09. 英雄の死因 -2-
――デザケーが読み上げてくれた『ホープジュエリーズ』の内容は、簡単にまとめれば、三体の特殊ボス魔物を追加するものだった。
追加されるのは、マズィロの説明にあった三体の夢魔妃――はただのおまけで、彼女たちが装備している首飾りの方が主となる魔物だった。
装飾品の魔物で、装備者を乗っ取って操る、憑依型の魔物らしい。初期状態で夢魔妃に憑依しているというだけだったようだ。
そんな形態の魔物はバニラには存在しなかった。なかなか手の込んだMODである。
この三体の首飾り型魔物は、ペンダントトップに大きめの宝石が嵌められており、その宝石に応じた名前を持っていた。それぞれ、パールハック、エメラルドハーツ、ルビーチューンである。
『究極体クラスの魔物なのに、名前が漢字とルビの組み合わせでないなんてッ!』
たしかに統一性という面では思うところがなくはないけど、自由に作れるのがMODだからな。
『ぐぬぬ』
この三体の魔物には、当然のようにそれぞれ固有の特殊能力があった。
マズィロの様子から疑っていた精神操作系の能力もあった。エメラルドハーツが持つ精神支配がそれだ。
これは、エメラルドハーツが目視できる相手を、このMODで追加された特殊な状態異常「支配」にする能力だ。
支配状態の効果は、大きく二つ。条件によって細かな効果もあるようだけど、主な効果は次の二つだ。
一つは、友好化。友好度の低い相手を、自分の仲間であると認識させる。たとえ戦闘中の相手であっても効果がある。
もう一つは、指令。命じることで、どんな命令でも従わせられる。これは自害も含むようだ。
オーキッドさんの死因は、まず間違いなくエメラルドハーツに支配されたためだろう。
マズィロがオーキッドさんの自決を「仕方ない」で済ませていたのは、一つ目の能力によるものだと思われる。オーキッドさんが攻撃されたとわかっても、敵対化、つまり、戦闘状態に移行できず、「仕方ない」と判断する結果になったのではないだろうか。
そして、この「支配」は精神異常ではない。効果はどう見ても精神系の状態異常だが、データ上の分類は肉体系状態異常だった。これはズルい。
その代わりというわけではないだろうけど、支配を無効化する指輪が存在していた。レシピは存在せず、ゲーム中での作成は不可能なユニークアイテムだが。
この指輪の安置場所はわかったので、取りに行きたいとは思う。ただ、そもそも安置場所が遠いことと、すでに誰かが取ってしまっている可能性を考えると、優先度は低めでもいいかもしれない。どうせ一個しかないのでは、みんなを守ることはできないし。
しかし、どうやって倒すんだこんなの。
まあ、「僕が考えた最強魔物発表」みたいなノリのMODは少なくなかった。『支配者の七宝』を発表した私に文句を言う権利はないだろう。
とはいえ、自分で選択して組み込んだMODならともかく、こんな魔物が同じ世界にいるとか、まったくもって勘弁してほしい。
ルビーチューンの能力は回復能力だった。
一般的な回復魔術を全て使える他、バニラでは主人公しか使えないはずの蘇生魔術も使用可能なようだ。
回復魔術の有用性を考えるとそれなりのアドバンテージはあるが、バニラでも存在する能力と考えると希少性は低い。もちろん、敵が回復魔術を使うという点は、非常に面倒な事実ではあるのだけど。
オーキッドさんが「赤いヤツ」から倒せと言った意味もわかった。回復役を先に狙うのは定石だ。その隙にエメラルドハーツに精神支配されてしまったのだろうが。
とはいえ、エメラルドハーツを先に狙ってもルビーチューンに回復されて倒しきれない、または倒しても復活させられただろうし、どちらにせよ詰んだ状況だったと思われる。
私も、現時点では、両者を同時に瞬殺する以外の方法は思い浮かばないな。
最後のパールハックだが、これは非常に手の込んだスクリプトの組み合わせで作られた魔物だった。能力の発想はともかく、MOD制作者としては、実装面で色々と唸らされる点があった。
