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アクマのヤクソク


 まだ納得は、いってません。


 朝の八時、いつもより早く学校に着いてしまった私は、やることもなくふてくされて、ただ机に突っ伏します。

 その上から、白無ちゃんにのしかかられています。物理的に、物質としてこの子は重くはない、むしろ本当にいるのかと疑いたくなるほど軽いんですけれども、しかし今日は、精神的に重い。


「あっしろむん。本日もみどりすにべったりだねー、もしかして交尾中?」

「いえす」

「カエルですか。そんなはずないでしょ……ふぁ〜あ」


 ツッコミ途中に大欠伸。キレもなく、締まりません。「いつにも増して眠そうだねー」と笑ってから、自分の席へと向かう小妙ちゃん。

 正解です、みどりすクイズ基本編、難易度EかGのとても簡単な問題でしたねー。はい、眠いです。

 とても眠い。

 何もかも重過ぎて、今日は全然寝られませんでしたから。

 記憶力の悪い私でも、昨晩のことは、手に取るように思い出せます。



「私、悪魔なの」

「え……?」


 横たわる、府岬の遺体について。

 もちろんそのままというわけにはいきませんから(端っことは言っても住宅街ですから、惨劇は必然恐怖をもたらすでしょう)、コンクリートに染みつつある血へと白無ちゃんが何か細工するのを静かに見届けて、胴体を白無ちゃん、首を私と役割分担し、殺害現場すぐ側に広がる林の中に運び込むことにしました。


 死体遺棄、隠蔽工作。

 ばりっばりの犯罪ですね。


 刻一刻と太陽は沈みゆき、また林の中ということで照明はありません。暗い、仄暗い後ろ暗い、なのに今は、よく見える。「植物」人間化の恩恵でしょうか。

 ここなら人目に触れないかと一息吐いて、人体をボールの如く、無造作に投げ出し。

 疲れ果て、地面に座り込んだ私へと、白無ちゃんが声をかけてきたのです。

 暴露して、きたのです。


「私は悪魔」

「…………」


 なんと返せば良いか分からず、黙り込むほかありません。昨日までの自分なら、「そんなことないですよ、あなたは悪魔なんかじゃないです」と強く否定してあげられたでしょうが。

 あんなものを、見せられてしまったら。

 私を助けるためだった、そんなことは十二分に承知しておりますけれども、心の中でいつも偉そうにしている、いい顔したがりの潔癖な自分が、先ほどの白無ちゃんの行動を、どうしたって認めようとしない。

 殺人は悪。

 殺された方がマシとする勇気もないくせに、なんとも生意気で、甘ったれた決めつけじゃあないですか。ほぼ当事者になって初めて気づきましたよ、人を殺すことすら、一概に悪と定めるのは難しい。


「少なくとも、私は人じゃない。見て」

「……マジックじゃ、ないんですよね?」


 恥じらいもなく開かれたおててを覗けば、掌の真ん中から、白く煌く綺麗な糸が、ニュルリと出てきました。府岬の体を絡め取り、府岬の首を切断した、恐ろしい武器です。


「動かない的相手だったら、こんなことも出来る」


 そうどこか得意げに言って、出した糸を鞭の如く振るえば、林の腐葉土に落ちる胴体が、バラバラに切り刻まれました。

 ショッキングレッド。

 死体に鞭打つ行為であって、やはり、理不尽な怒りすら湧いてきます……が、最初から解体を行うことくらい想定していたので、ギュッと拳を握り込めば、なんとか感情を制御することが出来ました。


「……マジックじゃ、なさそうですね」

「うん。これは、私にとっての自然。糸は血を吸うから、現場を塗りたくっていた血液の痕跡とかは、気にしなくていい」

「気にして、ませんよ」

「そう。で、今まで秘密にしていたけれど、私は本物の悪魔。アラクネっていう、上半身は人の女だけれど下半身はスパイダーの化け物。まあ私は、糸を出せるだけだけれど。正確には、血筋を辿ればアラクネがいて、私は一家の家系図における、久々の先祖返り。人じゃないから、ホトケの張ってた人払いの結界が効かなかった」


 ……自分でホトケにしたくせに。


「なる、ほど。えっと。そうですね。なんで、秘密をバラすんですか? 糸による人殺しを、体格的に恵まれているとは言えない白無ちゃんがやった、そりゃあ不思議に思いますけれども、黙っていて下されば、詮索なんてしませんよ」


