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同級生の事情 樋口桜

「……何でこんなに空気が重いんですか樹さん」

「俺に聞かれても知るかよ……」

 とはいえ、俺もどう反応していいのか分からないのは事実だ。何せ昨日まで隣の席にいた見知らぬ女子が沙良の知り合いである悪魔見習いを連れて俺の家にいるのだ。とりあえず家の中に招き入れてはみたものの、まったく見知らぬ人物でない分むしろ余計に話しかけにくい。せっかく用意した料理さえ食べる人もなく冷めてしまっていた。

「あ、そうそう、俺はケン=ゾークラス。沙良と同じ悪魔見習いだぜ。よろしくなタツッキー。俺のことはケンでいいぜ」

「お、おうよろしくケン」

 何だその呼び名、という突っ込みはひとまず置いておくとして、この悪魔見習いは沙良とはずいぶん違う印象を受けた。いつもならこういう軽い奴と絡むことはほとんどないのだが、こういう重苦しい場で空気の読めないやつがいるのは空気が重くなりすぎないので助かる。そこまで考えた上でこの話し方ならばすごいのだが、サラの話を聞く限りではこれが彼の素らしい。

「……まさかあなたが悪魔見習いの契約者だったとはね」

「それはこっちのセリフだよ。まさか隣の席のあんたがうちに来るとは思わなかった」

 お互いにため息をつく。それと同時に彼女のため息の理由はこれだったのか、と妙に納得してしまった。俺は沙良の方を向く。

「沙良、ちょっとケンと一緒に出かけててくれないか? 俺あんまりこの子のこと知らないから少し二人でいろいろ話しておきたいんだ」

 小声でそう言って彼女に1000円札を渡しておく。食費が飛んでしまうのは痛いが、この際仕方ないだろう。今回に関してはこの2人がいないほうが話もしやすい。

「分かりました。そういうことなら」

 彼女はそれを受け取ると、ケンにも出ていくように促す。

「タツッキー白昼堂々女の子とイチャイチャするのはダメだぜ。やるんならちゃんと手順を踏めよ」

「何の話よ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る同級生。この様子だと悪魔の方が手のひらの上で転がしているようだ。

「余計なことは言わなくていいんですよケン。じゃあ樹さん私たちは二人で時間を潰してますので、終わったら携帯に電話してください」

「おう、悪いよろしく頼む」

 沙良とケンが出て行ったのを確認すると、俺は彼女の方を向く。

「ところで、あなたはあの悪魔見習いと契約してるのよね?」

 意外にも最初に話しかけてきたのは彼女の方だった。改めて彼女の姿を確認すると、茶色が混ざった黒のセミロングの女の子らしい。白のTシャツに薄手のカーディガンとショートジーンズといったラフな格好を見るに、おそらく学校でのミニスカート姿がレアなタイプの女の子なのだろう。

「まあな」

 俺はこれまでの事情を説明する。玄関に悪魔を置かれて契約するまでこのままにしておくと脅されたこと、代わりにこちらからも条件を突き付けて今のような関係に至ったことなどだ。

「……それは本当に災難としか言いようがないわね」

「皮肉な話、そのせいでこないだ忘れた体操服を持ってきてもらえたからまったくいなくて良かったわけでもないんだがな」

「ああ、こないだ教室から抜け出してたのってそれが理由だったのね」

 女の子は苦笑する。

「あなたとは仲良くできそうな気がする。私の名前は樋口桜。どうせ私の名前覚えてないんでしょ、町村樹君?」

「ばれてたのか」

 俺は驚く。まさか見抜かれていたとは。

「あそこまで頑なに名字ですら呼ぼうとしなかったらいくらなんでも気付くわよ」

 彼女はそう言う。彼女もそこそこ賢いとみて良さそうだ。

「ああ、それと学校以外では私のことは名前でいいから。あんまり名字で呼ばれるの好きじゃないのよね。学校ではこれまで通りでいいわ」

「了解した」

 俺は彼女、桜の言うことに頷いた。

「それと、ひとまず連絡先でも交換しておきましょうか。これから少なくとも1年間はあなたと何らかの関係を持つことにはなりそうだし」

「そうだな。連絡先はあったほうがいいと思う」

 俺と彼女はそれぞれ携帯を取り出すと、連絡先を交換した。

「さて、じゃああなたの方の事情は把握できたから、今度は私の方の事情を説明するわね」

 そう言った彼女はケンと出会ったいきさつを俺に話してくれた。どうやら道端で倒れていたケンを桜が助けたのが2人が出会ったきっかけだったようだ。だが、それからケンはしばらく彼女にイタズラして恩を仇で返すような真似を繰り返していた。そして散々暴れまわってから出て行こうとしたらそこがケンの契約予定の家であったことを知り、必死に平謝りしたことでどうにか今のような関係を築いているのだとか。

「そっちも大概だな」

「まあ私はあいつの行動そのものに怒ってるっていうより、あいつの掌を返したような程度が気に食わないだけなんだけどね」

 彼女はケンのことを思い出したのか眉間にしわを寄せた。

「結構優しいんだな桜」

「まあ、いたずらって言っても服を隠されたりしただけだから。あんまり大きな被害は出なかったし」

 そこまで言って彼女は俺の方へと向き直る。

「で、ここからは相談なんだけど、私はあいつと契約すべきだと思う?」

「契約すべき? ……ってまさか」

 そこで俺も気付く。彼女は俺が気付いたことも分かったらしく、その言葉の先を紡いだ。

「ええ。私はあなたと違ってまだあいつと契約してないわ。だから既に契約してしまったあなたの意見を聞いておきたいの。契約したことをあなたがどう思っているのか、参考までにね」



