ホーム 2
「えらいなぁ。それじゃ、手伝ってもらっちゃおうかな。これ、皮むいてくれる?」
そう言って、じゃがいも洗い、それと一緒にピューラーを渡した。
包丁を持たせるのは危ないが、これなら手を切る心配もないだろう。
北斗君は「うん」と大きく頷いて、せっせと皮むきを始めた。
その横で、私は支度をしていく。
「響子ねえちゃんは、どこから来たの?」
今度は、渡した人参の皮むきをしながら、そんな事を聞いてきた。
「東京だよ」
「行った事ないや。どんなとこ?」
「うーん。高いビルとかあって、人も沢山いて・・・何でもある便利な所かなぁ。でも、何か欠けてるのかもね」
私はそう答えた。
何か、大事なモノが欠けてしまっている。
さっき買い物をしながらそう感じた。
それは、人と人との交流とでも言うのか。
雑踏の中ですれ違う人誰もが、お互いに無関心で。
誰かが道で寝ていても、座り込んでいても、泣いていても、見て見ない振りで。
この町では、きっとそんな事は無いんだろう。
私の言葉に、北斗君はわからないといった風な顔をした。
「どういう意味?」
「この町はステキだねって意味。来て良かった」
「響子ねえちゃんは、何でここに来たの?」
北斗君が、そう聞いた時、「北斗」と彼を優しく咎める声がした。
「う、ごめんなさい」
英理さんに叱られて、北斗君は小さく謝る。
おそらく、英理さんは気を使ってくれたんだろう。
そして、英理さんの言わんとした事が、北斗君にも解ったらしい。
まだ、ほんの子供なのに。
確かに、「ワケあり」と思うのが普通だろう。
里帰りでもない。
友人に会いに来たわけでもない。
泊まる所も無く、女一人で、田舎町をさまよっていたら・・・怪しい。
今更ながら、変な誤解をされているんじゃないだろうかと不安になった。
これは、解いておかなければ。
「別に、言いたくない『のっぴきならない事情』がある訳じゃないから、構いませんよ」
と、カウンターの外に声をかけてから、隣にいる北斗君に話しはじめた。
「この町はね、私の生まれた所なんだって。って言っても、一歳までしか居なかったから覚えてないんだけどね。原点に戻ってみようかなって思って来てみたって訳。自分探しの旅って感じかな」
そして最後に「思いつきなんだけどね」と付け加えた。
私の言葉を聞いて、北斗君は「うーん」と考えていた。
その姿をみて、少し笑ってしまった。
「何でわらうの?」
と、不思議そうに聞いてくる。
「かわいいなぁと思って」
「おれ、もう子供じゃないもん。かわいいって言うな」
頬を膨らませて不満そうな顔を見せ、そう抗議した。
「子供じゃないって言ってる内は、子供なんだよ」
と思ったが、言うと益々機嫌を損ねそうなので、これは言わないでおいた。
「あはは、ごめんね。そうだなぁ・・・」
どう言えば解りやすいか考えてから、続きを口にした。
「毎日、毎日、お仕事ばっかりで疲れちゃったの。だからね、辞めて逃げてきちゃったのね」
北斗君は私の説明を真剣に聞いている。
私は手を動かしながら、話を続けた。
「で、これからどうしようかなって考えて、とりあえず、旅行でもして気分転換しようかなって思ったの。それで、覚えてないけど自分が生まれた場所に行ってみようかなって思い付いて、ここに来たって感じかな。何となくわかった?」
真っ直ぐに私を見て、北斗君はこくりと頷いた。
「なんとなくだけど、わかった」
そう言った彼の顔を見て、本当に何となくながらも理解してくれたのだろう。
そう感じた。
子供に説明するには、難しい話だったと思ったが、なかなかどうして賢い子だ。
「響子ねえちゃんも、いろいろ大変なんだね」
北斗君は、そう言った。
「も」と言った、北斗君の言葉が気になったが、そこは聞かない事に決めた。
そして、ここは話題を変える事にした。
これから食事だというのに、暗い雰囲気では良くない。
これでは、おいしい物も不味くなってしまう。
せっかく作ったのに!
そう思って、
「ああーっ!!」
と大きな声をあげた。
「手が止まってる!そろそろ人参も入れたいんだけどなぁ・・・」
その言葉に、北斗君はハッとしたように、人参の皮むきを再開した。
その必死な様子を見て、私はちょっと笑った。
また「子ども扱いするな」と怒られてしまうから、気付かれないように。
結局、夕飯にありつけたのは、夜の8時を回った頃だった。