夜空 3
私の必死な姿に驚いたのか、英理さんは少しキョトンとした顔を見せた後に、
「そこまで言うなら、言わないでおきますね」
そう言った後に、「でもね」と付け加えて、
「両親が居ないのは残念ですけど、今、幸せなんです。だから、気を使ってくれたのは嬉しいけど、響子さんが悪い事を聞いたって思うことは無いんですよ」
微笑みながら、そう言った。
気を使ったつもりが、逆に気を使わせてしまっている。
やっぱり、悪い事したなと思う反面、何だか羨ましくもあった。
ハッキリと「今、幸せだ」と言い切れる彼が。
「幸せ・・・かぁ」
ぽつりと、半ば無意識に呟いていた。
私は、きっと恵まれている。
両親もいるし、友達もいる。生活に苦労しているわけでもない。
そんな自分を不幸だとは決して思わないが、「幸せか」と問われたら、胸を張って「幸せだ」と言い切る自信が私には、無い。
そんな事を考えていると、
「そうだ!」
唐突に、彼は声を上げた。
「へ?な、なんですか?」
大きな声にビックリして、裏返った声で聞くと、
「あ、それだけ拭いちゃってもらえますか?」
彼は質問には答えずに、そう言った。
話の飛び方が突然すぎて、もう一度、何事か聞き返すことも、突っ込みを入れる事も出来なかった。
やっぱり、どこか掴めない人だ。
そう思いつつも、彼の言葉に素直に従って、手に持っていた最後の一枚を拭き上げると、
「ちょっと、来てください」
英理さんは言いながら、二階へと続く階段を上がって行く。
一体何だろうと思いつつも、私は黙って付いて行った。
彼は階段を上り、廊下の突き当りに来た所で、天井に棒らしき物を突き立てて、グッと引くと、
バコンッ
派手な音を立てて天井の一部が開く。
と、そこからさらに上へ続く階段が現われた。
ここは、忍者屋敷か。
そう思いつつ、ポカンと見ている私を他所に、
「あ、足元に気をつけて下さいね」
彼はそう注意を促しつつ、現われた階段を上っていく。
とりあえず、後に続くという選択肢しかない私は、ソロソロと真っ暗な階段を上った。