剣で二刀流をしており、更に、魔導学園の学園長をしているダークエルフも一本持っているとのことだった。
なお、使われていない一本は、鎚らしい。
何故誰も使わないのか。剣とか槍のようにスカした武器よりも武骨で格好良く、斧のように道具を武器に転用したものでなく最初から武器として設計された洗練さも合わせ持つというのに。
「首装備と指装備も知りたいかな。首装備は七宝かパールハックだとして、指装備は何をしてる?」
「済まない。首装備はその通りだと思うが、指装備はそれぞれが自由に選んだので、俺も知らないのだ」
「そうか。自分の装備はわかるよね。マズィロの指装備の一つは精神の指輪だって聞いたけど、もう一つは何?」
「麻痺耐性、炎上耐性、火耐性のトライリングだ」
「トライリング?」
知らない装備が出てきた。MODか? 『リ・マルガルフの希望』では、基本的に一つの装備には一つの特殊能力しか持たせられないはずだが。
名前からすると三つまで特殊能力を持たせられる指輪だろうか。わざわざ内訳も教えてくれたということは、特殊能力の組み合わせも自由なのか? ゲームバランスのインフレが進みそうだ。
名前は聞いたので、後でデザケーに検索してもらおう。
「他に聞きたいことは……マズィロは仲間とはどうやって連絡を取っていたの? スグカエル?」
七宝探知機で見る限り、マズィロたち七宝を持った七体のドラゴンは大陸中に散っていた。
転移アイテムであるスグカエルを使えば、拠点と調査場所との往復も容易だろう。実際にマズィロはスグカエルを持っていたし。
ただ、ドラゴン系列の魔物にはアイテム作成の適正はないはずで、オーキッドさんがいない以上、使い捨ての消耗品であるスグカエルを常用するとは考えづらい。
「アゴンが――虚ろの回廊を持つ、黒鱗龍のアゴンが連絡係になって、各地を回っていた。スグカエルは緊急用の備えだ」
虚ろの回廊は七宝の一つで、瞬間転移能力だ。
黒鱗龍は地属性のドラゴンだ。六属性のドラゴンの中で最も耐久力に優れるが、空も飛べず、歩くのも遅い。機動性をカバーするために虚ろの回廊を選んで、そのまま連絡係にされたのだろうか。
「虚ろの回廊は登録した場所か視界内にしか転移できないから、待ち合わせ場所を登録しておいて、定期的に報告会を開く感じかな?」
「その通りだ。支配者の七宝について詳しいのだな。デザケー様からの神託で聞いたのか?」
「デザケーはむしろ知らないんじゃないかな。支配者の七宝に詳しいのは、そりゃ、作った本人だからだね」
「何だと……ッ」
マズィロだけでなく、従魔たちも一様に驚いて私の顔を凝視する。
「そのおかげで、デザケーから回収係を命じられたわけだけど」
「なるほどな?」
デザケーの神託が絡むからか、従魔たちは聞きたいことがあるけど聞けないような顔をしている。微妙な雰囲気になったぞ?
とりあえず、マズィロに聞いたことを忘れないように、ゴリゴリとメモを取る。
「それでドナは、オーキッド、さん? とどういう知り合いなの?」
マズィロの説明をメモし終わったタイミングで、クーゴが聞いてきた。
「直接会ったことはないよ。掲示板で――って言っても通じないか。えぇと、手紙のやりとりに似たようなことはしたことがある感じ?」
「ふぅん?」
あやふやな言い方だったせいか、理解してもらえたかは怪しい。
「手紙みたいなもので、どんな話をしていたの?」
「え? 色々と……魔物のこととか、装備のこととか、戦い方とか?」
ゲームに関係する話しかしたことないな。攻略サイトの掲示板で、そのゲーム以外の話をする方がおかしなことだが。
「むむむ……ボクに内緒でいつの間に……」
なるほど。クーゴとはゲームのチュートリアルで出会い、その後滅多にパーティメンバーから外したことはなかったから、ドナの知り合いはクーゴの知り合いでもあるわけだな。
もちろん、人間の町などはドナ一人で入っていたので、それなりの差異はあるけれど、クーゴが話にも聞いたことのない知り合いというのは珍しいはずだ。
「それで、そのオーキッドさんって、男なの? 女なの?」
「男だよ」
名前からしてそんな雰囲気じゃないか? いや、名前の感じだけでいうと、クーゴも男っぽいか。
「会ったこともないのにわかるの?」
「マスターは男性だ。本人は自分の名前が花の名前であることで、名前だけだと女性と間違われる可能性を考えていたようだが」
「気にしていたという割には、金髪ロンゲじゃったがのぅ」
「気にはしていなかったな。名前だけを聞いた相手が間違うこともある、という程度だった」
へぇ。オーキッドって花の名前なんだ。
「むぅ。えっと、じゃあ、魔物使いどうしだし、その、付き合っていたりとかは? するの?」
「ないな」
クーゴは何を言い出すんだ。
「で、でも、いつの間にか凄いマジックアイテムとかあげちゃってるしッ!」
「支配者の七宝のことか? あれはあげたわけではなく、えーと、MODってどうやって説明すればいいんだ」
「むー」
「とにかく、知り合いではあるけど、そこまで親しかったわけでもないから」
何故か機嫌の悪くなったクーゴを宥める。なんで私がクーゴの機嫌を取らないといけないんだ?