 ちょっと、責めるような口調になってしまいました。責めるようなところでも、疑問に思うところでもないのに。

 すると。

 キョトンとした顔になった白無ちゃんは、とんでもないことを抜かしやがりました。


「え? だって、みどりも悪魔になったでしょ?」

「…………は?」


 固まりました。硬直するほか、ありませんでした。

 メドゥーサにでも睨まれたように。

 もちろん、白無ちゃんがアラクネを名乗ったのは聞いていましたし、アラクネとメドゥーサが違うものということも(どちらもオリュンポス中二神……じゃなかった十二神の一人であるアテネから、きついパワハラを受けた女性のようですが)、これまで読んできた漫画やラノベで学習しているので、了解しております。

 しかし、石化したのかと勘違いしそうになるほど、体が動かない。


 怒りで、悪感情で。


 私は「悪魔」じゃない。「悪」で「魔」な存在じゃない。府岬だけでなく、あなたまで私を「悪魔」認定するんですか?

 ただ、朝起きたら、体から蔦が生えてきただけなのに。


「私は『悪魔』じゃない」

「ん? でも、出血多量状態で普通に動けてるし、切られた右手が繋がってるし、頸動脈切られても生きてるし。うぅ、ホント良かった、アホなみどりがアホかつタフになってて」

「アホは余計です。アホなのは知ってます、自分のことなので。でも私は『悪魔』じゃない、ちょっと人間からブレてしまった、人間です!」

「再生系、もしくは再生にも応用出来る力を持った悪魔……どんなことが出来る?」

「えっとそれは、体でプランテーション出来ます……花も咲かせられます。ほら、こんな風に。白のダリアです。どうぞ白無お嬢様、よくお似合いですよ」

「きゅん。生まれ変わってもついてく。みどりのためなら何度でも死ねる」

「はいはい、重いです……じゃなくてっ! 私の主張を聞いてください! 『悪魔』じゃない、私は人間です! 百歩譲って、『植物』人間なのです!」

「植物人間って、植物状態? ……みどりが二度と意識を取り戻さなくなったら、私は死を選ぶ。みどりと一緒にいられない世界に、価値はない。うん、人生の行動指標の話は置いといて、ほら、そこでノビてるあいつ」


 指を差される、府岬だったもの。

 いや、バラバラになってますが。

 気絶どころか、断絶してますが。東西ドイツの、ベルリンの壁より激しく。

 というか、もう一点指摘しておきますが、私がいるかいないかで世界の価値を見積もらないでください。融通の利かなさそうな、バカなゼロイチ基準で行動しないでください。あんた賢いんだから、もうちょっといいセルフリビングスタンダードを見つけて、それに則って生きる努力をしてください。


「あのエクソシストに襲われていたし」

「エクソ、シスト?」


 ただのクソではなく?

 すでに死んでしまった人に対して、追い討ちかける醜い悪口なんかは言いたくない主義ですけれども、さすがに殺されかけたとあっては、まだ憎悪だったりの感情が抜けません……もちろん、死んで欲しかったわけではありませんよ。

 死んでせいせいしない分、余計にしこりが残ってます。

 しかし、エクソシストですか。祓魔師と書いてカタカナでそう読ませることの多い、典型的な中二職業じゃあないですか。偉大な漫画ラノベアニメ(ひとつなぎのせいしょ)によると、自らの信ずる教義に基づき悪魔を調伏し世の秩序を守らんとする、正義の使者って感じの人々ですけれども。


「実在するんですか?」

「する。悪魔狩りに人生を捧げる、酔狂で迷惑な奴ら。教義に反してるから、その存在を認められないとかなんとか言ってさ。尤も、悪魔殺したらポイント稼げるとかで、宗教上の理由よりも私欲で動いている奴らも多い」


 苦々しげな表情で、白無ちゃんはそう吐き捨てます。あまりいい印象は以ていなさそう。そらそうか、さっき悪魔を自称していたくらいですし。

 襲われたことが、あるのかも。

 私と同じく。

 それも何度も。


「襲われなきゃ、大切なものを傷つけられなきゃ、反撃なんてしないのに。自分から人を殺したりなんて、私はしないのに」


 でも、殺さなきゃ殺されるなら、私は殺す。

 殺さなきゃ守れないなら、私は殺す。

 と、小さく、しかし力強く呟いて。フッと微笑した彼女は、バラバラ死体の腰のポケットを(まさぐ)り、その中身を、ヒョイと私に見せてきます。

 うへえ、血塗れドロドロ。形はなんとなく分かりますが。

 どこかの古びた伝統がそのまま工芸されたみたいな装飾、えっと、品としては笛でしょうかね?

