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周期ゼミ

作者:

13歳から外に出ていない。現在30歳。

つまり17年の間、トイレ以外は部屋から一歩も出ていない。


栄養不全なのか体質によるものなのか、17年間身長はほとんど伸びなかった。だから着る服もずっと同じ。親が買ってきた何着かの服をローテーションで着ていた。もちろん全ての服が傷んでいるし、ところどころ切れてた。


髪も伸ばしっぱなし。でも床に付くほどじゃない。全ての髪の毛がへその位置当たりで止まっている。よく観察してみると、白髪が混じっているのが分かる。櫛でとかさないのでかなりボサボサしてた。


でもある日、外に出ないといけなくなった。もしくは、外に出たくなった。理由は書きたくないので省く。


意気込んでドアを開けると、感覚としては知らない人の家だった。内装は変わってないと思うけど。1階に誰もいないことは分かっていたので、そのまま階段を降りようとすると、足がガクガク震えた。風呂に入ろうか外に出ようか少し迷ったけど、外の世界を一目見てから風呂に入ろうと思った。自分の靴を靴棚から探すのに結構苦労した。


玄関を開けると、眩しさが飛び込んできた。でも風景自体はあまり変わってなかったと思う。それでも、17年のブランクを超えたことに感激してしまって、そのまま散歩することにした。懐かしい商店街を歩いてみた。やはり風景は変わっていなかったが、人は多かった。


年配の人々は、私を見てしかめ面をした。自分でも彼らの反応は当然だと思った。でも驚いたことに、若い人は違った。彼らの姿は自分とそっくりだった。あせてボロボロの服に、全方位に伸ばしたボサボサ髪。ショーウインドウを鏡にして自分の姿を確認したが、やはり同じだった。


彼らが声を掛けてきて、私を取り囲んだ。

何を言われたのかよく分からなかったが、「リアル感」という言葉は耳に残った。そのまま彼らに囲まれていると、今度はカメラを持った男性が近づいてきた。よく分からないまま、何枚か写真を撮られた。最後は握手して終わった。


そのようにして、私は行く先々でもてなしを受けた。どの場所でも、私をもてなす人々と、それを冷ややかに見つめる視線しかなかった。歩いて歩いて、行く場所がなくなったころにはもう夜で、ようやく家に帰ることにした。


自宅に着くと、汗を洗い流したくてすぐに風呂に入った。忘れていた感覚だった。17年ぶりの風呂はすごく気持ちよかった。もちろん服も洗濯したし、部屋も出来る限り掃除した。すぐ眠れた。


次の日、朝起きてすぐ風呂に入った。部屋に戻ると、自分の部屋がこんなに臭かったのかと唖然とした。

耐えられないので、昨日洗濯した服を着て、また出かけることにした。ちやほやされたくてたまらなかったからだ。昨日ずっと歩いていたせいか、身体のなまりは取れ、足取りは軽かった。


商店街に入ると、すぐに若者たちを見つけた。でも期待とは裏腹に、彼らは何の反応も示してくれなかった。彼らの注意を引くために必死で昨日の行動の真似をしたが、駄目だった。慌てて彼らに詰め寄ると、「リアル感がない」と言われた。意味が分からなかった。


その日から、私は昨日までの自分の生活を模倣するようになった。風呂には入らない。髪を切らない。洗濯しない。部屋をでない。しかし、どう頑張っても私のコピーたちの反応は冷たいままだった。皆一様に「リアル感がない」と返してきた。


「リアル感」を取り戻すにはどうすればよいのか。

部屋に戻って考えた末、外出そのものが「リアル感」を阻んでいると考えた。本物は部屋からでない。だから今の私は「リアル」ではないのだと。だから我慢した。外に出ない。外の情報を得ない。どれくらいで「リアル感」を取り戻せるか分からなかったので、1カ月間ストイックに引きこもった。


そして1か月後、再び部屋を出た。階段での足のガクガクで確かな手ごたえを得た。彼らに会える。ちやほやしてもらえる。そればかりを考えながら、商店街へと向かった。


しかし、私に向けられたのは老人の冷たい視線だけだった。

若者たちは皆、今度は短髪に刈り揃えて、学校で使うようなジャージに身を包んでいた。彼らの円陣の中心で、中学生っぽい男の子が写真を撮られてはにかんでいるのが見えた。若者たちはまた口々に「リアル感」という言葉を口にしていた。


正直泣いた。人目をはばからず泣いた。大声で泣いたが誰も私に声もかけなかった。そのまま私は無我夢中で家まで走り、風呂に飛び込んだ。浴槽の中でも私は泣きじゃくっていたが、心と頭が冷えていくのが分かった。私はどうすればよいのか。老人になるか。彼らのいう本物を目指すか。彼らを目指すのか。


なにがなんだかわからないけど、でもとりあえず髪は切ることにした。

長い髪の毛が邪魔くさいってことに気付いたから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どんどん目が覚めていくような感じ。現実を見始めたから? [気になる点] 最初の外出で見たのは幻か何かだったと言われでもした方が信じられる。 [一言] 主人公の気が狂っていても経緯からしてお…
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