「それで! オーキッドさんはイケメンなのッ!?」
まだ続けるのかよ。
「まあ、見た目はいい方なのでは……?」
動画やスクリーンショットをアップロードする人は、ほぼ例外なく容姿には力を入れていた。オーキッドさんは、金髪ロンゲで、細身で、長身で……ああ、そうだ。長身だったな。
「たしか、身長が二メートルと少しくらいあったはず」
「そうだな。人間の中では背が高い方だった」
「え、でかい」
『リ・マルガルフの希望』のゲームシステムにおいて、身長が高いと移動速度や近接武器の当たり判定で有利になる。オーキッドさんの身長は、設定できる最大値になっていたはずだ。
動画で見る分には、比較対象が従魔のドラゴンなので、あまり大きくは見えなかったんだけどな。
ああ、色々思い出してきたぞ。
「見た目で一番特徴的なのは、眼が金と銀のオッドアイなことかな?」
文字通りの金目銀目ということだな。
「へぇー。昔のドナと一緒だね」
ちょっと待て。
「クーゴ、私は知らないのだが」
「うん。まだボクしかいなかった頃のことだけど、昔のドナは右眼が紅で、左眼が蒼だったよ」
食いついたカリンに説明するクーゴ。
いや、だから、ちょっと待って。
「覚えているの?」
「もちろん。綺麗だったのに、突然今の茶色に変わっちゃってガッカリしたんだよねー。あ、今の色もいいと思うよ。ドナが時々言っている、えっと、ジミカワイー?」
「わ、忘れて」
「えぇー? あ、髪の色も凄かったよね。もの凄くキラキラしてて格好イイの。ああいう髪って、何色って言うのかな」
「ごふッ……鏡面処理、かな」
「ふーん。それで、何で髪と眼の色が変わっちゃったの?」
「……中二を卒業して……高二になったからかな……」
忘れろって言ってるのに。そろそろ許して。
何かクーゴを怒らせるようなことしたか……?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
というわけで、デバッグコンソールの最後のデータ枠を使ってアイテムを作成した。
『そうやって報告に来たフリをしていても、クーゴから逃げて来たってことはわかっていますから。痴話喧嘩は神前室の外でお願いしますね』
誰と誰が痴話喧嘩か。
というか、クーゴは何で暴走しているんだろうか。よくわからないので、落ち着くのを待とう。
クーゴのことはおいておいて、新しいアイテムを見て欲しい。
「支配耐性の指輪」だ。
『エメラルドハーツの精神支配対策ですね』
そうだ。アレが一番大変そうだったからな。効果はMODで追加されていた支配を無効化する指輪と同じだけど、こっちは量産が可能だ。
パールハックの能力コピーもヤバそうなんだけど、対策のしようがないし。幸い居場所はわかっているから、近寄らないようにして後回しにしようと思う。
そもそもホープジュエリーズが敵かどうかも不明なままだし。
『それでも対策はするんですね』
マズィロの様子を見て、オーキッドさんの死因を聞いたあとだと、精神支配を受けるわけにはいかないからな。
それから、すでに支配状態になっている者がいれば、その解除にも使えるだろう。
『リ・マルガルフの希望』の耐性装備は、状態異常攻撃を受けたときに無効化するだけでなく、状態異常になっているときに装備すればその状態異常を解除することもできるのだ。
支配状態を解除するために、毎回殺して蘇生してっていうのは、さすがに乱暴すぎるからな。
押さえつけて、この指輪を装備させればいい。もちろん、先に装備している指輪を外さないといけないが。
指輪で思い出した。トライリングっていう指輪を追加するMODはあるかな。
『トライリングですね。ちょっと待ってください――ありました。『魔導学園MOD』ですね』
え。単品の装備MODじゃないのか。
『魔導学園MOD』は資料の量が尋常じゃないんだよな。
仕方ない。次にデザケーに転移してもらえる日までまだ時間があるし、『魔導学園MOD』の資料も解析するか。




