喫茶店にて 3
私は慌てて事情を話す。
「いえ、そういう訳には・・・。実は、泊まるを探している時に、北斗君に「泊まれる所を知ってる」って言われて付いて来ただけなんです。てっきり、宿にでも連れて行ってくれるのかと思っていたんですけど」
「そうだったんですか。この街には宿はないですよ。観光地でもないですしね」
彼の言葉に、あのおばさんの言った事は正しかったんだと確信した。
やっぱり、温泉地に行くしかないか。
そう思い、コーヒーを飲み干した。
「ごちそうさまでした。あの、おいくらですか?」
そう言って私は立ち上がる。
とっとと宿探しを再開しなければ。
遅くなって、宿が取れませんでしたじゃお話にならない。
「北斗が連れてきた、我が家のお客さんなのでお代は要りませんよ。それより、どちらに行くんですか?」
「温泉地があるって聞いたので、そこに行こうかと」
私の言葉に、彼は申し訳無さそうに、
「恐らく、途中までしか行けないですよ。今からじゃ乗り継ぎが無くなっていると思います。なにしろ、ここから4時間はかかる様な奥地ですから・・・」
私は、彼のその言葉に絶句した。
今から行ったとして、順当に行ければ到着は10時のはずだ。
そんな時間ですら、電車が無くなるとは・・・。
いくら田舎とはいえ、それは無いだろうと思いたかったが、残念ながら、彼の表情を見る限り冗談ではなさそうだ。
どうやって今日を乗り切れば良いのか・・・。
「どうして下調べくらいしてから、家を出なかったんだ」と自分を呪ったが後の祭りだった。
立ち上がった格好のまま固まっている私を見て、
「使ってない部屋が一つあるので、良かったら泊まって行って下さい。家は僕と北斗しか居ないから気を使わなくて良いと思いますし。なにより、この寒さの中で外で過ごしたら、たぶん凍死しちゃいますよ」
彼はそう言った。
「だから、泊まれるところ知ってるって言ったじゃん?」
北斗君も便乗してそんな事を言う。
おかしい。
このふたり。
いや、「英兄」と呼ばれた彼はおかしい。
普通、行きずりの正体不明の人間なんか泊めないだろう。
しかし、しばし逡巡した後に、腹をくくってお世話になることにした。
彼らの感覚に巻き込まれて、自分の感覚も変になっている様らしい。
だって、見ず知らずの人の家に泊まるなんて、普通だったら考えられない。
でも、この際それは気にしない事にした。
それは「凍死だけは避けたい」そんな理由からだった。
「あの、じゃあ一晩だけお世話になっても良いですか?」
一応、聞いてみる。
「えぇ、何もありませんが、ゆっくりしていって下さい。えっと、あ、自己紹介して無かったですね。僕は、藤堂英理です」
彼は立ち上がって、右手を差し出しながらそう名乗った。
「私は、近藤響子です」
私も名乗って、彼の手を握り返す。
「どういう字を書くんですか?」
と、彼が聞いてきた。
「響くに子供です。藤堂さんは?」
「いい名前ですね。あ、僕の事は英理でいいですよ。英語に理科って書きます」
「じゃあ、あたしも下の名前で呼んで下さい。英語に理科ってなんだか、思いっきり理系が出来ますって言う感じの名前ですね」
「よく言われます。名前は理系なのに文系科目を専攻してたから、からかわれましたよ」
苦笑交じりにそんな事を言った所で、
「ほくとは、北斗星の北斗!」
と言いながら、握手したあたし達の手の上に、バシッと手を載せた。
三人で「よろしく」と言いながら、変な握手をした。
こうして、すっかり彼らのペースに巻き込まれ、今晩ここでお世話になる事になった。