「契約してない……のか」

 俺は考える。それはつまり悪魔見習いと契約をせずに済んだということだ。俺の場合は強硬手段に出られたからやむを得ず契約することになってしまった訳だが、彼女の場合は道端に倒れていた悪魔見習いを助けたところからスタートしている。根本的に事情が異なるということなのだろう。

「まああいつは願いを私が叶えたいと思ったタイミングで契約しようと考えているみたいだけどね」

「そうだろうな。そうじゃなければあいつらは立派な悪魔になれないとか沙良のやつも言ってたし」

 俺は頷く。そもそも彼女たちの目的は悪魔に昇格することであって、人間界でのこの試練はあくまで卒業のためでしかない。つまり彼らにとっては早いうちに契約を済ませた方がメリットになるはずなのだが……。

「それなのに桜と契約しないのには何か訳でもあるのか?」

「私もよくは知らないわ。あいつここに来るまでのこと一度も話してくれたことがなかったから。私が聞いたのは悪魔見習い全般に関することだけで、ケン自身の話はあまり聞いたことがないもの」

 俺は思い返すが、沙良はずいぶん自分のことをよく話していたような気がする。好物はフランクフルト。魔界の技術全般や彼女が魔界の学校で選ばれたエリートであることも話してくれていた。電話料金のことだって言わなくても支障などなかったはずだが、彼女はわざわざ親切にも教えてくれていた。

「結局、ケンが何を考えているのか、私にもよく分からないのよ。だから距離感がつかめなくてつい突っかかっちゃうの」

「ああ、確かにお前の初対面の印象は良くないな……」

 高校で初めて話した数日前の出来事を思い出す。あの時の彼女も俺に冷たく反応していたのは記憶に新しい。おそらく桜は初対面の人との会話があまり得意な方ではないのだろう。だが、ここまで話して俺はあることに気付く。それが正しいかどうかはともかく、彼女に確認してみる価値はありそうだ。

「ただ、俺が思うにあのケンって悪魔見習いは桜のことを嫌いだから何も話さないって訳ではないと思うぞ」

「どういうこと?」

 桜はよく分かっていないようだ。俺はうまく説明できるか心配に思いながらも、自分の意見を伝える。

「たぶん、きっかけがつかめてないんだと思う。ケンの立場はサラと違って契約してるわけじゃないただの居候。確かに俺たちの私利私欲の願いを叶えることであいつらは悪魔になれるのかもしれないが、それも契約すればの話だ。結局ケンはまだ桜に対して心を開けてないんだよ」

 そう、そこが俺と桜の最大の違いだった。俺と沙良は絶対的な信頼関係とまではいかないものの、一応契約者としては繋がっている。つまり、自身も含むある程度の情報を互いに共有しておくメリットはあるわけだ。一方桜とケンの関係はまだ倒れていたところを助けたといういわゆる恩返し程度の関係でしかない。このままケンが出て行っても桜にとって思い出にすら残らない可能性がある。その程度の関係のまま、自分のことをいろいろ他人に話すことはさすがにできないのではないだろうか。

「契約を自分からしないのはたぶん助けてもらったことの他に桜との距離感があるってケン自身が感じてるからなのかもしれないぞ。まだケンにとっての桜はあくまで助けてくれた親切な人間っていう立場でしかないんだからな」

「そういえば……」

 桜も思い出す。ケンはいつでも頼めば契約してやるとは言っていたが、契約しろと無理やりに迫ってきたことはなかったのだ。

「そう考えると、最初の頃にイタズラが多かったのはもしかしたら構ってほしかったのかもな」

「……そうかもしれないわね。私以外の家族とは普通に打ち解けてたし、いたずらされたのは私だけだったし」

 そう考えるとすべてに納得がいく。距離感を感じていたのは桜だけではなかったということなのだろう。

「とりあえず、まずはケンと契約してやるのがいいと思う。あいつが悪いやつじゃないのはお前も分かってるんだろ? そうすれば少しもその距離感も縮まると思うぜ」

 俺は彼女にそうアドバイスする。悪魔見習いにだって心はあるだろう。そのくらいのことはしてあげたって何の問題もないはずだ。

(それに俺も、沙良に対してちょっと冷たすぎたところがあったしな)

 それに気付かせてもらえただけでも、桜との出会いには十分な価値があったと言えるだろう。

「そうね、ありがとう町村君」

「俺のことも樹でいいよ。こっちだけ名前で呼ぶってのも何かあれだしな」

「うん。じゃあ改めて。ありがとう樹君」

 彼女は微笑んで俺にお礼を言う。

「おう。また何かあったらいつでも聞いてくれれば」

 そう言った俺に対し、彼女は少し考えるそぶりを見せる。そして、

「それじゃあもう1つ聞きたいんだけど、あなたはあの沙良って子の力を何かに使うつもりはあるのかしら? 前にケンからは私利私欲にならないような願いを考えて叶えてもらった、って聞いたけど。あなたが契約して彼女を住ませているその目的があるなら聞きたいわ。あなたなら強硬手段を取って彼女を追い出してもおかしくないでしょうし」

こう聞いてきた。桜の言い方は極端だが確かに的は射ている。そこまで考えられる桜になら、俺がひそかに考えているこの計画を話してもいいだろう。そう考えた俺は、彼女に告げる。

「いや、俺はあいつの力を何かに使おうって気はねーよ。俺があいつをここに置いてるのはあいつを悪い悪魔にしないためだからな」

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