真夏の白昼夢
「いやぁ、今日もぱぶじー4時までやっちまったなぁ」
夜が明け、朝日の光が住宅街を照らし、真夜中の安寧も終末を迎えようとしている頃、俊は深夜徘徊を止めた。
「そういえば、課題あったんだったな。 えーっと、数学は確か数学は2次関数の…」
ノートを開いて、いざ問題の解答に試みるものの、どうやら完徹のダメージが脳にきているらしく、中々頭がはたらかず、挙句の果てには寝落ちをしてしまった。
俊が頭痛を感じながら、ノートの型をはっきりと顔に刻み、迫りくる2度寝の睡魔に打ち勝ち、漸く目を覚ましたのは、いつも乗っている電車が到着する10分前であった。
俊は四六時中右腕に装着している腕時計を見るやいやなや、書き出してすらいない数学の課題と、水泳道具と弁当箱を通学用のリュックに投げ込み、家のドアを飛び出して持てる力の限りを自転車を漕ぐのに注いだ。
俊が長瀬駅に自転車を停めた時、電車は既に到着し、ホームの人々が電車に乗り込んでいくのが見えた。
絶望と興奮の最中、俊は駅の階段を駆け上り、電車に乗り込んだ。
想像していた割に、電車の中は割と空いていて、広々とした雰囲気だった。。安堵の息とともに、全身の穴という穴からいろんな物が噴き出してきた。
「あちい…クーラー全然効いてないなあ。」不意に愚痴が漏れた。
車内には少なからず人がいた。なにやら、スマホをいじっている大学生。椅子に座って新聞を読んでいる中年サラリーマン。お喋りをしている女子中学生の2人組。他にも、奥の方に人の姿が数人伺えた。
彼らは俊を一目見ると、すぐにまた元の動作を進行しはじめた。
一時の間、天井を見上げたまま放心状態になっていたが、膝のあたりでで小さな何かと触れ合う感じがして、下を向いてみると、そこには麦わら帽子にワンピースを着た、小さな女の子がいた。年は小学校低学年くらいだろうか。身長は俊の腰より低いくらいだった。
その女の子はこっちを見ながら微笑んでいる。白い肌にくるり目をした美少女の微笑みに俊は天使を連想した。話しかけてみようかと思ったが、どうやって話しかけてみればいいかわからないし、少女は尚も沈黙のまま微笑み続けている。しょうがないから、俊はとりあえず笑顔で挨拶をした。周りには少女の親らしき人の姿は確認できず、少しだけ彼女のことを不思議に思ったが、天使のような微笑みは俊の疑問を吹き飛ばした。降車する駅までの約10分間、俊の心は幸せに満ちていた。
電車を降りるときも、少女はこちらを見てにっこり笑っていた。手を振ってみたが、口角が少し上がったくらいで、やはりなんのアクションもなかった。
完徹の後の全力チャリ走は、相当体力を削ったのか、改札口を出たところで異常な倦怠感とめまいが俊を襲った。そこから学校まで歩いた記憶はなく、意識が戻ったとき俊は教室の端っこにある、自分の席で座っていた。隣の席の友人が1時限目の授業が始まる前に俊を起こしてくれたのだった。
この時も酷い頭痛がした。目を覚ます刹那、俊は先程の少女の後ろ姿を垣間見た。今朝初めてあったばかりの少女に、何故か不思議と、懐かしさのようなものを感じた。
窓から見える外の景色は眩い光に包まれていて、少し上を見上げれば、雲一つない青空がこちらの様子を心配そうに見つめていた。
それから少しして授業が始まったが、襲い掛かる睡魔は一層魔力を強め、攻撃してきた。
この睡魔はこちらの防御態勢が弱まった隙を的確に突いてくる。数分の間、何度か意識を落としかけながらも、必至に正気を保とうと抵抗するが、もはや今自分が起きているのか、夢の中にいるのかもわからなくなった。
ラスボス級に強くなったそれの攻撃に耐えようと努力するも空しく、授業が始まって7分、俊は眠りについた。
俊は電車の中にいた。見た瞬間、これが朝の光景だと理解した。
現実とは対称的に、夢の中での意識ははっきりしていた。
俊はたいてい、自分の妄想が具現化されたような夢を見る。
今回のような、現実的で、日常に近い夢を見るのは稀なことであった。
電車の中の様子を見渡してみると、やはり朝の電車の風景であることに変わりはなかったのだが、外の景色だけは違っていて、電車の外には、白一色の世界が遠く遠く、どこまでも続いていた。
白い海の上を、電車は静かに、時の流れを縫うように走っていた。
何処に停まるのだろうか。終点などあるのだろうか。摩訶不思議な世界を楽しむように、外の真っ白な景色をただ悠然と眺めていた。
「お兄ちゃんは、ここで何しているの。」
しばらく眺めていていると、ふと細くて、小さな声が聞こえた。
誰の声だろうか。振り向くと、後ろには誰もいなかった。さっきまで確かにいた、スマホに意識を集中していた大学生や、お喋りをしていた女子中学生たちは何処にいったのだろうか。
