忠実
作:つぶらやこーら
(ちょこっと編集:緋和皐月)
俺は女の尻に敷かれていた。
あ、今、こう聞いただけで引いただろ、あんた。
引いてない? 本当だろうね。
とにかく、俺は女の尻に敷かれていたんだよ。自分の上に乗っかってもらい、その重みをじっくりと味わう。
相手から去っていかない限り、接点は失われない。なんとも絶妙なポジションだと思わないかい? 俺はかつて、そんな立ち位置だったのさ。
ん、どうした? 変な顔で俺を見て。
冗談は顔だけにしておけ? お前にまたがる女などいるか?
おい、勘違いするなよ。確かに彼女の重みは感じたが、あんたが考えるような、やましいことなど、一切やっていないぜ。
だいたい、そんな変態チックなことに付き合ってくれる女性が、この世にいると思っているのか? 時には、はいて捨てるほどいる、と喩えられるが、いささか女性の皆さんに失礼だと思わんのかね、まったく。
なに、さっきと言ってることが違う? そりゃ、お前さんがせっかちなんだよ。あるいは想像力が足りないのか……。まあ、続きを聞きねえ。
俺は確かに言ったぜ。「女」の尻に敷かれていた、と。「女性」とは言ってない。
つまり、人工的な「女」というわけさ。
あ、今度こそ引いただろ。悪趣味だって言いたいんだろ!
あんた……俺が節操もなく、誰にでも身体を許す変態ヤローとかって思っていやがったのか?
安く見られたもんだな。どうせ味わうならば、職人の手による至高の逸品を、という欲求があんたにはないのか? 少なくとも、俺にはあるね。女なら誰でも、なんて考えは吐き気がするわ!
そう、つい先ほどまでは、俺は人工的な「女」の尻に敷かれていたのさ。
さすがは職人芸とでもいうべきか、接する俺自身がぶるっちまうくらいの、いい女だった。これで相手がバランスの崩れたブスだったりした日には、己の不幸を呪うしかないね。限りある時間を、醜女に踏みにじられるなんてよ……考えただけで、寒気がしてくる。
まあ、美人の常って奴で、彼女はツンとお高くとまってた。もちろん、俺も敷かれる側として失礼がないように、おめかししてもらったんだぜ。専門家の手を借りてよ。至高の女に敷かれる至高の俺。素晴らしい図式じゃないか。
どうしたい、あんた。今度は近寄って……あ、いだだ、なんで俺を引っ張る! 説教のつもりか? 確かに重みを失った俺は、軽いヤツにしか見えんだろう。だが、自分より下と見るや実力行使に出るなど、恥を知れ! たわけ!
まったく、乱暴な奴だな、あんた。話はちゃんと最後まで聞け。どういうしつけを受けてんだ。
ま、物理的な重さを認める俺だ。物理的な力ってのは否定しねえよ。気に食わねえけどな。いつだって力は正義って風潮はある。結果が確実に出るんだ。言い訳もできねえ。
俺とあの女の仲も、そんな感じだ。人工物のお決まりってもので、あの女は自分の考えって奴を持っていない。好き嫌いなんぞもない。
だから俺みたいな奴に腰かけても、誰かが自分に手を出してこようと、身じろぎ一つもしやしない。言われるがまま、流されるがまま、というわけさ。美人は得だねえ。向こうから群がってくるんだから。
あとはわかるだろう。あの女は力づくで連れていかれちまった。
尻に敷かれることしか知らねえ、無力な俺に止められるわけがない。
必要なところだけいただいて、あとはポイ。そして、文字通りの腰ぎんちゃくだった俺は、放り出されて、あの女の残り香だけを味わいつつ、あんたに会ったってわけさ。
さて、俺の話はこれで終わりだ。ありゃ、まだこんな変態に用があるのか?
なんだ? しきりに俺を嗅いで。ははあ、さっきの彼女の残り香って奴が気になるのか?
ようやく、あんたのオス臭いところが見えたな。安心したぜ。いつだって、美人の香りってものは、いいもんだ。
「マックスー、ごはんよー」
おっと、あれはあんたを呼んでいるんじゃないのかい?
香りじゃ腹は膨れねえ。早く行ってやれ。
ああ、もしかしたら、あんたもあの女に出くわすかも知れん。その時には俺の話を少しは思い出してくれよ。
いや、別に俺のことは、あの女に話さなくていいさ。一方通行で、返ってこない思いほど、空しいものはねえ。
なに、会ったら伝えておく? ふふ、予想以上に甘ちゃんだな、あんた。
ま、礼を言うぜ。悪い気はしないし、今更ながら、はっきりわかったんだ。
俺に、あんたに、職人に、あんたの家族。
あの女みたいな「甘いもの」が好きな連中に、根っからの悪い奴はいないってことがな。