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魅入られ人のにちじょう

魅入られ人のにちじょう 〜バレンタインの話〜

 二月十四日。学生であれば……否、男であれば多少は意識してしまう日。残念ながら、日条にちじょう 四季しきはそうした騒ぎに縁がなかった。

 彼には友人が少ない。もっと正確に言うのであれば、彼には『人間の』友人がほとんどいない。小学校一年の夏以降からずっとそうだ。今では用があるとき以外に四季の側に来るクラスメイトなどほとんどいない。

 とにかくそんなわけで、学校の中におけるバレンタインというイベントからも、彼は外に弾き出されているような格好になっていた。

 教室の隅の席でチョコに一喜一憂しているクラスメイトをぼんやり眺めながら、四季は放課後のことを考える。学校では一息つけていい。問題は家に帰った後なのだ。

 ……その認識が間違っていることに気づくのは、下校時刻になってからだった。

 

 帰りの会もつつがなく終わり、四季は他の生徒に紛れて昇降口へ向かう。

 今日は早く帰ろう。そうぼんやりと考えていた彼はふと足を止めた。いや、止めざるを得なかった。なぜか大量の男子生徒が下駄箱前に群がっていたからである。

 彼らの中を通り過ぎなければ靴を回収することができない。四季は眉根にしわを寄せる。そして首を傾げた。なぜ男子生徒たちがこんな無意味に集合しているのだろうか?

 

「チョコレートー、チョコレートはいかがー?」


 が、男子生徒の群れの中から聞こえた少女の声にだいたい事情を察知する。

 どうやら誰かが下駄箱前でチョコレートを大盤振る舞いしているらしい。物好きもいたものだ。呆れると同時に思わず感心してしまう。クラスどころか学年単位で集まっているこの男子生徒全員にチョコレートを配るつもりなのだろうか?

 そんなつまらないことを考えているうちに、前の男子生徒たちが進んで行く。四季もひとまずその後に従った。ひとまずこの群衆を乗り越えないことには帰れないからだ。彼らを掻き分けて下駄箱まで行く度胸は、彼にはない。

 後に続くうちに、だんだんと輪の中心にいる人物が見えてくる。それを認識した四季は……盛大に眉をひそめた。

 そこにいたのはチョコレートだった。

 もっと詳細に説明するのであれば、チョコレートでできた人形、というべきだろうか。少女を模して作られているのは見て取れる。しかしその髪も、肌も、果てはドレスのように豪奢な服さえもすべてチョコレート製。見ていて胸焼けがしそうだった。

 あからさまに人間ではない。間違いなく怪異。

 どういうわけか、自分以外の男子生徒はその存在に疑問を抱きすらしていないらしい。ごく自然に近づき、ごく自然にチョコレートをもらってごく自然に帰路についている。

 四季は目を凝らす。見た目はともかく、あの生きるチョコレートはどこにも荷物を持っているようには見えない。なのにどこからチョコを渡しているのか。まさか。

 一人の男子生徒が嬉しげにチョコレート少女の側に駆け寄る。少女が微笑み……どういう原理かはわからないが、確かに表情を変えたのを四季は目撃した……手を差し出す。

 その掌から浮き出るようにして、小さなチョコレート菓子が出現した。

 四季は顔をしかめる。やはりこの怪異、自分自身から作り出した菓子を配って回っているらしい。

 こんな怪異の存在は、彼の記憶にはない……四季は人間の友人は少ないものの、それに反比例するようにして怪異の友達は多いのだ。にも関わらず、このチョコの怪異は初めて見る相手だった。

 そうこうしているうちに、彼の番がやってきた。

 チョコレート少女がこちらを見やる。その目は青色の飴玉だった。一瞬で貼り付けたような笑顔が消え、虚を突かれたかのように目を丸くしている。

 しばしにらめっこをする。そのまま数分が過ぎただろうか。耐えきれず、四季は会話を切り出すことにした。


「……あの」

「ああ、ごめんなさい! チョコレートはいかが?」


 チョコレート少女に笑顔が戻る。軽い足取りで近づいてきた彼女は手を差し出した。その掌に、やや大振りのチョコ菓子が浮き出てくる。

 四季は躊躇した。このチョコレート、もらっても大丈夫なものだろうか?

