04. マジックアイテム作成と都市シィへの潜入 -4-
マジックアイテムが作れるようになって数日後、デザケーの神殿が完成した。
物置よりも広い神前室には、イークに追加で作ってもらったテーブルを置いた。六人くらいで囲めそうな会議テーブルだ。
椅子はない。神前室はあまり広くできないからな。このテーブルを置いただけですでに狭い。
そのテーブルの上に、大陸地図を広げる。
リ・マルガルフ大陸の全体を表現した地図だ。マジックアイテムの一つでもある。マジックアイテムといっても、これ単体で持っている機能は、現在位置にマーカーを付けることと、行ったことのある町やダンジョンの位置にマーカーを置くことくらいしかない。いや、ゲーム的にはよくある普通の機能だけど、現実だとかなり便利な機能だな。
そんな便利な大陸地図だけど、そこそこの重量があるため、慣れてきたプレイヤーは拠点に置きっぱなしだ。この大陸地図も改めて作り直したものだ。
『なんか、新しい神前室は会議室みたいなんですけど』
呼びかけてもいないのに、勝手にデザケーから話しかけられる。
気がつけば、会議テーブルのお誕生日席に置いてある神像にデザケーが顕現していた。
なお、私自身は、この部屋は会議室のつもりでいる。
『え、そうなんですか?』
世界に影響のある七宝をなんとかする作戦のための、会議室だと思っているけど。
『それはそうかもしれませんが……』
というわけで、早速説明しよう。
まず、私が装備していた首飾りを外して大陸地図の上に載せる。
『その首飾りは?』
これは、今回デバッグコンソールのデータ枠を一つ使って新しく作成した装備品だ。
名前を「七宝探知機」という。ルビはない。
『名前にセンスを感じません。『支配者の七宝』を作った頃のドナさんはどこに行ってしまったのですか』
あの頃とは名前付けのセンスが変わっちゃったんだよね。
『なんてことでしょう。昔の方がカッコ良かったのに……』
ダサいところが一周回ってカッコいいと思うのだけど、デザケー的にはああいう名前がいいのか。
まあ、魔物の究極体に、漢字で当て字しちゃうようなセンスだものな。
『カッコいいじゃないですか!』
思い浮かんだ感想を話すわけにはいかないので、ノーコメント。
『考えていることは伝わってくるんですけど……』
すまないな。今の私は高二病なんだ。
そんなことより七宝探知機だ。
これは、名前の通り、支配者の七宝の所在を探知するものだ。
それぞれの七宝が世界に一つしかないユニークアイテムだからできたことだ。
ユニークアイテムというのはデータ的な名称ではなく俗称で、データ上は作成不可フラグが立てられ、あらかじめ世界のどこかに一つだけ配置されたアイテムのことである。事故を防ぐため、大抵の場合は破壊不能にするための固定フラグも一緒に立てる。
作成不可であるため、ゲーム中で新規に作成することができず、レシピに現れることもない。よって、世界にただ一つ、ユニークとなるわけだ。
七宝探知機の処理は単純な力技で、データ型のIDで世界中に存在するアイテムを検索し、その座標を覚えておくだけだ。実体の方のIDは直接取得できないけど、データ型IDから逆引きでいける。
データ型IDは、MODのデータを覗けばわかる。『支配者の七宝』については覚えていたので、デザケーに確認するまでもなかった。
全アイテムの検索自体はちょっと重めの処理だと思ったけど、一瞬で済んだ。世界のシステムへの負荷がどの程度だったかは不明だが。どうせ最初の一回しか検索せず、以後は記録しておいた実体IDから座標を拾うので、負荷が問題になることはないだろう。
『この前負荷が跳ね上がったのは、ドナさんのせいだったんですか』
あれ。やっぱり負荷は大きかった?