パールハックの能力は、一言で表せば「能力コピー」だ。
正確には他キャラクターの「アクティブアクション」をコピーする。
この、『リ・マルガルフの希望』における「アクティブアクション」という概念は、MOD製作者以外のプレイヤーに説明するのが面倒なのだが。
パッシブとアクティブの違いはわかってもらえるとして、「アクティブアクション」とはキャラクターがその瞬間だけ能動的に行う行動のことだ。ただし、歩く、走る、跳ねる、飛行する、アイテムを使う、拾う、捨てる、ドアを開ける、通常攻撃をする、などの基本行動は除かれる。
たとえば、魔術系スキルで覚える個々の魔術、武器系スキルで覚える個々の特殊技、種族固有や装備品で後付けされる特殊能力のうち能動的に発動するもの、などが該当する。
パールハックが能力をコピーするには、相手に触れなければならない。攻撃の命中ではダメで、調べるようにそっと接触する必要があるようだ。逆に言うと、相手に触れさえすれば、抵抗判定などを挟まずにいきなりコピーできてしまう。なお、相手は死体でもいいらしい。
コピーする能力については、相手の「アクティブアクション」の一覧を取得後に独自の採点方法で点数をつけ、点数の高い一つを選ぶ……という実装になっていた。ただ、私の従魔たちの言動を見てきた限り、こういったキャラクターが判断を行うためのアルゴリズムは現実的な思考に置き換えられている。現実のこの世界では、単純にパールハックが欲しい能力を選んでコピーするのではないかと推察する。
コピーして保持できる能力の最大数は十個で、これは多いとも少ないともいえない絶妙な数だと思った。
たとえば魔術をコピーしても一つの魔術しかコピーできず、魔術系スキルを持っている相手と同等の能力を持つことはできない。
とはいえ、便利な能力をコピーして集めていれば十個はすぐに溜まってしまうだろう。
上限を超えてコピーする場合は点数の低いものと入れ替える実装なので、パールハックがより有用と判断した能力を残すのだろう。相手に接触してみた結果、気に入った能力がなければコピーを取り消すこともあるようだ。
どんな能力をコピーしているかによって強さが変わってくる魔物ということだ。
コピー行為や能力の更新が容易なので、強力な能力を集めることは簡単だろう。更にはどんな宿主に憑依しているかによっても強さは変わる。
対処が難しい相手だ。戦うことになったら嫌だなぁ。
『それ、ドナさんがよく言っているフラグというものなのでは』
私もそう思う。勘弁してほしい。
さて。『ホープジュエリーズ』はとりあえずここまでで一旦置いておいて、他にも探して欲しいMODがあるんだけど、いいかな。
『検索条件次第ですけど、大丈夫ですよ』
魔王の娘、アイ=シャッコーは、MODではなく、普通にこの世界の魔王の娘らしかった。
ゲーム的な制御がない以上、ボスフラグなどもなく、本人から従魔になると言ったのなら私の従魔として登録されるらしい。
『そもそも魔王に子供がいたことを知りませんでした』
女神の世界に対する認識など、この程度である。
『前から何度も言ってますけど、物質界の詳細はわからないのですよ。魔王くらい大きく勢力を傾けようとしていればわかりますが、個人の詳細はほとんどわかりません』
知ってる。
『むー』
魔物が装備できる武器や防具の種類の制限を撤廃する、『武具制限撤廃』というMODが入っているらしい。本来ドラゴン系列は爪系と牙系の武器しか装備できないはずなのに、マズィロが長槍を持っていた理由はこれだろう。
オーキッドさんとしても、従魔が全てドラゴンとなると、装備品にバリエーションが欲しかったのかもしれない。
『MODの名前にセンスが感じられません』
大規模なMODならともかく、機能を一つ追加するだけのMODなら、こんなものだと思うけど。
