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魔界の技術は最新型② 沙良の能力と誤算

「おいしいですねー! お腹が満たされるようです!」

 ベンチに座ってルンルン顔で柏餅を食べている彼女だが、

「俺はお前のせいで財布の中身が空っぽだよちくしょう」

一方の俺はその隣で肩を落としていた。大金を持ってこなかったのは本当に正解だった。危なくお店の品物を全て買い占められる勢いだったからだ。言うまでもなく原因は彼女の大食いにある。

「まあまあ、これおいしいですよ樹さん」

「おいしいですよじゃねーんだよ」

 彼女の手渡してきた柏餅をひったくるようにして受け取ると、それをもぐもぐと食べる。

「どうです? おいしいでしょう?」

「お前が作ったんじゃねーだろ。まあ確かにおいしいけどな」

 確かに味だけならこれ以上ないほどだった。その答えを聞いた彼女は最高の笑顔で俺の方を見る。

「じゃあもう1個ずつ……」

「これ以上は買わん! 第一金がないっつってんだろうが!」

 そういうことだろうと思っていたが案の定だったか、と俺は叫ぶ。

「えーじゃあそろそろ人の願いを叶えるために動きますか。樹さん、何か叶えてほしい願いとかないですか?」

 いかにもだるそうな様子で俺に聞いてくる悪魔。

「この流れで俺に願いがないかとか聞くのかお前は」

「だってせっかく外に出てきたんですしまあ願いの1つや2つくらいはあるかなーって。何ならお財布の中にお金をたくさんとかでもいいんですよ!」

「それ絶対お前が和菓子食べたいだけだろ」

「あっばれました?」

 舌を出す彼女。どこまでもぶれない奴だ。

「で、何かないですか? 私としても一応悪魔になるためにこちらに来ているわけで本分を忘れる訳には……」

「さっきまで和菓子を貪り食ってたやつがどこからその言葉をひねり出しやがった」

 とはいえ、こいつのためにも何かしらの願いは叶えてやらねばならないのも確かだ。しかし、私利私欲の願いを叶えてしまうのではこいつがきちんとした悪魔としての道を歩んでしまうことだろう。今のままの彼女に何としても留めておくための願いを何か考えなくてはならない。とそこまで考えて、俺はあることを思いついた。

「それじゃ、この財布に入りきるだけの10円玉を入れてくれないか?」

「10円玉ですか? 500円とか札束でもいいんですよ?」

 ずいぶんちっぽけな願いだ、と彼女は不満そうだ。

「まあ最初だからな。お前が本当に願いを叶えられるのかっていうのも知りたいところだし」

「……言われてみると私あなたのお願い聞いたの初めてでしたね。それなら信用してもらうためにしっかりお願いを叶えないと」

 彼女は気合を入れるためなのか拳を握りしめた。何故俺がこんなよく分からない願いをしたのか、その理由を知ることもなく。



「さて、と」

 気合を入れ終わった様子の彼女はポケットの中からまたあのリモコンを取り出した。

「……」

 俺は無言で彼女を見る。まさか、という目だ。

「違いますよ! このリモコンは衣装チェンジに使うんです。さすがに願いを叶えるとことまで機械化はされてませんよ」

 彼女もその視線の意味を感じ取ったのか、慌てて否定する。

「衣装チェンジって……。お前、その格好じゃ願い叶えられないのか?」

「別にそういう訳じゃないですよ。ただ、こういうのって雰囲気が大事だと思うんですよね。なので、いつもの服に着替えておこうかと思いまして」

「雰囲気ねえ……」

 確かにゴシックカラーの女の子が願いを叶えるという図はそれはそれで不気味な気もするが、別にそこまでこだわらなくてもいいような気もする。

「まあ単純に私の気分の問題なので気にしないでください」

 そう言った彼女は本日4度目のボタンを押した。すると、見慣れたいつものゴスロリの格好に戻った。

「確かにその格好の方が落ち着くかもな」

「でしょう?」

 不思議なもので、見慣れてしまったその格好を再び見た時にものすごい安心感がこみ上げてきたことを否定できなかった。

「それじゃあ行きますか」

 彼女は指を鳴らす。その刹那だった。

「お、重っ!」

 手に持っていた財布にずっしりと10円玉が入ったのが確認できた。

「私が願いを叶える時には指鳴らし型なんですよ」

 彼女は突然そんなことを言い出す。

「指鳴らし型? 他にも種類があるのか?」

「ええ。まあこれには個人差があるんですけど、どうやって自分の魔力を放出させるか、というのにも適性があるらしく、悪魔学校に入学したときにそういうのも全部検査するんです」