 ホイッスル。


「この笛、気を隠せてない悪魔が近づけば自動で鳴るやつ。同じ悪魔に対しては、一日一回しか反応しないらしいけれど。朝、みどりに反応して鳴ってたよね?」

「えっ? ああ! あの時からもう府岬に狙われてたってことですか!?」


 なるほど、だから私の通学路も半ばであるここで、待ち伏せしてたのかもしれません。学校は、人目もありますし。なぜ私の通学路を把握していたのかは謎ですけれども。

 しかし、通学路を把握しているくらいなら、私こと光区碧が、常に幼馴染の木無白無と一緒に仲良く帰宅していることも、知っていそうなものですが。


「今日の五、六時間目に帰りのホームルーム。みどり、普段は授業ない時だけは大概起きてるのに、爆睡してた。だから私は、呆れて先に、一人で帰ってしまった。これを見越した府岬に、どこかのタイミングで一服盛られたんだと思う。……ごめんね」

「? 何がですか?」

「笛の音。悪魔に対しての反応って知ってたのに。朝の時点では、目覚ましの音と勘違いして。普段は気を隠してるから、このテの防犯ブザーに引っ掛からなくなってだいぶ長くて、それで、さっき私に対して鳴り響くまで、気づかなかった。私の罪は重い。いかなる罰でも受ける。体を好きにしてもいいよ」

「体を好きにはしません。重いのは白無ちゃんの言葉です。えっと、で、睡眠薬盛れるんなら、最初から毒薬じゃあダメだったんですかね? いや私、死にたくないですけれども」

「多分、みどりがどんな種類の悪魔なのかを、府岬は把握出来なかった。生半可な毒じゃ効かない悪魔も多いし、無難に睡眠薬を飲ませた……憶測に過ぎない。ただ単に、毒を持ってなかったのかも」

「じゃあ調べてみ……やっぱりやめましょう。あんまり死体を荒らすものじゃあありませんし」


 テキトーな言い訳をつけて逃げましたが、見慣れないバラバラ人体、しかもあと少しで夜という中での林、不気味過ぎて怖いのです。

 触りたくない。

 あまりにもグロテスク、理性では府岬の成れの果てと解していても、本能が怯えてます。

 得体が知れなくて。ただの死体と、割り切れない。


「みどり、生えてる」

「はい? 何が……っ!?」


 髪のことか歯のことかと一瞬考え込み、そう言えば植物全般生えるようになったんでしたっけを思い起こしたのと同時に、袖の隙間から、またスカートの下から、びっしりと蔦が生えているのに気づきました。

 なんじゃこりゃ。

 生えろって、命令してないのに。


「みどりはまだ、力を制御出来ていない。悪魔の力の発動が、心の揺れに影響されている……しかしグリーンエイプというのは、こうも多量の植物を操れるものなのか」

「何度も言いますが、私は『悪魔』じゃないですよ。って、グリーンエイプってなんですか? 府岬も言ってましたね? 白無ちゃんのアラクネみたいな、種族名? 『緑色の猿』とは、またザコそうな名前ですね」

「…………」


 あ、白無ちゃんが目を逸らした。

 ザコなんですね。ド◯クエの序盤モンスター的な。そうジョバンニなんですね私は、はい、分かってましたよもう。どうせ私ですし。

 落ちこぼれみどりですし。


「お誂え向きですよ、ブツブツ」

「みっみどり、落ち込まないで。あっそうだ、仮にも上級悪魔であるアラクネの、その血を引く私を取り込めば、私を貪り喰えば、もっとすごい存在に進化出来るかもしれない、悪魔として(・・・・・)、上のステージに行ける! えっこれなに名案、弱いみどりの血肉になれる、ダメなみどりの助けになれる、私、みどりと一つになれる! いひっ、むふっ、えへへ、テレテレ」