 周囲から視線を感じ、顔を上げる。他の男子生徒たちが無表情にこちらを見ていた。その視線の無機質さに、四季はわずかに身震いする。沈黙。異様な雰囲気。


「あ……ありがとう、ございます」


 耐えきれず、四季はチョコを受け取った。いつの間にか、丁寧な梱包がなされていたそれをランドセルに入れ、足早に立ち去る。

 背中に感じる視線をなるべく無視しながら、四季は自分の靴が入った下駄箱の前へ。靴を取り出そうとして……途方に暮れる。

 下駄箱の中に、袋詰めの駄菓子がぎっしりと詰められていたからだ。

 苦心してそれを取り出す。見ると、袋の縛り口に一枚の紙。乱暴な字で『ちゃんと食え 花子』とだけある。

 四季は溜息をつく。こちらは知り合いの怪異の名前だ。今日は姿を見せないと思ったら、こちらの準備を進めていたらしい。

 ランドセルに入れるには大きすぎるその袋をぶら下げ、四季はとぼとぼと学校を後にする。昇降口を出ても、あの飴玉の視線が背中に注がれているような気がした。


 ■ ■ ■ ■ ■


 家に着いた四季はまず玄関の鍵を開ける。この時間帯だと、母は買い物に行って留守なのだ。両親以外にもこの家には多くの住人がいるとはいえ、おおよその人間には目視できないので戸締りはしっかりしなければならない。

 しっかりと鍵を閉めたことを確認し、手洗いをするために洗面所へ。ふと、台所が騒がしいことに気づく。

 手洗いをしながら様子を伺おうとしたものの、戸が閉められてしまっているためわからない。仕方なく、居間へ向かう。たぶん誰かがいるだろう。


「よう、おかえり」


 果たして四季の想像通り、居間にはすでに先客がいた。両側に長く髪を垂らし、腹が見えるほどに丈の短い着物に袴姿をした瘦せぎすの少女。

 よく見れば、その口が粗雑に縫いつけられていることがわかる。では、どのように挨拶したというのか?四季はよく知っている。後頭部にあるもう一つの口からだ。彼女もまたこの家に住む怪異の一人、名を音成おとなり 梔子くちなしという。


「ただいま。台所で皆なにしてるの?」

「お菓子作りだと。ほら、今日なんかの記念日なんだろ? むしろ四季ちゃんの方がよく知ってんじゃねーのか」

「ああ、まあ、そうかもね。……梔子お姉ちゃんは手伝わないの?」

「手伝いたいのは山々なんだけどよぉ」


 はあー、と溜息が梔子の後頭部から漏れる。

 それと同時に剥き出しの腹に横一文字の線が浮かび、そこから透明な雫が垂れ始めた。

 四季はその雫の正体をよく知っている。涎だ。


「あそこいると腹減っちゃってさあ……美味そうなお菓子が……いっぱいあるんだ。それこそ四季ちゃん一人じゃ食べきれないくらいにさ」

「うん、それで?」

「だからほら、ちょっとくらい食べてもさ、大丈夫だろ? でも、それを御影みかげ姉ちゃんに見つかっちまって」

「ああ、成る程。追い出されたんだね……」


 四季は苦笑する。梔子は見た目に寄らずかなりの大食いだ。放っておけばお菓子を食い尽くされてしまうと御影は考えたのだろう。

 ぐぅぅぅ、と梔子の腹が唸り声を上げた。


「ひでえ話だよな……ところで四季ちゃん? なんか美味しそうなものもってるな?」

「えっ、ああ、うん」

「学校でもらってきたのか? そういうイベントなんだもんな、そうだよな。いっぱいあるなあ」

「……う、うん」

「でもそれだけ食べると、晩御飯食べれないよなあ? それはダメだよな。四季ちゃんもそう思うよな?」


 梔子が身を乗り出す。その腹の口から涎が口に垂れた。

 爛々と輝く彼女の目を見て四季は苦笑する。どうやらよほどお腹が空いているらしい。台所から追い出されたのもしょうがないか。


「じゃあ、一緒に食べる?」

「! し、四季ちゃんがそう言うんなら仕方ねえな! 食べてやろうかな!」


 あからさまに目を輝かせ、梔子が勢いよく頷いた。

 四季は内心で溜息をつく。梔子含め、いつもは箱の中にいる御影の『妹』たちは、どういうわけか自分を弟扱いしたがるのだ。そのためなのか欲しいものがあっても自分からねだるということをしない。あくまで四季から提供しないと受け取らないのだ。

 四季はまず駄菓子の袋を梔子に渡す。嬉々として受け取った彼女が袋を開ける音を聞きながら、彼はハンカチで床に垂れた梔子の涎を拭き始めた。

 

「えへへ……ん?」


 嬉しげに袋を開封していた梔子が、不意に訝しげな声をあげる。

 それと同時、四季の体が押さえつけられた。手ではない。梔子の髪によってだ。

 