「確かに今声が聞こえたんだけどな…」不意に呟いた。
再度辺りを見渡してみたが、分かったのは自分が今一人で、この電車の中にいるということだけだった。
「ここだよ。」
声は確かに下から聞こえてきた。咄嗟に下をみると。
朝の、ワンピースの少女が立っていた。
「おお、びっくりした。」
「ふふふ…」
「君は、いつからここにいたの。」
俊は問いかけてみた。今朝のように沈黙を貫かれるのだろうか。
「私はずっとここにいるよ。」
ちゃんとした答えが返ってきて少し安心した
「なんで一人でこんなところにいるんだい。ここは、どこなの。」
「ここは、’’じくうのはざま’’だよ」
見かけのわりに、語彙力が高い。聞けばどうやら、’’時空の狭間’’というのは少女が勝手につけた名前らしい。本とかで読んで覚えたのだろうか。
他にも、外に見える真っ白な世界のことについて、少女の親は何処にいるのかについて、いろいろ彼女に聞いてみたいと思ったが、所詮はただの夢、理由なんてどうでもいいだろう、と考えなおした。
ともかく、朝の’’天使’’に再び会えて、しかも今回は話しができるということを素直に喜ぶことにした。
どのくらいの時が立っただろうか。体感的にはかなりの時間がたっているだろうが、時空の狭間の時間軸はわからない。しかし、そんな天使との楽しい時間はずっと続くこともなく、先程俊を起こした某友人によって終わりを迎えることとなる。
現実世界では、4時限目が終わり、昼休みが始まるころ、俊は目を覚ました。
「まだあの子と話したいこといっぱいあったのになぁ、そういえば名前も聞けてないや。」
俊はため息をついた。
ここまで寝ていたのは史上初めてだったが、とかく俊はあの子と過ごした思い出にふけっていた。
俊の頭は、異常に興味を惹かれるあの天使ともう一度会いたいという一心であった。
昼食を食べようとしていたところ、担任の先生に呼ばれた。
「聞いた話じゃ、午前中ずっと寝ていたそうじゃないか。授業聞いてなくて後から苦労するのはお前だぞ。」
テンプレートのような説教に、言い返す言葉も見つかることもなく、
「反省します」の一言。
俊はそれから昼食を食べ終え、再び眠りについた。
舞台は長瀬駅のホーム。俊はベンチに座っていた。
目の前には扉が閉まって停車している電車があった。中には’’天使’’と思われる少女の頭部が
、窓ガラスから見えた。
電車の扉は自力で開けれそうもない。俊はなんとか電車に入ることはできないか、車両の扉を一個一個見て周った。最後尾の車両のところまで行ったとき、ソルサクは電車の下があの白い海であることに気づいた。この海に飛び込んだらどうなるのだろう。そんなことを考えながら、電車に飛び移ろうとしたとき、俊は足を滑らせた。
俊は白い海の底に引きずりこまれた。周りの景色が白一色になるのとは対称的に、俊の意識はどんどん黒いもやのようなものに覆われていった。
俊はジャーキングを起こして目を覚ました。7時限目が終わろうとしていた時だった。先生を含め、クラスメイトの視線が俊に向けられる。男子は笑っていたが、先生は困った顔でこちらを一瞥し、授業のまとめを行っていた。
俊はぼーっとしていた、頭を使おうとする気にはなれなかった。
恐らく、放課後また担任に呼び出されるだろうと思った俊は、ホームルームが始まる前に学校を抜け出した。帰ってすぐ寝て、少女に会いたいという思いが、俊の頭を埋め尽くしていた。
足早にたどり着いた駅の電光掲示板によると、電車が来るまであと30分、前の電車が出てから少ししかたっていないようだった。時間は3時過ぎ、とは言え夕方とはいえない明るさだった。
「30分か、よし寝よう。今すぐ寝よう。」
寝れるとわかった俊のテンションは高騰した。俊はホームのベンチに座って眠りについた。
いつもと違って、俊は長瀬駅の自転車乗り場にいた。天使が乗っていると思われる電車が、ホームを通過し、停車しようとしていた。
「これは、、、朝のダッシュか!」
無意識に俊は走った。毎日の習慣だった。
ホームに降りると、天使がドアから首を出していた。
「もうすぐ、もうすぐだ、、」
俊は加速した。閉じようとする電車に飛び込みで乗ろうとした刹那、俊は目を覚ました。
反射的に体が動いて、俊は線路に落下した。
電車が目の前まで来ていた。尚も電車はこちらの方に向かってくる。
唖然とする俊はどうすることもできなかった。
今まで小説なんて書いたことがなかったので、起承転結がよくわからない、微妙な作品が出来上がりました。正直このまま出すのは少し恥ずかしいところはありますが、初心者であったころの作品を残すのも一局ではないでしょうか。真面目になって小説を書いた平成最後の夏の思い出の作品ですね。