 おかしな提案をしてきたと思えば、自分で勝手に納得、そのまま頬を紅潮させ、ニヤニヤ笑いも浮かべる白無ちゃん。

 きもいです。

 と、明言したりはしませんが。親しき仲にも礼儀ありって言いますし。

 でもこいつ、こんな奴だったんですね。確かに私に、べったりでしたが。

 私への毒舌を吐きこそすれ、こんな虫唾が走る同化願望を吐き出したりはしなかったのに。ひょっとすると、「木無白無はアラクネである」という秘密がブレーキになって、つまり彼女から私への遠慮を生んで、こいつの暴走を抑えていたというメカニズムがあったんでしょうかね。

 しかし、秘密が秘密でなくなって、タガが外れてしまった。

 残念です。

 彼女の認識も相まって。


「悪魔として、ってなんですか」


 未だ奇妙な妄想に浸って興奮している、白無ちゃんの細い顎を引っ掴み、こちらに無理矢理引き寄せます。

 トロンとした目の彼女は、急にハッと表情を変えたと思えば、いそいそと服のボタンを外し始めて。


「服は脱ぐから、優しく召し上がって……」

「アホか」


 頭突き。

 ガツンと、衝撃が脳を揺らします。痛くて泣きそうですが、友愛からのゼロ距離ヘッドショットなので我慢します。


「? ?」

「白無ちゃんは『悪魔』なんてレッテル貼られて、悔しくないんですか?」


 詰め寄る。

 距離を詰める。

 最早相手の目しか見えません、身振り手振りも、唇の動きすら分からないほど近くで、しかし目は口程に物を言います。

 なぜ私に詰め寄られているのか、まるで理解していないというのが、とてもよく伝わってきます。

 それが、悔しくて堪らない……少なくとも小学生の頃は、「悪魔」と呼ばれて悲しそうにしてたじゃないですか、怯えていたじゃないですか。

 それが、平気で「悪魔」を自称する?

 あの普通の少女は、どこに行ってしまったのですか? 普通の人間らしい感性を持った、かつてのあなたはどこへ。

 私が、賢く優秀なあなたから目を背けていた隙に、いなくなったとでも。

 そうですよ、白無ちゃんはずっと私を凝視していたのかもしれませんが、私は側にいながら、もう随分前から、あなたのことの半分も見ていませんでした。

 いずれ離れていくだろう人と考えて、私なんて忘れて欲しくて、私の方が後腐れなく忘れる準備をしていた。

 愚かです。少し気持ち悪い形ではあっても、向こうはこんなに私を思ってくれていたのに。

 だから、変化にも気づけなかった。

 周囲にいる人たちからは、もう「悪魔」なんて呼ばれることもなくなっていましたけれども、しかし、私には馴染みのないエクソシストとやらの内実について詳しく知っているくらいです、詳しく知るに足る経験を積んできたはず。