「な、なに?」

「四季ちゃんさー、ランドセルの中にもなんか入れてるな? なんだこれ、誰からもらった?」


 あ、と四季は声をあげる。あのチョコレートのことだろう。

 

「え、えーと、なんか見たことのない怪異から……」

「はあ? ダメだぜ四季ちゃん、知らない怪異ひとからお菓子もらっちゃあ……そこらの人間はバカだから騙されるかもしれねえけど、四季ちゃんはそういうのわかるんだからさ」


 ぶつぶつという小言とともに、梔子の手がランドセルに伸びた。そして手早く中から例のチョコレートを取り出す。

 ようやく髪から解放された四季が顔をあげると、梔子はチョコレートをためつすがめつして眺めていた。

 

「ふぅーん、凝ってるなあ。これ、中身包んでる箱も砂糖細工だな?」

「え、そうなの?」

「そうなのって、気づいてなかったのかよ四季ちゃん……でもあれだな、四季ちゃんには毒だな、これ」


 あっさりと決めつけた梔子は、それを包装ごと腹の口に放り込んだ。ばりぼりと凄まじい咀嚼音を立てて嚙み砕く。

 縫われた口がにたりと笑みを浮かべた。

 

「えっへ、甘い……甘すぎる。俺が食べててよかったよ、うん」

「えー……いいけどさ」


 さすがに呆れつつも、四季は梔子が開けていた袋から駄菓子を一つ取り出した。まあ、見ず知らずの怪異からのプレゼントを食べるのに抵抗があったのは事実。彼女が喜んでくれたのならそれでよしとしよう。

 と、玄関の方から鍵を開ける音が響いた。

 梔子が咀嚼を止め、怪訝な顔をする。

 

「……誰だ、今鍵開けやがったの」

「お母さんじゃないの?」

冬夏とうかさんはさっき買い物行ったばっかだぞ」


 その言葉に、四季はことの深刻さを理解した。

 顔を見合わせている間にも、軽い足音がこちらに向かってやってくる。

 眉間にしわを寄せた梔子が立ち上がり、四季をその背に隠した。それと同時に居間の扉が開く。

 

「こーんにーちはー」


 のんびりとした調子で挨拶してきた闖入者に、四季は目を丸くする。

 それはあのチョコレートの少女。学校でチョコを配っていたあの怪異の姿だった。

 ぎち、と軋むような音。梔子が腹の口の牙を嚙み鳴らしたのだろう。

 

「なんだお前、不審者か? どうやって入ってきやがった」

「あら、かわいらしいお嬢さん! そんな怖い顔で見ないで頂戴? わたくし、ちゃんと玄関からお邪魔したのよ」 


 顔をほころばせたチョコの怪異は軽く片手を挙げる。その手には茶色の鍵。それがチョコレートでできたこの家の合鍵だと気づいたときには、鍵は彼女の手に沈み込んで消えていた。

 彼女は体を傾け、四季を見つけ出すと笑みをさらに深くする。

 

「うふふ、そこにいたのね? はじめまして、わたくしショコラと申します」

「え……と、四季です」

「……四季ちゃん、知らない怪異に簡単に名乗っちゃダメって、御影姉ちゃんも言ってなかったか」


 梔子の後頭部にぱっくりと開いた口が、嗜めるように四季へ言葉を投げかける。

 その一方で、梔子はしかとチョコレートの怪異を睨んでいた。

 

「どっちにしてもお前が不審者だってことは変わらないよな。なんだ美味そうな体しやがって。喰っちまうぞ」

「あら、大胆ね! それはそれで嬉しいことなのですけれど、今日はそちらの四季さんに用がありまして」


 飴玉の目で四季を見つめたまま、ショコラはそう言った。特に梔子を相手にしようとも思っていないことが見て取れる。

 相手の言い分に四季は思わず訝しんだ。

 

