01. マジックアイテム作成と都市シィへの潜入 -1-
朝食の後、私とクーゴとカリンで使わせてもらっている客間に戻り、自分のベッドに腰掛けた。
コボルトが使う部屋なので地下にあるため、窓はない。そのためか、閉塞感と少し高めの湿度を感じる。
自分たち用の家を穴の外側に建ててもらう予定でいるが、今はデザケーの神殿の方が先だ。イークが張り切っていたので、そうそう時間はかからないだろう。それまではこの部屋を使わせてもらえることになっている。
ここ数日はデザケーから情報を集めていたのだけど、気がつくと雑談になっているのはどうしてだろうな?
途中で私が飽きるのも悪いのだが、デザケーも話好きだからなぁ。
ドナよりも強いはずのオーキッドさんが死んでいるという事実を考えると、私もレベルがカンストしているからといって安心はできないはずなのだが。
とりあえず、オーキッドさんが入れていたMODの一覧は確認してある。
『支配者の七宝』と『賢者の黄金塔』以外にも、私が作ったMODがいくつかあった。これらは中身がわかるので、まだいい。自分が作ったのではなく、有名でもないMODとなると、何が追加修正されているのかわからない。名前から見当がつくものもあれば、まったく意味不明な名前のものもある。デザケーは実行コードとやらで機械的に変換しただけで、ほとんどわかってないようだし。
いずれ一通り確認する必要はある。MOD内の情報は、デザケーに頼めば、設定パラメータからスクリプト記述まで全て読み上げてくれるけど、パソコンのない現状ではこれを解析する作業は苦痛だ。結果として、ほとんど進んでいない。
それに、百以上もMODがあるってことは、半分以上はすでに使っていないけど入れたままなだけなんじゃないかって気がしている。そう思うとやる気も出ない。
代わりに確認を進めていたのは、『デバッグコンソール』だ。
これは私がMOD作成時に使っていた内部パラメータ変更用のインターフェースで、主に、ゲーム中に配置されているオブジェクトの現在状態を覗き見たり、本来はゲームを再起動しないと変更できないパラメータを無理矢理変更するために使用していた。
とはいえ、覗き見の方はほとんど使えなかった。キャラクターを指定すれば、能力値やら何やら全てのパラメータが見れたはずなのだけど、使ってみたら半分くらいの数値が表示されなかった。
筋力や耐久などの能力値はどれもダメ。体力や魔力、レベルや経験値も見れない。一方で、身長と体重や、所持スキルは見ることができた。
デザケーに確認したら、各個人は十数個のパラメータだけで表せるほど簡単な存在ではなく、ゲームの頃のようなパラメータ表示は無理とのことだった。スキルについては、所持したりレベルを上げたりすることでゲームと同様の恩恵を得られるらしいが、細部は異なっているものもあるらしい。
なお、パラメータの変更にはもともと制限が多い。特に実際に実体化して配置したオブジェクトは、他のオブジェクトとの絡みも多いため、ほとんど変更できない。たとえば、主人公キャラの能力値を不正に上げて無双するなどの機能はない。
実体化したオブジェクトに対して変更できるのは、シナリオ制御用のフラグ管理だけだ。
具体的に変更できるフラグは三種。重要アイテムに設定され、売ったり捨てたり壊したりできなくなる、固定フラグ。ストーリー上のボス魔物に設定され、従魔にすることができなくなる、ボスフラグ。重要なNPCに設定され、体力がなくなっても気絶だけで済むようになる、不死身フラグ。
……ん、不死身フラグか。うーん……。
デバッグコンソールには、データ型の追加という機能もある。どちらかというと、フラグ管理よりもこの機能の方に状況を突破する鍵があるとみていた。
データ型、とは、実体の設計書のようなものだ。アイテムや魔物、魔術などのパラメータや挙動を定義できる。
ただ、データ型を決めることができるだけで、実体化の機能はない。これは正規の手順でリソースを消費して行う必要がある。
たとえばこんなことができる。世界には存在しないはずのポーションを設計し、拠点の調合台で素材を消費して作成する。世界には存在しないはずの昇格ルートの分岐を作成し、従魔を新しい魔物に昇格させる。などなど。