 さっき推測した通り、エクソシストから退治の対象とされて、睨まれて、何度も襲われて。

 何度も「悪魔」と呼ばれて。


 心を擦り減らし…………。


 環境が、慣れが、あなたを変えてしまったのでしょうか。

 冗談じゃない、クソ食らえです。

 貼られたレッテルに追随するかのように、白無ちゃんは身も心も、「悪魔」に堕ちかかってます。

 本物の、「ロクでなし」へ。

 行動は「悪」に寄り、考え方は「魔」に近づいている。

 激情のままに府岬を殺したり、私に食べられることが喜びであったり。

 人間じゃない。人間じゃなくなってきている。

 いつか、私から見ても「悪魔」になってしまうのでは、

 いずれ、自ら人を殺すようになるのでは。

 賢く冷徹な白無ちゃんは例えば、邪魔になると予見してしまった人を、躊躇なく排除しにかかるのでは。


 白無ちゃんを信頼してないわけではありません。

 信頼の、裏返し。

 信頼が、裏返ってる。


 才能豊かなこの子を、人柄も能力もともに信じているからこそ、害をもたらす相手への、潜在的な容赦のなさが窺える。

 「悪魔」の名に飲まれれば、いずれ開花してしまう。ダメです。止めなきゃ。

 親友として。


「人と違うから、『悪魔』なんですか……?」


 ギュッと、白無ちゃんを抱きしめました。

 かつて、髪の色の違いから「悪魔」と罵ってきた奴らに、私が叫んだ言葉とともに。

 思い出して白無ちゃん、あの頃の、「悪魔」を拒絶した自分を。

 喩え悪魔の血を引いていたとしても、私と、他の皆と同じく人間だった、あの頃を。


「普通とちょっと違う人間じゃ、ダメなんですか? せいぜいびっくり人間じゃあ、ダメなんですか……?」

「……っ、みどり。私は、あなたにとっての『悪魔』じゃなきゃ、それで……」

「そんなんじゃ、それだけじゃっ、白無ちゃんはそれじゃダメ! ……本物の『悪』、本物の『魔』なんて、普通の人と違う程度でなれるものじゃ、ないでしょうに」


 悪か魔かは、心で決まる。絶対に、姿形で決まるものじゃない。

 私はそう信じてます。


 数秒の、沈黙ののち。


 コクリと小さく頷いて、抱きしめ返してくる白無ちゃんは、甘えるように(こいねが)うように、求めてきました。


「…………じゃあ。私が本物の『悪魔』にならないよう、みどりが監視して」

「了解です。私も下級と言えど、『悪魔』に魂を売ってしまわないか、それとなく注意を払ってください」


「約束、だよ」

「はい。約束です」


 笑い合って抱き合っての、友達同士、互いの人生を縛る約束の締結。

 一生を揺るがすほど強固な、互いに打ち込む歪な楔。


「ふ、ふふ」

「どうしました?」

「こういうところも、好き♡」


 などと宣い、それから突然、唇目掛けてキスを仕掛けてきた白無ちゃんをスッと躱し、パッと抱擁を解いた私を待っているのは。

 死体の処理。

 警察に捕まるのが嫌、というわがまま思考ではなく、常世の警察に悪魔と祓魔師同士の争いへと噛ませるのは、危険だから。

 白無ちゃんの糸で水分を吸ったのち、すっかり太陽が落ちて出来た宵闇に紛れて、一ブロック一ブロックを丹念に燃やしていきます。

 植物でドームを作り、火の光が漏れないようにして。上手く隠せてたらいいのですが。

 まったく、最悪の時間でした。

 最悪の一日でした。


 朝から蔦に右往左往、エクソシストに獲物認定、白無ちゃんの暴走。

 世の知りたくなかった部分を、一気に頭に詰め込まれた気分。

 物語の始まりは、まさに災厄の極みで。

 そしてまだ、始まりに過ぎなかったのです――。



 というわけで、私という人間下位層による回想終了。

 睡眠大好きっ子である私が寝られなかった理由、お分かりいただけたでしょうか。

 ああ、嗚呼、悪い眠気ですよこれは。ええ、授業でうつらうつらしてまったく話が入ってこないのに、熟睡は出来ないタイプの眠気です。

 一番嫌なやつ。

 まあ五限は寝れるでしょうから、その時に元気と健康を補充しましょうか、なんて完璧過ぎる計画を練る、朝の八時二十五分。

 先生が教室に入ってきて、開口一番、


「皆さん。このクラスに転校生を押し付けられました」


 と、大層めんどくさそうな面持ちで言いました。


 ややこしくて申し訳ないので、簡単な解説を。

 まず、括弧なしの悪魔と括弧付きの「悪魔」の両者の概念は明確に異なるものです。

 前者はレッテル、後者はあり方です。

 白無は、その二つの間に超えられない壁があると認識しており、レッテルとしての悪魔は許容していますが(悪魔と蔑まれるのは許していないでしょう)、自分のあり方が、少なくともみどりにとって「悪魔」だとは思っていません。一方、みどりはレッテルとしての悪魔がいずれ本物の「悪魔」を定着させてしまうと考えていて、無責任な悪魔呼ばわりを許容出来ません。そして「悪魔」とは、大切なもののためには平気で人を殺し、平気で自分を殺せる、視野狭窄なクレイジーさを表していると考えているようです(今のところですが)。

 白無はみどりの考え方のすべてを理解したわけではありませんが、自分のあり方がみどりにとっての「悪魔」に向かっているのだなとなんとなく感じ、よって自分を律するように彼女に頼んだのです。

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