「用があったのなら、学校で言ってくれればよかったのに」

「ええと……それはですね、用ができたのがちょうどあの後だったと言いますか……」


 なぜか恥じらうかのように視線を逸らすショコラ。

 さらに問い質すより先に、梔子が大きく舌打ちする。


「なんでもいいから早く出てけよな。不審者を家に上げると御影姉ちゃんが煩いんだよ」

「まあ、ひどい子! ……あら? 貴女、わたくしのお菓子を食べてますのね」

「あ、あれあんたのだったの?美味かったぜあれ。甘かったけどな」

「だってチョコレートですもの。甘くなければいけませんわ……それはそうと、食べてくれましたのね。なら」

「なら?」

「申し訳ないのですけれど、少し静かにしていてくださいましね?」


 ぱちん、とショコラが指を鳴らす。

 次の瞬間、梔子が崩れ落ちた。


「え……え?梔子、お姉ちゃん!?どうしたの!?」

「は……は、はぁ……!」

「は? 腹? お腹痛いの?」

「ち、違う……は! 歯! 痛い! なんだコレ!?」


床で腹の口を抑えのたうち回る梔子。それを見てショコラの笑みが嗜虐的なものへと変貌した。


「それがわたくしの力の一つですの。お菓子を食べた相手の歯を痛めつけるという、些細なものですわ。人間の世界ですとこの程度に抑えておくのがちょうどよいので……」

「あいだだだだだ!?」

「梔子お姉ちゃーん!? あの、ショコラさん!? ちょっと止めてあげてよ!」

「えっ? ええ、四季さんがそうおっしゃるのなら」


再びショコラが指を鳴らす。それをきっかけに梔子の動きが止まった。

後頭部の口からぜえぜえと荒い息が漏れているあたり、相当体力を消費したものと見える。

安堵の息を吐きつつも、四季は戸惑いながらショコラを見た。


「あ、ありがとう……案外素直に止めてくれたね」

「ええ、まあ。こう、やはり、後々のことを考えると、こうした方が無難といいますか」

「後々のこと……?」

「ええ、つまり」


ショコラが言葉を紡ごうとした、そのとき。

横合から飛んできた黒い寄木細工の箱が彼女の頭に直撃した。


「梔子が騒いでるから何かと思ったら」


力なく倒れるチョコレートの怪異を呆然と見つめていた四季は、聞き慣れた声に振り向く。

そこにいたのは赤い着物に切り揃えられた前髪が特徴的な少女だった。


「御影! その……やりすぎじゃないこれ!?」

「手加減はしてるよ」

「本当!? 本当に!? すごい勢いで血が流れてる気がするんだけど!」


悪びれる様子もない御影に、四季は思わず大声をあげた。

ショコラはといえば倒れたまま動かない。箱が直撃したらしい側頭部が砕け、粘っこい赤い液体が流れ出ている。

それを改めて確認した四季は青くなった。


「あ、あの……ごめんなさい!うちの御影が、その」

「お気になさらず!」

「うわぁ!?」


勢いよく立ち上がったチョコレートの少女に、四季はまた悲鳴をあげた。

ショコラはひび割れた側頭部を静かに撫でる。それだけで傷が消失した。


「突然の衝撃には驚きましたが、これでもわたくし蠅騎士団の端くれ。この程度ではびくともしませんわ」

「……最近の変質者は頑丈で困る」

「嫌ですわ、上品そうなお嬢様。わたくし、危害を加える気はございませんの」

「さっきチョコ食べてた梔子お姉ちゃん思いっきり痛めつけてたよね?」

 

 四季は半目でショコラを睨みつける。彼女は笑顔のままにそっと顔を背けた。

 それに溜息をついた四季は、彼女の言葉を思い出してさらに顔をしかめる。

 

「というか、食べたら歯を痛めるようなものを渡してきたの?」

「そう、それなのです。要件というのは。わたくし思う所ありまして、あれを回収させていただきに来まして」

「あ、そうなんだ? じゃあ他の子のチョコもこれから?」

「いえ、そちらは回収いたしません」

「なんでさ!?」

「個人的な楽しみのためですわ」


 ショコラの笑みに艶っぽさが混じる。四季はなんとなく理解した。どうやら彼女、他人が痛みにのたうち回るところを見るのが好みらしい。こっそり横目で見ると、御影が実に渋い顔をしていた。

 これに関しては何を言っても無駄。そう直感し、彼は話題を変えることにする。

 

「それだと、なんで俺のチョコだけ回収に?」

「それは、その……」


 恥じらうように身をよじり、ショコラは困ったように顔を背ける。

 怪訝な顔をする四季の顔を、彼女は目だけで覗き込んだ。

 

「その……いろいろ考えました結果、四季さんにはもっと相応しいチョコをお渡ししたいと思いまして」

「ふさわしい?」

「はい。人間内でいう、本命? そのようなものと考えていただければ」

「ああ、なるほど。本命ね」


 四季は反射的に頷き……ショコラの言葉を脳内で反復し、その意味を改めて理解した。

 結果、目を剥いて問い返す。

 