「で、お前は指鳴らし型だったと」

「そういうことですね。他には指差し型と眼力型、それからハンドパワー型がありました」

「最後のは何だよ……」

 おそらく両手を前に突き出して念じるとかそんな類のものなのだろうが、悪魔が真剣にそんなことをやっている様子を思い出すと思わず笑いが込み上げてきた。

「一応私たちも真剣なんですからね」

「それは分かってるって」

 それから少し経って笑いを抑えることができると、今度は1つ新たな疑問が俺の頭に浮かんできた。

「なあ、そういやお前以外にも悪魔って来てたりするのか?」

「ああ、説明し忘れてましたね。私以外にも悪魔はあと3人こっちの世界に来ています。先ほど悪魔学校の話を少しだけしましたけど、その中で優秀な4人だけがこっちの世界で試験を受けることができるんです」

「……お前優秀な方に入ってたんだな」

 俺は心底意外そうな目で彼女を見る。これだけ本来の仕事から脱線している現状を見ていると、彼女が優秀であるというのは驚くべきことだろう。

「何と失礼な! 先ほどちゃんと願いは叶えたじゃないですか!」

 確かに叶えた願いの大きさはともかくきちんと願いが叶っているところを見ると、どうやら彼女の発言は嘘ではないのだろう。

「もしかしてさっきの願いの叶え方によってクラスを振り分けたりして、そこで優秀なやつを1人ずつ順番に送り込んでるのか?」

「よく分かりましたね。まだ説明してないのに頭の回転が速すぎて驚きます」

 彼女は感心したような声を上げる。ということは、こいつは指鳴らし型の今年度トップということになるのだろう。

「でもお前がトップねえ……」

「ちょっとそれどういうことですか私にケンカ売ってるんですか?」

 白い目で見てくる彼女。俺は慌てて話を切り替えることにした。

「あ、そういえばすごく優秀なお前にもう1つ願いを叶えてほしいんだけど」

「何ですか?」

 ケロッとした様子で俺に話しかけてくる彼女。優秀という単語を出しただけで機嫌を直したらしい。ちょろい奴だ。

「この10円玉を100円玉に換金できたりもするのか?」

「ええまあできますけど……。何でそんなことを?」

「いやー、お財布の中身が重くてな。軽くしたいなーと思って」

「何で10円にしたんですか。まあそういうことならいいですよ」

 彼女は首を傾げながらもう1度指を鳴らした。財布の中身が銅から銀一色に変わる。財布の中身が一気に軽くなった。

「中身は1000円くらいか。まあこんなもんだろうな。んじゃ、ちょっと待ってろ」

「……? はい」

 彼女が不思議そうに返事をしたのを確認すると、俺はある場所へ向かった。



 数分後、俺はあるものを買って戻ってきた。

「おかえりなさい。何を買いに行ったんですか?」

 彼女はおとなしくベンチに座って待っていた。いつの間にかピンクのワンピースに戻っていたところを見ると、外出時の基本の服装はこれということらしい。

「ほらよ」

 俺は紙袋から中のものを取り出すと、彼女に手渡す。それは柏餅だった。俺は先ほど柏餅を買った和菓子屋さんに向かい、柏餅を2つ注文したのだ。

「え、いいんですか?」

「おう。お前が出したお金なんだしお前に使ってやらないとな」

 狐につままれたような顔をしながらそれを受け取る彼女。

「ありがとうございます……ってあれ?」

 受け取った後何かに気付く彼女。

「これじゃ私利私欲の願いにならないじゃないですか!」

「気付いたところでもう遅い。ほら食えよ。これが目的だったんだろ?」

 俺は彼女の隣に座ると、勝ち誇ったように彼女の方を見る。

「むー……」

 彼女はむくれるが、柏餅はしっかりと手放さなかった。

(……怒ってはいるんだが柏餅は欲しいんだな)