『一瞬だけでしたので、銀月の庭や未踏の道標に比べれば誤差の範囲です。問題はありませんでした。でも、動かす前に一言欲しかったです』
うーん。それはごめん。
七宝探知機は従魔たちの分も作るつもりだが、初回起動は被らないようにだけ気を付けておこう。
さて、七宝探知機の具体的な能力についてだ。
まず、普通に装備して効果を有効にすると、自分から見た七宝までの距離と方向がわかる。視界内の該当する方向に、七宝の位置を示すマーカー、距離、対応する七宝の名前が表示される仕組みだ。
『視界内だと邪魔ではありませんか』
でも、画面表示と音声再生以外のアウトプット方法がないんだよね。
『……あ、確かに。ゲーム版のMOD作成用スクリプトでは、それしかできませんね』
可能ならボトムレスバッグやアイテム作成時のレシピのように、頭の中に表示できれば良かったんだけど。
続けて、七宝探知機のもう一つの能力についてだが、その前に大陸地図の能力について確認だ。
実は、大陸地図には指定場所に指定の情報を表示する機能がある。バニラでもクエストによって目的地が表示されるし、MODでもこの機能を利用して様々な情報を地図上に表示することができた。
七宝探知機も、大陸地図のこの機能と連動できるようにしてある。なので、大陸地図の上で七宝探知機を有効にすると――
『なるほど。これはわかりやすいですね』
地図上に、それぞれの七宝に対応するマーカーが表示されるわけだ。
表示されたマーカーを確認する。
まず、気にすべき時間停止の銀月の庭は、大陸北東部の高地にある。それから、未来予知の未踏の道標は大陸南東部の草原地帯だな。
他の五つについては。
大陸中央部、王都アッセンブルの近くにあるのは、認識阻害の「静寂の足音」。
大陸南西部の砂漠地帯にあるのは、身体加速の「不倒疾駆」。
大陸北西部の山岳地帯にあるのは、物質透過の「実在幻影」と瞬間転移の「虚ろの回廊」。
北西部と中央部の間付近、この大陸で特に高い山がある場所にあるのが、遠隔視覚の「無限天眼」。
『賢者の黄金塔』で追加される拠点は北西部だ。実在幻影と虚ろの回廊の座標がそこと一致している様に見える。
これは、ちょうど拠点にいるということだろうか。
というわけで、デザケー。ここからが問題なんだけど。
『なんでしょう』
問題にしている銀月の庭と未踏の道標までの距離が遠い。
『そうですね』
転移で運んで。
『はい?』
座標がわかればそこに転移させることはできるんだよね? 準備ができたら、私と従魔たちを銀月の庭や未踏の道標の近くに転移させてよ。
『それは、成功報酬の拠点への転移の代わりにということですか?』
なんで?
成功報酬は成功報酬なんだから別の話のはず。これは必要経費。
『ええー……』
そっかー。転移のリソース消費をケチって、世界のシステムを止めちゃうのかー。
『何て言い方ッ! わかりましたよッ! 転移させてあげますッ!』
うん。準備ができたら言うから、よろしく。
帰りはスグカエルを使うから、往路だけで大丈夫。
『うぐぐ……可能な限り、それぞれ一回ずつで終わらせてくださいね。あと、ドナさんの他に一緒に連れていけるのは、四人までとさせてください』
四人か。ゲームの頃のパーティと同じ数だな。
『システム的に色々扱いやすい数なんです』
わかった。
たぶん大丈夫かな。問題があったらそのとき考えよう。
『ところで、この七宝探知機なんですが。対象を支配者の七宝に固定せず、任意のデータ型IDを入れられるようにした方が汎用性が上がったのではありませんか?』
それをしなかった理由は二つあるな。
一つは、七宝探知機はマジックアイテム作成スキルさえあれば誰でも作れるということ。現在手に入れられる材料で作成できるようにしたため、素材集めの難易度は低い。
要求するスキルレベルはドナのレベルに合わせて最大にしておいたから、そうそう作れる者が現れるとは思えないけど、可能性は否定できない。そして、そういう可能性を残しておくと、必ず誰かが実行するものなのだ。
アイテムの場所がすぐわかるアイテムが、いくつも作れるなんて、混乱が必至だろうからな。
七宝の場所がわかる分には、困るのはオーキッドさんの従魔たちだけだろう。私が回収した後の七宝については、一応、考えがある。
隠れ家(仮名)に置いてあるはずのユニークアイテムのIDを探索すれば、拠点の場所がわかるかもと思ったりはしたんだが。他人に隠れ家(仮名)の場所を教える可能性があるので、今回はパスした。
『でも、データ型IDがわかるのはドナさんと私だけなので、他の人は使いようがないのでは』
そこが二つ目の問題だな。
使うだけなら装備すれば誰でもできる。データ型IDの入力を促されて、わからないからといって適当に入れたらどうなるか。
大量に存在するアイテムのデータ型IDだったりすると、その数だけリアルタイムで座標を監視するようになるわけで、世界のシステムへの負荷が無視できなくなると推測したんだが。
もしかしたら、大した負荷ではないかもしれないけど、七宝探知機は複数作れるし、それぞれが大量の座標監視を行うって状況になっても、本当に問題ないのかな?
