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バクゼン


 昼休みにご飯を食べて、五限で睡魔に襲われるというのは、恐らく人類共通の生理現象であると思いますが(睡魔に負けない人はさすがです、こちら中学生になって以来、高校生になってもなお全敗を喫しております)、それにしても今日はちょっと、睡眠ガールの名を欲しいままにする私と言えども、寝過ぎたと言いますか。

 五限開始三分で意識が消失、再び起きた時には、帰りのホームルームすらとうの昔に終わった、午後四時半になっていました。


「ふぇ?」


 顔をあげて、教室がすっからかんであることを確認するのと同時に、頭から何か落ちます。

 背後で地面とゴッツンコしたそれは、出席簿。

 教室用鍵付きの。


「戸締まりして帰れってことですかねぇ」


 起こしてくれたら良かったのに。いや、起こそうとしても起きなかったんでしょうか私。その説が有力です。

 いつも一緒に帰っている、白無ちゃんもいませんし。起きない私に業を煮やして、呆れて帰ってしまったのでしょう。

 悪いことをしましたね。

 んーと大きく伸びをして、欠伸もして、荷物をまとめて立ち上がり、教室から出る……おっとっと、電気を消し忘れるところでした。スライド式のドアの鍵をガチャリと閉めて、誰もいない廊下をコツコツと歩き、出席簿を職員室にお届けしてから、下駄箱へと向かいます。

 運動場の方から、野球部及びサッカー部の掛け声。

 青春、してる人はしてるんですね。

 私は帰宅部。白無ちゃんと同じく。生物学部とかあれば入ったんですけれども(放課後ずっと顕微鏡を覗いていても許されそうなので)、オツム的な方面での意欲が小さめなウチの学校には、そういうのなかったんですよね。

 落ちこぼれな私めに開かれる門戸は、こういう偏差値低めの高校しかなかったんですがね。喩え偏差値が低くても、生物学部もあるとこはあると思いますけれども。


 はい、勉学面でも優秀な、白無ちゃんみたいなすごい人の来る場所では、本来ないはずなんです。

 ……どこでも勉強は出来るって言い張って、私なんかについてくること、なかったのに。


 一緒にいたいと、思ってもらえているんでしょうか。あるいは、自分がいないとみどりはダメだと(実際白無ちゃんがいなければ、留年・中退の魔の手が瞬く間に私の足を絡めとるでしょう)、世話を焼かれているんでしょうか。どっちにしても嬉しいしありがたいですが、白無ちゃん、人生棒に振ってます。

 棒に振り過ぎ、ホームランが狙えるくらい、豪快に振ってます。

 彼女は野球も得意ですから。

 白無ちゃんは自分の人生を、どこか軽視しているきらいがあります。

 自惚れかもしれませんけれども、自分よりも私の方を、優先度的に高く見積もっているように見えます。

 恐れ多くも、もったいないことに。


「……」


 空を見上げれば、雲は結構かかっていますが、目に優しい、綺麗な小金色。六月末、まだ梅雨は終わっていないにもかかわらず、本日前線は鹿児島にギリかかるくらいにまで南下しているため、晴れてます。

 湿度も少なく、過ごしやすい、格好の睡眠日和でした。まあ蒸し蒸しと鬱陶しい日も、不快感を避けるためになるべく寝ておきたいのですが。

 不快指数が高くても、微粒子のわちゃわちゃに集中してしまえば、周りのことなど気にせずいられるんですけれども、授業中はすぐ気が散りますね。つまらなくて。

 どんな時でも、先生と黒板に耳目を傾けられる白無ちゃんはすごいです。

 だからこそ、本音を言えば、今すぐ私などという邪魔な係累を振り払って、光区みどりなどという落ちこぼれなど忘れてもらって、もっと次元の高いステージに飛び立っていただきたい。

 今までも、頼り切っているだけで、縛っている気は別にありませんでしたが。


「……一人だと、余計なことを考えてしまいますね」


 独りでテクテク歩いているだけだと。

 白無ちゃんや小妙ちゃん、その他たくさんのお友達の前でなら、のほほんと笑ってられるんですけれども。

 孤独になると、すぐ心が弱ってしまう。右肩より垂れ下がる、通学用鞄のショルダーベルトをギュッと握り込んで。私は弱いのですと、再認識せざるを得ない。

 白無ちゃんと違って。

 落ちこぼれで低能、しかもメンタル弱者の私は、この先、将来も息災に生きていけるのでしょうか。漠然とした不安が、心にのしかかってくるのです。


 妄想の中には、微粒子の運動の如く激しい社会を、八面六臂の活躍で切り抜けていく素晴らしい自分がいて、そうなりたい、そうなって皆から、白無ちゃんから尊敬されたいと思うわけですが。

 ふと我に返って、自らのリアルスペックを鑑みてから冷や水ぶっかぶり妄想強制終了、自分には不可能だと、諦めるしかないのだと悟り、趣味に逃げるのです。


 努力しなければ、理想の自分から乖離してしまうばかりだというに。

 フルフルと、震える手を見て。

 先ほどの「検証」を思い出し、振動が止まります。

 蔦が生える、花が咲く。花壇だったら出来ますが、人間には出来ない奇跡。

 どう使えるかが、試金石。

 これがあれば、人生一発逆転も可能なのでは。うまく使えば、人気動画屋デビューして、億万長者になって、ゆったりまろやかゆとりあるお金持ち人生を送ることも、夢じゃないのでは!