とはいえ、いきなり最強武器を作ったりはできない。『リ・マルガルフの希望』はMODで追加するデータ型のスペックのチェックが厳しい。規定範囲内のパラメータと、それに相応するリソースの消費を定めなければMODとして読み込めないのだ。
当初は何でそんな制限があるのか、MOD制作者の自由な発想の妨げではないかと思っていたけど、今ならその理由もわかる。優れたMODはこちらの世界に取り込むつもりだったのだから、バランスブレイカーなMODは不要だったのだ。
……その厳しいチェックをすり抜けて世界崩壊の危機を招くアイテムを追加するMODも存在したが。もちろん『支配者の七宝』のことだ。誰だよ作ったヤツ。
デバッグコンソールのデータ型の追加は、本来は再起動せずに必要そうなアイテムを仮作成したりするためのものだった。
でも、今の状況なら、新しいアイテムなどの作成に使えるわけで、これは大きな戦力になる。
問題は、追加できるデータ型の枠が三つしかないってことだな。そもそも、仮作成での動作確認が終わればMOD本体にデータ型を移すわけで、基本的に何個も必要になるものではなかったのだ。
そして、一度作成したデータ型は消したり変更したりできない。実体があるのに、そのデータ型が存在しなかったり内容が一致しなかったりという状況は、ゲームのプログラム的にありえないからだ。
データ型を消すためには、一度ゲームを終了する必要があった。――つまり、今の状況では、一度作ったデータ型はそのままということだ。
何を作るかの決定が、非常に重要になるな。
……デザケーに確認したが、もちろん、ゲームとは違うこの世界でも「発明」は可能だ。データ型なんていうゲーム的な方法でマジックアイテムの種類を増やさなくても、新しいモノを作成することは可能らしい。
ただ、魔術の理論やら何やらを本格的に研究する必要があるようで、一朝一夕でできるものではないとのことだった。
そんなデバッグコンソールでマジックアイテムのデータ型を作成したところで、どうせ今すぐ実体化はできないのだが。
コボルの村に鍛冶場はあるけど、マジックアイテムを作成するための道具はほとんどないようだった。まずはこれを揃えることが先ということだな。
MODで追加された転移アイテムである、スグカエルも作ってみたいし。
その道具の入手先については、すでにデザケーから聞き出している。正確には、ゲームのときと変更がないか確認してある。
入手自体は簡単だ。買えばいい。ある程度以上の大きさの人間の町でなら、大体売っている。都市シィなら確実だろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「というわけで、シィに行く方法を考えていたんだけどさ」
外に出て、神殿の建築指揮をしていたイークと、村のはずれで哨戒しながら昼寝していたカリンを呼び寄せて話し始める。クーゴはいつの間にか背後にいた。
従魔たちには、デザケーからの頼みについて、ざっくりとではあるけど説明してある。私が昔作ったマジックアイテムを取り返すため、別の魔物使いの従魔たちと戦うことになった、といった程度の内容で。
ゲームの頃は戦闘前に説明なんてしなかった、というか、そういう行動は取れなかったな。従魔を連れて敵の前まで移動して、そのまま戦闘開始だった。
もしかして、わざわざ事前の説明とかいらないのか? いや、いくら魔物でも、強敵との戦闘前には心構えとか必要だよな。
「まだ諦めてなかったんだ?」
「この前説明した、従魔のドラゴンたちと戦うために必要なマジックアイテムを作りたいんだけど、作るための道具が足りないからさ。買ってこようと思って」
別に悔しいから再チャレンジとかではない。ちゃんと理由はあるのだ。
「前回のエルフの村のように、焼き払った後で回収すればいいのではないでしょうか」
カリンは物騒だなッ!?
「襲われたわけでもないのに、いきなり攻撃するわけにはいかないよ」
「えー? 人間も魔物狩りしてるっていってなかったっけ?」
クーゴのツッコミが鋭い。
たしかに、数日前、人間が森にも魔物狩りにくる可能性があるから気を付けるようにって、コボルトたちに言った。クーゴも聞いていたのか。
あれ、もしかして、シィに攻め入る口実はあるのか……?