『……危険ですね。でも、それなら銀月の庭や未踏の道標の場所がわかればよかったのではありませんか。他の七宝まで対象にしたのはどうしてでしょう』
銀月の庭と未踏の道標への対処が平和的に終われば問題ないけど、そうならなかった場合、他の七宝を持っているヤツも敵に回る可能性が高い。というか、高確率でそうなると思っている。
そして、この七宝探知機の機能は、認識阻害能力を持つ静寂の足音へのカウンターにもなっている。
『なるほど。色々考えた結果なんですね』
データ型の枠は三つしかないうえに作り直しができないからな。
『でもまあ、作成に必要なスキルレベルが高いので、ドナさん以外は誰も作れないと思いますけどね』
その油断はフラグだ。
『そんなフィクションみたいな。そもそもマジックアイテム作成スキルって、習得が難しいんです。魔物使いには必須なので、ゲームでは全員に覚えてもらっていましたが、人間も魔物もそう簡単にレシピからマジックアイテムは作れないのです』
そうなのか。
『人間社会は特に経済活動が活発なので、作成者が少ないマジックアイテムはなんか勝手に値段が上がっていくんです。ゲームと剥離していくとMODを取り込むときにちょっと不安なんですよねぇ』
そういえば、シィで確認したマジックアイテムの値段は、ゲーム中より高めだったな。
『そういうわけですので、ドナさんがどう思っているかはともかく、必要スキルレベルを高めにしておけば、他の人にそのアイテムを作られることはありませんよ。それで、デバッグコンソールのデータ型の残りの二枠は使用したのですか?』
一つだけね。残りの一つは後で何かが必要になるかもしれないから、取っておいてある。
今回データ型を追加して作成したもう一つのマジックアイテムはこれだ。
『指輪ですね』
うん。名前を「時間停止耐性の指輪」という。
『名前のセンスが……。いえ、指輪については私もあまり力を入れなかったのですけど。ええと、つまり、まずは銀月の庭から対処するということですね?』
そうだね。
七宝の中では、奇襲されると一番面倒だけど、対策を取ってしまえば一番楽な相手だから。先にこっちから奇襲しようかなって。
『銀月の庭があるのは北東部ですね』
大陸北東部は高原地帯。コボルの村の北方向には山が見えるが、それを越えた向こうにある。
ゲーム中では、魔王の拠点である魔王城がある場所でもあった。
そういえば、魔王って倒されているんだって? オーキッドさんに?
『あ、はい。オーキッドさんを召喚した時には、ゲームでいうメインストーリーが始まっていない状態でした。オーキッドさんはそれを一通りクリアされています』
なるほど。
メインストーリーは人間社会の英雄になる話だからな。シィで聞いた評価もわかる。
ドナと違って、プレイヤースキルも高いしMODも大量に入れていたので、圧倒的な強さだっただろうな。魔王なんて相手ではないだろう。
それがどうやったら死ぬことになるのか。
銀月の庭を持っているのはオーキッドさんの従魔だし、会えば何か聞けるかもしれない。
交渉次第では話をするような状況ではなくなるだろうけど。というか、交渉とか苦手なんだよなぁ。
そもそも、亡き主の形見なんだから、寄こせって言うだけムダだよね。絶対に手放すはずがない。本当に奇襲しようかな。
『取り上げるのではなく、使わないように説得するのではダメなのでしょうか』
また持ち主が変わったときに、今回と同じことを繰り返すの?
『ぐぅ』
だから、誰かに持たせたりしない方がいいと思うね。ネーミングセンスを隠したい頃の過去をおおっぴらにされるとか勘弁してほしいし、取り上げて誰も使えなくするしかない。
『そっちが本音ですね』
否定はしない。




