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シロムサマサマ


 本日快晴、体調良好。

 気分も爽快……とはもちろん言えませんけれども。


「白無ちゃん、おはようございます」

「おはよ」


 玄関前で、何事もなかったように、いつもの通りの挨拶をすれば、いつもの通りのぶっきらぼうな挨拶が返ってきました。

 もちろん私の心境は、いつもの通りはとても言えないわけですけれども、少なくともさっきよりかは、落ち着くことが出来ています。


 朝起きたら部屋中が植物で覆われていて、それだけならまだ眠りの森の美女的なシチュエーション、実のところ密かに憧れもしていたくらいですから(謙虚に生きようと思っているので、間違っても自分を美女と認識しないようにしていますが)、まだ精神を乱すこともなかったでしょうけれども、植物の源が自分となれば、天地がひっくり返ったような気分にもなるでしょう。

 天地の転置。

 青春センチメンタリティ。


 つい十分ほど前のことを思い返せば、心臓もバクバクと、けたたましく鳴くというもの。

 現代基準に照らし合わせて、普通の生活を日々営む一般人のうち誰が、朝起きたら自前の体でプランテーションしてましたなんていう、ファンタジックな非常事態への心構えが出来ているでしょうか?

 目覚めたら、知らない天井でした。の方が、まだマシじゃないですか?

 いったいどういうことなのか、まさか今まで呑み込んで来たフルーツの種が、人知れず(私知れず?)体内で蓄積されて、ついに芽吹いたとでもいうのでしょうか?


 その場合、()ったみかんにぶどう、及びスイカは食べられるのでしょうか??


 などと、目をぐるぐる回して考える、起きた時にそんな余裕はなく。娘の身に起きた奇妙な現象など露知らぬお母さんに、早く仕度をするよう促された際には、焦りに焦って硬直して、かと言って止まったままでは、呼び出しに来たお母さんに部屋の惨状を見られてしまう……ジレンマです。

 このままでは、掃除が大変だと叱られてしまいます。

 あの人も、怒ったら怖いのです。

 タイムリミットは近づいている、家の前にすでにいらっしゃっているという白無ちゃんまで来てしまえば、部屋をしっちゃかめっちゃかにしても平気でいられる、図太くズボラなダメ女と誤解されかねません。

 どうしよどうしよ、どうしましょう。

 お母さんが階段を昇ってくる、ギッギッとした音が聞こえた気がしました(実際には下階にステイしたままでした、幻聴でした)。

 困った時の神頼み。

 ああどうか神様、願わくばこの植物を、私の体に戻していただけませんか?

 でも蔦どもは、戻りません。

 戻りません。

 Fxxk!

 ……ゴホンゴホン、汚い言葉で罵っちゃいました、神を。天罰が下らなければ良いのですが。しかしイライラしてきたのも確かです。植物は自分から生えてきているのですから、神様だって、どうすることも出来ないのかも。

 じゃあこれならどうでしょう。


「皆さん、戻ってください」


 すると、なんということでしょう、部屋中に広がっていた蔦たちが、スルスル私の体へと、戻ってくるではありませんか。

 いったい何に悩んでいたのか、馬鹿らしくなってくるくらいに。

 ほっ、一安心。後の懸念事項は、将来的にフルーツが生った場合に、食べてお腹を壊さないかくらいです。

 平常心まではまだ取り戻せていませんけれども、着替えて、学校への荷物を揃えた私は、台所のお母さんから朝食用おにぎりとお弁当をもらって、玄関の白無ちゃんと合流。

 冒頭よろしく、挨拶をして学校へ。


「ねぇねぇ白無ちゃん。むしゃむしゃ」

「なにみどり」

「私って、図太くズボラなダメ女じゃないですよねぇ?」

「え、自覚が芽生えた? 通学路が食卓の恥知らず、うつらネボスケ、女児アニメ向けドジっ子、顕微鏡が恋人の唐変木に? うっし、今日はお赤飯」

「ひどい言い草です!」


 驚愕で、おにぎり落としそうになっちゃいました。これほどまでに、他己認識と自己認識に差があったなんて。

 初めからそう思われていると分かっていたなら、起床時、あんなに慌てて植物をどうにかする必要、なかったじゃないですか!

 損した気分です。


◇◇◇


 白無ちゃんは、大変ありがたいことに、ずいぶん長らくご近所さんをやってくださっている、小学校低学年からの幼馴染です。

 ほぼ十年来の、お付き合い。

 大の仲良しさん、親友、ちょっとヒネて腐れ縁……まあ友達の延長上みたいな関係であって、N極とS極よろしく、恋人としてお互い粘着しているわけではありませんけれども(百合の花粉には粘着性があります)、双方相手を心の支え棒と思っている……と信じてます。

 寄りかかってるのは私だけかもしれませんが。宿題を見せてもらったり、お菓子を奢ってもらったり、宿題を見せてもらったり、観察用の花粉を取って来てもらったり、宿題を見せてもらったり、宿題をやってもらったり。


 なぜかこの前、「みどりは心のつっかえ棒」とか言われましたけれども。

 意味が分かりません、洗濯物でも掛ける気かコンチクショーがと言えば、洗濯物でも掛けられれば良かったのにと嫌味が返ってくる、そういう小さな言い争いくらいはしますが、はい、いつも一緒です。