「いや、まだ、本格的に戦闘状態になっているわけじゃないから……」
シィの人口ってどのくらいだろう。そのうち戦闘できるのは何割くらいだ?
空から攻撃できるクーゴとカリンがいれば、この人数差でもシィを落とすのは簡単なのでは。ああいや、人数差があるからこそ、逆に反撃されたときにコボルの村を守り切れない可能性があるな――
――って、何で戦闘することを考えているんだ?
「私が知っている限りでは、シィの人間の魔物狩りは少人数のグループが行っているっぽいから。コボルトたちには、人間を見たら戦わずに逃げ帰るように言ってあるので、もし人間が追いかけてきたときはみんなが相手をしてあげてね」
「はいッス」
村長になってコボルトたちに対する責任を感じているのか、イークが気合をいれて返事した。クーゴとカリンも頷いている。
「それで、シィへの潜入方法だけど、地下から行くのはどうだろう」
イークに視線を向け、考えていた方法を身振り手振りを交えて説明する。
「向こうから見えないように、森の中、西の端ぎりぎりくらいから掘り始めて、地下から城壁の中に入る感じで。たぶん使うのは二、三回程度だから、長期的に維持するだけの強度はいらないんだけど」
「そうッスね。空や地上から行くよりは目立たないと思うッス」
思案顔になるイーク。
「コボルトたちを総動員すれば……距離だけなら、二、三日ってところッスね。問題は地上に出るときッス。見つかりにくい場所を地中から探すのは難しそうッス」
なるほど。地中からだと地上の様子はわからないからな。
「無理そうかな?」
「人間がたくさんいる都市だと聞いているッスから、人の気配の大小を見極めれば、何とかなると思うッス。時間はかかるし、絶対に大丈夫とは断言できないッスが……」
「地中から人の気配なんてわかるの?」
「わかるッスよ」
コボルト凄い。
エルフの弓も感心したけど、人間とは違う種族の得意分野における能力は、なんか凄いとしかいえないな。……魔物使いなら、従魔の能力くらい把握していろってことなんだろうか。戦闘能力なら把握しているけど……。
「じゃあ、その作戦でいくよ。すぐに取り掛かって。神殿は後回しでいい」
「はいッス。ヴァイス! みんなを集めるッスよ!」
頷いたイークが、神殿の材料となる石材を運んでいた白いコボルトに声を掛けた。
あのコボルトは、この村にきた初日、私が最初に蘇生させたコボルトだな。ロートから私たちの身の回りの世話係に任命されたコボルトの一人だ。ポメラニアンに似た見た目で、どうにかしてモフモフしたいコボルトの一人でもある。
ヴァイスという名前が無駄に格好いい。英語はあまり得意ではないけど、罪とか万力とかの意味だよな。前者は意味ありげな名前付けだし、後者は職人種族らしい名前だ。……いや、ゲームの世界ではないのだから、役割に即した名前なわけはないか。
「ボクたちは何しようかー?」
コボルトに新しい指示を出し始めたイークを眺めていると、クーゴに声を掛けられた。クーゴの後ろにはカリンも控えている。
そうだな。この二人には――
「また襲われても対処できるように、コボルトたちに戦闘訓練してあげてくれるかな」
「んー、でも、イークが穴掘りにほとんど連れていくみたいだけど」
そういえば、コボルトを総動員するみたいなことを言っていたか。
「えぇと、それじゃあ、穴を掘り終わった後に戦闘訓練することにして、今は――」
「今はー?」
「と、とりあえず、村の警備かな。コボルトの数が減ると手薄になるだろうし」
「えー……わかったー」
「わかりました」
面倒そうに返事をするクーゴと、元気よく返事するカリン。
詰まらない仕事で済まないな、クーゴ。そして、カリンは昼寝を続行するつもりだろ。まあ、警備できていれば文句は言わないが。
その後、神殿の工事を中断したことで、デザケーが拗ねて面倒だった。
デザケーからの頼み事に必要なことを優先しているのに、その本人に文句を言われる筋合いはないんだよなぁ。
※ デバッグコンソールの「覗き見」の説明を変更しました。




