09. 召喚された理由 -2-
片づけた台の上の埃を拭き取り、デザケーの神像を載せる。
イーク経由でロートから借りた部屋を神前室に改装するのは、これだけで終わりだ。
小さめの密室に神像を置く場所さえ確保できれば、デザケーとの対話に必要な準備は完了するのだ。
部屋の中に自分一人しかいないことを再度確認し、神像と正対すると、手を組んで祈る。
ゲーム中でドナがしていたのと同じポーズをしてみたけど、これでデザケーを呼べるんだよな?
『そうですね。私がドナさんを見ているときであればそれで大丈夫ですが、いつもそうとは限りませんので、私の名前を呼んでもらうのが確実です』
急に聞こえた声に顔を上げる。
銀色の金属光沢が綺麗だった神像は、いつの間にか色が付き、まるで生きている様に動いていた。
ああ。ゲーム中でも、神像に降臨したデザケーはこんな感じの演出だったな。
『物質界の相手と話をするには、これが都合いいのですよ。ところで、ここは随分と物が多い神前室ですが……』
うん。物置だし。
『物置と兼用の神前室とか初めてです』
オレも初めてだな。
神殿は今用意し始めたところだから。もう少し待って。
『期待していますね』
ところで、オレは声に出していないけど会話が成立しているね。
もしかして、心を読まれてる?
『はい。私の方もドナさんの意識体に直接話しかけてますし』
マジか。何も隠し事ができない感じか。まあ、今のところは隠しておきたいことは何もないが。
『一応、会話が目的なので、表層意識しか読んでいませんよ。なので、知られたくないことは考えなければ問題ありません』
知られたくないから考えないようにしよう、って考えると?
『バレますね』
ダメじゃねーか。
オレ、交渉とか苦手なんだけどな。
『……先程から気になっていたのですが、ドナさんは心の中での一人称はオレなんですね。見かけとのギャップが随分ありますが』
そこはプレイヤーとプレイヤーキャラクターの差だな。
そもそも性別違うし。
『えッ、男性プレイヤーだったのですか!? ドナさんが女の子なので、てっきりプレイヤーも……あ、もしかして、女の子になりたいという――』
違うッ!
攻略サイトの掲示板でも時々湧いていたけど、プレイヤーとプレイヤーキャラクターを同一視するヤツって何なの?
第三者視点で、女の子が頑張るのを見るのが好きなだけだ。
ゲーム中ずっと見続けることになるキャラクターなんだから、可愛い女の子の方がいいに決まっているだろう。むしろ、ここで男の尻を見続けることを正義だとかほざく奴らの方が、ヤバイ趣味なんじゃないか?
『あ、はい。すみません』
なんて誠意が感じられない言い方か。
おっと、思わず考えてしまった。でも人間だし、相手の反応に感想を思い浮かべるのは仕方ないよね。オレのせいじゃない。
『……ええ、まあ、心を読むという対話方法である以上、うっかり思い浮かべてしまったことに対しては何も言いませんけどね。それより、その一人称はなんとかなりませんか』
オレ?
『はい。折角ドナさんは可愛いのに、その一人称で台無しです』
ふーむ。ドナの可愛さに傷が付くのは問題だな。
考えるときもドナの口調に合わせるようにしようか。それをすると本当にドナになりきりそうで怖かったんだけど。
『今はドナさんなのですから、問題ないのでは』
そういえば、ドナ本来の意識って、今はどうなっているの?
『ドナさん本来の意識ですか? それって何でしょう?』
え。
今はオレ……私がドナの身体の中にいて、ドナの身体を動かしているけどさ。昨日、私が草原で目覚める前までは、ドナの身体を動かしていたのは誰なの?
『いませんよ。ドナさんの身体は今回の召喚に合わせて作ったものですので』
つまり、あの時点より前にドナは存在しなかったということ?
『はい』
えっと、じゃあ、従魔たちは? 召喚される以前の記憶もあるように感じたけど。
『召喚時に過去の記憶を作成しました。ドナさんの記憶や、ドナさんのプレイ記録も反映されています』
なるほど。そんなことができる点は、さすがは女神ってところなのかな。
『あ、えーと……』
おっと。何かを要求するために褒めたわけではないぞ?
『あ、いえ。記憶関連の処理は既存の実行コードに含まれているので、私が具体的な処理をしたわけではないのですよね……』
既存の実行コード……? なんか気になる単語ではあるけど、一々突っ込んでいると進まないので、そろそろ本題に入ってもいいかな。
『はい。ドナさんをこちらに召喚した理由ですね』
うん。そう。「私の世界を救って」って何?
