悪魔な彼女の見習い友達
「さて、体操服は持ったし鍵もかけましたけど……」
沙良はリモコンの青ボタンを押すと、ポケットをいつもの4次元空間に繋げる。
「どこの高校に届ければいいんですかね。聞き忘れたのは誤算でした」
そのままその鍵を放り込むと、代わりにそのポケットの中からこないだのナビを取り出す。名前はシラベール。彼女の愛用するツールの1つであり、調べたいものを何でも検索にかけることができる優れものの機械だった。
「さて、まずはこの辺りの高校を検索にかけてみますか」
数秒後、検索にかかった高校は2件だった。どちらもここから10分ほどの距離にある高校だったが、方向は真逆だった。
「……何か手がかりはないでしょうか」
困った沙良は体操服を取り出してみる。そこには体操服が夏用と冬用の2つが入っていた。とりあえず全部それを見て手がかりを探す。
「……あれ、これは」
その体操服の1つに校章のようなエンブレムを見つけた。先ほどの検索条件にそのエンブレムを追加してみる。するとぴったり1件の高校が当てはまった。
「瑛鈴高校、ですか」
沙良はニヤリと笑うと、取り出した体操服をきちんとたたみ直して瑛鈴高校に向かった。
「こないだとは逆方向ですけど、こちらの方にもいろんな場所があるんですねー」
沙良は周りをきょろきょろと見渡しながらそう言う。こないだ樹と回った時には町ののどかな風景と言った感じだったが、今日彼女が歩いているところはまさに再開発の途中と言ったような発展した街並みが続いていた。もっとも、彼女のいた魔界の開発度合いと比べるとそれははるかに劣っていたのだが。
「……誰ですか?」
だが、沙良は後ろに突然気配を感じ、振り返ることなく鋭い声で聞く。後をつけられていたのだ。
「……その声はサラっちか?」
だが、問われた声の主は不思議そうに聞いてくる。どうやら沙良と知り合いらしいが、沙良にはまるで心当たりがない。
「怖い顔するなよ。俺だよ俺。まさかこんなところで会えるとはな」
その声で不思議そうに振り返った沙良に後ろの男は馴れ馴れしく話しかけてくる。金の短髪で笑顔が特徴的な沙良と同じくらいの男性だった。
「……あなたは」
「よう、久しぶり!」
「誰でしたっけ?」
その言葉にこける男。
「おいおいそりゃねーだろうサラっち。俺だよほら隣のクラスの。眼力型って言えば思い出してくれっかな?」
「……眼力型? あなた、私と同じ悪魔見習いですか?」
数歩引いて距離を取る。彼女の記憶にこんな男はいなかった。
「おーおーこりゃホントに忘れられちまったかねえ。ってああそうか。そういやサラっちにゃあ悪魔の姿しか見せたことなかったんだっけ。俺も分からなかったしな」
男は思い出したかのように変身を解いた。すると、その姿を見た沙良は構えた体制を元に戻す。
「今度はどうかなサラっち?」
「……あなた、まさかケンですか?」
ケン・ゾークラス。沙良と付き合いのある悪魔見習いだった。
「ようやく思い出してくれたかい。いやあ良かった良かった」
ケンと呼ばれた男はすぐに人間の姿に戻ると、沙良の方に近づく。
「元気そうで何よりですけど……あなたの宿泊先の人間はどうしたんですか?」
宿泊先という表現がまた、沙良にとってあくまで樹の存在は大家さんポジションでしかないことを意味していた。本人がいたら追い出されかねない案件ではある。だが、それはどの悪魔見習いにとっても共通認識のようで、ケンもまたその質問に違和感なく答えた。
「ああ……。あいつなら今頃高校で勉強してんじゃねーか?」
「なら私のところと同じですね」
沙良は樹を思い出してそう言う。
「間違っても高校には来るなって釘刺されたしな」
「私もでした」
笑って返す沙良。
「まあでも行くなって言われると行きたくなるのが性だよなあ」
「それでこっそり忍び込もうと」
「こっそりだなんて人聞き悪いぜサラっち。堂々と行くんだよ堂々と」
余計にたちが悪い、と思ったがそれがケンの性格だったことを思い出し、突っ込むのは諦めることにした。昔から彼はやるなと言われたことは積極的に行う、いわば悪童と呼ばれているところがあったためだ。悪魔見習いになったから変わったのかと思ったが、まったく変わっていなかったらしい。
「それよりサラっちの方はどうなんだよ。何か持ってるみたいだけど、どこ行くんだ?」
「……そうでした! 私これから樹さんの高校に忘れ物を届けに行くんでした!」
沙良は忘れかけていた目的を思い出す。こんなところで思い出話に花を咲かせている暇はない。
「来るなって言ってたやつが忘れ物してサラっちを呼び出さなきゃいけないとは笑えるねえ。ちなみにこっちだと目的地は瑛鈴高校だよな?」
「え、ええそうですけど……」
するとケンはにっこり笑う。
「なら、俺が案内してやるよ。こないだ教えてもらったからな。それに、俺が居候させてもらってるやつもこの高校だし」
「でも、行くなって言われたんじゃ……」
「だから堂々と行くって言ってんだろ。これなら昔の級友を案内したっていうちゃんとした言い訳にもなるしな。んー最高!」
