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女神の依頼

 よし。とりあえずこんなものかな。


 ふぅ、と息を吐き、ディスプレイから目を離すと、椅子の背もたれに寄りかかって疲れた両目を瞼の上からぐりぐりと擦る。


 ディスプレイに映っているのはゲーム画面。

 小さな村のような背景の中、小柄な少女のキャラクターがこちらに背中を向けて立っていた。その周囲には、ヒトとは異なる容姿のキャラクターが数体、付き従うように隣に立っていたり、ふわふわと浮いていたり、思い思いにうろついたりしている。


 これは、少々デフォルメしつつも綺麗な3D表示のオープンワールド系ファンタジーRPGだ。名前を『リ・マルガルフの希望』という。

 基本オフラインの一人専用ゲームで、オンライン要素は闘技場の一部にしかない。


 ゲーム自体が無料であり、また、無料なのに非常に完成度が高いということもあって、ほとんど広告も出されていなかったのにネット上の掲示板経由で多くのプレイヤーに広まったのだ。

 発表から一年と少し過ぎた今では、知る人ぞ知る名作となっている。……嵌っている本人の視点なので少し贔屓があるかもしれないが、掲示板の状況を見る限り、プレイ人数はそれなりにいるはずだと思う。


 主人公は人々に忌み嫌われた魔物使いの一族であり、最後の生き残りという設定だ。

 ストーリーは、主人公が人間社会に受け入れてもらうため、様々な善行を重ねた末に、魔王を討伐するというものだ。つまり、人間に嫌われていた主人公が、もっと嫌われている魔王を倒すことによって、なんとか認めてもらおうという話である。いや、ちょっと違うかもしれないけど。

 ストーリーの最終目的として魔王の討伐が提示されるのだが、魔王を倒したところでゲームが終わるわけではない。オープンワールド系RPGなだけあって、自由に世界を巡ることができる。

 とはいえ、目的なくゲームをするというのも味気がなくて飽きてしまうものだ。そこで出てくるのがMODだ。


 MODはmodificationに由来する言葉で、主に公式以外が作成する、ゲームに対する修正や追加を行うものだ。単純にキャラクターなどの見た目を変えるだけのものから、アイテムやストーリーを追加するもの、更には新しいゲームシステムを追加するものまである。


 『リ・マルガルフの希望』は、プレイヤーによるMODの制作を推奨していた。ゲーム本体にMODを追加するためのインターフェイスが存在するし、自由にアップロードやダウンロードすることが可能なMOD置き場を公式がWeb上に用意しているのだ。


 次々と追加されるMODを追いかけて、延々と遊び続けられる。それが『リ・マルガルフの希望』のいいところだ。


 しかも定期的に一部のMODが本体に組み込まれて公式データとなっていく。

 システム系よりはデータ系のMODの取り込みが多い。そのため、本来の『リ・マルガルフの希望』はなんちゃって中世ヨーロッパ風の世界観だったにも関わらず、最新バージョンでは和洋中の現代料理がそこらの食堂で出され、ミシンを使った現代的な洋服が出回ることになったりしている。


 オレが一番最初に発表したMODはダンジョンだった。

 ただ、今にして思えば、そのダンジョンは酷いものだった。

 最奥に安置したバランスブレイカーなマジックアイテムも、道中の罠や魔物も、ちょっと大人げなかったかなぁと。

 一言でいえば、若かった。今もそんなにオッサンではないと思っているけど。



 疲れた目をディスプレイに戻す。

 画面の中央に映る人間の少女がプレイヤーキャラクターだ。『リ・マルガルフの希望』では、プレイヤーキャラクターはプレイヤーごとにそれなりに自由にデザインされる。


 オレのプレイヤーキャラクターの名前は「ドナ」。

 魔物使いだということで、某神話に出てくる魔物たちの母と呼ばれる魔物の名前からつけた。……『リ・マルガルフの希望』にその魔物も出てきたけど、気にしない。


 ドナのデザインコンセプトは「地味可愛い」だ。

 主人公の性別や見た目は、選択の自由度が高い。主人公が魔物使いと聞いた時点で連想したのが、戦う力のなさそうな女の子が強力な魔物にお願いして戦ってもらう、というイメージだったため、ドナの性別は女性だ。


 今は後ろを向いていて見えないが、顔の造形には気合を入れて、綺麗と可愛いが両立するところを狙った。ただし、ブラウンの髪は無難なショートボブ、同じくブラウンの眼に、やや垂れ目がちの目尻と、インパクトを抑えて地味めにしてある。

 身長は設定できる中で最小にした。数値としての正確な値は不明だが、おそらく百五十センチない程度だろうか。身長に応じて頭身も下がるので、やや頭が大きめである。これはこれで、幼げで可愛い。

 服装は、白いブラウスと、サスペンダーの付いたモスグリーンのスカート。それからちょっとゴツめのブーツ。これも地味可愛さを追求した結果の見た目だ。元々は町や村に配置されるNPCが着る服のバリエーションの一つだが、店で売っているのでプレイヤーキャラクターでも着ることが可能だ。

