激レア人生の選択
悶々としている。
かなり前から悶々としている。
愛娘の事で悶々としている。
娘は、今年高校受験。
とある部活の強豪校に所属し、夏までは全国トップクラスで活躍していた。だが、コロナ禍の影響で活動は停止となり、進路が一変。てっきり、その路線で高校を選択するものだと思っていたのだが、学力で希望校を選択する事になったのである。
有名私塾に通い、夏季講習や冬期講習にも参加した。出費は相当なもので、頭を抱えたが何とかなった。
親になって分かった。
どんなにそれが苦しいものなのか。…父さん、母さん。あの時はありがとう。
そんな事はさておき、親の心子知らずとは良く言ったもので、娘は『ごく当たり前』の感覚で、親への感謝は特になく塾通いを続け、それなりに学力も伸びた。
(自分も当時はそうだったので、仕方がないが)
初めて悶々としたのは、忘れもしない昨年の三者面談である。
身の丈以上の進学校を第一志望とする娘に対して、学校側は特段反対もしない。本人の頑張り次第で決めれば良いとの事だった。つまりは、家庭で決めてくれれば良いとの事である。至ってシンプルで明快な面談に、少々がっかりした。はっきり言って、時間の無駄である。
何の為に三者面談をしたのか?
『無理だから、偏差値を下げて無難な学校を選択せよ』の一言でもあれば、娘も踏ん切りがついたのかもしれない。
だが、『学力の伸び次第で、手が届くかもしれない』の希望的観測に近い目標に向かい、長い受験勉強へと突入していった。
私立高校は、保険の意味で受験し、無難に合格した。
さあ、最終的にどの公立高校を選ぶのか?
1月模試結果を基準に志望校を決めた娘の一言に、言葉を失った。
「賭けに出ても良い?」
(------!)
賭けって何だ?
どういう意味だ?
気を取り直し、事情を聞く。
自分なりに調べ、校風や制服が気に入った学校を見つけた。でも偏差値的に合格出来る確率は4割以下である。『でも、その学校に入りたい』だそうである。
塾の講師とも面談し、事情を聞いた。
塾だから、忖度なしに返事はくれる。……かなり厳しいと。でも、無謀だとか、止めた方が良いとは言わない。ここでも、『最後は、本人の意思とご家庭の判断です』の発言であった。最近の女子学生は、制服で志望校を選択する機会が増え、入学する事で満足してしまい、そこで終了(その先の進路は考えない)するケースも多くなっているそうだ。
悶々としながらも、もう願書を出すまで時間がない。
話し合った。
何日もかけて、家族会議をした。自分が将来何を目指すのか?正直、14歳の娘に将来設計を聞く方が無理な話というものだが、そうも言っていられない。大学なのか、短大なのか、専門学校なのかだけでも方向性を決めておきたいのが親なのだ。その為には、次へ繋がる公立高校を目指すべきではないかと懇々と言って聞かせるのだが、親の心は響かない。
娘の気持ちは固く、ブレなかった。
親の敷いたレールに乗って、ノウノウと生きてきた自分とは違う。
自分の人生を自分で決めたい娘の気持ちは、自分なりに分かっている。でも、志望校に落ちた時の落胆ぶりも、身内を見て良く知っている。本人だけではなく、周りの家族も心が折れるのだ。
14歳の娘に、まだその挫折感を味わって欲しくない。
何とかならないものか?
だが、結局は娘の気持ちを優先させた。
妻とも話し合い、志望校を変更させる事は諦めた。
合格した私立高校は、費用は正直言って、他の私立高校よりもかなり高い。だが、推薦枠を使う事が出来れば、有名大学を選べる環境下となるし、娘の将来にも繋がる。親としては、最低限安心が出来る。第一志望を受験出来るだけでも、良い思い出として、糧にもなるであろう。そんな気持ちで諦めた。
公立高校受験。
2日の試験行程を終え、娘から出た発言にまた言葉を失う。
「もし、第一志望に落ちたら私立高校に行きません」
(------!)
(------!)
はっ?
全くもって意味が分からない。
どういう意味だ?
どうやら、公立高校2次募集があるらしい。
しかも、娘が次に選ぶ公立高校は、学力で志望校を目指す前に行こうと考えていた部活系であった。
その道には、次がない。
プロを目指したり、その路線で生きていく、もしくは目指した延長線が出来るのならば、その選択もありなのかもしれない。
だが、親からすれば何となく分かる。
『その判断は間違っている』と。
(じゃあ、初めから無謀な賭けではなく、2次募集の公立高校にしておけば良かったではないかと)
公立高校に落ち、私立高校を蹴れば、本当に後がない。2次募集で受かれば良いが、万が一落ちた場合は、中学浪人である。
14歳で?
受かって行く高校が決まっているのに?
何故、そこまで挑戦出来る?怖くないのか?
2次募集の試験日程は、中学校卒業式の後である。
つまり、中学校卒業式の時、娘だけ進路が決まっていない事になるのだ。
まさか、自分の人生で、自分ではなく我が娘が、このような事態になるとは夢にも思わなかった。
何故、そんな人生を選ぶ。
安泰な私立高校で、青春を謳歌すれば良いではないか?
その道のプロになれるのは、一握りだ。
高校に入ったら、オタク道を極めたり、恋人と青春をエンジョイするのではなかったのか?秋葉原に行って遊ぶ話はどこにいった?
……娘の気持ちは、ブレない。
『自分の人生は自分で決める』
間違ってはいない。
親としては、その横面を引っぱたきたい。
親の権限を振りかざし、恨まれても、嫌われても、強引にでも、私立高校に行かせたい。
だが、娘は納得しないだろう。
自分には絶対に出来なかった人生の選択だ。その事については、娘を評価し彼女を称える。でもやはり、親として平凡な選択をして欲しいし、妻も同意見だろう。
明日は、公立高校の合格発表日。
どんな結果になるにせよ、娘の思惑で、親は振り回されるだろう。
自分とは違う『彼女でしか』答えを出せない人生。
親馬鹿であるが、どんな道を選択しても守ってやるだけである。
同じ境遇の人間と酒を飲んで、人生論を交わしたい。
悶々としている。
きっと明日も悶々としている。
あと2週間もすれば、楽になれるのか?
…いいや、おそらく彼女が独り立ちするその日まで、続くのだろう。
でも、彼女の父親である事に感謝している。愛娘よ、後悔だけはするな。
自分だけの物語。
良くも悪くも見届けてやる。
…お願いだから、受かりますように。