主人公はまじめっぽいけどそんなことないんです
空。
そこには何にも縛られない自由がある。
誰のものでもなくただただ世の人々の上に平等にあるもの。それが空なのだろう。
ただ、それも今はやれ「空中権」だの「制空権」だのなんだのと縛りが設けられている。どうやら僕の目の前に広がる大空は「日本」という国のものらしい。なんだ、結局自由なんてないんだ。
そんなことを僕は考えながら僕は学校の屋上に寝転がって空を眺めていた。
なんてことはない、昼休みにはいつもこうして寝転がっている。毎日のことだ。
日の光を温かいと感じられる春先ならまだここに来ようとする人もいるけれど、夏場の日差しが強く暑い今は誰も寄り付かない。一人になるには格好の場所だ。それに、この時期にここに来ない人には一生わからないことだけど夏になると風が強く吹き、暑さも幾分かやわらぐ。そのことを知らないでいることは別に悪いことだと思わないけれど、知っている僕は少しだけその優越感に浸っていた。その優越感と少し強い夏の風に浸りながら食事をするのは一人でも孤独だとは思わなかった。
別に友達がいない訳じゃない。教室に戻れば話しかけてくれる奴もいるし、帰り道が同じだという理由だけで仲良くなった奴もいる。自分で言うのもなんだけれど社交性も人並みにはあると思う。ただ、昼休みに一緒に食事をとるような友人がいないだけ。それだけの理由で僕はここに一人で居た。
購買で買ったパンはここにきてすぐに平らげてしまった。今は半分残った牛乳のパックを頭の横に置いて自由であって自由でないものをただぼーっと眺めていた。雲が太陽にかかってあたりが影に覆われる。雲を抜けて太陽が雲の端から顔を出す。そんな光景をこの目で見ながら、また僕は止まりかけていた思考を回転させる。いつもそうしていたから、いつも通りそれをしていただけだった。
と、そこに僕の「日常」を崩す出来事があった。
いつもここにいるけれど、この時間にこんな場所に来る奴はめったに居ない。なのに、頭の左上の方でここに続く扉が開く音がしたのだ。僕は姿勢を変えずに頭だけをそちらに向け、その音の正体を確認するとまた空に向き直った。
「あ、なんで無視するのよ!?」
「別に、特にリアクションを取る義務があるわけじゃないだろう?昔から何度も話しているのだし、もうそろそろ話さなくとも僕の考えていることくらいわかりそうだしな。」
僕は聞こえてきた声に返事をする。無論、空を見たままだ。
「あんた、むっかしからそうやって理屈っぽいのほんとかわいくない……」
「別に僕がかわいい必要もないだろう。男でかわいいかわいいともてはやされていいのは小学生までだ。そこから先でかわいいと言われることがあるのならそれは男らしさが足りない、つまりは男性的な魅力に欠けているということですらあるだろうし。時々僕ですら本当にかわいいと思う奴もいるけれど、そういうやつは一部の人間にしか需要はないだろうし、僕はそもそもその一部の人間に好かれたいとも思わない。つまり、僕にはかわいい状態である必要性は皆無だ。」
「ほんっとかわいくない……」
僕のそんな言葉に呆れた言葉が返ってくる。と、そのすぐ後に僕の視界に声の主、七瀬祐実が入ってきた。
「全くもう、あんたって奴は……」
眉間を指で押さえながらこちらに近寄ってくる彼女は、僕の俗にいう幼馴染だ。親同士の仲も良く、小学生のころまではよくうちにも遊びに来ていた。中学の頃はクラスが一度も同じにならなくあまり喋ることがなかったけれど、高校に入ってからは地元が同じ、つまり帰り道が同じ方向という理由で今はまた仲良くしている。とはいえ、帰り道が同じなのは本当に時々なのだけれど。
「なんでまたこんなところに?」
僕が尋ねると彼女は僕の頭上で足を止めた。
「少し、相談。」
「そうか。ならそこに座れ。今回は相談料を取らないでおいてやる。今日はいい眺めが見れたからな。」
「? よくわかんないけど、ありがと。」
彼女は捉えきれないといった顔をしながらも僕の隣に腰を下ろした。
パンツが見えたからとはさすがに言えなかった。
「で、相談ってのは何なんだ?今日は水曜だからお前の部活もないし、俺もいつも通り帰るから帰りは一緒になるだろうし。なのに今わざわざ相談ってことは急ぎの用か何かか?」
「あぁ、うん。よくわかってるね。そうなの、少し急ぎ、なのかな。うーん。よくわかんない。」
「どういうことだよ?お前らしくない。」
いつもの彼女は特別元気とはいかなくとも、言葉ははきはきと喋るタイプだ。彼女の歯切れの悪い言葉に僕は体を起こした。
「いや……実は……ね」
いつもとは違う彼女の様子に僕はいつもよりも注意深く耳を傾ける。こんな彼女は初めて見た。よほど深刻な事態なのだろう。次の一言は聞き逃してはいけない。
「昨日……告白されちゃって……」
「あ、そう」
僕はまた体を地面に転がらせると空を眺めた。
「え、ちょっと待って反応冷たすぎない!?」
「いやそんなことはないだろう。むしろそんなにいい含んではっきり言い出さないで居るお前のほうがよっぽど悪い。てっきりお前のお母さんが重病だとか、お前の妹が昨晩から帰ってきていないだとか、お前のお父さんが内臓脂肪型のメタボリックシンドロームと診断されたとかそういうのかと考えちゃっただろうが。」
「なんで私の家族のことばっかなの!?少しは私のことも心配して!?あと父さんは内臓脂肪型じゃないから!?」
「おお、そうならよかった。暫く会ってないからな、よろしく伝えておいてくれ。」
「うん、わかった伝えておくね」
「おう」
「…………」
「…………」
「私の話はスルー!?」
ちっ、うまく誤魔化せたと思ったのに。
「なんだよ、なんでそんなこと俺に話すんだよ。俺はお前の親父じゃねえぞ?内臓脂肪型でもないし。大体俺に話したってなんの解決にもならねーのはお前が一番知っていることだろう?」
実際、俺は今まで一度も恋愛というものをしたことがない。誰かに告白することもされることもなく、今までを過ごしてきた。それはずっと一緒だった彼女も知っているであろうことだった。
「そうだけど!そうなんだけど!!あと父さんは内臓脂肪型じゃないんだってば!!!」
彼女は顔を赤らめながら話を続ける。
「ちがう!そんな話をしたかったんじゃないの!その!告白の回答の期限が明日までなの!だから―――」
そこまで彼女が話した時、始業のチャイムが鳴った。
「あーーーもう!あんたが変なこと言うから時間無くなったじゃない!バカ!帰りいつものところで待ってて!!」
そう言うと彼女は立ち上がり、突風の様にかけていった。
セーラー服を揺らして駆けていく後姿はとても爽やかで
「しろってのもまた爽やかだなぁ……夏だなぁ……」
そう僕は夏の空に呟いた。その言葉は夏の風に吹かれて消えたけれど、消えない少しだけモヤっとしたものが僕の中に残った。
そんなもの、すぐに掻き消えるに違いない。そう思っていた。