 ……他の多くのプレイヤーはMODで追加した装備品を使っていることが多いみたいだけど。MODの装備品って、派手な見た目のものばかりなんだよねぇ。


 『リ・マルガルフの希望』は剣と魔法の世界を舞台としたゲームだ。当然、主人公であるドナも戦闘を行う必要がある。

 レベルが上がった最近は普段着のままのことが多いが、ちゃんとした戦闘を行う場合には全身を重装備で固めることにしていた。

 『リ・マルガルフの希望』において、武具の装備箇所は頭装備、胴装備、腕装備、脚装備、右手と左手に武器や盾、それから、首飾りが一つと、指輪が二つとなっている。

 ドナが頭、胴、腕、脚に装備するのはセットになった暗緑色のヘビープレート。腰部のパーツが長く、足首近くまであるため、スカートのような形状だ。女の子用の鎧のバリエーションで、通常の鎧と区別してスカート付きと呼ばれる。これは初期の『リ・マルガルフの希望』にはなかった鎧で、MODから公式に取り入れられたものだ。

 右手に装備するのはヘビーモール。本来は両手用の長柄の鈍器なのだが、筋力(STR)が十分に高いドナは片手で使用している。

 左手に装備するのはタワーシールド。小柄なドナなら陰に隠れるほど大きな盾だ。元ネタでは拠点防衛や密集陣形用の大きな盾で、装備すると敏捷(AGI)にペナルティがかかるのだが、やはり筋力(STR)が十分であればペナルティなしで使用することができる。


 見るからに重装備だけど、これは『リ・マルガルフの希望』における推奨装備の一パターンだ。


 主人公は魔物使いであるから、当然仲間にした魔物――従魔と呼ぶ――と一緒に戦闘を行う。従魔には具体的な行動の指示を出すことはできず、行動方針の傾向を指定できるだけだ。

 低レベルでも勝率が高い戦法は、軽装備の主人公が突撃し、従魔はそれをサポートするというものだ。簡易なAI制御の従魔では細かい対応は難しいため、プレイヤーが直接操作する主人公が主となって戦う方が良いというわけだ。

 ただし、この戦法は高いプレイヤースキルを必要とする。

 『リ・マルガルフの希望』の戦闘は、アクション性が高い。

 システム的に移動と戦闘の境界はなく、敵はフィールド上を徘徊している。

 攻撃は、コマンドを選択するのではなく、武器の間合いまで近づいて、敵を狙って当てるのだ。回避も、乱数に頼るのではなく、相手の攻撃を見極めて、移動して回避したり盾で弾いたりするのだ。


 さて。プレイヤーの中には、アクションゲームが苦手な人もいる。そんなプレイヤーは、先頭切って突撃しても高い確率で負傷し、当然のように死亡してゲームオーバーになるだろう。

 そんなプレイヤーでも勝率が高いと言われる戦法は、主人公をガチガチの重装備で固めて事故死を防ぎ、従魔には攻撃を主とした指示を出すというものだ。慣れてきたら、主人公が補助魔術などを使っても良い。

 従魔は自動戦闘なのでたまにとんでもない行動を取ることがあるし、新しく従魔を増やすには主人公の攻撃で魔物を瀕死にしなければならないので、この戦法には限度がある。

 でも、まあ、オレのようなプレイヤースキルが残念なプレイヤーにとっては、これしか選択肢がなかったりするのだ。


 というか、折角の魔物使いゲームなんだから、魔物をメインに戦わせなくてどうするよって感じだよね。

 主人公が前に出る場合、主人公の育て方によっては苦手な相手なんかもいるかもしれないけど、この方法なら連れてくる従魔を相手に合わせて選ぶこともできるしね。


 まあ、全身金属鎧装備のドナが、当初イメージしていた貧弱な魔物使いか、っていうと、そうは見えないわけだけど……。



 さて。作業の続きをしよう。


 今行っていたのは、プレイヤーの拠点を増やすMODの作成である。

 バニラ――MODを入れていない状態のことだ――でも主人公には人里離れた場所にちょっとした屋敷が与えられ、そこを拠点として活動することになる。

 ただ、プレイヤーは我儘なもので、もっと高機能な拠点を欲しがるのだ。それ以外にも、見た目のよい所に住みたいとか、単純に気分転換で引越ししたいとかの理由で、新しい拠点MODには需要がある。

 公式からダウンロードできる拠点MODで特に人気が高いのは『空中楼閣』と『海底神殿』の二つだ。見た目重視の拠点ではあるけど、機能もバニラの基本拠点よりは充実している。

 オレが以前作った機能性重視の拠点MODも、さすがにこの二つと比べるとダウンロード数は少なかった。まあ、あれだ。機能性重視をうたっておきながら、設置場所が主要都市から離れた山奥では意味がなかったのだろう。


 新しい拠点MODの名前は『隠れ家(仮名)』。(仮名)までが名前だ。正式名称はまだ決めかねているため、こんな名前をつけている。

 前回の拠点MODの失敗を踏まえ、『隠れ家(仮名)』は異空間に存在するという設定にした。出入りは専用の転移アイテムで行う想定のため、プレイヤーがどこにいても拠点に帰ることができるのだ。拠点から出る方は多少の制限はつけるつもりだけど、拠点に入る前にいた場所の他、主要な地点へ転移できることを考えている。

