星の町 2
私は、えっちらおっちら坂を登っていた。
英理さんは店があるので、北斗君と二人で散策に出掛けて今に至る。
この町は、どうやら駅から少し外れると、坂ばかりの町らしい。
緩やかな長い坂道が、縦横無尽に伸びている。
他にあるものといえば、民家。
それ以外には、特にこれと言ったものは見当たらない。
ひたすら歩き始めて、約30分あまり。
一体どこに行くつもりなんだろうか。
「ちょ、北斗君、あとどのくらい?どこまで行くの?」
私の上がった息が、白く空に溶けていった。
「もうちょっと、ほら、見えたよ」
言いながら指をさす方に見えたのは、古い建物だった。
さして大きくも無い長方形の二階建ての建物は、長い間、雨風にさらされていたせいだろう、ぼんやり汚れた白い色をしていた。
その周りには木々と広場がある。
遊具の無い公園と言った感じだろうか。
「ここは?」
「公民館だよ」
北斗君はそう答えて、さっさと歩き出す。
子供は元気だなと思いつつ、北斗君の後に続いて入り口をくぐると、
「おじちゃん、おはよう。今日は誰も使ってないよね?」
北斗君は、管理人と思しきおじさんと話しかけた。
「ああ、おはよう。この間は、運が悪かったね。普段は北斗ぐらいしか使わないのにね」
「ほんとだよ。でもその後、あの人から楽譜もらったから、ラッキーかも」
「そうかい。それは良かったね。おや、今日はお連れさんがいるんだ?」
そう言って、おじさんは私の方を見た。
「どうも」
私は、おじさんにペコリと頭を下げて会釈をする。
「どうも、北斗の知り合いですか?」
「ええ、まあ。そんな所です」
私が曖昧に返事をすると、
「泊まるとこ無いって言うから、昨日拾ったんだ」
北斗君はそう説明した。
いや、間違ってはいないが、何かが足りない。
「またかい?」
おじさんは北斗君にそう聞いた。
「また?」とはどういう事だろう。
前にも誰か「拾って」来たんだろうか。
そういえば、英理さんは私を見ても、あまり驚いた様子は無かった。
あの家では、日常的に人を拾ってきているのだろうか?
そんな事ってあるもんなんだろうか。
いや、普通は無い・・・はずだ。
が、この兄弟ならやりかねない。
などど考えていると、
「まあね。それより、おじさん、鍵かしてよ」
北斗君が言う。
「ああ、はい」
「ありがと。かりてくね。響子ねえちゃん、こっち」
おじさんから鍵を受け取り、奥の部屋へと入っていく。
私も続いて入ると、そこには一台のグランドピアノがあった。
「ピアノ弾けるの?」
「ちょっとだけどね」
質問に答えつつ、ピアノの蓋をガタンと開ける。
「もしかして、とっておきの場所って、ここ?」
「そうだよ。ここの窓から、町が見えるんだよ。」
言われて窓の外を見てみると、全部とは言わないが、かなり広範囲の町が見渡せた。
覚えてもいないのに、どこか懐かしさを感じさせる田舎の町並みが。
「おれさ、ここでピアノ弾いてると、いやな事とか忘れちゃうんだ。響子姉ちゃんは、何か弾ける?」
北斗君はそう言いながら、鍵盤をいくつか指で弾いた。
「うーん。『ねこふんじゃった』くらいは」
私がそう返すと、
「じゃあ、一緒に弾いてみようよ」
笑顔でそう言った。
「ええ?ちゃんと弾ける自信がないなぁ」
「大丈夫だって。やってみようよ」
言いながら椅子の半分を空けて、ぽんぽんとその場所をたたいた。
どうやら、座れってらしい。
まあ、自信は無いけど、やってみるか。
ピアノの長い椅子に、二人で並んで腰をかけた。