「本命!? なんで!? 今日が初対面だよね!?」

「ええ、その通りです。恥ずかしながらわたくし、あなたに一目惚れをしてしまったらしくて……」

「はぁ!?」

「……ここまで直球に攻めてくる怪異、初めて見た」


 ぼそり、と御影が呟く。いつの間にか彼女の手元にはあの寄木細工の箱が戻っていた。

 不快そうに眉根を寄せていた御影は、なにか言葉を投げかけようとして……不意に視線を下向け、足早に四季たちの元へやってくる。

 そして屈み込み、床に流れる赤い液体を腹の口で舐めとっていた梔子の頭を引っ叩いた。

 

「さっきからおとなしいと思ったら。なにしてるの梔子」

「あう。だってさあ……これ、美味しそうだったから……」

「あなた、いつから血を啜るような悪鬼になったの? お姉ちゃん泣くよ?」

「い、いや! これ血じゃないんだって! いちごかなんかのジャムだよ」


 その言葉に、四季は驚いてショコラを見やる。彼女は余裕有り気に微笑んでいた。

 

「わたくしの体はすべて甘味で構成されております。小さい子が食べても安心ですわ」

「……虫がたかりそう」

「そこはそれ、魔法というものは便利でございまして……」


 ぼそり、とした御影の一言にショコラが律儀に返答する。

 そして彼女は気を取り直したように咳払いをし、四季の前へと歩み寄った。

 

「こほん! それはともかく、どうかわたくしの愛を受け取ってはいただけませんか?」

「……それ、仮に断ったらどうするの」

「そんなことをしたらわたくし、胸が張り裂けてしまいます。悲しみを癒すためにあなたの御学友の歯を普段の倍ほど痛みつけてしまうかもしれませんわ」

「ていのいい人質だ!?」


 どうやら回収の意図がなかったのは、交渉の材料として使うつもりだったかららしい。甘ったるい見た目に違わず辛辣な怪異だった。

 四季は困ったように視線をさまよわせ……溜息とともに心を決めた。

 

「聞くけど、その本命? チョコを食べても歯には影響ないんだよね」

「もちろんですわ!」

「……わかった。その言葉信じる。チョコはもらう。だから他の子を痛めつけるようなことはしないでね」

「受け取ってくださるのですね? 嬉しい……!」


 瞳を潤ませ……飴玉の目からなにか液体が滲んでいるのだ。シロップかなにかかもしれない……ショコラはおもむろに自身の胸に両指を突き立てる。

 そして、体を『開いた』。

 四季はあんぐりと口を開ける。ショコラは自身の肉……肉? を引き剥がし、体内を晒したのだ。

 人間にあるような臓器の姿は幸運にもそこにはない。ただ……ハート型のチョコレートだけがそこにあった。

 

「さあ、どうぞお受け取りください」

「え……え!? 大丈夫なのこれ!? 取っても!?」

「もちろんですわ。さあ、早く! どうかあなたの手で! さあ!」


 ずい、と迫るショコラ。無論、胸は開いたままだ。

 さすがに躊躇いつつも、四季は胸の中に手を伸ばし、ハートをつかむ。掌から伝わる暖かさに、躊躇いが増す。

 深呼吸をしてから、彼はそれを抜き取った。

 

「ああ……! 受け取ってくださったのですね! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 ショコラは元どおりに胸を閉じ、満面の笑みを浮かべた。

 そして、手の中のハートを見つめている四季向け首を傾げる。

 

「お食べにならないんですか?」

「え」

「受け取っただけでは終わりとは言えません。しっかりと味わっていただきませんと」

「た、食べれるの? これ」

「もちろん! わたくしの体はしっかりと食用ですわ。さきほども梔子嬢が私の血を舐めていたでしょう? 人間にも害はありません。さあ」


 にこやかに、しかし有無を言わせぬ迫力を持ってショコラが迫る。

 追い詰められた四季は……一口にハート型のチョコを口の中に放り込み、咀嚼した。

 途端に口の中に広がる痺れるような甘み。そしてなにかの液体。

 いったい何が入っていたのか。それを聞く前に四季は倒れた。

 

「四季ッ!?」

「…………ああ、しまった! ついいつもの癖で、ウイスキーボンボン製にしていたのを忘れていましたわ!」

「そんなものを子供に食べさせるなこの変質者ァッ!」


 ショコラの狼狽する声と御影の怒声を遠く聞きながら、四季の意識は闇に沈んだ。

 

 ……数時間後、四季は支障なく意識を回復することができた。

 しかしそれから一週間は口の中に甘さが残り、他の料理を味わうことはほとんどできなかったことを追記しておく。

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