 『隠れ家(仮名)』の中には、従魔の住居や生産開発を行う施設、巨大な倉庫などが存在する。見た目はちょっとした村のような感じだ。そう、今画面に表示しているのが『隠れ家(仮名)』の内部である。


 現在の実装状況は八割といったところか。

 内部の施設は、予定していたものを全て実装済みだ。残っているのは出入りする転移機能だけとなっている。

 微妙に仕様が決まっていないんだよね。転移のトリガーはアイテム使用にするつもりだけど、そのアイテムの形状をどうするか、とか。パーティに入れていない従魔は武者修行や素材収集の旅に出すことができるのだけど、そっちは普通に出入りできていいのか、とか――ちなみに、『空中楼閣』や『海底神殿』では、飛行や水中呼吸能力のある従魔しか旅に出せない制限があった――。


 実装に入る前に仕様をはっきりさせようか――そう思って画面を確認したところで、右下に点滅するアイコンが見えた。

 これは、メールを受信した通知だな。


 『リ・マルガルフの希望』は基本オフラインの一人用ゲームである。当然他のプレイヤーなんてものはいない。

 ただし、ゲーム自体はオフラインとはいえ、パソコンがオンライン状態である場合は、公式から連絡が届くことがある。内容は、大体の場合、本体のアップデート通知か、公式窓口の休業連絡である。

 その他にも、指定した時間や、時間のかかる調合が終了したときなどにメールで通知を送ってくれるMODがある。オレは使っていないけど。


 うーん?

 公式から何かのメールだろうか?


 メニューを開き、受信メールを確認する。

 思った通り、差出人は公式。内容は――



--------------------------------

ドナ様


添付したMODを使って、私の世界を救ってください!


MODを追加後にゲームを再起動し、渾身のセーブデータを読み込んでくださいね。


          デザケー

--------------------------------



 ……おう。何だこれ。


 まず、デザケーというのはこの世界を創ったという女神の名前だ。

 可愛くない名前としてよくネタにされているけど、名前の由来は不明だ。「デザイナー」をギリシア神話の神っぽく変えたのではないかという説が有力である。

 公式サイトのメインマスコットでもあり、公式のメッセージはデザケーから通達されるという形をとっている。

 つまり、公式からのメッセージとして、体裁はおかしくないのだけど。


 メールには確かにMODらしいファイルがついている。

 しかし、「世界を救って」とはどういうことだ? 単純に考えると、このMODを追加することで始まるシナリオをクリアして、ということだろうか?

 しかし、MODは基本的にMOD置き場から落としてくるものだ。

 公式が直接送りつけてくるなんて、聞いたことがない。というか、公式が用意したのなら、MODではなくてDLCではないのか。


 うーん……考えられるのは、次回の更新時に追加するMODのテストをして欲しいって辺りだろうか。

 無作為に選んだプレイヤーにテスターを頼んでいるという可能性はある。噂でも聞いたことはないけど。


 そうして考えてみると、「渾身のセーブデータ」っていう謎の言い回しもなんとなく意味がわかるな。

 無難なデータでは問題が起きないかもしれない。でも、ピーキーな能力に育てた主人公や従魔が居ると、思ってもいなかった方法でイベントや戦闘を解決されるかもしれない。想定していなかったMODの組み合わせによっては、ゲームが正常に動かなくなるかもしれない。


 つまり、「渾身のセーブデータ」とは、オレが考えうる最強のセーブデータってことだ。

 『リ・マルガルフの希望』に入れ込んでいるオレは当然のように複数のセーブデータを持っているけど、「渾身の」といえるのはやはりこの「ドナ」のデータだろう。

 初プレイのデータだけに思い入れがあるし、プレイ時間が長い分色々と積み重ねてきた強さもある。


 しいて欠点を挙げれば、このセーブデータは基本的にバニラの環境でプレイしているという点だろうか。デザケーが他のMODとの相性の確認を期待していたなら、それには応えられない。

 ただ、他のMODとの相性というのは割と重要な問題で、最悪ゲームが正常に動かなくなることもあるのだ。思い入れがあるだけに、そういう危険は冒せなかった。

 逆に他のMODが入っていないことから、MOD作成時のテストや、気になったMODの動作を確認するときなどによく使っていたりする。


 ふむ……。

 今このデータに追加されているMODは、作りかけの『隠れ家(仮名)』とMOD作成の補助に使う『デバッグコンソール』の二つだけだな。ゲームシステムに変更を加えるMODではないし、他のMODとの干渉はほとんどないと考えていいだろう。


 デザケーが送ってきた怪しいMODは、このまま入れてみてもいいか。問題があったらそのときに入れ直せばいいだけだしな。


 作業中だったデータを新しい領域にセーブすると、一度『リ・マルガルフの希望』を終了し、デザケーから渡されたMODを設定する。

 その後、『リ・マルガルフの希望』を再度起動し、先程セーブしたデータをロードした――――


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