「まったく、せっかくお願いを叶えたと思ったのにこれですか。まったくもう」

 柏餅を頬張りながら文句を言う彼女。一応本気で怒っているわけではなさそうだった。

「次はちゃんと私利私欲の願いを叶えてくださいよね。今回はこの柏餅に免じてチャラにしてあげます」

「どこから目線で話してるんだよお前は」

 突っ込む俺だったが、彼女がおいしそうに柏餅を食べているのを見ると別に悪い気はしなかった。



「さて、じゃあ帰るか」

 それから30分ほど散歩した俺たちは、近所のスーパーから出てきて帰宅することとなった。

「あの、今買ったのは何なんですか?」

 彼女は不思議そうに俺の方を見る。

「これか? これはもう1つの節句の時の食べ物だよ。ほら、粽ってのがあったろ」

「ああ、そういえばありましたね。あれって和菓子屋さんにもありましたけど違うものなんですか?」

 彼女は聞く。

「ああ、和菓子の方は甘くてこっちは主食として食べるな。なかなかおいしいんだぞ」

粽には2種類あるのだが、和菓子の方の粽はあまり知られてはいない。実際俺も久しぶりに食べるくらいだし、そもそも和菓子の方は見るまで知らなかったくらいだ。

「へー、それは楽しみです」

 そわそわした様子で俺の方を見る彼女。食べ物のこととなると本当に見境のない奴だ。

「ところで、帰り道の方は大丈夫だよな?」

「はい。ここにシラベールがありますからね」

 彼女はリモコンの青ボタンを押す。胸ポケットからやはり同じように先ほどのナビのようなものが出てきた。本当に便利なボタンだと思いながら俺は彼女と歩き出した。

「そういえばあと2つボタンがあるけど、残りは何に使うんだ?」

「ああ、緑と黄色ですか。緑の方は携帯電話のような感じですかね。連絡先さえ分かっていれば誰にでも連絡が取れますよ。かけてもかけられても料金は相手負担ですけど」

「ひどいぼったくりだなそれ」

「仕方ないじゃないですか。こっちの世界に携帯会社で対応する企業がないんですから。まあ必要経費だと思ってください」

 彼女は大したことはない、と言った様子で返す。実際彼女に電話をかけるようなことがそうそうあるとも思えないし、これはこれで連絡手段を確保できると考えれば安いものなのかもしれない。

「で、黄色の方ですが、こっちは魔界との道を開くボタンですね」

「魔界との道?」

「はい。まあ簡単に言うなら誰でも魔界に行けてしまうボタンです。ちなみに魔界で使うと人間界に行けるようになるので道をつなぐボタンとでも言うべきでしょうか」

「道ねえ……」

 彼女の言うことを信用するなら異世界に簡単に行けてしまう、ということになるのだが、ちょっとそれはさすがにどうかとも思う。

「まあ、機会があれば魔界の方も案内しますよ。何せ居候の身ですからね」

「そりゃどーも」

 そんな機会があってたまるか、と心の中で思いながら俺は彼女にお礼を言っておいた。

「あと、それとは別にこのリモコンにはGPS機能とかもついてるのでもし失くしてしまってもすぐに見つけることができますよ」

「まず失くすなよこんな大事なもん」

 このリモコンを誰かに拾われるだけで誰でも魔界に行けてしまうのだ。保管には細心の注意を払ってもらわないと困る。

「それはそうなんですけどね。あっ、樹さんの家ですよほら!」

「早かったな家に着くの」

 そんな話をしている間に自宅についてしまったらしい。最短経路を計算したとか何とかで行きよりも早く着いた印象がある。

「さあ、粽を食べましょう! 早く早く!」

 彼女は走って玄関前まで先に行ってしまう。

「お前今日食べすぎだろ!」

 俺も突っ込みながら後を追う。かくして俺たちの最初の散歩は幕を閉じたのであった。

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