マズィロが持っていた長槍は、『最強武器セット・テンブレイバーズ』というMODに含まれている武器だった。
一旦神前室を抜けてマズィロに名前を聞いてきてから検索したら、見つかった。なお、槍の名前は「蒼玉槍スリーライク」というらしい。
『なるほど。ルビにするのではなく、一つにつなげるのもカッコイイですね』
そーだねー。
同じシリーズの武器が槍以外に、剣、大剣、斧、短剣、鎚、弓、鞭、大鎌、杖とあるようだ。
それぞれ、攻撃力補正値が設定できる最大なっている――杖だけは魔力補正値だ――が、特殊能力などはないようだ。総合的に見れば、私の従魔に使わせている魔法合金製の武器と大差がないと思う。どちらかというと、名前に反して見た目重視のMODというわけだな。
マズィロが言うには、オーキッドさんの従魔は皆このシリーズの武器を使っているらしい。また、主から直接もらった武器なので、余程のことがなければ他の武器に変えることはないだろうとのことだった。
変な特殊能力を持った武器を使われるよりは対処しやすいので、これはどちらかというと嬉しい情報だろうか。
話を聞いた後、預かっていた槍はマズィロに返した。銀月の庭のように存在に問題があるわけでなく、主の形見だというのであれば、返さない理由もなかったからな。
後は、オーキッドさんの死体が消えたっていうのを調べたいかな。
キャラクターが死んだときに実行されるスクリプトは、死亡イベントに記述されるはず。死亡イベントがあるMODの中から、それっぽい処理を探せないだろうか。
『キャラの死亡イベントはあちこちで使われているので、さすがに絞りきれませんよ。消えたっていうのも、本当に消滅したのか、どこかに移動したのか、別の何かに変えられたのか、それ以外にもなにかありそうですし。そもそも死亡イベントがトリガーになっているとは限らず、死体を対象に発動する何かの可能性もありますし、見つけようがありません』
確かに。
『リ・マルガルフの希望』はRPGであり、戦闘がメインのゲームだった。相手を倒したり、自分が倒されたりしたときに特別な処理を行うことは珍しくないし、当然そういった処理を含むMODも多い。
死体が消えた、という結果を残す処理も、デザケーの言う通り様々な方法が考えられるうえに、思いもよらない処理の結果である可能性もあるわけで、つまり、さっぱりわからないということだな。
これで、デザケーに聞きたかったことは一通り確認できただろうか。
『何かあれば、思い出したときに聞きに来てください』
そうしよう。
視線を会議室のテーブルに広げられた大陸地図に移す。
地図の上で光っているのは、数を一つ減らした七宝の位置を示すマーカーだ。
そのうちの一つ、未踏の道標のマーカーは、現在は大陸のほぼ南東端にあった。大陸南東部は大草原だが、南東の端は湿地帯となっている。
足場が悪いな。空を飛ぶクーゴとカリンには関係ないだろうけど、装備重量がかなりある私にとっては面倒な場所だ。
以前、シィで会った冒険者が、シィの近くでオーキッドさんの従魔を見ることができたと言っていた。大陸各地に散っているオーキッドさんの従魔たちだが、位置的に考えてシィの近くに飛んできたのは、未踏の道標を持っているドラゴンだろう。だとすれば、時間が経てば草原の方に移動するだろうか?
『あ、えっと、それに関してなんですが……』
私の思考に反応したデザケーが口を挟んでくる。
『私の手で転移させるとリソースの消費が激しい話はしましたよね? できれば、次回の転移はもうちょっと時間をあけてもらえると……』
おっと。そうなのか。どのくらい?
『十日程度でしょうか?』
できればマズィロがこちら側についたことがバレる前に未踏の道標の回収まで済ませたかったんだけどな。
仕方ないか。
マズィロから聞きたいこともまだあるし、十日間は情報の整理と、戦力の強化に充てよう。