『ええ。実は、世界のシステムに負荷がかかりすぎていまして、その原因をどうにかしないといけないのですが……』
ファンタジー世界に召喚されたと思ったら、SF的な話になってきたぞ。
『説明が難しいので、時系列順に説明しますね。実は、ドナさんより前に、もう一人、プレイヤーを召喚していました――』
デザケーの話をまとめると、こんな感じだった。
私の前に召喚されたプレイヤーのキャラクター名は、オーキッド。
プレイヤー間では有名なプレイヤー兼MOD制作者だ。プレイヤースキルが高く、時々動画をアップロードしていた。基本的には軽装で日本刀――バニラにはないのでMODだろう――の二刀流、従魔たちの先頭に立って切り込んでいくタイプのプレイが多かった。ドナとは正反対の戦い方だな。
オーキッドさんを召喚した理由は、こちらの世界の文明を活性化させたかったためらしい。
そもそも元の世界のゲームは、こちらの世界の文明を急速発展させるのが目的で作成、公開されたものだったらしい。MODを推奨し、公式でそれをサポートしていたのも、めぼしいMODがあればこちらの世界にそのまま取り込むのが目的だったそうだ。
オーキッドさんが召喚される際には、オーキッドさんが使用していたMODも同時にこちらの世界に適用された。オーキッドさんのセーブデータは使用しているMODがある前提のものだろうから、これは仕方ないのだろう。
ここで問題があったのが、『支配者の七宝』というMODだった。このMODは特殊な能力を持った七つの装備品、支配者の七宝を追加するMODなのだが、そのうちの二つ、銀月の庭と未踏の道標に問題があったらしい。
どちらも起動するとちょっと重めのスクリプトが走るアイテムなのだが、MODをこの世界のシステムに変換するために専用の実行コードを使用したところ、元のMODよりも更に高負荷なスクリプトになってしまったらしい。
これが世界の崩壊や消滅にまで繋がりそうな問題であったため、オーキッドさんには使わないようにお願いしたそうだ。そして、これは受け入れられ、オーキッドさんは使わなかった。
問題はオーキッドさんが死んでしまったことで再び発生する。
残された元従魔たちは支配者の七宝を形見分けのように引き継いだ。そして、オーキッドさんが使わないようにしていたことを知っているのかどうかまではわからないが、銀月の庭と未踏の道標を受け取った元従魔は、これを普通に使用しているらしい。
今すぐどうこうなる問題ではないようだが、数年後にはどうなっているかわからない程度には世界のシステムに負荷がかかっているそうだ。
世界レベルでみるのなら、数年後っていうのは、今すぐと同義かもしれないが。
『――と、いうわけで、ドナさんには銀月の庭と未踏の道標を何とかして欲しいのです』
何故、私?
『だって、『支配者の七宝』を作ったのは、ドナさんじゃないですか!』
そうだけど。でも、readme.txtに、このMODを使ったいかなる損害にも責任は負いません、って書いたよね?
『ぐぅ。でもでも、ゲームのエンディングで、「再び世界に危機が訪れたときには、また手伝ってくださいね」って私の問いかけに、「はい」って答えたじゃないですか』
あー、そんなのもあったな。
メインストーリーの最後で、デザケーとの会話の中にそんなやりとりがある。
でも、エンディングでそんな質問されたら、とりあえず雰囲気で「はい」って答えるだろう?
待てよ。「いいえ」って答えたこともあるぞ?
『「はい」が三十四回なのに、「いいえ」は一回だけです』
数えてたのかよ。というか、それ、ドナ以外のセーブデータも含んでないか? まあ、中の人は一緒だから構わないのかもしれないが……。
それに、「いいえ」って答えたのは、二回目のクリア時、セリフの変化を拾うために選んだだけだからな。実質「はい」といってもいいのか。
というか、思ったよりクリアしてたな。
『二十回以上クリアしたのは、ドナさんの他にはオーキッドさんだけですね』
まあ、アクションゲームとかならともかく、RPGはそう何度もやらないよな。一回クリアするまでの時間も長いし。
うーん、そうか。「はい」って選択肢にそんな罠があったとはな……。
ここで「嫌だ断る帰る」って言ったらどうなるんだ?
『そんな酷い。助けてくれますよね?「はい/いいえ」』
ループしそうな選択肢出してんじゃねぇ!
『嫌だ断るは仕方ありませんが、帰りたいのですか?』
む……。
確かに、身体を壊して仕事を辞めた後は、『リ・マルガルフの希望』以外には何もしていないような生活だった。親戚はほぼ疎遠だし、もしかして帰る意味はない?