 鬱状態からの、躁。


「な、何にやにや、笑ってるの?」


 妄想の絶頂期、再びリアルの壁に打ちひしがられるタイミングの、ちょうどその直前に、前方のバス停から、声をかけられました。一時間に一本のバスが来たらすぐ分かるよう、でも雨風はしのげるよう、前の大きく開いたそれなりに奥行きのある小屋から、女の子が出てきます。

 知ってる子。

 府岬敖薔(あそば)


「ま、待ちくたびれたよ。どれだけ、寝てたの?」

「? 待ちくたびれた……?」


 府岬さんが私を、待っていた?

 意味が分からず、首を傾げるほかありません。二週間前に行われた席替えから、彼女とは隣人となりましたけれども、さりとてほとんど会話したことはなく(話しかけても途切れ途切れの返事しか寄越してきませんでしたので、私に興味がないものかと)、況してや一緒に帰宅する仲ではないのです。

 尤も、向こうからそれを望んでくれるのなら、大歓迎ではあるのですけれども……彼女の纏う嫌な空気に、隣席の女の子と親睦を深めんとするフレンドリーな気配は、微塵もありません。


「イッひひ、背後から一突き、でも良かったんだけど、成り立て(・・・・)っぽいし、余裕かなって」

「何を言っているのですか? 成り立てって……あ」


 朝起きたらなんと、体から植物を生やせるびっくり人間と化していた、そのことを言っておられるのでしょうか。

 府岬さんはこの変化について、ひょっとすると何か知ってらっしゃる?

 原因について考えが及んでいませんでしたが、すなわち別にどうでも良かったのですが。聞けるというのなら聞いておきたいというのも、人の心理というものでしょう。

 「植物」人間化が安全なものなのかも、若干気になりますし。

 デモンストレーションのため、少し念じて、指から蔦をウネウネさせて。


「あの、これって、健康面とか寿命に支障は……」

「あぁ、ははっ」


 診断してもらうつもりで、昨日までの自分には到底出来なかっただろう、体を張った生プランテーションを見せた途端。


 府岬さんは、嗤いました。


 ニヤあと。悪意で塗れた、思わずのけぞりたくなるほどの、薄気味悪く三日月を描く唇。

 どういうこと、信じられません、いったい何を考えていればそんな顔が出来るのでしょうか? ……はてなが錯綜する脳内、思考回路はギトギトに固まって、彼女の意図を汲み取ろうにも状況すら呑み込めません。

 けれども。十六年の人生の中、それなりの数の人物と交流し、いつの間にか培われていた直感で、自らの失敗を悟ります。

 虎の巣穴へと、自ら空からフリーフォールした感覚。


「じは自白、ゲットっと。特級指定害獣、確定ぃ」


 嬉しそうに呻いて、「えと、朝から、わ、分かってたけどね」と付け加えてから、ポケットより何かを取り出だす府岬さん。差し込む西日に照らされて、光沢を放つもの。

 あれは?

 黒い、鳥の羽?

 鳥の羽といえば、鎌倉政府より権力を奪い返すべく「承久の乱」を引き起こした、あの有名な後鳥羽上皇が思い浮かばれますけれども、いや、負けて島流しの憂き目にあった彼自身は浮かばれないのですが、それすなわち、今思い出すには不吉な名ということです。


 ドクンドクンと胸騒ぎ、向けられる、獲物を狙うかの視線……命を狩らんとする気持ち、殺意ってヤツですか?

 あり得ないでしょ。パンピー落ちこぼれ女子高生が浴びていいものじゃないでしょう。


 背筋が凍る、冷や汗が寒いし暑い、

 体が固い、足が動かない!


「なっなんなんですかっ。とっ、特級指定害獣って、穏やかではないですね……住宅地に逃げ出したライオンレベルでも指定されなさそうです」


 不動暗愚(明王との対比です)と成り果てる肢体を鞭打ち、無駄に強い生存本能を遺憾無く発揮して、無理やり体を引きずることで、おずおずじわじわと、ボロい道を後退ります。

 あの黒い羽、普通の果物ナイフほどの大きさはありましょうから、かなりデカめの鳥さんから毟り取ったのだろうと推測しますが、具体的にあれで何が出来るというのか、バカな私にはさっぱり分かりません。

 しかし、嫌な気配がします。

 濃厚な、(終わり)のドブ臭。胃の反逆が辛いです。脆弱なお腹にも程があります。されど、目下の危機は、みっともなく吐くことにあらず。

 島流しで済めば、御の字。


「ひ、ひひ、光区さんは、ライオンよりも、密猟しがいがあるって、こと」


 欲望(たた)える、生理的嫌悪感を抜群に催させる声で、狂人としか思えないセリフを垂れ流してから。

 小太刀を構えるかの姿勢で、府岬さんは黒羽を突き出しました。

 羽には、艶やかな黒髪を彷彿とさせる不思議な魅力があって、つい見入ってしまいます。

 逃げなきゃいけない、そう理性が訴えかけてきて、ハッとなった時にはすでに遅し。黒の羽毛が、茫洋とした光を纏ったと思いきや。

 湧き上がる幾何学文様、円に楕円に直線曲線は、刹那、フラッシュとともに弾け飛ぶ。

 閉じてしまった目を薄らと開ければ、府岬の手元には、果物ナイフ大の羽ではなく、刃紋揺らめく殺傷力の高そうな小太刀が握られていたのです。


 ピコンピコンと、人生終了ホイッスルが、ゴングの如く鳴り響きました。


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