 白無ちゃんなしでは、私の学生生活は立ち行きません。

 無い無い尽くしの私は、助け無しではお先真っ白なのです。決して互恵的な関係ではなく、私の方は与えられてばかりのクズなのです。敬うので許してください、白無サマサマ。


 頼れる彼女のフルネームは、「木無白無」、読みが「きなししろむ」です。うふふ、まさしく無い無い尽くしな名前ですけれども、こと勉学と運動について言えば、白無ちゃんは無い無い尽くしどころか、才能抜群なのです。

 落ちこぼれな私と違って。

 言ってて悲しい。

 勝てるのは、身長と(三センチくらいだけですけれども。私154に白無ちゃんが151、もう高二と考えると両者かなりチビ助です)、髪の色素の濃さくらいなものです。白無ちゃん、髪がホワイトなので。

 色素が抜け落ちるまで留年したわけじゃあもちろんありませんよ。小学校で出会ってからずっと。

 生まれながらに、彼女はホワイトヘアの持ち主だったと言います。


 私も同じく、生まれた時からグリーンヘアでした。


 白無ちゃんも私も、両親ともに黒髪なのに……というか日本は黒髪社会、まあ茶髪もいますが、スタンダードからかけ離れた二人の頭は、幼い頃からすっごく目立ちましてね。

 善悪の区別もつかない、右も左も分からないガキどもが集まる小学校低学年の頃なんか、すっごく弄られましたよ。コンビ名で、例えば「抹茶クリーム」と呼ばれるくらい、もう全然いいんですけれども、歓迎すらしますけれども。


 「悪魔」と詰られたこともありまして。

 さすがにキツいです。


 あれは白無ちゃんがひどく動揺しまして、私も多少ショックだったんですけれども、体を張って、全力で友達を守って、言った奴には噛み付き攻撃をしてやりました。

 あれのおかげで、白無ちゃんとの絆はより深まり……そう考えると、結果オーライなのですが。

 まあ最近は、髪の色のことでとやかく言われることはありません。染髪疑惑を抱かれても、病院で地毛の証明は受けていますから、まったくの筋違い、すぐに誤解はなくなります。

 ジロジロ見られるのはなかなかなくなりませんね。小中高と通じて、同じ時を同じ場所で過ごしたクラスメイトも、多少は慣れるそうなんですけれども、無意識のうちにギョッとしてしまうそうです。

 本能からして受け入れられない、不自然な色ということでしょうか。と言っても人に寄りけりで、中には、最初から一切気にしないみたいな猛者もいます。


「わぷっ」

「どした? いつもは何かあるところでコケるのに。何もないところでコケるなんて」


 と、ズテンと転んだところで、一先ず、白無ちゃんとその後塵を拝する私についての紹介は終わりにしましょう。紹介なんざしていたせいで注意散漫になってしまいました、こんな私に語り部なんて務まるのでしょうか。

 前途多難です。


「……?」

「うん? 怪我でもした? 百戦錬磨の転倒虫が?」

「幾重もの戦いに生きても、所詮虫けらなんですね……怪我はしてません、ご存知コケるの慣れてますから。注意散漫に生きてますから。でも、今日はそれに加えて、なんだか体のバランスがおかしいような」

「ホルモンバランス?」

「違います」


 我が学校まであと五分というところで、精神的なものではない、肉体的な不調に気付いてしまいました。足取りが重く、若干体がフラついています。まるで酒にでも酔ったかのように……いやいやもちろん、十六の若い身空で、アルコールなんか摂取したことありませんよ。

 ありませんとも。

 昨晩飲酒はしていませんから、二日酔いというのは考えられませんし、さりとて他に、思い当たる節は。

 一つ。

 私の部屋を蔦塗れにした、『植物』人間化。

 寝ている間に起きたのでしょう、ダイナミックでエクセントリックなチェンジの拍子に、アジャストメントにコストがかかって、フィジカルコンディションがちょっと崩れるくらいあり得ることなのです(横文字使い過ぎました)。


 まっ、時間が経てば、調子も元に戻るでしょう。多分。


 教室にたどり着き、黒板横の時間割表から、本日一限の古文の存在を失念していたことに気付き、愕然とします。いつものヤツです、大抵一科目は忘れているので、慣れてます。

 ひどい時には、お弁当以外持参しない時もありますから。


「当ててしんぜよう。今日は数学Ⅱ」

「ブッブー、古文です。トライトゥモローアゲイン!」

「ちくせう」

「どうしたん木無さん、今週は外してばっかじゃん。天変地異の前触れか?」


 一番前の席の、いつも八時までには学校に来ているらしい永見さんが話しかけてくるので、適当に話をしたのち(一限の教科書を忘れたので一限は寝られますみたいな、他愛もない話です)、自らの席に向かいます。

 すると。


 ピピピピ!


 という、目覚まし時計を彷彿とさせるいやぁな電子音が(安眠という、人の最大の幸福を否定されてる気がするのです。しませんか?)、隣の机から鳴りました。ギョッとした顔つきで、隣席の府岬さんが、私の方を眺めてきます。

 あんまり、喋ったことのない子なんですけれども。人見知りっぽそうな人です。


「どうしました?」

「い、いや。ななんでもない」


 府岬さんは、ほんの少しキョドったような返事をしてから、机に突っ伏してしまいました。

 なんなんですかね?

 変なの。


 問題! 支え棒が多くの場合に支えるものは?

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