それに――実際に目の前で動き、話し、触れる、クーゴやカリン、イークのことが頭をよぎる。ついでに、コボルトたちももう少し仲良くなってモフモフしてみたい。
はッ、そうかッ! 先にクーゴたちに会わせておいてから、具体的な話を始めたのはこのためかッ!
シィに入れなかったために神殿で神前室が使えなかったのも、そうなるように仕込んでいたんだなッ!
チクショウやられたなッ! 手伝ってやるよッ!
『は、え、ありがとうございます。でも、私は何も仕込んだりしていませんよ。そこまで物質界に干渉することはできないのです』
ふむ? ホントに?
『干渉可能でしたら、銀月の庭も未踏の道標も、とっくに取りあげています』
それもそうか。
しかし、この二つが問題とはね。世界のシステムに合わせて変換した際に更に負荷が上がったってことだったけど。
銀月の庭の能力は、時間停止だ。
発動すると、時間停止耐性を持たないキャラクターは、一定時間動けなくなる。時間停止耐性とは同MODで追加されたフラグの一種で、銀月の庭の装備者にしか与えられない。――なんで時間停止耐性なんていうものを用意したかというと、止まった時の中で戦う演出がしたかったからだ。戦う相手は結局実装しなかったが。
ゲームの頃の処理は、フレームごとの演算と描画に割込みをかけ、時間停止耐性を持たないキャラクターは演算をスキップし、描画のみが行われるようしていた。他にも細々とした処理はあったが――
――ああ、そうか。フレームレートが高くなると、負荷は上がるな。
デザケー、この世界のフレームレートって、何FPS?
『いえ、そもそもフレームなんていう時間の区切りはありませんが。この世界の時間は、連続して進み変化するものです』
そうなると、どういう風に変換されたのか、見当もつかないな。
『そうなんですよね』
待って。変換したのはデザケーだよね?
『MODのデータをこちらの世界のシステムに変換する実行コードがあるので、それを実行しただけです。具体的な内容は私も知りません――何ですか駄女神ってッ!』
言葉にしなくても、なんとなくのイメージだけで伝わるんだな。
状況はわかったよ。MODをこちらの世界に持ってくるのに使っている実行コードっていうツールがブラックボックスなので、問題が発生すると対処できないってことか。
『……そんな感じです』
銀月の庭をどう対処すればいいかは後で考えるとして、次は未踏の道標か。
未踏の道標の能力は、未来予知だ。
名前からわかるように、ラプラスの悪魔を基にした予知能力だ。予知できる未来は十分の一秒から一秒先の未来まで。実際には発動時に十分の一秒単位でどれくらい先の未来を見たいか指定できる。発動すると、指定時間後の未来の予想光景が半透明で重ねて描画される。
一秒先の未来が見えたところでどうせ反応できないよね、と思っていたけど、プレイヤースキルの高い方々にはえらく好評な能力だった。
ゲームの頃の処理は、やはりフレームごとの演算に割込みをかけ、現在の状態をコピーした別領域にて見たい未来までの演算を先に行ってしまい、描画時に結果を重ねるというものだった。現実世界と異なり、ゲーム内なら全ての因子は管理下にあるし、描画せずに計算だけならそれほど重くならないからな。
当然、フレームレートを高く設定していたり、遠い未来を見ようとすると負荷が増える。あと、広めのマップにいる場合も処理が重くなっていた。
デザケー、この世界で一番広いマップってどのくらいの大きさ?
『いえ、ゲームがマップごとに区切られていたのは実行環境の制限のせいで、こちらの世界ではマップに該当する区切りはありません。全体で一つの区画です』
ということは、世界全体に対して毎フレーム高速演算かけてるのかな? いや、そもそもフレームの概念自体がどう変換されてるかわからないのか。
これもどう対処したらいいのか、わからないな。
もう、力づくで取りあげてしまえばいいんじゃないかな。
問題は、戦闘になると相手は時間停止やら未来予知やら使ってくるってことだが。
『どうにかなりそうでしょうか?』
まだわからない。
まずは情報を集めてからだな。色々質問するけど、いいよね。
『はい』
まず知りたいのはオーキッドさんの死因だ。
確実にドナより強いはずなんだけど。どうやったら死ぬ?
『……すみません、まだ何もわかってないのです』
どういうことだよ。
わからないものは仕方ないが、早めに調べておきたいな。
オーキッドさんが死ぬような何かなら、ドナだって死ぬ可能性が高い。
……手伝うのやっぱり止めたくなってきたな。
『そ、そこをなんとか!』
いや、やるけどさ。
 