こいつダメだ、と思う沙良だったが、実際案内人がいるというのは助かる。何より、悪魔見習いの彼にはもう少し2人にしか分からないようなことを話しておきたい。
「……いろいろと突っ込みどころはあるんですが、せっかくだからお願いしてもいいですか? 私ももう少しケンと話したいですし」
「おっ、そうこなくっちゃな。んじゃ、行こうぜ」
二人の悪魔は瑛鈴高校目指して歩き始めることとなった。
ところ変わってここは瑛鈴高校。俺たちが勉強している学び舎である。沙良に電話をかけた俺が席に戻ってくると、
「……はあ」
その隣でため息をついている女の子が1人いた。この子の名前は何だっただろう。
「どうしたんだ?」
俺は深刻な様子の彼女にそう声をかける。名前など聞かなくても会話くらいならさして問題はない。墓穴を掘らないように気を付けるだけだ。
「……何でもない」
「明らかに何でもない様子には見えないから聞いたんだが」
「あなたに言ったって分からないわよ」
「……まあそうだな」
俺も自分の今の状況を思い出して浮かない顔になる。確かに悪魔が自分の家に住んでいて今その悪魔に体操服を持ってきてもらおうとしている、とは言えるはずがなかった。
「あなたも何かあったのね、その感じだと」
「ああ。言ったって分からないと思うけどな」
「お互い大変ね」
互いにため息をつく俺たち。この問題に互いに深入りするのはやめた方が良さそうだ。
「あ、そういえばまた時間割が変更になったらしいわよ。2時間目が体育になったとか何とか」
「げっ、マジかよ」
これはもう1度連絡を入れた方がいいかもしれない。が、もう授業は始まろうとしている。これ以上連絡を入れに出ていくのはおそらく無理だろう。
(早めに来てくれるといいんだけどなあいつ)
俺はお使いを頼んだ彼女、沙良がきちんと仕事を全うしてくれることを願うしかなかった。
「あなたの宿泊先の人ってどんな人だったんです?」
沙良はまず当たり障りのないところから質問してみることにした。
「あー俺んとこか。俺んとこは女の子だったぜ。高校生の」
「ですよね。確か高校には来るなって言われてましたし」
「それでも行くんだけどな!」
一方の沙良とケンは楽しそうに談笑しながら瑛鈴高校へと向かっていた。
「そうそう、そういえばこないだあいつが風呂入ってるところに服を隠すイタズラしてやったら出てきてからヒステリー起こして大変だったんだぜ。必死に謝ってどうにか追い出されはしなかったけどな」
(それはあなたが悪いんじゃ……)
言いかけた沙良はこいつはそういうやつだった、と必死に言い聞かせることで失言を免れた。
「まあでも人間ってよく分かんねーよな。もっと簡単に自分のために願い事するもんだと勝手に思ってたけどよ。意外と自分のために願い事しようとはしねーんだあいつら」
「それは私も思いました。今だって別に私の力で体操服だけ届けてしまえばいいのに、わざわざ私に届けさせるんですから」
沙良は同調する。
「だからこそ俺たちの最後の試験がこの人間界だったのかもしれないぜ。立派な悪魔になるための、な」
「そうかもしれませんね」
ケンの性格は沙良にとって難ありだが、優秀な生徒の中に入っていただけはあって、基本的な意見は沙良としっかり一致するのだった。
「そうだ! サラっちこれ届けたらデートしようぜ! サラっちは俺と話してくれるいい奴だからな。いろいろおごってやるぜ!」
「え、ええ。考えておきますね」
沙良はのらりくらりとかわす。こんな尻軽男は彼女の趣味ではない。今日はたまたま用事があったから丁寧に接してやっただけだ。
「そうそう、それとうちの家主はスタイルいいんだぜ。着やせするタイプでボンキュッボンなんだ! 今度サラっちにも紹介してやるよ」
「それもう死語ですよ。そうですね、それならうちの家主さんも一緒に紹介しますね」
しかし、悪魔見習い同士の結束を高めるためにならケンと会うことも多少は妥協する必要があるだろう。こちらの申し出については素直に受けておくことにした。それに、別に彼のことは嫌いではない。
「……おっそうこうしているうちに……っと」
ケンは突然駆け出すと、校門の前で止まった。
「着いたぜサラっち。ここが瑛鈴高校だ」
立派な門に真新しく塗られた白い校舎が3棟。授業中なこともあってか静かだが、校門に書いてある名前を見ても、ここは間違いなく瑛鈴高校だった。
「それじゃ、行って来いよサラっち。俺は帰るからさ」
「……行かないんですか?」
ケンのその返事に意外そうな顔の沙良。
「俺は高校に行くとは言ったけど、中に入るとは言ってないぜ。あんまり見損なわないでくれよな。俺はサラっちを案内したら帰るつもりだったんだから」
ケンは不満そうに言う。
「……そうですか。それじゃ、そこで待っててくれませんか?」
「……ん?」
ここで帰ろうと思っていたケンはその言葉に戸惑う。
「戻ってきたらもう少しお話ししましょう。ケンともうちょっとだけお話ししたくなりました」
「……おうよ! んじゃ待ってるなー!」
その返事に嬉しそうな顔をしたケン。それを見た沙良は樹のところへ体操服を届けに向かうのだった。